CASE15.境界が分かりづらい膵癌
超音波検査で膵体部に腫瘤様構造を認めたものの,内部エコーレベルはそれほど低くなく,境界不明瞭であった.ルーペ像で癌の範囲を確認すると……?
市 原:おまけトークでは,本編では解説しきれなかった細かい病理所見のお話をしたいと思います.今回の症例は,INFcという浸潤の形式以外にも,超音波検査で病変を見つけづらかった理由がいくつかあります.
長谷川:教えてください.
市 原:まず,病変の分布が図1のようにとても入り組んでいるということは,本編でも指摘しました.

図1 癌のmapping
癌の範囲を赤でmappingすると,病変の分布がかなり入り組んでいることがわかる.

市 原:さらにこの方は,実は非癌部分に「随伴性膵炎」の所見がオーバーラップしています.
若 杉:主膵管に影響が及んでいるから,周囲の膵実質が荒廃することは十分に考えられますよね.
市 原:おっしゃるとおりです.写真を見比べてみましょう.「ほとんど正常の膵組織」(図2-a)と「随伴性膵炎の部分」(図2-b),そして「癌がまばらに浸潤している部分」(図2-c)を並べてみると……

図2 組織像の比較
a:正常の膵組織.細胞が密に詰まっている.炎症がない時には「分画」ははっきりしない.
b:慢性膵炎.小葉間に線維化がみられ,うっすらと「分画」されていることがわかる.
c:本例における癌の浸潤部の一部.このなかに癌が紛れているのだが,弱拡大像では慢性膵炎による「分画」のほうが目立ってしまい,どこが癌による変化なのかよくわからない.

長谷川:うーん,私は病理に詳しくないので,何が違うのか正直よくわかりません…….
市 原:いえ,むしろ「わからない」が正解なんだと思います.特に,図2-bと図2-cは,どちらが癌でどちらが膵炎によるものなのか,この写真だけではわかりません.細胞の拡大像がないですからね.
長谷川:ん? つまり弱拡大像では癌と非癌の区別がつかない,ということですか?
市 原:そうです.それが言いたいことなんです.本例では,随伴性膵炎と膵癌とが,弱拡大像だとかなりよく似ています.具体的には,実質の荒廃や小葉の分画の仕方がそっくりです.
若 杉:まったく正常な非癌腺組織に比べて,癌の周囲(ないし周囲浸潤部)のほうが線維化が強いわけではないのですか?
市 原:ええ,本例では膵癌の浸潤部の間質が「未熟」です.通常の癌ほどしっかり線維化していません.Immatureであるといえます.
長谷川:イマチュワー.
市 原:かなり高度な話で恐縮ですが,そもそも癌の画像診断というのは,癌細胞そのものだけではなく,癌細胞が誘導する線維性間質にかなり助けられています.範囲診断などは,癌よりもむしろ線維化のほうを読んでいることが多いんです.
若 杉:ふむふむ.
市 原:で,たいていの癌は浸潤部で周囲に線維化を伴うのですが,本例においては癌周囲の線維化が未熟で,あまり多くない.
若 杉:すると画像検査ではわかりにくくなる……ということですか?
市 原:はい,癌細胞が線維化を伴わずに浸潤すると,画像診断で指摘するのは少し難しくなります.INFc形式でまばらに浸潤するならなおさらです.本例ではさらに,背景に閉塞性膵炎が起こっています.癌以外にも線維化する理由がオーバーラップしている.だから余計にわかりにくい,ということだと思います.
長谷川:そうか,だからたとえ病理であっても,弱拡大だと膵炎と膵癌の差がわからなくなってしまうのか.
金久保:INFc形式の浸潤だ,というだけでなく,ほかにもわかりにくい理由があるということですね.
市 原:そういうことです.
※この記事は,月刊『Medical Technology』47巻1号(2019年2月号)に掲載されている「対比で読み解く 超音波画像と病理組織像」の“おまけトーク”です.本編は雑誌をご覧ください! →掲載号ページへ