やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 1994 年に放映が開始された米国の医療ドラマER(『ER緊急救命室』)は,医療現場をリアルに描写していることで評価が高いが,そこに登場する医師たちが使う言葉もまた興味深い.注意深く観察していると,何気ない言葉づかいのなかに医療分野に特有な言語表現が含まれていることに気づく.たとえば,同ドラマ第2シーズン第7話“Hell and High Water”(「地獄からの救出」)の冒頭,看護師が医師にカルテを渡しながら言う.
 “Mrs.Riblet.Weak and dizzy all over”
 「次は,めまいを訴えているリブレットさんです」
 (字幕より)
 このweak and dizzy(all over)という言い方は,来院する患者の主訴(chief complaint)を示すのによく使われる表現であるが,一般の人にはことのほかわからない.緊急性のある重病でないにもかかわらず,「(体中が)弱っていてめまいがする」と訴えるのである(本書weak and dizzy(all over)の項を参照).
 医療分野に特有の言葉をMedspeakとよぶ.そこには,略語や頭字語,スラングやジャーゴン,新語,固有名詞,引用やことわざなども含まれるであろうし,医師や看護師などの医療関係者だけでなく,人間の生死にかかわる場面で仕事をする警察官や消防士などが使う言葉も含まれるであろう.医療に対する関心が高まっている現代社会においては,医療関係者以外の一般の人たちが,このMedspeakに出会う機会が増加している.
 言語使用域(register)という視点からみると,医療という専門的な(technical)場で典型的に使用される言語表現が,それ以外の場で生活する一般人の言語生活とおおいに関わりをもつようになった現代社会であると言える.英語の言語と文化を研究する立場から,そのようなMedspeakを調査・研究してきた成果の一端が本書である.
 本書の出版にあたり,医歯薬出版株式会社第一出版部の遠山邦男氏にはたいへんお世話になった.深く感謝申しあげる.
 本書が,医療関係者はもちろん,一般の人たちにとっても,Medspeakを理解するうえで役立つことを願っている.
 2006年 盛春
 山田政美 田中芳文