やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2 版によせて
 本書は,身近にある食べ物に焦点を当て,科学論文に基づく知見を示しながら栄養と健康のかかわりを綴った本である.著者は,生化学者であり,若き日は軍医,内科開業医の経験ももつ故千葉大学名誉教授三浦義彰,消化器内科臨床医の小野,管理栄養士として大学で教鞭をとる橋本の3 名である.それぞれ異なる視点から栄養をとらえることで内容に深みを増すことをめざした.
 初版は,発案者の三浦教授の意図したとおり,診察室で医師が患者さんに栄養の話をするのに一役買い,栄養士や看護師をめざす若い学生のみなさんが栄養学を学ぶ際に生化学的側面の理解を助けるものとしても役立てていただいてきた.
 今回,15 年の時を経て改訂するにあたり,初版の持ち味を活かしながら,時代の変化に伴う内容の見直しをおこなった.たとえば,最近の知見に基づいて,国内外の大規模な疫学調査の結果から導かれた食物繊維やビタミンの効用を紹介したほか,がんと食べ物の関係,遺伝子レベルの肥満や高血圧,長寿のメカニズムの解明など,栄養と関連ある事柄について改訂を行った.超高齢社会になり登場したサルコペニアやフレイルという新しい概念,中年男性のメタボリックシンドロームや脂肪肝の激増などについても取り上げている.
 改訂は,三浦教授の意志を継ぐ二人の著者と初版のときから携わっていただいた医歯薬出版の山本晶子さんの共同作業でおこなった.われわれ二人の著者はかつて三浦の教え子であったが,三浦教授の教鞭はポイントを絞り込んで教えるので,とてもあっさりとしたものであったと記憶している.講義の後で学生は医学書と格闘し,複雑な生化学の知識を身につけるのである.まさに「一を教えて十を学ばせる」というスタイルであった.本書からはそのような三浦流の知識の教授が感じられるかと思う.興味のある章から読み進めていただきたい.
 2017 年5 月 著者一同

第1 版の序
 数年前に『千葉医学』という千葉大学医学部の紀要に「台所の生化学」と題する記事を連載した.このときはあまり反響もなかったが,その原稿をやや変貌させ,週刊『医学のあゆみ』に「食卓の生化学」という表題のもとに連載すると,栄養生化学の最近の進歩が臨床家にもわかりやすく叙述してあるというので好評であった.そこで,連載記事を別冊にまとめたところ,思いもかけず3,000 部を売り尽くしてしまった.この本は追加注文に応ずるため,その後の研究の進歩も取り入れてある.
 この本には栄養学のマクロの問題,たとえば沖縄にはなぜ100 歳老人が多く,しかも元気で活動的な老年期を過ごしているのか,という問題も扱っている一方,分子生物学的問題,たとえば転写因子PPAR-γが成人型糖尿病の発病にどのような関係があるか,などのミクロの問題も扱っている.
 栄養学は不思議な発展の仕方をしている.たとえば,糖質や脂質は貯蔵器官があるので食べ溜めができるが,タンパク質は貯蔵器官がないので食べ溜めができない.成人ではタンパク質を過剰に摂取しても,余分なアミノ酸は腸で吸収されずに排出されてしまう.これは窒素平衡というメカニズムがあるためである.窒素平衡は栄養学の基本になるような大問題であり,100 年ほど前に東京大学医学部生理化学教室の最初の教授であった隈川宗男教授が日本食では1日タンパク質70 g以下で平衡に達すると発表しているにもかかわらず,なぜ平衡に達するのかそのメカニズムは今日まで明らかになってはいないし,高タンパク食などという健康食品が今日でもまかり通っているのはこの問題についての一般の関心が薄いためであろう.
 この本のなかでも,高プリン食は高尿酸血症を起こすかという問題を扱っているが,体内で1 日に代謝されるプリンだけでは体内の尿酸プール量に達しない.一方で,食品中のプリンは腸管をほとんど通過できないことも知られていて,尿酸プールに必要なプリンはどこから体内に入ってくるのか説明がつかないのである.おそらく体内で代謝回転できるプリンの量は著者らの試算量よりも多いのだろうし,高尿酸血症の人の腸管では食品中のプリンはすこしではあるが通過しているのかもしれない.食品中のプリン量が腎臓でのプリンのクリアランスにも影響を与えることは,どんな機構によるのかもわかっていないのである.
 骨粗鬆症は,近来猛烈な勢いで罹患者が増えている病気である.増加率の高いのは北米,スカンジナビア諸国,日本などで,罹患率の低いのはバンツー族などである.わが国では,この病気はカルシウムが不足しているとしてカルシウム強化食を勧めている場合が多い.もちろんカルシウムが不足してもいけないが,この病気の本質は骨の新生と破壊のバランスが悪いことが原因なのだから,骨細胞の新生が重要課題である.詳細は「8 章 骨粗鬆症」を参照されたいが,カルシウム強化食のみを強調するのはどうだろうか.
 同様に,高血圧と食塩の問題がある.テレビなどでお年寄りに「あなたは食事に気をつけていますか?」と質問すると,「食塩と脂肪分を控えています」という優等生の答えが返ってくる.食塩と関係の薄い高血圧があることも周知させる必要があろう.この本は患者さんとの話題の種だと思って読んでいただきたい.
 著者一同
1 砂糖物語
 なぜ若い人たちは甘いものが好きなのか
 砂糖がなかった時代
 砂糖は糖尿病患者でとくに厳しく制限されている
 砂糖から生じるフルクトースは脂質異常症を引き起こすのだろうか
 異性化糖の普及によりフルクトースの摂取が増えている
 フルクトースを含む食品
 砂糖の制限
 菓子類の砂糖含量
 砂糖以外の甘味料
2 食物繊維
 食物繊維 事始め
 食物繊維の定義
 食物繊維を含む食品
 食物繊維の効用
 食物繊維による生活習慣病の予防
 短鎖脂肪酸と腸内ガスの発生
 どのような食事が腸内ガスを発生させるか
3 n-3 系不飽和脂肪酸
 DHAとEPA
 心血管疾患とn-3 系不飽和脂肪酸
 n-3 系不飽和脂肪酸を食品から摂る
 脂質と動脈硬化
 n-3 系不飽和脂肪酸の抗炎症作用
4 抗酸化ビタミン
 活性酸素
 抗酸化作用
 運動と活性酸素
 LDLの酸化と粥状動脈硬化症
 循環器疾患とビタミンEの疫学的研究の展望
 ビタミンEは補助因子があるときに最大の効果を発揮する
 老化予防にビタミンEは効果があるのであろうか
 どのような食品にビタミンEは含まれているのか
5 食品中のプリン化合物と高尿酸血症
 戦前の日本人には痛風が少なかったのであろうか
 魚卵には案外プリンが少ない
 プリンは消化管壁を通過できるのか
 体内でのプリンのde novo合成の量
 食品中のプリンからできる尿酸の割合
 食品中のプリンは約半分が尿酸になる
 菜食主義は血中尿酸値を低下させるか
 尿酸の抗酸化作用
 尿酸と生活習慣病
6 鉄欠乏性貧血―まだ鉄は足りない
 体内の鉄の分布
 食物からの鉄の吸収を測定する方法
 食事からの鉄の吸収と貧血
 女性における鉄の代謝
 ヘプシジン―鉄の代謝を調節するペプチドの発見
 食物中の鉄分
 鉄の吸収に影響を与える食物中の他の成分
 牛乳貧血
 スポーツと鉄
7 高血圧では食塩が悪者にされている
 年齢と血圧
 食塩の摂りすぎは高血圧の誘因のひとつにすぎない
 高血圧と遺伝との関係
 食塩摂取量の地域差
 加工食品に含まれる食塩の問題
 食塩を含んでいる食品
 K+とNa+が血圧に及ぼす効果
 低脂肪食による血圧の低下
8 骨粗鬆症
 骨形成と骨吸収のバランス
 わが国の骨粗鬆症
 骨の再生の研究
 骨リモデリングの制御と破骨細胞の分化
 骨形成にかかわる因子群
 骨粗鬆症の病態と診断
 骨粗鬆症とカルシウム
 ビタミンD
 エストロゲンと骨代謝
 カルシウムの多い食事を摂っても腎結石にはならない
 骨に荷重がかからないとカルシウムは骨に入らない
 骨太になるには若いときの運動が一番か
 女性アスリートの骨粗鬆症
9 肥満のサイエンス
 肥満遺伝子の研究から発見されたレプチン
 レプチンの不思議
 脂肪細胞のサイエンス
 内臓脂肪蓄積とインスリン抵抗性
 メタボリックシンドローム
 脂肪肝
 褐色脂肪組織
 脱共役タンパク
 寒冷刺激と発熱機構
10 筋肉をつくる食事
 窒素平衡
 日本人の窒素平衡の研究の歴史
 過剰なタンパク質の摂取は健康によくない
 筋肉タンパク質の代謝回転
 タンパク質を多く含む食品は脂肪も含む
 窒素平衡と必須アミノ酸
 スポーツ選手の筋肉をつくる食事
 分岐鎖アミノ酸と筋肉
 競技前のグリコーゲン・ローディングの方法
 筋肉グリコーゲンの蓄積に効果的な食事
 グリセミック・インデックス
11 がん予防を考える食生活
 大規模調査によるエビデンス
 発がん性を疑われる食品
 発がんを予防するという食品に含まれる化合物
 肉食と菜食
 緑黄色野菜と発がん
 煎茶,紅茶の制がん効果
 がんの発生には,生活習慣が大きな要因になる
12 長寿と食事
 老いとは何か
 老化の分子生物学
 長寿遺伝子の発見
 長寿県,沖縄に警鐘が鳴っている
 青森県の長寿者の献立例
 高齢者医療を考える
 フレイル
 サルコペニア
 サルコペニアと栄養
 長寿者の食事の特徴
13 現代人の食べ物―患者さんの食事への質問に備えて
 動脈硬化症の若年化
 アメリカのティーンエイジャーの問題点
 子ども時代の生活習慣は成人期の病気発症に関連する
 日本ではどうなのであろうか
 和食探訪
 日本人の食育
 栄養と体育の教育を考える
 食事と運動は車の両輪

 コラム
  乳糖は成人の腸では分解されにくい
  頭足類のコレステロールは安全
  炭疽菌の生化学(生物学的テロリズムに対抗する研究)
  血圧を正しく測定する
  首狩り族から狂牛病までの歴史(プリオン病の発見)
  痛し,かゆし,ピロリ菌の発見
  沖縄県民の長寿を祈る
  アクティブ・チャイルド60 min―日本のこどもの将来は