やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって
 近年の画像技術の進歩は目覚ましいものがある.脳の活動がリアルタイムに見え,病巣部位の特定が容易になってきている.とりわけ,脳の機能解析がこれほど急速に進歩してくるとは20年前に想像できたであろうかと隔世の感を抱くのである.なかでも,fMRIを中心とした脳機能の画像解析は神経科学のみならず,リハビリテーション医学や再生医学領域での注目も高まっている.健常脳と比較しながら障害を受けた脳の病巣部位や賦活部位を知ることは,臨床でのさらなる発展が期待できるところであろう.
 本書はfMRI,拡散テンソルによる画像データをSPMで解析するための実践的なマニュアル書である.これまで日本語によるやさしい解析書はなく,そのニーズに応えるものとして企画された.著者である東京電機大学の月本洋先生,首都大学東京の菊池吉晃先生,妹尾淳史先生はいずれも工学博士であり,臨床への深い理解をもつ,優れた教育,研究者であるとともに実務家でもある.また,リハビリテーション医学の立場からは脳の臨床と機能解析の領域で指導的立場にある渡邉修先生,安保雅博先生のお二人に,それぞれ運動系と言語系における臨床応用に関し先行研究と合わせ自験例を紹介いただいた.いわば研究と臨床との連携から生まれた書といえる.
 画像解析は,ともすると難解な数式に遭遇し,敬遠しがちなものである.しかし,技術と研究のレベルアップのためには,自ら理論を学び,実践してみる姿勢をもちたい.本書では実践に重きがおかれ,fMRI,SPMの使いこなし方が丁寧に示されている.工学や医学生の講義と実習にも役立つ内容である.理論編は上級者向きといえるかもしれないが,より興味をもち,そのバックボーンを知るために,ぜひあわせて読み進めてほしい.前述のように本書は解析に必要なソフトのマニュアル的解説書でもあり,はじめて取り組まれる研究者がページを追いながら画像解析が行えるように詳細に記述されている.コンテンツに関しては研究者ならびに工学系,医療系の学生達に紙面の記述に従って実際に解析を進めてもらい,より容易に理解できるような工夫を凝らしつつ本書の完成に到った.主な読者対象を,医師,認知科学者,医療系専門職,工学系科学者,学生等としているが,多領域の教育・研究上のテキストとして活用いただければ,望外の喜びである.
 2007年3月吉日
 米本恭三(東京慈恵会医科大学名誉教授)

はじめに
 最近,いくつかの非侵襲的脳機能計測法が開発されてきているが,そのなかでも機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging;fMRI)は多くの人々に注目されている.脳機能を画像化できるfMRIに加えて,最近では拡散テンソルの技術も開発され,脳内の神経線維の走行なども画像化できるようになってきた.これらの手法は,今後の脳機能研究においてきわめて有効なものである.
 fMRIデータの解析は,ほとんどの場合,SPM(Statistical Parametric Mapping)という解析ツールを用いておこなわれている.しかし,このSPMを使うことは必ずしも容易であるとはいいがたい.SPM関連のホームページには解説用の資料があるが,それらの量は膨大で内容も難しいため,初学者が理解するには困難なことが多い.したがって,SPMに関する平易な解説書の出版が望まれてきたが,残念ながらこれまで日本語の成書は出版されてこなかった.
 このような状況をふまえて,本書では初学者向けにSPM,fMRI,拡散テンソルを中心とした脳機能画像解析を平易に解説することを主旨とした.また,SPMの応用例も簡単に紹介し,SPM以外の脳機能画像解析手法にもふれている.
 SPMには,SPM99,SPM2,SPM5といくつかのバージョンがあるが,本書では,すでに多くのツールが利用でき,バグが少なく,最も多く使われているであろうSPM2についての解説をおこなった.また,脳活動の生データのCDを付録としてつけ,初学者でもSPMを使った脳機能画像解析の基本を学べるように配慮した.なお,SPMは拡散テンソルの解析にも有効である.
 本書の構成は,学びやすさを配慮して,前半を実践編,後半を理論編とした.特に6章,7章は数式が多く,読みづらいことが想定されるため,執筆者が相互に原稿を読み合い,書き直す作業を数度にわたりおこなった.また,学生をはじめ多くの方々に読んでいただき,改変を重ねてきた.記述内容には万全を期したつもりであるが,読者の皆さんのご意見・ご批判をいただければ幸いである.
 本書が,はじめてfMRIデータの解析をおこなおうとする人,あるいはこれまで解析をおこなったことはあるがその意味がよくわからなかった人,脳機能画像解析に関心のある医学・心理学・工学・保健科学・教育学などさまざまな領域の人々にとって,すこしでも有益な解説書となることを願ってやまない.
 本書の発行に際して,SPMの指導者であるKarl Friston博士から,以下のコメントをいただきました.“I was delighted to see this book in completion.The integration of SPM with the important questions and techniques covered by this book is impressive and pleasing.The authors have combined different international,academic and technical domains to provide an excellent treatment of fMRI,DTI and SPM.”(邦訳「完成された本書を見て嬉しく思います.本書で扱われているSPMと重要な問題・技術の統合は,感銘を与えるものであり喜ばしいものです.著者らは,国際的に注目されているさまざまな学術的・技術的な領域を組み合わせることで,fMRIとDTI,SPMを見事に解説しています.」)
 本書を作成するうえで,多くの方々のお世話になりました.ここに,感謝の意を表したいと思います.特に,SPM画像などの使用を快諾していただいたUniversity College LondonのKarl Friston博士に感謝いたします.また医学研究の立場から貴重なご指導を賜り,本書出版の道筋をつくってくださった,東京慈恵会医科大学名誉教授の米本恭三先生に感謝いたします.最後になりますが,本書の編集の労をとっていただいた,医歯薬出版編集部の塚本あさ子氏に感謝いたします.
 2007年3月吉日
 著者一同
 刊行にあたって(米本恭三)
 はじめに(著者一同)
実践編
1章 fMRIの使いこなし方(妹尾淳史)
 1 fMRIの実験概要
  fMRIとは何か/fMRIで何がわかるのか/fMRIの実験手順/fMRIの実験デザインと撮像
 2 fMRIに関する注意事項
  fMRIの一般的な注意事項/fMRIの禁忌事項/被験者に対するインフォームドコンセント
 3 fMRIの実験に必要な機材
  視覚刺激実験に必要な機材/聴覚刺激実験に必要な機材/運動刺激実験に必要な機材
 4 fMRIの撮像
  用語説明/fMRI撮像の手順/画像データの転送・保存
 5 画像保存形式の変換
  テキストファイル形式とバイナリファイル形式/画素あたりの情報量と階調度との関係/画像ファイルの構造/画像の保存形式と形式変換の必要性について
 6 SPMによるDICOM形式からAnalyze形式への画像変換
 7 MRIcroによるDICOM形式からAnalyze形式への画像変換
  MRIcroのダウンロードとインストール/DICOM形式からAnalyze形式への変換次元画像から3次元画像への変換(ボリュームデータへの切り出し)
2章 SPMの使いこなし方(菊池吉晃)
 1 SPM2を使うために
  SPM2をダウンロードする/SPM2を用いたfMRIデータ処理のための準備/SPM2を起動する
 2 SPM2による前処理(Preprocessing)
  脳画像の動きの補正(Realignment)/fMRIデータの標準脳への変換(Spatial Normalization)/fMRIデータの空間的平滑化(Spatial Smoothing)
 3 脳の賦活画像の作成
  個人解析/デザインマトリクスの作成(Model Specification)/デザインマトリクスにデータを組み込む(Data Specification)/各条件の重みを推定する(Estimation)/コントラストの作成と結果の表示(Contrasts)
 4 集団解析
  個人解析から集団解析へ/集団解析のための準備/変量効果による集団解析
3章 拡散テンソルの解析方法(妹尾淳史)
 1 拡散テンソル解析の概要
  拡散現象とは何か/拡散テンソル解析で何がわかるのか
 2 拡散強調画像の撮像
  拡散強調画像の撮像手順/拡散強調画像の撮像パラメータ/拡散強調画像の歪み補正/拡散テンソル画像からのFAマップの計算/FAマップの解剖と正常値
 3 SPMの操作による健常例および疾患例―FAマップの標準化とグループ化
  FAマップのグループ化の概要
 4 SPMによる拡散テンソル解析の実際
  健常例データベースと疾患例の比較の実際
4章 fMRIの応用―言語系と運動系(安保雅博,渡邉 修,米本恭三)
 1 言語系
  Brodmann's areas(BA),領域名,解剖学名/話す・読む・書くについて/発話について/失語症のfMRI/自験例の紹介/今後の失語症のfMRIの方向性
 2 運動系
  随意運動における神経基盤の解明/脳の可塑性に関する研究
理論編
5章 fMRIと拡散テンソル解析の理論(妹尾淳史)
 1 MRIの理論
  MRIとfMRIの違い/MRIの理論/fMRIの解析法の変遷/fMRIの安全性
 2 拡散テンソル解析
  ブラウン運動と拡散との関係/拡散強調撮像法の理論/拡散テンソルとは/拡散テンソルの算出法/ADCとFAの算出法/SPM以外の拡散テンソル解析
6章 SPMの理論(月本 洋)
 1 SPMの概要
 2 前処理
  位置補正/標準化/平滑化
 3 一般線形モデル
  一般線形モデルとは/fMRIデータで一般線形モデルを解説する
 4 検定
  基礎事項/fMRIデータで検定を解説する/t検定/F検定
 5 分散分析
 6 回帰分析
  1変数の回帰分析(単回帰分析)/多変数の回帰分析(重回帰分析)/回帰式に関するt検定
 7 ランダム場理論(random field theory)
  多重比較問題とボンフェローニ(Bonferroni)補正/空間的相関と独立な値の数/ランダム場理論を用いた手順/FWEとFDR
 8 変量効果解析(random effects analysis)
7章 先端的な解析手法(月本 洋)
 1 独立成分分析
  独立成分分析とは/独立成分分析のfMRIデータへの適用
 2 論理回帰分析
  SPMの問題点とその解決法/論理回帰分析の概要/ノンパラメトリック回帰分析/ルール抽出/左手タッピングの実験/人工データを用いた実験
 3 fMRIと拡散テンソル画像の融合(論理回帰分析の展開)
  fMRIの問題点とその解決法/聴覚課題の実験

 索引