◆本編では,上記の症例をもとに「石灰化を伴う肝内病変」について検討していますので,ぜひご覧ください.このおまけトークでは,本編で話題にあがったエキノコックスについてお話しいただきます.
長谷川:本編でエキノコックスが話題にあがりましたので,いくつか症例をご紹介します.
金久保:あまり馴染みがありませんので,ぜひ教えてください.
長谷川:まず,我々が一般にエキノコックスとだけよんでいるものの多くは「多包条虫性のエキノコックス症」を指していて,原因である多包条虫に寄生されたキツネなどの糞便に含まれる虫卵を,偶発的に経口摂取することで感染します.中国大陸などではエキノコックスというと単包条虫を指す場合もあり,報告によって画像が微妙に違いますので,ご注意ください.
若 杉:なるほど,そうなんですね.
長谷川:日本では,特に北海道で時折エキノコックスに遭遇しますが,実際に感染した方にお話を伺うと,「山菜や野イチゴなどをよく食していた」,「小さい頃に井戸水を飲む習慣があった」などという方が多い印象です.北海道では大きな街でもキツネを見かけることがありますが,小さい頃に学校や親から「野生のキツネを見ても触ってはいけない」と教えられます.エキノコックスの恐ろしさを住民がよく知っているということです.
市 原:“道民あるある”ですね.
長谷川:それでは画像を供覧します.症例は60歳代の女性です.超音波検査で偶発的に肝腫瘤を指摘された後の,精査の超音波が図1になります.肝左葉に90 mmほどの大きな腫瘤像を認めました.境界はやや不明瞭で,内部には大小の嚢胞様構造を認め,既存脈管(門脈枝)の貫通を認めました.
長谷川:造影では腫瘤辺縁と内部を走行する門脈枝に濃染を認めましたが,腫瘤の大部分には濃染を認めませんでした(図2).
長谷川:CTでも同様な濃染パターンであり(図3),MRIのT2強調画像(おもに水成分が高信号として描出される)では腫瘤内部に大小の高信号を認めました(図4).
市 原:ほぼ典型像だと思います.
長谷川:超音波で認めた嚢胞様構造や,MRIの高信号は,壊死組織を反映していると考えてよいでしょうか?
市 原:エキノコックスの本質は「多房性の嚢胞」そのものです.クチクラ層とよばれる厚くて平滑な,立派な壁をもつ中小の嚢胞が無数に出現するのが典型パターンです.壊死の含有度合いは症例によってさまざまで,超音波やMRIの像は壊死というよりも嚢胞成分そのものによって作られているのではないかと思います.なお,背景肝の構造をあまり壊さないままに大きくなるため,典型例では既存の門脈や中心静脈が病変内にばっちり残存します.そこが腫瘍との鑑別ポイントとして重要です.
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長谷川:続いてもう1症例です.40歳代の男性で,スクリーニングの超音波検査で肝右葉胆嚢近傍に45 mmの比較的境界明瞭な腫瘤像を認めました(図5).内部には大小の嚢胞様構造を認め,一部には点状の石灰化も認めます.
長谷川:造影では,腫瘤の辺縁と内部にわずかに濃染を認めるのみで,腫瘤の大部分には濃染を認めませんでした(図6).
長谷川:CTの濃染パターンも同様ですが,CTでは超音波よりも明瞭に石灰化が描出されました(図7).MRIのT2強調画像では,やはり内部に大小の高信号を認めました(図8).
若 杉:1例目とは病変のサイズがまるで違いますが,本質はほとんど変わりませんね.
市 原:多房性の嚢胞性病変としての形状がうかがえますね.
長谷川:この症例では石灰化を認めています.この場合の石灰化は何を反映しているものだと考えればよいでしょうか?
市 原:エキノコックスでは,しばしば嚢胞壁を形成する「クチクラ層」の内外に石灰化を伴います.クチクラというのは,髪の毛のキューティクルと同じ語源で,“つやつやとして固い保護物質”的なイメージの言葉です.蜂が蜂の巣を作るような感じで,エキノコックスはクチクラを作り出し,しっかりとした多房性の部屋を作っていくのですが,ここになぜ石灰化を起こすのかはよくわかっていません.石灰化の量は症例によってさまざまなので,石灰化だけでエキノコックスの特徴を抽出するのは難しそうです.
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長谷川:まとめますと,エキノコックスには以下のような特徴があります.
@基本的に無症状であるため,「比較的大きな腫瘤像」になってから発見されることが多い.
A腫瘤内部に嚢胞様構造や石灰化がみられる.
B腫瘤の大部分が濃染されない.
C患者背景として「北海道・東北地方での居住歴」,「感染の可能性が考えられるような生活歴」が重要となる.
なお,画像のみでは診断に苦慮することも多く,実際には血清診断法(ELISA法,ウエスタンブロット法)で確定されることが多いです.