やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の言葉
 待望のうつ病作業療法の本が出版されました.精神科領域の作業療法といえば,統合失調症が中心の時代もありましたが,時代は大きく変わり,今やうつ病治療の重要な位置を占めるようになってきました.うつ病といえば,自殺対策はわが国の政策の一つでもあり,そのなかでうつ病への啓発活動が盛んに行われています.しかし,うつ病では再発率や慢性化率が高く,社会のニーズに答えていくためには治療効果をさらに高めなくてはなりません.私の経験からは,几帳面や真面目といわれるうつ病の治療は,社会的真面目さの背景にある感情抑圧とそこから蓄積されている攻撃性の処理の問題が大きいと考えています.そうなると,個人や集団で行われる作業療法の工程のなかに攻撃的動作が必ず出現してきます.そのような意味でも,うつ病治療では1対1の精神療法以上に,作業療法の重要性がますます高まってくると実感しています.
 また,時代が激しい勢いで変化していますが,変化の激しさはうつ病にも起こっています.それは従来の中核を占めていたメランコリー親和型のうつ病が減少し,いわゆる「現代型うつ病」といわれる新しいタイプのうつ病が若年層を中心に増加しています.最近のうつ病では,状況に応じて症状が変化することや傷つきを恐れる自己愛性が強く,その分,他者への攻撃性の強さが目立ちます.その結果,従来 指摘されてきた休養と薬物療法では治療がうまくいかない状況が起こっています.それだけではありません.何よりもこれまでの治療の重要な武器であった言葉を介した治療が難しい例が多くなってきています.言葉が治療の道具として機能しにくいという変化に対応するには,作業療法の動的な活動のなかに,患者さん自身は気づいていない病理性や問題行動を見つけ出していくことが必要になります.そして作業療法の場面で,作業療法士から直接本人に対して問題点を具体的に指摘し,自己に向き合ってもらうよう働きかける必要性が高くなってきました.そうなると,従来の基本である“支える““励ましてはいけない”といった治療ではなく,むしろ“励ます“あるいは“きちんと向き合う”という対応が求められてきます.その結果,医師や臨床心理士との1対1の面接だけでなく,作業療法や集団療法での対応も治療の重要な位置づけになり,作業療法士自身にもより深い患者理解と治療技術の向上が求められることになります.
 そのような時期に,この『うつ病の作業療法』の出版がなされたことは社会的にも意義の深いことだと考えています.うつ病の作業療法の教科書がほとんどない状況のなかで,この本が作業療法士のうつ病治療に役立つことを祈りたいと思います.また同時に,この本を通して作業療法の社会的認識が高まることを心より願っています.
 2013年5月吉日
 徳永 雄一郎
 (不知火病院院長)

序文
 “こころの健康”を保つことは,生活の質の向上に直結しています.近年の日本をみれば,さまざまな社会環境においてメンタルヘルス対策が重視されるようになりましたが,その背景には世界的な経済不況が影響していることは明らかです.特に職場では雇用不安や過重労働などによるストレスが健康に強く影響しています.そのような状況だからこそ,精神医療はしっかりと対応すべきであり,国民の健康を維持するための支援を行わなければなりません.
 ストレス関連疾患の代表的な病といえるうつ病が社会問題として取り上げられるようになって,かなりの時間が経過しました.日本の現状としては,特に30歳代の働き盛りの労働者に精神疾患の発病率が高いことが報告されています.世界保健機関が行った障害調整生存年による疾病負荷の将来予測によると,うつ病は2000年では総疾病が第4位であったのに対し,2020年には第2位になると予測されています.うつ病の有病率は他の精神疾患と比較して非常に高く,自殺との関連性も示唆されているため,それらの予防と対策は日本のみならず,世界各国において取り組まれています.日本国内では,「自殺対策基本法」が2006年に施行され,厚生労働省による「自殺・うつ病等の対策プロジェクトチーム」が2010年に発足され,それらの終息が図られています.その成果によって,1998年から続いた年間3万人を超える自殺者数は,2012年に15年ぶりに3万人を下回りました.しかし,各年代における自殺死亡率にはそれほど大きな変化はなく,今後も継続的対策が必要とされています.
 これらの動きのなか,精神医療の一員を担う作業療法士も良質な支援ができるようになることを目指し,編者2名と岡崎 渉(NTT東日本関東病院)が中心となって,2010年に「うつ病作業療法研究会」を発足しました.当会の目的は,(1)うつ病治療における作業療法の効果検証,および役割の明確化,(2)うつ病の作業療法に関する調査と研究および報告,(3)各会員の知識と技術の研鑽,(4)うつ病治療における作業療法の必要性の発信です.会員の多くは,臨床においてうつ病患者に対する作業療法や職場復帰支援プログラムを実践しています.日々の臨床は試行錯誤の連続ですが,臨床実践を積み重ね,さまざまな情報を共有し,対象者に活用してもらえる専門職を目指すための活動を推進しています.当会では,うつ病治療における作業療法士の役割と作業療法技術の確立を目標としていますが,その第一歩が本書といえます.
 本書の執筆にあたっては,うつ病作業療法研究会の会員に協力を依頼しました.本書の第I,II章では精神医療におけるうつ病治療とうつ病,双極性障害の位置づけを確認し,第III,IV章ではうつ病治療における作業療法と職場復職支援プログラムの具体的な概念・活用できる社会資源を紹介し,さらに実践報告として20事例をまとめました.また,第V章では具体的なアプローチ法と事例に行われた作業療法のポイントを解説しました.本書が作業療法士や作業療法士を目指す学生のお役に立てる書になることを願っています.また,うつ病に苦しむ対象者の方々に対して,有益な作業療法が提供できるヒントになれば幸いです.
 本書作成にとりかかり,2年の歳月が経過しました.本書を未熟ながらも世に送り出すことができたことに安堵しながらも,今後さらに成熟することを願っています.本書にご協力をいただきました皆さまには心よりお礼を申し上げます.また,長期間にわたる作業にも関わらず,最後まで丁寧なご支援をいただきました医歯薬出版株式会社の平林 幸氏,塚本あさ子氏に感謝申し上げます.
 2013年5月吉日
 早坂 友成
 推薦の言葉(徳永雄一郎)
 序文(早坂友成)
第I章 精神医療におけるうつ病の位置づけ
 (稲富宏之)
  1 健康に働きかける作業療法を目指して
  2 うつ病に対する社会の取り組み
  3 うつ病治療における作業療法の現状
第II章 うつ病の理解
 (早坂友成,稲富宏之)
  1 うつ病の分類
  2 気分障害の主症状
  3 従来のうつ病と躁うつ病
  4 新しいタイプのうつ病
  5 うつ病に併発する疾患・障害
第III章 うつ病治療における作業療法
 1 チーム医療と作業療法(早坂友成,織田靖史)
  1 チーム医療における作業療法の役割
  2 これからのうつ病の作業療法
  3 うつ病の捉え方と評価
  4 うつ病の作業療法におけるアプローチ
  5 入院・外来治療において活用できる社会資源
 2 実践報告
  1 NTT東日本関東病院(岡崎 渉)
  2 不知火病院(山本久美子)
  3 北原リハビリテーション病院(橋章郎)
  4 近森病院第二分院(織田靖史)
  5 いわき病院(福家亜希子)
第IV章 職場復帰支援プログラムにおける作業療法
 1 職場復帰支援プログラム(早坂友成,牧 賢美)
  1 職場復帰支援プログラムとは何か
  2 職場復帰支援プログラムにおける作業療法の役割
  3 職場復帰支援プログラムにおいて活用できる社会資源
 2 実践報告
  1 不知火病院(山本久美子)
  2 一陽会病院(菅野寿洋)
  3 北原リハビリテーション病院(橋章郎)
  4 桜が丘病院デイケア(牧 賢美)
  5 メディカルケア虎ノ門(森 勇人)
第V章 作業を用いた評価と治療
 (早坂友成,照井林陽)
  1 芸術活動と作業療法アプローチ
  2 運動と作業療法アプローチ
  3 生活リズム調整と作業療法アプローチ
  4 集団活動と作業療法アプローチ
  5 認知と行動と作業療法アプローチ

 おわりに−うつ病の作業療法の課題と展望(早坂友成)
 索引