やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって
 ブラックボックスといわれてきた脳の研究が21世紀には飛躍的に進展し,行動・認知・言語・感情など,人の心まで解明されると予測されている.確かにこの十年間を振り返ってみても,その発展は目ざましいものがある.
 進歩する脳研究のエビデンスは,脳疾患や障害の診断・評価・治療の質を向上させ,もたらす恩恵ははかりしれない.研究にとっては,非侵襲的な最良のツールが求められるが,その視点からもfMRI(機能的磁気共鳴画像法)と拡散テンソルは大変有用である.
 本書は,これら脳機能画像解析のために,国際的に信頼され広く汎用されているフリーソフトウエアSPM(Statistical Parametric Mapping)を実施するための手引書である.SPMはロンドン大学のKarl Friston先生の指導のもとに作成され,4年毎に更新(バージョンアップ)されて今日のSPM8に至っている.
 fMRIと拡散テンソルは,ともにMRI装置を使用するニューロイメージング手法である.本装置は放射線や核を用いないが,高磁場内での撮像のために重大な注意事項がある.本書で記述されている事項とインフォームドコンセントは,特に配慮を要する点である.fMRIでは刺激に対する脳の賦活部位を機能画像として描写するとともに形態画像も得られる.拡散テンソル解析では,脳の神経線維の走行を描写することができる.脳白質の神経線維走行を三次元的に可視化した像(tractography)とともに,現在これらのニューロイメージングは臨床的に実用化されている.
 本書では,はじめて解析に携わる人が,記載されている手順を追いながら撮像と画像解析を無理なく進められるようにはかられている.また,解析の実施にあたって必須な脳機能の基礎的知識ならびに臨床応用編も,新しい知見を加えた内容になっている.執筆にあたっては,興味を抱いている何人もの大学院生に試行を頼み,理解しにくい箇所を何度も手直ししながら完成に至っている.
 本書では実践に重点を置いたため,理論については画像解析の実施にあたり,それを理解する範囲にとどめている.さらに深く解析の理論や先端的な解析方法の詳細を学びたい方は,2007年に発行した『脳機能画像解析入門』(医歯薬出版)をお読みいただきたい.
 脳,神経の臨床や研究に携わる医師,研究者,放射線技士,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士などの医療専門職,および学生の皆さんの座右の書としてお役にたつことを願っている.
 おわりに,本書の出版の機会をいただき,企画・編集にご協力くださった医歯薬出版株式会社編集部に心から感謝の意を表します.
 2012年6月吉日
 米本恭三(東京慈恵会医科大学名誉教授)

はじめに
 SPM(Statistical Parametric Mapping)は,fMRIやPETなど脳画像の解析のために開発された世界で最も普及している高性能フリーソフトウェアである.SPMは,University College London(UCL),Wellcome Trust Centre for Neuroimaging,Functional Imaging Laboratory(FIL)のKarl Friston博士,John Ashburner博士らによって1994年にはじめて開発されたSPM94をベースに,SPM95,SPM96,SPM99,SPM2,SPM5,SPM8とバージョンアップし着実に進化を遂げてきた.今日,SPMを用いた脳画像解析は,基礎・臨床医学は言うまでもなく,神経科学(ニューロサイエンス),心理学,工学,社会学,言語学,あるいは最近の神経経済学(ニューロマーケティング)など,脳科学と深い関連をもつ広い学術研究領域においてすでに多く実践されている.今後も,SPMへの期待はさらに高まっていくであろう.
 SPMの理論は高度な数学に基づくものであり,マニュアルや解説書のほとんどが英語で書かれたものであることなどから,初学者がSPMの考え方やその具体的な操作方法を習得することは一般に困難であろう.特にSPM8は2009年4月にリリースされ,これまでのSPMのメジャーアップデート版であることから,それ以前のバージョンのSPMにある程度慣れているユーザーでさえ,すぐにSPM8を使いこなせるというわけではない.そこで,誰でも容易に理解し実践できる,あらたなSPM8の日本語マニュアルが必要であると考えた.
 SPM2については,すでに前著『脳機能画像解析入門─SPMでfMRI,拡散テンソルを使いこなす』(医歯薬出版,2007)で解説したが,読者からは操作方法が具体的に示されていてとてもわかりやすいとご好評をいただいた.本書では,さらにわかりやすくなるよう配慮し,脳画像解析のためのSPM8の処理ステップを一つひとつ丁寧に図示し,読者がそのまま操作していけばゴールに辿りつけることができるようにするとともに,メジャーアップデートされたSPM8の特徴についても容易に理解できるよう配慮した.また,難解なSPMの理論や考え方についても,数式はなるべく使わず図を使用して視覚的にわかりやすくなるよう工夫した.さらに,前著では解説しなかったが,読者から解説してほしいという要望の多かった事象関連(event─related)fMRIの考え方とその解析の具体的な操作方法についてもあらたに本書に加えた.SPM8を用いて脳画像解析を実践したい,あるいはその考え方を理解したいという方々には,ぜひとも読んでいただきたいマニュアルである.
 本書の出版に際し,多くの方々に大変お世話になりました.本書出版の道筋をお示しいただいた東京慈恵医科大学名誉教授 米本恭三先生に感謝の意を表します.本書の出版全般において多大な貢献をいただいた医歯薬出版編集部の方々に感謝の意を表します.最後に,UCLのKarl Friston博士ほかSPMの開発に携わってこられたFILのメンバーの先生方に心からの敬意を表したいと思います.
 2012年7月10日
 菊池吉晃(首都大学東京大学院教授)
 刊行にあたって(米本恭三)
 はじめに(菊池吉晃)
実践編
1章 脳機能画像解析の概要とfMRIの撮像(妹尾淳史)
 1 脳機能画像解析の概要
  脳機能画像解析とは? 脳機能画像解析の種類と特徴
 2 MRIの理論
  MRIとfMRIの違い MRIの理論
 3 fMRIの実験概要
  fMRIとは何か fMRIの解析法の変遷 fMRIで何がわかるのか fMRIの安全性 fMRIの実験手順 fMRIの実験デザインと撮像
 4 fMRIに関する注意事項
  fMRIの一般的な注意事項 fMRIの禁忌事項(MR室に絶対に入ってはならない人) fMRIの禁忌事項(MR室に持ち込んではならないもの) 被験者に対するインフォームドコンセント
 5 fMRIの実験に必要な機材
  視覚刺激実験に必要な機材 聴覚刺激実験に必要な機材 運動刺激実験に必要な機材
 6 fMRIの撮像
  用語説明 fMRI撮像の手順 画像データの転送・保存
 7 拡散テンソル解析
  ブラウン運動と拡散との関係 拡散強調撮像法の理論 拡散テンソルとは 拡散テンソルの算出法 ADCとFAの算出法 SPM以外の拡散テンソル解析
 8 画像保存形式の変換
  テキストファイル形式とバイナリファイル形式 画素あたりの情報量と階調度との関係 画像ファイルの構造 画像の保存型式と形式変換の必要性について
 9 SPM8によるDICOM形式からNIfTI形式への画像変換
  画像変換の保存形式をAnalyze形式からNIfTI形式へ変更 DICOM Importによる画像の保存形式の変換
 10 MRIcronによるDICOM形式からNIfTI形式の画像変換
  MRIcronのダウンロードとインストール dcm2niiguiによるDICOM形式からNIfTI形式の画像変換
2章 SPM8の使いこなし方(菊池吉晃,大場健太郎)
 1 SPMのコアとなる考え方
  実験デザインの考え方 前処理(Preprocessing)の意味 SPMでは脳活動をどのようにモデル化するか 脳賦活画像を統計的に理解する
 2 SPM8を使うために
  SPM8をダウンロードする SPM8を起動する
 3 ブロックデザインに基づくfMRIデータの解析
  前処理(Preprocessing) 個人解析(individual analysis,1st level analysis) 変量効果による集団解析(group analysis,2nd level analysis)
 4 事象関連デザインに基づくfMRIデータの解析
  前処理 個人解析 変量効果による集団解析
 5 Batch処理
 コラム1 T1(MNI)標準脳にもとづくNormalisation
 コラム2 Realignmentパラメータを用いて頭部の動きの影響を除去する
3章 拡散テンソルの解析方法(妹尾淳史)
 1 拡散テンソル解析の概要
  拡散現象とは何か 拡散テンソル解析で何がわかるのか
 2 拡散強調画像の撮像
  拡散強調画像の撮像手順 拡散強調画像の撮像パラメータ 拡散強調画像の歪み補正 拡散テンソル画像からのFAマップの計算 FAマップの解剖と正常値
 3 SPMの操作による健常例および疾患例―FAマップの標準化とグループ化
  FAマップのグループ化の概要
 4 SPMによる拡散テンソル解析の実際
  健常例データベースと疾患例の比較の実際
臨床応用編
4章 高次脳機能の基礎知識―高次脳機能障害研究から―(渡邉 修)
 1 高次脳機能とは
 2 ブロードマンの脳地図と脳回
 3 臨床でみられる高次脳機能障害のアウトライン
 4 前頭葉損傷が主体となる高次脳機能障害
  ワーキングメモリーの障害 遂行機能障害 フィルター機能および反応抑制機能の障害 注意障害 流暢性の障害 病識の低下 情緒・感情のコントロールの障害 道具の強迫的使用・他人の手兆候(alien hand) 展望的記憶の障害 運動障害
 5 頭頂葉損傷が主体となる高次脳機能障害
  【主に右頭頂葉損傷で認められる障害】
   方向性注意の障害―半側空間無視 病識の低下および左半側身体失認 構成失行,着衣失行,地誌的障害
  【主に左頭頂葉損傷で認められる障害】
   伝導失語 失行 失読失書 ゲルストマン症候群
 6 側頭葉損傷が主体となる高次脳機能障害
  失語症 記憶障害
 7 後頭葉損傷が主体となる高次脳機能障害
  一次視覚野(17野)を主とする障害 二次視覚野(18野,19野)を主とする障害
 8 離断症候群
 9 高次脳機能に関するActivation studyをするうえで留意すること
 コラム1 前頭葉機能を測る認知課題施行中の脳活動例
 コラム2 補足運動野の役割
5章 症例にみるfMRIの臨床応用(新見昌央,山田尚基,安保雅博)
 1 運動機能
  症例1/症例2
 2 認知機能
  症例3/症例4

 索引
 付録:解析用fMRIデータの入手について