CASE8.浸潤とはかぎらない
肝門部胆管癌の症例.超音波像を見ると門脈の右枝が潰れているように見えたため(矢印)腫瘍が門脈に浸潤していると推測したが,病理組織標本を見ると…….
若 杉:本誌で紹介した症例2について放射線科とディスカッションしたのですが,肝門部で門脈の狭窄があれば,通常は「腫瘍浸潤」と記載するそうです.あまり「腫瘍による圧排」と書くことはないのだと聞きました.
長谷川:拡張した胆管によって門脈が圧排されるという現象はまれなんでしょうか?
若 杉:拡張した肝内胆管が門脈を圧排するという現象は,それほどまれではありません.マニアックな経験論ですが,胆管癌の症例で残肝容量を確保するために門詰め(門脈腫瘍塞栓術)を行う際,胆管拡張を伴った症例では門詰め用のカテーテルを挿入するのが難しくなるそうです.拡張した胆管に圧迫されて,門脈が狭くなるのでしょうね.ですから,門詰めの前に「胆管にステントを留置して拡張した胆管を元に戻してくれ」と言われることがあります.
市 原:病理を見て思いましたが,肝臓以外の領域で,“何か腫瘤があるせいで静脈が細くなる”ことは比較的まれなんですよね.下大静脈が腫瘤や胎児によって圧排される例は有名ですが,あれは相当カタマリが大きくならないと起こりません.だから放射線科的読影では,血管の変化が見られた時点で「浸潤だろう」と読みやすい傾向にあるのかもしれません.
長谷川:そうですね.
市 原:普通,血管の横に何かカタマリがあっても,浸潤がないかぎり,血管はスルリと逃げていきます.ただ,肝臓においては,血管と胆管が「グリソン鞘」という狭いスペースに押し込められています.すなわち,「外枠」があるため,胆管のボリュームが増すと,逃げ場がなく門脈が容易に圧排される.そのため,他の領域に比べると,胆管の拡張による血管の圧排・狭窄という現象が少しだけ起こりやすいのかもしれません.
若 杉:なお,本例は,手術後にCPC(clinicopathological conference;臨床病理検討会)に取り上げられました.その際,「腫瘍の門脈浸潤はなかった」と病理に言われ驚きました.「画像では門脈が閉塞していたのですが」と尋ねると,病理側から「門脈内には血栓があるよ」と言われたのです.
長谷川:えっ,血栓が? そのようにはあまり見えませんでしたが…….
若 杉:私も「本当にこれが血栓なのか?」と思い,自分の目で標本を見たくなりました.そこで標本を見に行ったのですが,「これが血栓だよ」と提示されたものは,確かに血栓でしたが,とても小さな血栓でした.私達が画像で門脈腫瘍塞栓と診断した部分は,胆管癌がグリソン氏鞘内を浸潤した部分であって,門脈腫瘍塞栓でも,門脈血栓でもなかったのです.
市 原:うーむ.血栓があれば病理医も指摘はしますが,臨床画像に反映されるほどのサイズではなかったのでしょうね.臨床と病理,お互いのもつ情報のインパクトにずれがあったのでしょうか.
若 杉:そうそう.ディスカッションするためには,きちんとお互いのことを理解しないといけないですね.あそこで病理と画像を対比せずに,「血栓があるよ」という言葉だけを聞いておしまいにしていたら,「へぇ,こういう画像が血栓のせいということもあるんだ」と,誤解して終わってしまったかもしれません.
市 原:聞き方も大事ですね.「病理には何がありましたか?」と尋ねて返ってくる答えが,必ずしも画像に意味を加えてくれるものとはかぎらない,ということかもしれません.
若 杉:CPCを日常的に開催していると,事前に綿密な打ち合わせができないこともあります.ディスカッションなしにカンファレンスに突入して,画像はこうだ,病理はこうだと互いの考察を出して,血栓があると言われて「えぇっ!」と驚く.でも,よくよく対比してつきあわせると,「血栓があるのはそのとおりだが,それは画像と関係ない場所にある」という場合もあります.
長谷川:画像で疑問に思っていたことを病理のコメントだけ聞いて解釈しちゃうと,間違った理解をする可能性があるってこと,よく考えておいたほうがいいですね.
※この鼎談は,月刊『Medical Technology』45巻6号(2017年6月号)に掲載されている「対比で読み解く 超音波画像と病理組織像」の“おまけトーク”です.本編は雑誌をご覧ください! →掲載号ページへ