訳者まえがき
よみがえったノレンの名著
少し古くなったが,手元に二冊の本がある.一冊は,一九六八年に米国で初版が出版されてベストセラーとなったウイリアム・A・ノレン著『The Making of a Surgeon』(彼の娘ジョディが序文を寄せて一九九〇年に再び刊行されたMid-List Press版).もう一冊は,横山邦幸氏による同書の翻訳『外科医の誕生』(社会保険新報社,一九七五年刊行)で,これは絶版となっていたため,古本屋で手に入れた.そこには,一九五〇年代の米国における外科臨床研修の様子が克明に描かれている.訳書の帯には,織畑秀夫東京女子医科大学教授(当時)による「若い医師諸君にぜひ読んでほしい」という推薦の言葉がある.
ノレンの本が出版されてから三十六年の歳月が流れた二〇〇四年,一冊の本が刊行された.そのタイトルは『The Making of a Surgeon in the 21st Century』で,著者は血管外科医のクレイグ・A・ミラーであった.本書『外科研修医 熱き混沌』はその全訳である.英文書名が示すとおり,ミラー氏は明らかにノレンの本を意識しながらも,二十一世紀における米国の外科臨床研修について,自らの視点で記述している.
米国で医師になるためには,四年制大学を卒業後,さらに医学部において四年間の医学教育を受けなければならない.医学部を卒業すると医学博士(M.D.)となるわけであるが,一人前の医師になるためには,レジデンシーと呼ばれる臨床研修を受けなければならない.本書は,ミラー氏自身が経験した一般外科の臨床研修を記録したものであるが,それは医学部を卒業したばかりのインターンがチーフレジデントになって臨床研修を終えるまでの五年間にわたる苦闘の物語である.その過程における熱意と努力に敬意を表する意味で,熱き混沌を和文書名に用いた次第である.
一般外科の臨床研修は,外科専門分野のほとんどにおいて徹底的に経験を積ませることを意図しているので,本書の内容も,整形外科,心臓胸部外科,形成外科,腫瘍外科,小児外科,血管外科,移植外科,外傷科など多岐にわたる.それらの分野をローテーションしながら,著者は虫垂切除術がようやくできる段階から,高度な技術を必要とするウィップル手術を執刀することが可能な段階まで成長していく.その途中には,受刑者である患者への対応,手術室チーム,医療過誤,医学研究,針刺し事故による感染への恐怖,患者の死,研修指導医などの上司や同僚との人間関係,病院の外の家庭問題などが取り上げられており,高度な外科の専門性を求められる医師としてだけでなく,一人の人間として成長していく過程が,厳しさとユーモアを交えながら生き生きと描かれている.その内容には,舞台となっている米国だけでなく,現在の日本の医療にあてはまる事柄も多く含まれている.したがって,本書が,日本の医学生,研修医,研修指導医のみならず,看護師などをはじめとする多くの医療関係者にとってもちろんのこと,そして将来医師をめざす高校生などにとっても有益なものとなることを確信している.さらにまた,医学や医療に関心のある一般読者にもぜひ読んでいただき,外科医や医師に対する社会の理解が深まることを願っている.
翻訳作業を進めるうえで,原著者のミラー博士に連絡をとることができたのは幸運であった.血管外科部長という激務をこなしながら,医学を専門としない訳者の質問に辛抱強く丁寧に答えてくださったミラー博士のおかげで,本書は信頼できるものに仕上がったはずである.ミラー博士には心から感謝したい.
看護職者を養成する大学で,看護学生の英語教育や医療分野の英語と英語文化についての研究に従事する傍ら,これまで『アメリカ新人研修医の挑戦』や『看護師がいなくなる?』(いずれも西村書店刊),『アメリカ精神科ER』(新興医学出版社刊)などの翻訳書を上梓してきた.このように外国の医療の現実を描く優れた原書を翻訳して伝えることは,微力ながらも看護教育の一翼を担う者として重要な役割であると考えている.
今回,本書出版の意義にご理解を示してくださった医歯薬出版株式会社に敬意を表するとともに,丹念に内容をチェックしながら原稿に目を通していただいた同社の遠山邦男氏には深く感謝申し上げる.
最後に,英語の言語と文化についての研究という道に訳者が進む力を与えて下さった恩師山田政美先生(島根大学名誉教授,島根県立大学名誉教授)に心よりお礼を申し上げるともに,訳者をいつも支えてくれる家族に感謝したい.
二〇〇八年四月
田中芳文
よみがえったノレンの名著
少し古くなったが,手元に二冊の本がある.一冊は,一九六八年に米国で初版が出版されてベストセラーとなったウイリアム・A・ノレン著『The Making of a Surgeon』(彼の娘ジョディが序文を寄せて一九九〇年に再び刊行されたMid-List Press版).もう一冊は,横山邦幸氏による同書の翻訳『外科医の誕生』(社会保険新報社,一九七五年刊行)で,これは絶版となっていたため,古本屋で手に入れた.そこには,一九五〇年代の米国における外科臨床研修の様子が克明に描かれている.訳書の帯には,織畑秀夫東京女子医科大学教授(当時)による「若い医師諸君にぜひ読んでほしい」という推薦の言葉がある.
ノレンの本が出版されてから三十六年の歳月が流れた二〇〇四年,一冊の本が刊行された.そのタイトルは『The Making of a Surgeon in the 21st Century』で,著者は血管外科医のクレイグ・A・ミラーであった.本書『外科研修医 熱き混沌』はその全訳である.英文書名が示すとおり,ミラー氏は明らかにノレンの本を意識しながらも,二十一世紀における米国の外科臨床研修について,自らの視点で記述している.
米国で医師になるためには,四年制大学を卒業後,さらに医学部において四年間の医学教育を受けなければならない.医学部を卒業すると医学博士(M.D.)となるわけであるが,一人前の医師になるためには,レジデンシーと呼ばれる臨床研修を受けなければならない.本書は,ミラー氏自身が経験した一般外科の臨床研修を記録したものであるが,それは医学部を卒業したばかりのインターンがチーフレジデントになって臨床研修を終えるまでの五年間にわたる苦闘の物語である.その過程における熱意と努力に敬意を表する意味で,熱き混沌を和文書名に用いた次第である.
一般外科の臨床研修は,外科専門分野のほとんどにおいて徹底的に経験を積ませることを意図しているので,本書の内容も,整形外科,心臓胸部外科,形成外科,腫瘍外科,小児外科,血管外科,移植外科,外傷科など多岐にわたる.それらの分野をローテーションしながら,著者は虫垂切除術がようやくできる段階から,高度な技術を必要とするウィップル手術を執刀することが可能な段階まで成長していく.その途中には,受刑者である患者への対応,手術室チーム,医療過誤,医学研究,針刺し事故による感染への恐怖,患者の死,研修指導医などの上司や同僚との人間関係,病院の外の家庭問題などが取り上げられており,高度な外科の専門性を求められる医師としてだけでなく,一人の人間として成長していく過程が,厳しさとユーモアを交えながら生き生きと描かれている.その内容には,舞台となっている米国だけでなく,現在の日本の医療にあてはまる事柄も多く含まれている.したがって,本書が,日本の医学生,研修医,研修指導医のみならず,看護師などをはじめとする多くの医療関係者にとってもちろんのこと,そして将来医師をめざす高校生などにとっても有益なものとなることを確信している.さらにまた,医学や医療に関心のある一般読者にもぜひ読んでいただき,外科医や医師に対する社会の理解が深まることを願っている.
翻訳作業を進めるうえで,原著者のミラー博士に連絡をとることができたのは幸運であった.血管外科部長という激務をこなしながら,医学を専門としない訳者の質問に辛抱強く丁寧に答えてくださったミラー博士のおかげで,本書は信頼できるものに仕上がったはずである.ミラー博士には心から感謝したい.
看護職者を養成する大学で,看護学生の英語教育や医療分野の英語と英語文化についての研究に従事する傍ら,これまで『アメリカ新人研修医の挑戦』や『看護師がいなくなる?』(いずれも西村書店刊),『アメリカ精神科ER』(新興医学出版社刊)などの翻訳書を上梓してきた.このように外国の医療の現実を描く優れた原書を翻訳して伝えることは,微力ながらも看護教育の一翼を担う者として重要な役割であると考えている.
今回,本書出版の意義にご理解を示してくださった医歯薬出版株式会社に敬意を表するとともに,丹念に内容をチェックしながら原稿に目を通していただいた同社の遠山邦男氏には深く感謝申し上げる.
最後に,英語の言語と文化についての研究という道に訳者が進む力を与えて下さった恩師山田政美先生(島根大学名誉教授,島根県立大学名誉教授)に心よりお礼を申し上げるともに,訳者をいつも支えてくれる家族に感謝したい.
二〇〇八年四月
田中芳文
訳者まえがき
プロローグ
第一章 一年目 危機に備えよ
第二章 一年目 典型的な一日
第三章 一年目 わずかな知識
第四章 二年目 おそらくは,眠ることができる
第五章 二年目 愚かなことは絶対にするな
第六章 二年目 形成外科の人たち
第七章 奇妙な問題
第八章 手術室チーム
第九章 賢馬ハンス
第十章 過ち
第十一章 論文を発表せよ,さもなければ死を
第十二章 三年目 重大な責務
第十三章 三年目 チョップス
第十四章 四年目 ちょっとした問題
第十五章 四年目 称賛すべき配管工
第十六章 M&M 厳しい試練
第十七章 危険
第十八章 死
第十九章 外傷 大都会で生きる人たちの命
第二十章 チーフレジデント
第二十一章 別れのとき
第二十二章 外科医の誕生
エピローグ
プロローグ
第一章 一年目 危機に備えよ
第二章 一年目 典型的な一日
第三章 一年目 わずかな知識
第四章 二年目 おそらくは,眠ることができる
第五章 二年目 愚かなことは絶対にするな
第六章 二年目 形成外科の人たち
第七章 奇妙な問題
第八章 手術室チーム
第九章 賢馬ハンス
第十章 過ち
第十一章 論文を発表せよ,さもなければ死を
第十二章 三年目 重大な責務
第十三章 三年目 チョップス
第十四章 四年目 ちょっとした問題
第十五章 四年目 称賛すべき配管工
第十六章 M&M 厳しい試練
第十七章 危険
第十八章 死
第十九章 外傷 大都会で生きる人たちの命
第二十章 チーフレジデント
第二十一章 別れのとき
第二十二章 外科医の誕生
エピローグ








