やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 動作分析に関する書籍はいくつか見受けられますが,その内容は各動作の関節運動を説明するだけ,数値が記載されているだけのものも多く,理学療法士・作業療法士養成校の学生にとって使いやすいテキストは少ないように思います.また,残念なことに動作時の関節角度の数値を丸暗記しても,臨床での動作観察・分析における洞察力を高めることは難しいでしょう.それは,動作観察・分析の洞察力の向上には正常動作の理解が必要ですが,動作で生じる関節運動では,速度や距離などさまざまな要因によって関節角度が変化するからです.
 さらに,異常動作(逸脱動作)は,動作時に機能すべき筋や関節運動が機能しない機能不全(impairment)と,その機能不全の程度を弱めようとする代償運動(compensation)に区別されます.患者の動作ではその両者が複雑に組み合わさり,同時期に多数の身体体節が動くため,身体のどこに着眼すべきか判断することを難しくしているようです.
 本書では,臨床で頻繁に観察する課題である起き上がり動作,立ち上がり動作,歩行動作において,物理的要因の変更によって生じる力学的要求および関節角度変化をやさしく説明し,運動の法則性に関連した理解を促すようにしました.具体的には,動作時の関節可動域障害や筋力低下ごとに,異常動作について時系列変化をイラストで提示しました.そして,機能不全と代償運動をバイオメカニカルな観点から説明し,異常動作の原因となる問題点の推測を促し,読者の皆さんが患者の動作観察・分析の洞察力を高められるように工夫しています.
 さらに,セラピストが立案する治療介入の糸口となるよう,機能不全と代償動作を弁別するための課題設定や,臨床での患者の担当から介入に至るまで,イラストや写真を多く用いて解説しました.きっと,あなたの動作理解を進め,問題となる機能障害の推論へと発展させ,仮説-演繹戦略(hypothetical-deductive strategy)とするための問題解決能力を高めてくれるでしょう.そして,臨床実習等においても苦労しがちな動作分析ですが,本書が読者の皆さんをやさしく支援できると信じています.
 監修・編集にあたり,できるだけ読みやすさを心がけました.もし不適切な用語がありましたらご教授いただければ幸いです.最後に,ご多忙にもかかわらず監修・編集者のいろいろなお願いにご協力いただいた著者の先生方,および出版の労をいとわずにご尽力くださった医歯薬出版株式会社編集部担当者に深謝いたします.
 2016年2月
 監修 上杉雅之
 編著 西守 隆
 執筆者一覧
 序文
第1章 臨床における動作観察に必要な運動力学に関する知識
 身体重心とその分布
 重心の求め方
 立位の安定性−支持基底面と重心の関係−
 立位の安定性−重心の高さとの関係−
 床反力ベクトル
 関節トルク
 慣性の法則
 運動量
 力積
第2章 臨床における動作観察・分析の進め方
 総論:動作分析の目的と着眼点
 逸脱動作および異常動作
 機能不全と代償運動の見分け方―Whyの解明
 姿勢制御
 実行能力の分析―Howの追究
第3章 起き上がり動作
 起き上がり動作の概要
 起き上がり動作の多様性
 起き上がり動作の連続性と非連続性
 健常成人の起き上がり動作
 高齢者の起き上がり動作の特徴
 片麻痺を有する患者の起き上がり動作の特徴
第4章 立ち上がり動作
 立ち上がり動作とは
 立ち上がり動作時間
 立ち上がり動作の各相
 立ち上がり動作の戦略
 立ち上がり動作時の体幹・下肢関節運動
 立ち上がり動作の力学的解釈
 立ち上がり動作における逸脱動作
第5章 歩行動作
 歩行動作とは
 歩行周期と各相
 歩行動作の時間的指標と空間的指標
 歩行速度とステップ長,ケイデンス
 歩行動作の各相
 歩行動作における関節運動
 歩行動作の力学的な解釈
 歩行動作における逸脱動作
第6章 ホッピング動作
 ホッピング動作とは
 ホッピング動作の各相
 ホッピングテスト
 ホッピング動作の力学的解釈
 ホッピング動作の逸脱動作
第7章 臨床における動作分析の実際
 1.変形性股関節症における動作分析
 2.人工股関節全置換術後における動作分析
 3.変形性膝関節症における動作分析
 4.人工膝関節全置換術後における動作分析
 5.関節リウマチにおける動作分析
 6.足関節捻挫後の動作分析に基づく理学療法
 7.足関節果部骨折における歩行分析
 8.膝関節靱帯損傷における動作分析
 9.頸椎症性脊髄症における動作分析
 10.脳血管障害による片麻痺(重度)における動作分析
 11.脳血管障害による片麻痺(中等度)における動作分析
 12.脳血管障害による片麻痺(軽度)における動作分析
 13.パーキンソン病における動作分析(立位と歩行)
 14.パーキンソン病における動作分析(起居動作)
 15.脊髄小脳変性症における動作分析
 16.変形性脊椎症における動作分析

 索引