やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 保健医療福祉分野は人間を対象とする領域である.そのような領域においては,人の行動および心理面などが凝縮された量的および質的データを得ることができる.分析者はこれらのデータから1つの共通的(平均的)な行動パターンや心理的状況を計測する必要性が生じる.何らかの研究を手がけたとき,そこにおのずとして質的および量的なデータ上の問題が生じ,分析を必要とする状況が生じてくる.本書は分析を必要とする人たちにとって分析ができるテキストとなるよう配慮している.
 近年,保健医療福祉分野の研究において,統計解析ソフトを利用した研究論文が主流となっている.これは,パソコンの普及によるもので,簡易統計ソフトの出現によって,統計学の基本的な知識を習得することなく,利用者は容易に統計解析を行うことが可能になった.統計解析ソフトを利用したデータの解析は,データを対話形式で入力することにより,瞬時に計測結果を出力可能にした.これまで多くの時間や複雑な計算を行い分析してきたことが夢のようである.分析者にとって研究の計測結果が容易に出せるということは,その一面では分析者がその解析方法を誤った方法で利用しても計測は可能であるということを意味する.簡易統計ソフトを利用した計測を行う場合,どのような目的や方法で,意味ある情報を導き出すかは,研究者のテーマに応じた統計手法を選択することが必要となる.
 著者は,看護領域の学会で統計技法を使った研究論文に接する機会が多い.それらの論文の中には「分析には,統計ソフト○○○○を使用した」と記載されているものがあるが,統計ソフトは計測結果の出力を行うものであり,分析すなわち計測結果の解釈は研究者によってなされるべきことで,ソフトの実行だけ行うものでないことをあたりまえではあるが理解していただきたい.また,先駆的研究者が行った統計手法をそのまま自分の研究にあてはめて分析した論文も多く見受けられる.これは統計手法を習得するだけにとどまり,理論なき計測という危険性をも含んでいることにもなる.統計解析は,同じ母集団データであっても,データの集計および加工などによって,おのずと異なる計測結果を得る.統計手法を利用する場合,それぞれの研究目的に合った手法を選択できる基本的な知識が必要となろう.
 本書は,保健医療福祉分野で統計手法を理解したいといった読者に,統計手法を理解してもらえるよう,多くの例をベースとして,基本統計分析から応用分析までを卓上の関数電卓で自己学習できるように解説している.とくに統計的知識を有していない読者が悩む,統計解析結果の解釈方法についても取り上げている.
 統計学は大きく推測統計学と記述統計学に分けられる.本書では,「1を聞いて10を知る」といった推測統計学の考えでなく,集めたデータそのものの解析を行う記述統計学の考えを基本にしている.これは,保健福祉分野の研究はデータそのものに重要な意味があるからである.とはいえ,基本統計の部分でも推測統計の考えは避けられないので,この考えを基礎としたt検定,χ2検定および一元配置による分散分析の統計手法,さらに看護研究で必須となる相関係数,偏相関係数,単回帰分析,重回帰分析,パス解析などについて,それらの解析手順を解説している.内容構成については,因果分析(回帰分析)に紙面を多く要した向きもあるが,これは保健医療福祉分野の研究において,それが急務な要請となってきているからである.
 保健医療福祉分野の研究では,多変量解析および数量化理論など本来取り上げなければならない統計手法が多くある.しかし,因果分析(回帰分析)は多変量解析および数量化理論に一部含まれるものである.読者が将来,多変量解析および数量化理論に基づく解析を行いたいとの要請がなされた場合,それらの手法を包含した内容に改訂することになるかもしれない.本書を通して統計解析への理解が少しでも深まることになれば幸いである.
 本書を作成するにあたり,監修者であり,恩師でもある内山敏典教授(九州産業大学大学院経済学研究科博士後期課程教授:計量経済学専攻)にご迷惑をかけ,また数々の有益なご指導を頂いた.深く謝意を表したい.
 本書の出版にあたっては,山口大学医学部保健学科の教授である深川ゆかり先生にご尽力を頂いた.また医歯薬出版編集担当者には,企画の段階から校閲にいたるまで大変お世話になった.皆様に厚くお礼を申し上げます.
 2003年6月
 焼山和憲
 はじめに
 この本で使用されている主な記号

0 看護研究と統計学
    ■なぜ看護研究で統計手法が必要なのか
    ■統計手法を用いて疑問を証明・探求する
    ■分析目的に合った解析方法を知る
    ■ソフトウェア依存の処理による誤りの危険
 I 記述統計技法
   1 平均値
    ■計算による平均値
     1)単純算術平均値
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
     2)加重算術平均値
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
      応用
     3)幾何平均値
      STEP1 計算してみよう
      STEP1 計算してみよう
      応用
     4)調和平均値
      STEP1 計算してみよう
    ■分布による平均値
     1)メディアン(中央値)
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
      応用
   2 分散と標準偏差
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
      応用
   3 標準化データ(変量の変換)
      STEP1 計算してみよう
      応用
      STEP2 データの見方・考え方
   4 相関分析
     1)単純相関係数
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
      応用
     2)偏相関係数
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
     3)順位相関係数
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
 II 推測統計技法
   5 平均値の差の検定
    ■平均値の差の検定の流れ
     (1)仮説の設定 /(2)検定法の選択 /(3)有意水準の選択 /(4)有意差検定と棄却限界
     1)母標準偏差が未知の場合
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
   6 カイ2乗(χ2)検定
     1)χ2検定
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
     2)分割表の検定
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
   7 分散分析(一元配置)
    ■一元配置法
      STEP1 計算してみよう
     (1)平方和を求める /(2)自由度の計算 /(3)不偏分散の計算 /(4)分散比の計算
      STEP2 データの見方・考え方
 III 解析技法
   8 回帰分析
    ■回帰分析の流れ
     (1)推定式 /(2)回帰係数を求める /(3)決定係数 /(4)標準誤差 /(5)必要な検定を行う
     1)単回帰分析
     (1)回帰係数α1・α2を求める /(2)決定係数r 2を求める /(3)標準誤差S(α^2)を求める /(4)ダービン・ワトソン比を求める
      STEP1 計算してみよう
     (1)回帰係数α1・α2を求める /(2)決定係数r 2を求める /(3)標準誤差S(α2)を求める /(4)t値,ダービン・ワトソン比を求める
      STEP2 データの見方・考え方
      応用
     2)重回帰分析
     (1)回帰係数を求める /(2)決定係数(R2)を求める /(3)標準誤差S(α^2),S(α^3)を求める /(4)t値,ダービン・ワトソン比を求める
      STEP1 計算してみよう
     (1)回帰係数α2,α3を求める /(2)決定係数R2を求める /(3)標準誤差S(α^2)・S(α^3)を求める /(4)t値,ダービン・ワトソン比を求める
      STEP2 データの見方・考え方
   9 ダミー回帰分析
    (1)手順1:データの加工とその対数変換
    (2)手順2:線型および対数線型モデルに基づく単回帰分析
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
    (3)手順3:定数項ダミーの重回帰分析
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
    (4)手順4:定数項ダミーの重回帰分析(2)
      STEP1 計算してみよう
      STEP2 データの見方・考え方
   10 パス分析
    ■パス分析の計測手順
    (1)手順1:(10-1)式を標準化する
    (2)手順2:(10-2)式を次のように書き改める
    (3)手順3:期待値をとり,単純相関係数で表す
    (4)手順4:回帰分析を行う
      STEP1 計算してみよう
     (1)単純算術平均値,標準偏差を求める /(2)標準化データを求める /(3)単純相関係数を求める /(4)回帰分析を行う
      STEP2 データの見方E考え方

 付表1 t分布表
 付表2 χ2分布表
 付表3 ダービン・ワトソン検定量
 付表4 F分布表
 参考文献
 索引
ONE POINT
 自然対数と常用対数
 平均値の関係
 統計で用いられる記号
 正規分布曲線と標準偏差
 散布図
 行列式の計算方法
 相関関係と有意差
 片側検定と両側検定
 t分布
 自由度
 χ2分布
 F分布
 二元配置
 対数変換のメリット
 回帰分析と相関関係の関係
 ダミーのグループ決定方法
 パス分析での注意点