2024/12/04
2024年11月30日(土)~12月1日(日),日本歯科衛生教育学会(理事長:石川裕子氏)第15回学術大会が「歯科衛生学教育の多様性と可能性の探求~社会的ニーズに応えられる教育としての歯科衛生学の多様性と可能性を探る~」をテーマに大阪歯科大学楠葉学舎,楠葉西学舎で開催された(名誉大会長:川添堯彬氏/大阪歯科大学理事長・学長,大会長:糸田昌隆氏/大阪歯科大学医療保健学部教授,準備委員長:石川由美氏/明海大学保健医療学部教授).
左から学会理事長の石川裕子氏,名誉大会長の川添氏,大会長の糸田氏,準備委員長の石川由美氏
教育講演Ⅰ「医療系学生のモチベーションとウェルビーイング」では西垣悦代氏(関西医科大学医学部教授)が登壇した.「VUCAな時代」と呼ばれる現代社会においては自律性や主体性を育てることが必要であり学生主体の学習方法が望まれるが,学生の意欲・知識のレベルが低い状態のまま能動的な教授法を取り入れるのは難しいと指摘.学習の基盤となる学生の生活習慣を確立することから始める必要があると述べ,そのための取り組みを紹介した.また学生との関わり方についても,学生の自立度に合わせてリーダーシップのスタイルを変える「SL理論」や,結果に焦点を当て自己志向的な学習を育てることを目指す「コーチング」の概念や手法を説明した.
教育講演Ⅱ「口腔・栄養・運動:三位一体のリハビリテーション領域における臨床教育 ~多職種連携からACP(Advance Care Planning),臨床死生学を考える~」では,糸田昌隆氏(大阪歯科大学医療保健学部教授)が登壇.歯科衛生士が急性期・回復期・慢性期・在宅といったさまざまな場でチーム医療に参画する意義について詳説するとともに,「チームの一員として動く以上,各時期における医療的な“ニーズ”を理解しなければ,他職種との間に齟齬が生じる」と言及.連携する各職種への理解・配慮も行えるよう授業・実習に取り組んでいると語った.また,「死」に着目することで逆説的に「生」を浮き彫りにする死生学,その臨床的実践型である臨床死生学を歯科衛生士が学ぶ意義について触れ,「医療的対応を何もしない」という選択肢も含めたACP(アドバンス・ケア・プランニング)に対する歯科衛生士の理解が,終末期における患者応対で今後重要となることにも触れた.
特別講演「看護教育がめざすもの―歯科領域における看護の貢献:患者中心の連携ケアの実践」では,雄西智恵美氏(大阪歯科大学看護学部教授)が登壇.看護医療の高度化,目指す姿について詳説するとともに,歯科医療と看護の連関性について言及した.看護の目指す姿としてマズローのニード論を例にあげ,患者を全体的存在として捉えることと,看護学士教育における潜在的なコンピテンシーを育むことが大切になると述べた.歯科医療と看護の連携については,看護の立場からみると口腔ケアの重要性に対する理解自体は進んでいるが,技術面を中心とした具体的な対応は後手に回っていると語った.患者を全体的存在として捉え,患者中心の医療を行っていく上で歯科医療と看護が患者についての理解,コミュニケーション,日々の情報共有を通して連携を行っていくことは,今後ますます重要になることが考えられるとした.
シンポジウムⅠ「歯科衛生学教育のSDGs多様性をつなぐもの:教育,臨床,研究,ポテンシャル」は片岡三佳氏(三重大学大学院医学系研究科教授),前田尚子氏(三重県立公衆衛生学院歯科衛生学),シンユジョン氏(明海大学保健医療学部助教),松田悠平氏(島根大学医学部講師)と多様なバックグラウンドをもつ4名が登壇した.
片岡氏は「医療系専攻学生のメンタルヘルス支援」と題し,医療系専攻学生のメンタルヘルスの特徴やその支援について概説.学生のもつ力を信じ,「声かけ」「聴く」「待つ」を大切にする,「Being」(そばにいること)的な関わりを重視するなど,自身が日々の支援で心がけているポイントを紹介した.
前田氏は「多職種の視点を持つ歯科衛生学教育」として,歯科衛生士と看護師のダブルライセンスとしての立場から,看護学の発展の中で看護理論,看護過程,看護診断の概念が確立していった歴史を紹介し,歯科衛生学においても「歯科衛生理論」を構築することが教育や臨床の多様性をつなぐものになる可能性があると述べた.
シン氏は「歯科衛生学教育における国際性」と題し,韓国で歯科衛生士免許を取得後,日本で臨床や研究・教育に従事した自身の経験や,韓国の学生が日本で高齢者歯科を学ぶ国際交流プログラムの事例を紹介.日本の歯科衛生学教育を世界に発信していくためにも,グローバル化に向けたさらなる取り組みが必要であると訴えた.
松田氏は「歯科衛生士の可能性―教育者・研究者・臨床家として―」と題して登壇.歯科衛生士として医局長を務める自身の臨床家,研究者,教育者のそれぞれにおける「外れ値」としてのキャリアを振り返り,持続可能な歯科衛生学教育のためには多様性の確保が最も重要であることを強調した.
学術委員会・若手の会 合同開催の委員会セッション1「歯科衛生研究の実践3 その臨床実習記録,質的研究として活用できます!」では,最初に今泉正子氏(福島医療専門学校歯科衛生士科)が登壇し,同校の卒業論文集に掲載された症例報告の集約結果を本学術集会で口演発表するまでの経緯を報告.当初は学校内での発表で留める予定であったものが,同校学術顧問である髙津寿夫氏(奥羽大)の勧めにより,歯科衛生教育学会倫理審査委員会の承認を経て,同氏のサポートも得ながらデータを収集,分析し,初めて学術大会で口演発表を行うまでのプロセスを,その時の心境も交えて振り返った.
続いて小原由紀氏(宮城高等歯科衛生士学院)による質的研究のミニレクチャーが行われ,質的研究とは何か,質的研究の意義,質的研究の具体的な流れなどを概説した上で,今回取り上げる手法であるSCAT分析について解説を行った.その後,各参加者は20分程度グループワークを行い,歯科衛生学生の実際の臨床実習記録に基づき,SCAT分析の活用法を体験した.最後に,講師および学術委員会・若手の会からコメント・総評が行われた.
シンポジウムⅡ「歯科衛生士のリカレント教育」では,島田明子氏(大阪歯科大学医療保健学部教授)と原田達也氏(東京都八王子市・原田歯科医院院長)の2名が講演した.
「リカレント教育の現状」と題した島田氏は,歯科衛生士研修センター長としての立場からリカレント教育の意義について概説.人生100年時代において,就業中の研鑽,あるいは一度職を離れた後の復職支援をはじめとするリカレント教育が求められているとして,30万人の登録があるが実際の就業率は半数に満たない歯科衛生士の現状を鑑み,新規就労者のフォローアップ,復職者をターゲットとした復職支援といった技術修練に加えて,メンター向けに最新技術の習得を目的とした研修指導者育成事業といった研修センターの実施例を語った.
原田氏は「地域歯科医療の多様性に挑む:歯科衛生士のリカレント教育と診療の最前線」として,障害者を主な対象とする自院のこれまでの取り組みを紹介.患者視点に立ち,患者のニーズを捉えることで見えた「やるべきこと」に対応していくことが,結果として術者のスキル向上,職域の拡大につながると言及した.また,歯科衛生士のリカレント教育を支える環境整備は基本的に歯科医院が担う役割であると言及するとともに,歯科衛生士養成校においては,オンラインセミナーでは学べないハンズオンセミナーを含めた「学びたい」という需要に答えるリカレント教育の拠点となることを期待するとした.
パネルディスカッション「歯科衛生学教育の発展と醸成のための現実と未来―すべての人に健康と福祉を支援する歯科衛生士の育成を目指して―」では,中道敦子氏(九州歯科大学歯学部教授),古賀 恵氏(関西女子短期大学准教授),有井真弓氏(一般社団法人京都府歯科医師会会立京都歯科医療技術専門学校衛生士科),溝口玲子氏(学校法人鈴木学園専門学校中央医療健康大学校歯科衛生学科)の4名が講演した.
「歯科衛生学教育における非認知能力醸成の現状と限界」で中道氏は,「前に踏み出す力」を引き出すために新科目の「社会人連携キャリアデザイン」を創設し,学生に自主的にボランティアやセミナー,インターンシップへ参加を促した事例を語った.この科目は一部の学生の非認知能力の醸成につながり,社会人としての基礎力を身につけさせる教育機関としての役割を果たした一方で,選択科目であることからすべての学生の受講には至っておらず,より幅広い学生の非認知能力を醸成することが次の目標になると語った.
古賀氏は「短期大学における歯科衛生学教育」として,ゼミ教育や自らの考えを整理し目標を明確にするために作成した夢ノートや3年目に実施する研究発表会を通して,学生の能動的に学ぶ姿勢を育み,卒業後も活躍する人材の育成に努めていると語った.一方で多様化する学生への対応や短期大であるために費やせる時間に限界があるように,現状の課題は山積しているとした.一人の歯科衛生士として救える患者の数には限りがあるが,教え子を増やすことで与えられる影響力が増すことにやりがいを感じると語った.
「本校における歯科衛生学教育の現状」と題した有井氏は,卒業後に診療所で即戦力として活躍できる学生を育成するために,「リフレクション」と「チームワーク」が大切になると語った.即戦力に求められる能力である基礎力を身につけさせるために,振り返りが大切であるとして,授業や実習では体験→リフレクション→教訓の明確化→適用というサイクルを回すようにしていると語った.サイクルを通して今後どのようにすべきかを学生に考えさせることまでが大切であるとした.
溝口氏は「変わりゆく時代の中で,たおやかに健やかに学び続けること」として学生に研究の意義とその過程の大切さに気がついてもらえるよう支援したいと語った.そのために,卒業研究では学生に主体的に研究に取り組んでもらうよう研究のハードルを下げること,学生が意識する機会の少なかった倫理という概念に触れられるように指導を行っていると語った.最終的な目標としては,柔軟な対応ができ心身ともにバランスを保ち,そして変化を受け入れられる歯科衛生士を育成することを目指すとした.
このほか,口演発表8題,ポスター発表21題の発表も行われた.
次回学術大会は2025年12月6日(土),12月7日(日)に静岡県立大学小鹿キャンパス(看護学部)にて開催予定.大会長は野口有紀氏(静岡県立大学短期大学部歯科衛生学科教授).