やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序論
 昭和30年代は,戦後復興による日本経済の高度成長の礎を築いた.東京オリンピックの開催や,大阪での万国博覧会,東海道新幹線の開通,札幌冬季オリンピック開催など,国民の意識は暗い戦争の時代を確実に払拭していった.自家用車も購入し,カラーテレビや冷蔵庫,エアコンディショナーも当たり前のように設置していき,生活レベルも着実に上がっていった.
 そしてバブル期を迎える.大企業や証券会社ばかりでなく,多くの国民が成長と拡大を信じ,経済大国日本は国内のあちらこちらの土地を買いあさる地上げばかりでなく,欧米の有名絵画やビルディングなどをむさぼるように買収し,マネーこそすべてなどという夢にうつつを抜かしていた.
 平成の時代になるとバブルがはじけ,現実に引き戻される.退廃化した企業構造はリストラと称して拡大雇用しすぎた人員を整理せざるをえなくなった.学生も就職ができないばかりではなく,自らフリーターという新しい生きかたをつくり出し,年功序列と終身雇用という企業社会での常識の枠を崩し始めている.
 さらにITの台頭により,企業のありかたにもさまざまな影響を与えるようになる.IT起業家がジャパニーズドリームを実現する.決して大企業にとらわれることなく,自らのアイディアと工夫により古い体質の日本経済に風穴を開ける.2005(平成17)年に起きた国内の巨大メディアとIT起業家との買収騒動はその典型例であろう.こうして確実に時代は動いてきている.そして,人の心も変わってきている.
 団塊の世代は競争社会を必死に生き抜いてきた.厳しい受験戦争を戦い抜き,学歴社会を築いてきた.善かれ悪しかれバブル期を企業戦士として生き抜き,気がつくと窓際へ追いやられ,リストラに焦燥されるようになる.今までの自らの生きかたは何だったのだろうと思うとともに,すぐ間近に迫りつつある「老い」に気づいてくる.豊かさをつくり知ってしまったこの世代は,過去の「福祉」施策による劣悪な老後生活にはとうてい耐えられるはずがない.
 年老いた親を介護し看取るという一連の出来事の体験を通して,弱くなった家族の絆,家族の力に直面し,看護・介護の問題を真剣に考えるようになった.そして自らが介護される側になったとき,どうなるのだろうかと.
 成人病と称されていた肥満,高血圧症,高脂血症,糖尿病などは「生活習慣病」といい改められた.日本人の死因の第一位は悪性新生物,つまりがん死に変わってはいるが,心疾患や脳血管障害によるものも依然として多い.
 生活習慣の変化,つまり,高カロリー,高たんぱく食のファーストフードなどに代表される欧米化した食生活は,糖尿病や心疾患の増加に寄与している.これらは最小血管にも動脈硬化を起こし,さまざまな合併症を誘発する.脳の動脈硬化は脳血管性認知症(痴呆)に関与する.アルツハイマー型の認知症も年々増加している.
 世界第一位となった長寿大国日本は,少子化の進展もあいまって世代構造も大きく変化し,増え続ける高齢者をどのように支えていくかが大問題になる.老化や障害により自立した生活を送ることが困難になった高齢者はどこへ行くのか.これらを支えるためにつくられた法体系の一つが介護保険制度だった.介護の社会化をうたい,在宅での自立した生活を支援するための大枠が構築された.
 新しい職域として「介護」や「リハビリテーション」「ホームヘルプ」などが台頭し,株式会社がこの介護福祉の世界に参入してきた.福祉施策として国が支援してきたこの分野に,民間活力が入ることにより,競争原理が導入されたり,活性化と質の向上が期待されている.
 しかし,過度な競争原理が本来は不要であるよけいな介護まで提供することにより,自立心をかえって失わせてしまう現実も増えてきている.自立できないということは動物としての「人」が自らの機能を失ってしまうということでもある.これを「廃用症候群」とよぶ.脳の活性化が失われれば認知症やうつ病につながる.
 脳血管障害などで手足の自由がきかなくなり,ここに適切な援助が入らないと,活動性は低下し,しだいに寝たきりに移行していく.これは典型的な廃用症候群だ.厚生労働省も今までは認知症と脳血管障害などによる障害を抱えた高齢者の2つのモデルを想定し,介護保険制度の枠組みをつくってきた.しかし,一見元気で健康そうな高齢者でもちょっとした病気やアクシデントで心身の機能が著しく低下する事例の増加から,これらを予防することの大切さがここ数年叫ばれてきたのである.これが「廃用症候群モデル」として「認知症モデル」と「脳血管障害モデル」の2つとともに並び称されるようになった.
 今回は,この小冊子を通して,廃用症候群の現実と恐ろしさ,そしてその予防対策などを大きく3つの視点から大胆にかつわかりやすく解説することにした.
 1つは医師の視点からであるが,地域医療と包括ケアの実践を通して高齢者を支える地域づくりの観点から解説する.
 2つ目は介護支援専門員(ケアマネジャー)の視点から,介護支援制度の課題と問題点を洗い出し,介護保険制度のキーパーソンの立場から問題提起を展開する.
 そして3つ目はリハビリテーションの視点から,廃用症候群の予防と改善の取り組みを各論を取り混ぜながら詳しく丁寧に解説する.本書をお読みの読者一人一人が,廃用症候群の本質を理解し,われわれの身近に常に潜むその影に気づくようになり,そしてその予防の大切さを知ることによって,生活そのものの変容につながることを切に希望するものである.
 (折茂賢一郎)
序論(折茂賢一郎)

第I編 廃用症候群を予防するために地域は何をすべきか!(折茂賢一郎)
  はじめに
 第1章 時代背景から
  医療制度と介護
  介護保険法施行から
  地方分権
 第2章 事例を通して
  祖母のぼけ
  祖父の死
  自らの体験
  もう一つの体験
  高齢者の廃用症候群の典型例
 第3章 廃用症候群とは
  廃用症候群とは
  骨粗鬆症について
  団塊の世代の引きこもり
  認知症と引きこもり
 第4章 廃用症候群の予防とは
  リハビリテーションの方向性
  ケアマネジメントと廃用症候群
  廃用症候群の予防
 第5章 人権尊重と廃用症候群
  拘束と介護
  拘縮と介護
  自立支援って何?
  自己決定と介護
  自己責任と介護
 第6章 宿主としての廃用症候群
  ストレスと廃用症候群
  心理学的見地から
  栄養摂取と介護
  胃ろうからの栄養の問題
  内臓の廃用症候群
  口腔ケアの重要性
  ストレスや心の病からくる廃用症候群
 第7章 地域づくりで廃用症候群を予防する
  地域力
  地域医療の取り組み
  へき地拠点病院における葛藤
  チーム包括ケアの展開
  旧態依然とした病院内のヒエラルキーからの脱却を
  Co-Workersの専門職としての意識改革を
  地域づくりの考えかた
  地域と廃用症候群
  地域が変わる
  おわりに
第II編 廃用症候群とケアマネジメント―ケアマネジャー(介護支援専門員)はどのようにかかわるか(安藤 繁)
  はじめに
 第1章 廃用症候群とケアマネジメント
  生活機能の「悪循環」と「良循環」のマネジメント事例
  事例1:生活機能低下の悪循環の事例
  事例2:生活機能向上の良循環の事例
  共通言語とアセスメントの重要性
  介護保険施設における廃用症候群への対応
  まとめ
 第2章 実践に展開していくために
  自己資源の強化―ケアマネジャーの財産・個人的なネットワーク
  社会資源
  介護保険制度の見直し
  地域包括支援センター
  新予防給付
  第1章と第2章のまとめ
第III編 廃用症候群の正体とリハビリテーションの視点―そのアプローチの考えかた(新井健五)
  はじめに―「眠れる森のお◯◯さまの物語」
 第1章 廃用症候群の正体
  日常生活に潜む「廃用」
  廃用症候群とは「病後」になるものなのか 日常のなかの
   「廃用」  便利さと「廃用」  いい嫁さんでぼけた―役割・自立性喪失と「廃用」
  廃用症候群の臨床像
   廃用症候群の定義  廃用症候群の概念・背景  誤用症候群・過用症候群  廃用症候群の臨床でのとらえかたとその意味
 第2章 代表的な廃用症候群とその予防アプローチ
  拘縮
   拘縮の概念とその及ぼす影響  拘縮の原因  関節固定の影響  拘縮へのアプローチ
  筋萎縮
   廃用性筋萎縮  高齢者の筋肉・筋力に対する誤解  廃用性の筋萎縮へのアプローチ
 第3章 リハビリテーションの視点からとらえた,廃用症候群をめぐる問題
  「転倒」と廃用症候群
   人間と「転倒」  高齢者と「転倒」  活動と「転倒」  「転倒」と心理  転倒症候群  対策
  「バリアフリー」と廃用症候群
   バリアフリー住宅の幻想  居宅復帰とは「バリア“フリー“」環境から「バリア“アリー”」環境へ行くこと  リハビリテーションとゴルフ「環境に適応する強さ」の廃用
  「福祉用具」と廃用症候群
   福祉用具を取り巻く問題  福祉用具の役割
  事例1:「不適切な福祉用具導入」が廃用症候群を起こした事例
  事例2:便利さの落とし穴(1)
  事例3:便利さの落とし穴(2)
  車椅子と廃用症候群
  「ケア環境」と廃用症候群
   理不尽なリスクマネジメントが招く廃用症候群  療養環境の善し悪し  施設ケアと自立支援
  脳(精神)の廃用症候群
   「つくられた寝たきり」が引き起こす脳(精神)の廃用症候群  「つくられた寝たきり」から「真の寝たきり状態」へ―寝たきりになってしまった認知症高齢者のTさん  「放置」されやすい「認知症高齢者」  「残存能力(できること)」と「問題点(できないこと)」  「昔とった杵柄」の視点  「残存能力(できること)―その人が有している資源」に焦点をあてることの重要性
  事例1:認知症高齢者の残存能力(1)
  事例2:認知症高齢者の残存能力(2)
   「認知症高齢者に対するアプローチ」とは
  「終(末)期リハビリテーション」と廃用症候群
   「終(末)期リハビリテーション」とは  Rehabilitationと終(末)期  リハビリテーション現場における終(末)期への認識  「終末期」または「終期」あるいは「完結期」
  後期高齢者のケアに携わるみなさんへ
  おわりに

 コラム
  ・生活モデルとICF(安藤)
  ・施設の介護報酬は利用者のニーズを重視して!(安藤)
  ・市町村合併による影響は?(安藤)
  ・なぜ「訓練」という言葉を使わないのか?―「リハビリテーションの理念」(新井)