CASE2.周りが気になる病変
膵臓の超音波検査では腫瘍の尾側低エコーを広範囲に認めた.
しかし,本誌の症例とは違い,膵尾側の病理組織像では線維化があまり見られない.
若 杉:本誌では典型的な,原点ともいえる症例をご紹介しましたが,実はもう1症例あるんです.すごく難解なんですが.
市 原:ということで,“おまけトーク”として議論していきたいと思います.本誌の症例はもっとストレートですので,皆さんぜひそちらもご覧ください!
長谷川:宣伝ですね(笑)
随伴性膵炎かと思いきや
若 杉:膵臓のエコーでぼんやりと腫瘤が見えますが,その尾側にずーっと低エコーが続いていた症例です(図1).

図1 症例の超音波像

市 原:なるほど.これは本誌症例のように“随伴性膵炎”だろうか,と考えたわけですね.
若 杉:どこまでが腫瘍か,どこからが炎症かを見ようと思いCTやMRIを確認しましたが,腫瘍部と炎症部をはっきり区別できません.MRIのT2強調画像でわずかに「ここが腫瘍かな…?」と思える程度です(図2-a).尾側の主膵管は少しだけ拡張していましたが,放射線科は有意とは取りませんでした.拡散強調画像でも尾側まで全体的に高信号で,なんとも言えません(図2-b).

図2 症例のMRI

長谷川:きっと,膵炎を反映していたんでしょうね.
若 杉:そうですね.図3はEUS(超音波内視鏡検査)ですが,少し腫瘍が見やすくなりました.図3-bを見ると,腫瘤と主膵管がちょっと離れています.でも,主膵管の狭窄や閉塞は認めません.「あれ? 随伴性膵炎を起こしてるなら,主膵管が閉塞していないのはおかしいんじゃないかな?」と思いました.

図3 症例のEUS(超音波内視鏡検査)

市 原:ははぁ……腫瘤の尾側が随伴性膵炎によって荒廃していると読んだので,膵癌によって主膵管は閉塞しているだろうと考えたわけですね.でも違ったと.
若 杉:主膵管の拡張もたいしたことありませんし,少し不思議だなぁと感じました.
不思議な時は病理を見てみる
市 原:“少し不思議”な時に,先生はエコーと病理を対比されるわけですよね.
若 杉:全例の病理を確認できるわけではないんですが,やはり不思議なことがあると気にして,病理標本を確認します.今回の場合,病理診断名は膵癌で合ってるんですけどね.
市 原:で,実際に肉眼像と病理標本を見せていただきました(図4,5).この症例は,本誌掲載の症例と違って,腫瘍より尾側の線維化があまり強くないんですよね.

図4 症例の肉眼像と病理組織像
肉眼像の黄線と数字は図5に対応している.MPD:主膵管.

若 杉:最初は施設の病理の先生も「尾側膵に特に変化はない」と言っていて,「それでも何かあるはずです」と言って見直してもらいました.でも,染色を足してもらってようやく「軽度の線維化はあるかなぁ」くらいなんですよ.
市 原:うーん.この程度なんですね…….
若 杉:第一,腫瘍は主膵管と離れていましたから,閉塞性膵炎が出るような感じでもありません.
市 原:そうですね.その意味では,病理で線維化があまりなくてもおかしくはありません.ただ,超音波画像の低エコーや拡散強調画像での高信号の拡散低下があんなにはっきり出るのは不思議です.炎症もほとんどないのに…….
若 杉:一度,他所で症例検討した時は,「循環障害」のような別の要因も関係があるんじゃないのかという話になったんです.
市 原:循環障害ですか! それは病理だとわからないですね.
若 杉:間質の線維化がちょっと見られるのもそのせいかなと思ったんですが…….
市 原:悩ましいです.
難しいけれど,考えてみる
市 原:本例においてはいろいろな解釈ができるんでしょうけれど,“腫瘍によって尾側が随伴性膵炎を起こした”というには炎症が少なすぎますし,線維化も弱いです.
若 杉:弱いですね.
市 原:しかし,線維化は確かにあります.ですから,癌が原因の線維化というわけではなくて,他に背景に何かあるんじゃないでしょうか? 軽度の慢性膵炎の原因になるようなものが.
たとえばこの症例,腫瘍より尾側の膵臓には嚢胞がみられます.肉眼だと1個わかるくらいですが,組織学的には小嚢胞がもう少したくさんあります(図5の緑矢印).この嚢胞,なぜできたんでしょうね?

図5 症例の肉眼像(数字は図4と対応)

若 杉:あぁ,そうだった! この患者さんは,もともと膵尾部の嚢胞は指摘されてたんですよ.
市 原:おっ,嚢胞は以前からあったんですね.
若 杉:で,技師さんがどういう発想でこの癌を見つけたかっていうと,小さな嚢胞が前から指摘されていて,その小さな嚢胞を毎回なんとか描出して写真に撮ろうとしていたら,気になった場所があったんだそうです.
長谷川:“嚢胞が背景にある膵臓”は膵癌の発生リスクが高いですし,「嚢胞があった時は頑張って膵臓全体を見ろ」と言われますね.
病理を深く読む
市 原:では,あらためて標本を見てみましょう.この患者さん,腫瘍より尾側の膵臓の線維化はあまり強くありません.ただ,嚢胞がいくつか見られるのと,あと膵実質内の血管がなぜか太くなっていて,目立ちます.
若 杉:それは何か,エコー画像に変化を与えるほどの……?
市 原:いえ,このせいで尾側が低エコーになったかどうかというのは,正直よくわかりません.
若 杉:そうですか…….
市 原:問題点全部は解決できませんでした.でも,思ったことがあります.
若 杉:何でしょうか?
市 原:膵癌による主膵管閉塞が起こった場合,腫瘍の増殖速度にもよりますが,多かれ少なかれ“主膵管の閉塞に伴う変化”が尾側に出てきます.ただし,本当に“多かれ少なかれ”です.出たり出なかったりします.
若 杉:実際,慢性膵炎の経過が長い人では,膵液の分泌が低下してしまって主膵管の拡張がはっきりしなくなることもありますからね.
市 原:そうなんです.腫瘍より尾側の変化は,主膵管の閉塞だけじゃなくて,そういう“背景の膵臓の分泌能”も関係あるでしょうし,まだわかっていない“背景膵の性質”みたいなものもあるんじゃないかなって思いました.本例はそういう症例なのかなぁ,と.
長谷川:性質と言いますと?
市 原:たとえば,膵嚢胞がある人って膵癌の経年発生リスクが少し高いですよね.IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)じゃなくて,単純性嚢胞であっても.
長谷川:そうですね.そう言われています.
市 原:それって,「背景膵がちょっといじられている人」だからかもしれません.はっきりした閉塞性膵炎というほどじゃないけど,時折膵管が詰まって小さい嚢胞ができちゃうようなリスクです.
長谷川:ふむ.
市 原:この患者さんも実際,病理でも複数個の嚢胞が膵体尾部にあります.主膵管は大して変化がありませんでしたが,「場」としてちょっとだけいじられている膵臓だったのかもしれません.血管も少し変ですし.こういう推論だけで,今回の尾側低エコーが説明できるかというと,難しいとは思いますけどね.
若 杉:本誌の症例がきれいなので,やっぱり初学者の方にはそちらで勉強してもらいましょう.
市 原:案の定,本誌に載せるには少し難しいトークでしたね(笑).
※この鼎談は,月刊『Medical Technology』44巻5号(2016年5月号)に掲載されている「対比で読み解く 超音波画像と病理組織像」の“おまけトーク”です.本編は雑誌をご覧ください! →掲載号ページへ