やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 本書の原著との出会いはふとしたことであった.共訳者の1名がオーストラリアのパースで4週間の徒手療法コースを受講して帰国後,本書にも登場するSeverity,Intensity,Nature of symptomの頭文字“SIN”について記載した書物はないものか,と私にたずねた.そこでWebサイトで調べているとインターネット上で原著「Neuromusculoskeletal Examination and Assessment」の一部がPDFで公表されていることがわかった.それがきっかけで原著を購入することになった.
 手に入ったその本をパラパラめくって驚いた.とっさに「自分が10年前にオーストラリアで学んだ徒手療法の基礎が網羅されている」と直感した.これまでにも日本に紹介された同種の洋書は数多くあり,私も何冊か共訳した著書がある.しかし,これほどまで自ら「翻訳して徒手療法に興味がある技術者に紹介したい」と感じた本に出会ったことはなかった.
 著者であるNicolla Petty女史も紹介しているように,本書の特徴は,まず学部学生を対象に“テキスト“として書かれていることである.今流に言うと,初学者にはぴったりフィットする指南書である.事実,オーストラリアでもマニュアルセラピーのテキストとして使用されている.次に原著は改訂を重ね,第3版となっていることから,読者から一定水準の評価を得ている本であり,版を重ねるごとに多くの工夫が凝らされていると想像できる.本書の序文を読み終えた読者は,第2章の「問診」の重要性と順序立てた解説により,明確で,系統的な問診プロセスを学習する.第3章の「理学的検査」へと読み進めると,神経筋骨格系の検査・評価システム全体のコンセプトが理解できるだろう.はじめの3章を読破して後は,どの章からはじめてもよい構成になっている.第4章以下は身体部位ごとにその検査システムの流れに沿って手順を追って記載され,同じ検査項目はいちいちページをめくり返す必要がないように,当該箇所でリフレインされている.さらに,平均的日本人女性よりも身長が低い彼女自身が提示する検査テクニックの写真は平明で,「体の大きな外国人と同じような方法を実施できない」という嘆きを聞く心配も無用である.彼女は「テクニックは自分の体格に適した方法で行うことが望ましい」と断言している.すなわち類書が陥りやすい“テクニックのコピー至上主義”を見事に看破しているのである.加えて,数ある特殊検査の中から臨床で使用頻度の高いものを選択的に提示していることに,臨床家のみならず教育者としての彼女の比類なき才能が垣間見える.
 このような理由で,本書を完訳できた喜びはひとしおであり,読者に本書の価値を見出していただけたら,喜びが何倍にも膨れ上がることは想像に難くない.本書は徒手療法の初学者,理学療法士,カイロプラクターなどの技術者に推薦できる秀逸なテキストである.
 タイトルには“治療”という言葉は見当らないが,記載された検査,評価手技の一部は治療手技として応用できるものも多く,臨床家も本書から多くの治療へのヒントを発見できるだろう.
 また海外へ留学して徒手療法を学ぼうと志す方にも推薦する.是非,本書を最大限に利用し,学習して欲しい.
 発刊に至るまでには幾多の困難が待ち受けていた.その最大なものは,ほとんどの共訳者の所属する職場が,専門学校から大学への移行期と翻訳作業がオーバーラップしたことである.しかし,学科開設とほぼ同時に発刊できたことは喜びに耐えない.複数名で翻訳する場合に弊害となりやすい文言の統一,言い回しの相違なども共訳者が同僚ということが逆に幸いし,難なくクリアできた.
 最後に本書の発刊にあたり,快く翻訳を引き受けてくれた共訳者全員に感謝を申し上げる.また,私からの翻訳の申し出を快く承諾していただき,翻訳作業中も適切なアドバイスを与えつづけてくださった医歯薬出版編集部の担当者に深謝いたします.
 本書が学校教育の場でテキストとして,また臨床ではいつもセラピストの手元に置かれ,ぼろぼろになるまで読まれることを望んでいる.
 平成22年(2010年)4月
 監訳者:中山 孝

はしがき
 我々には臨床検査と評価に関する,長く詳細でしかも正確に記述されたテキストは必要だろうか?膨大な時間を費やして印刷されるまでには,もはや入手できる最新の情報ではないものが含まれたテキストを発刊することは,臨床家・研究者にとって価値があるだろうか?おそらく読者は,テキストの序文にこのような質問を並べ立てるべきではなく,著者へ賛辞を述べる場面であると思っているだろう.この議論は後半に回し,ここでは上記の質問について考えてみたい.
 学習とは時空を超えた一生涯の出来事であり,一つの「正道」はない.異なる個人それぞれに異なった学習過程が必要である.しかし,我々のほとんどは,最初の学習を開始できる構造母体を必要とする.我々はどこからか学習を始めなければならず,幸いにも,もし我々の出発点が基底面の広い構造であれば,残りの生涯の職業上の経験を構築できる強固な基礎が提供できる.たとえば,学部学生に臨床推論の概念を与えずに学習を進めても,彼らは人の身体の構造,機能およびその構造の病的パターンを学ぶ必然性をいとも簡単に理解することはできる.その一方で,特定の悪い臨床所見が消え,個々の患者の状況と必要性に合わせた管理プログラムを作成するために,学生には自分の人生経験と結びつけてあらゆる分野の知識を融合させることが要求されている.「富は備える者をひいきする」,それに異論はないが,拾い上げた情報を制約するためではなく,その代わり区別し,批判し,そして適切に問う必要がある.検査技術に関する知識をもたずにこれらの検査を特別に実施し解釈しても,臨床家は道に迷うばかりである.
 本書は前進する術を与える.検査方法の詳細とさまざまな臨床所見の考えうる解釈は,学部または大学院学生レベルの徒手療法修学生には価値がないだろう.彼女の徒手的検査上の思いつきで,セラピストと患者の両方の体の大きさ,体型をさまざまに変えてあるのがわかり,喜ばしいことである.本書は多くの先達の本に比べ非常に幅広い範囲を網羅しており(本書のタイトルからもわかる),当代の熟練した臨床家の行う多面的アプローチを成功裏に反映させている.したがって,最初の質問に対する私の回答は「はい」となる.
 ここ15年間,イギリスでは徒手療法関連の研究が爆発的に行われてきた.当初からこの領域の研究に発展をとげた国がある一方で,ある国では研究はまだ始まったばかりである.これらの研究から発信される情報は,インターネットを通して飛躍的に簡単に入手できるようになり,これまでとは比較にならないほど多くの開業者が利用できるようになった.この恩恵により,情報が不十分なことや更新されないことは,もはや言い訳にはならない.しかし,学生ではこの状況は異なっている.学習過程の初期段階にある彼らの特質上,どの質問で最も多くの情報が得られるか知ることは,必ずしも可能ではないことを物語っている.臨床の検査から湧き上がる疑問に対して,最新の研究でも回答できないかもしれない.臨床家が最もよく用いる情報は,関連痛パターンである.この領域の最も信頼できる書物は1940年代と1950年代の研究の後,出版された.したがって,徒手療法関連のさまざまな領域の専門家が,発展する臨床領域の異なった時期に発信する多くの情報源を利用することが,学生には必要である.
 本書は学習の初期段階と,それを越えて情報を与える.従前の学習に結び付け,最新の情報を用いて「探求者」と批判的臨床家に対して幅広い重要な基礎を提供する.本書は一連の論理的質問を通して,偏見なく診断にアプローチし,検査,評価を行うよう導いている.考えられる管理手段を説明し,各章で豊富な参考文献を提供しつつ,さらなる探索と学習を奨励している.よって,第二の質問の回答はまたしても「はい」である.
 Nikki Pettyがこの巨大な課題をみごとに完成させたことを心から祝福する.献身的かつ詳細にわたって心血を注ぐ臨床家としての彼女の将来は称賛に値し,その学習者支援への志に感謝する.
 Agneta Lando,2005年8月

序文
 私は本書の前版の発行以来,神経筋骨格系の検査と評価に関する自分の理解を深める努力をしてきた.我々は皆,一つの旅路にあり,しかもそれは極めて明確で公然の方法であるテキストを書くという旅である!新版である本書では,自分の思考の変化を反映させ,言葉に些細な変化を加えた.ごった返した自宅や職場を整頓するのは自分と同世代によく見られる特徴であるが,それのみならず,利用者にかなり馴染みのある検査項目の数を減らし,逆に表の数を増やして項目を集約した検査方法としてまとめ上げた.
 本書を読み返したとき,所々に独断的で,関節に関しては偏見があることに気づいた.そのため各章ごとに,この点に関する改善を試みた.また患者中心のアプローチを強調するよう心がけた.資料の提示にはたくさんの別法を用意し,線画は写真に置き換え,検査チャートは書き直し,参考文献は最新のものを使用した.
 私の思考は哲学書を読むことで変容し,(神経筋骨格系機能不全患者の治療を含めた日々の生活における)人生の大きな疑問に確証をもって答えることは現実味がないとわかってきた.全く疑う余地のない確かな概念はもはや価値がない.しかし学生は,よく真実と患者治療に対する確かな感覚および自分の職業の科学性を追究しようとする.臨床家は患者と治療的に横並びで働き,彼らのリハビリテーションを促すことを求められる.我々一人ひとりは肉体,知能,意志,感情,精神をもち,それらが独自に混在して構成されている.臨床家は,患者自身の臨床推論,理論的な学究的知識のみならず,彼らの直感にも敬意を示して一人ひとりに対処すべきである.臨床治療はいつも芸術であり,そこには不確実性が存在する.本書は身体機能不全を明確にする技術を強調する一方で,その幅広い内容の中にそれを見出せるだろう.
 Eastbourne 2005
 Nicola J Petty
 監訳者の序
 はしがき
 序文
 謝辞
 用語の解説
第1章 序論
第2章 問診
 はじめに
 問診ステップバイステップ
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 付録2-1:クリニカルリーズニングフォーム
 付録2-2:ケースシナリオ
 付録2-3:見せかけの臨床像
  文献
第3章 理学的検査
 はじめに
 理学的検査ステップバイステップ
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 理学的検査の完了
  文献
第4章 顎の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査計画
 理学的検査
  観察
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第5章 上部頸椎の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  触診
  他動的椎間関節副運動
 検査の完了
  文献
第6章 頸胸椎の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  他動的椎間関節副運動
 検査の完了
  文献
第7章 胸椎の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
 検査の完了
  文献
第8章 肩の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第9章 肘の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第10章 手関節と手指の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第11章 腰椎の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  他動的椎間関節副運動
 検査の完了
  文献
第12章 骨盤の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第13章 股関節の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第14章 膝の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第15章 足部と足関節の検査
 痛みや運動制限を引き起こす原因
  足関節
  足部
  その他
 問診
  ボディーチャート
  症状の動向
  特に注意すべき情報(特別な質問項目)
  現病歴(HPC)
  既往歴(PMH)
  社会的因子と家族歴(SH,FH)
  理学的検査の計画
 理学的検査
  観察
  関節健全性検査
  生理学的自動運動
  生理学的他動運動
  筋の検査
  神経学的検査
  その他の検査
  触診
  関節副運動
 検査の完了
  文献
第16章 エピローグ
 問診
 理学的検査
  文献

 索引