やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 看護は,実践により初めて“看護“として対象者に認知される.しかし,対象者に認知されたものが本当に“看護”と言えるのかどうかについては不確かである.看護師が実施したから“看護“と言えるのか,それほど実践内容は専門性の高いものであるのか,看護師であるならば誰もが同じレベルでの実践を行っていると言えるのか,実践内容にエビデンスはあるのか,などの疑問が生じる.では“看護学”は,どのように考えるとよいのであろうか.“看護“は実施されたという実体が必要である.しかし“看護学”は実施までの思考プロセスも学問体系として含まれる.そして“看護“を実施する際の理論や根拠も,実施という実体も含まれるのである.すなわち,“看護学”の概念は“看護“に比べると非常に広範で実体がなく,抽象的な部分も包含されていると考えられる.とは言うものの,さまざまな学問分野から言わせると“看護学”は実践学としての位置付けにある.実践学であるならば,看護の実践能力は当然要求されるものであり,実践能力を向上させることが免許をもつ専門職者としての使命であると考える.
 しかしながら,ここ数年来,卒業時の学生の看護の実践能力の低下が論議され,問題視されている.そのために,看護基礎教育における技術教育のあり方と到達目標が文部科学省と厚生労働省から提示された.以前の思考能力の育成が到達目標であったころと随分違いが出て,最近は思考能力の育成から実践能力の育成にシフトされてきている.現実に看護基礎教育カリキュラムの実習時間は保健師助産師看護師法の3年課程の看護師養成規則では,1967年(昭和42)の1,770時間から1989年(平成元)には1,035時間に減少し,それ以降も同じ時間数である.また,現在の患者の入院日数の短縮から,1つの実習病棟での学生の受け持ち患者が実習中同じ人であることは少なく,ほとんどの学生が1度は受け持ち患者を変えている.このような状況下で,生活感が乏しく,コミュニケーションが下手な学生にとって,実践能力を向上させるという命題は,かなり酷なことであると言える.とは言っても,専門職としての使命や位置付けを考えると,解決法は教育側と臨床側との相互理解により,協働で看護技術教育を行っていくことしかない.“相互理解“と“協働”がキーワードである.そのキーワードを“実践へつなぐ看護技術教育”として,どのように企画運営していくかが現実的な問題となる.
 そこで,本書では教育側と臨床側との具体的なキーワードづくりの過程を提示しながら,本質的にどのようにすればよいのかを述べた.このような方法を参考にしていただいて,キーワードを果たすお手伝いができればたいへん嬉しく思っている.看護実践能力の向上は,看護基礎教育だけではなく,看護のプロフェッショナルとして常に求め続けなければならないものである.
 このような機会をくださいました医歯薬出版に感謝し,なかでもご尽力と辛抱強く執筆を見守ってくださいました第一出版部編集担当各位にお礼申し上げます.
 2006年8月吉日
 阿曽洋子
 編集者一同
第1章 看護技術教育の考え方(阿曽洋子)
  看護技術の概念
  看護技術の構造
  看護技術教育の機能・構成要素
   看護を展開させるために必要な知識の教授
   看護を実践するための技能の習得
   看護の対象に対する看護者としての態度や倫理の育成
   実践した看護の適切性を総合的,客観的に評価できる知識・技能・態度の育成
  看護技術教育の理念・目的
  看護技術教育の内容
   文部科学省が提示した看護技術教育の内容
   厚生労働省が提示した看護技術教育の内容
  看護技術教育の理念に基づく教育のあり方
第2章 看護教育における看護技術教育 技術教育の全般的な内容
 1.基礎看護学(久米弥寿子・阿曽洋子)
  カリキュラムの構成
  講義における具体的な進め方の視点
  演習における具体的な進め方の視点
  実技試験や実習へのつながり
 2.成人看護学(鈴木純恵)
  成人看護技術
  成人看護学の教育内容
  成人看護技術と基礎看護技術の関係
 3.小児看護学(藤原千惠子)
  小児看護学の役割
  小児看護学独自の看護技術の習得
  小児看護学のカリキュラム構成
  小児看護学の技術項目の学習過程
  学習過程における問題点
   学生側の問題点
   実習環境の問題点
 4.母性看護学(炭原加代)
  母性看護学の役割
  母性看護学独自の看護技術習得
  母性看護学のカリキュラム構成
  母性看護学の技術項目の学習過程
  学習過程における問題点
 5.精神看護学(遠藤淑美)
  精神看護とは
  精神看護技術
  精神看護技術教育
   対象を理解するための技術
   自己を援助の道具として活用する技術
   対人関係を構築・維持・発展させる技術
   対象の能力や技能獲得を育むための技術
   治療的環境を整える技術
第3章 看護実践能力と看護技術教育との関連
 1.基礎看護学(久米弥寿子・阿曽洋子)
  看護実践能力を付けるための授業構成としての工夫
  看護実践能力を付ける自己学習の能力育成のための工夫
  看護実践能力を付ける演習時間内の工夫
  看護実践能力を付ける看護技術教育の開発のための工夫
 2.成人看護学(鈴木純恵)
  講義科目の概要
  今後の課題
 3.小児看護学(藤原千惠子)
  小児看護学に必要とされる技術項目
  小児看護技術習得の方略
  タイプ1の技術の学習過程
  タイプ2の技術の学習過程
  タイプ3の技術の学習過程
 4.母性看護学(炭原加代)
  母性看護学に必要とされる技術項目
   母性看護学の看護過程
   看護目標
   ケアの方法
   看護実践
  女性ならびに家族のライフサイクルにおける援助
   思春期
   成熟期
   更年期
   老年期
  母性看護技術習得レベル
   第1水準の項目
   第2水準の項目
   第3水準の項目
  リスクマネジメント
 5.精神看護学(國生拓子)
  精神看護学に必要とされる看護技術と実習目標
  精神看護学における講義内容と実習構成
   講義
   実習
第4章 看護技術を育成する看護教育
 1.基礎看護学(久米弥寿子・阿曽洋子)
  学内実習からの学び
   実習オリエンテーションにおける専門職としての態度育成
   患者体験やグループ学習による学び
   患者の安全性や安楽性を考慮した基礎看護技術からの展開
   根拠の理解に基づく学び
   学生の五感を使った具体的イメージづくり
  看護実践からの学び
   具体的な患者像の明確化とそれに基づく看護技術の展開
   看護師としての目標,動機付けや将来像の明確化
   基礎看護技術として学内で学んだ内容の個別性への応用
   看護師の役割の明確化
   主体的学習者としての意識付け
   視野および思考の拡大
   自己の課題の明確化
  学内実習と看護学実習(臨地実習)との連携
   学生のレディネスと実習目的の明示
   実習打ち合わせによる事前の情報交換
   学習実施状況記録の作成と評価
 2.成人看護学
  成人看護学の講義と演習の構成(奥宮暁子)
   演習
  成人看護学領域における演習の実際(奥宮暁子)
   講義内の演習
   総合臨床実習における成人看護学演習の概要
  講義と実習をつなげる演習の一例
   学内演習からの学び(紙野雪香・奥宮暁子)
    臨地実習につなぐ講義と学内演習―がん看護学教育の実際
  看護実践からの学び
   実習(奥宮暁子・鈴木純恵)
    看護学実習における実習の意味
    成人看護学実習の概要
    技術チェックシートの活用
    実践した技術を統合し,深めるケース・スタディ
    実習初日に見学実習を取り入れて
  看護実践からの学び
   内科系病棟(内田雅子)
    成人看護学実習II(内科系病棟)のねらい
    成人看護学実習IIの実習方法
    成人看護学実習IIにおける看護技術の実施・見学の現状
    成人看護学実習IIにおける技術教育の課題と対策
  看護実践からの学び
   外科系病棟―周手術期(師岡友紀・奥宮暁子)
    現状
    試行状況
    改善策
  課題と今後の方向性(奥宮暁子)
   現状の課題
   臨床上の問題
   学生の意見から
   今後の方向性
 3.小児看護学(藤原千惠子)
  学内演習からの学び
   学内演習の項目と考え方
   タイプ 1 の「バイタルサインの測定」の学内演習
   タイプ 2 の「持続点滴時の介助および固定技術と生活援助」の学内演習
  看護実践からの学び
  学内実習と看護学実習(臨地実習)との連携
 4.母性看護学(炭原加代)
  学内演習からの学び
   学内演習時期と学内演習項目
   学内演習運営方法
   学内演習の学習効果と学生の感想
  看護実践からの学び
   母性看護学実習運営
   母性看護学実習の学習効果と学生の感想
  学内実習と看護学実習(臨地実習)との連携
 5.精神看護学(許田志津子・遠藤淑美・國生拓子)
  現状
   学生への指導
   病棟との連携
  課題
   学生への指導
   病棟との連携
第5章 看護実践能力を育成するための教育側と臨床側との連携(阿曽洋子)
  教育側と臨床側との連携までの経過
   動機
   会議の発足と開催要領
  看護実践能力を育成するための協働作業
   検討事項
   検討経過
   具体的な検討内容と実施状況
   看護実践能力の測定と試行
  看護実践能力を育成するためのプログラム
   教育側における育成範囲
   臨床側における育成範囲
   看護実践能力を育成するためのプログラムの検討
  教育側と臨床側との連携のあり方
   教育側と臨床側との問題点の共通理解
   教育側と臨床側との問題解決対策の考案
   教育側と臨床側との教育内容の工夫
   教育側と臨床側とによる評価・研究
第6章 臨床における看護技術教育(福岡富子・越村利恵・谷浦葉子)
 1.大阪大学医学部附属病院における看護職員のキャリア開発
  大阪大学医学部附属病院の理念
   基本方針
  看護部の理念
   基本方針
  大阪大学医学部附属病院看護部が求める看護師像
  継続教育の概要
   継続教育の前提
   目標管理と現任教育
  キャリア開発概念図
  臨床看護実践能力の評価
  現任教育の組織と運営
 2.大阪大学医学部附属病院看護職員のキャリア開発の実践
  新人看護職員を取り巻く状況
   医療の高度化,平均在院日数短縮化などの促進
   リスクマネジメントの強化
   情報開示の時代(看護計画共有)137
   倫理的な感性,個人情報保護への対応強化
   新人看護師の特徴
   臨床現場における指導者層の減少
   チーム医療の促進
  新人看護職員教育の考え方
   卒業時の看護技術習得レベルの格差と課題
  新人看護職員教育の実際
   新人看護職員の到達目標
   集合教育
   現場教育
  卒後2年目看護職員教育の考え方
  卒後2年目看護職員教育の実際
   卒後2年目看護職員の到達目標
   集合教育
   現場教育
  卒後3年目看護職員教育の考え方
  卒後3年目看護職員教育の実際
   卒後3年目看護職員の到達目標
   集合教育
   現場教育
  中堅看護職員教育の考え方
  中堅看護職員教育の実際
   集合教育
 まとめにかえて―包括的な看護教育のあり方(阿曽洋子)
  看護基礎教育と卒後教育との連携
  看護実践能力の到達目標をどこに定めるか
・文献
・索引