やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 高齢化社会と医療の進歩に伴い,胃瘻(PEG)への関心が高まっている.「胃瘻を造設してよかったか?」という疑問に対して,その鍵をにぎっているのは「胃瘻のケア」であるといっても過言ではない.胃瘻は,あくまで栄養を摂取するための“手段”である.胃瘻患者や家族は胃瘻を造設したことによるメリットを享受して,はじめて胃瘻という手段を用いてよかったと感じることができる.そのためには,胃瘻をうまく使う,正しく使う,安全に使う,万が一トラブルが生じても迅速に対応できること,つまり「胃瘻のケア」ができることである.どんなに性能がいい自動車があっても,安全に運転できなければなんのメリットもないのと同じである.
 近年,胃瘻造設の是非が話題となっている.胃瘻造設が安全に容易にできるようになり,胃瘻の造設件数は増加した.反面,胃瘻を造設しても,高齢者や認知症患者,誤嚥性肺炎の既往のある患者では,予後やQOLの改善がないので,胃瘻造設は“倫理的”にいかがかというものである(エビデンスはない).この画一的な理論は一見,正しくみえるが,胃瘻の管理やケアの質について言及されたものはなく,机上の空論にすぎない.これは,自動車が増えたから交通事故が増えた.だから自動車は駄目という論理である.交通事故が増えれば,それに対するルールを作り,教習をし,改善点を見直し,必要に応じて罰則を強化するという対策を行うのが正しい選択である.ルールを守り安全に運転すれば,自動車は価値のあるものになる.自動車という“手段“が問題ではなく,運転者の“技術”の問題である.「医療」や「ケア」の質が良くなれば,outcomeである「予後」や「QOL」は改善する.そうなれば,倫理的,社会・経済的,文化的要因を加味した胃瘻造設の是非に対する意志決定(decision making)は異なったものになる.
 胃瘻は栄養を摂取するという“手段”であり,予後やQOLに関与するのは,「胃瘻のケア」という“技術”の良し悪しである.つまり,胃瘻を造設すればではなく,胃瘻をうまく使えば,胃瘻患者の予後やQOLは改善するはずである.「胃瘻のケア」の質が高い日本において,胃瘻造設の是非について,欧米のガイドラインをそのまま日本に持ち込むのは問題がある.理由は簡単である.日本人と欧米人では食文化や倫理観などの背景が異なることも重要だが,欧米の胃瘻患者のoutcome(合併症や予後)が日本と比べて極めて悪すぎるからである.さらに倫理的な側面から言及すれば,栄養の語源は「営養」である.すなわち日々の営みを養(やしな)うことであり,栄養を摂取する権利はすべての人にある.欧米人のように意志表示できないから必要ないと考えるのが,本当に正しいことなのかと言いたくなる.
 拙著「胃瘻からの半固形短時間摂取法ガイドブック 胃瘻患者のQOL向上をめざして」の序文で「胃瘻患者が本当にQuality of Good Lifeであるのか?」と書いた.その意図は「胃瘻患者のQOLの低下の原因はなにか?」である.胃瘻という“手段”ではない.原因は液体の栄養材を緩徐に注入するという胃瘻の管理の方法であり,胃瘻のケアの未熟さである.とくに前者は,致命的な合併症やQOLを低下させる医原性合併症であり,著者は液体栄養剤症候群(Liquid formula syndrome)と名づけた.
 胃瘻のケアは日々進歩している.本書は,すべての患者,家族および医療スタッフが,成書だけでは十分に理解しにくい「胃瘻のケア」のノウハウを実践できるように,見てわかる動画とオールカラーの事例集で具体的に解説した.胃瘻という“手段”を用いた栄養の摂取の目標は,「胃瘻のケア」という“技術”を駆使して達成できるものであり,その実践により患者ばかりでなく,その家族や医療スタッフにとっても喜びが感じられるWin-Win-Winの関係を得ることにある.本書を,十分に活用し“Quality of good life for patients,their family,and all caregiver”を実感していただきたいと願うものである.
 2011年2月 合田文則
 序
 用語一覧
第1章 胃瘻についての基礎知識(合田文則)
 胃の解剖と生理
  胃の解剖
  胃の生理的機能
   MEMO1 胃内容排出の調整はどのように行われているか
 胃瘻とは
  PEGとは
   MEMO2 瘻孔とは
 胃瘻の構造
 胃瘻造設術の種類とその選択
  胃瘻造設法
 PEGの適応と禁忌
  医学的にみた適応のアルゴリズム
  倫理面を考慮した適応のアルゴリズム
   MEMO3 PEG患者の予後とリスク因子
   MEMO4 認知症患者へのPEG
   MEMO5 意志の確認できない患者に対するPEG
   MEMO6 経腸栄養へのアクセス手技
 栄養管理の基本
  栄養スクリーニングとアセスメント
  栄養ケアプラン
  栄養ルートの決定と栄養介入実施
   MEMO7 胃瘻造設前の腹部ブラックゾーンのマーキング(胃瘻造設を避けたい位置をマークキング)
   MEMO8 デキストリンとは
   MEMO9 偽膜性大腸炎とは
第2章 経皮内視鏡的胃瘻造設術の実際(合田文則)
 胃瘻造設までの流れ
  胃瘻造設に際して考えるべきこと
  胃瘻の適応について多職種で検討する
  家族・地域参加型NSTの開催
  患者・家族への胃瘻の説明・同意(インフォームドコンセント)
  PEGカテーテルの選択
  造設手技の選択
 胃瘻造設の術前管理
  術前の確認事項
  術前の検査
  術前に準備するもの
  術前の処置
   MEMO10 経口抗血小板,抗凝固薬の休薬期間の目安
   MEMO11 Sedation(鎮静・鎮痛)
 標準的な経皮内視鏡的胃瘻造設術
  Outward法:Push法による経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)
  Outward法:Pull法による経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)
  Inward法:Introducer法による経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)
  Inward法:Direct法による経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)
   MEMO12 胃瘻造設後の気腹はいつまでみられるか
 経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG) 術後の管理
  造設直後の管理のポイント
  早期管理のポイント
  胃瘻造設 直後の管理
  胃瘻造設 1時間後の管理
  胃瘻造設 術後1日から瘻孔完成までの管理
第3章 経腸栄養材の選択(合田文則)
 経腸栄養材の選択
  消化吸収機能による標準経腸栄養剤の選択
  病態別特殊経腸栄養剤の選択
  アクセスルートによる液体か半固形かの選択
  胃瘻からの栄養材注入法とその選択
   間欠的注入法
   短時間注入法
   MEMO13 液体栄養剤症候群(Liquid Formula Syndrome) とは
   MEMO14 創傷被覆材の種類
第4章 半固形化栄養材短時間注入法(合田文則)
 半固形栄養材短時間注入法の基礎知識
  胃瘻からの半固形栄養材短時間注入法とは
   MEMO15 チキソトロピー性,レオロジー性とは
   MEMO16 半固形化剤(増粘剤,ゲル化剤,安定化剤)とは
   MEMO17 いわゆる市販の半固形栄養剤の表記と安全性
第5章 胃瘻からの栄養材注入の実際(合田文則)
 STEP1:栄養材注入前のアセスメント(情報収集と実施の判断)
 STEP2:胃瘻への栄養材注入の実施
  液体栄養剤の場合
   MEMO18 簡易懸濁法とは
  半固形栄養材の場合
   MEMO19 半固形栄養材短時間注入法と液体栄養剤注入法の日常ケアの違い
 STEP3:栄養材注入後のケアと片づけ,記録
第6章 胃瘻の管理とケア(合田文則)
 日常のケア
  スキンケア=胃瘻(瘻孔)は口と同じ
  胃瘻カテーテル,チューブ,ボトルの管理=食器を洗うことと同じ
  栄養材の管理=食品管理と同じ
  日常生活の指導
   MEMO20 外部ストッパーと皮膚の“あそび”─カテーテル固定の工夫
   MEMO21 胃瘻カテーテルの変形・閉塞をきたしやすい薬剤
   MEMO22 胃瘻カテーテル管理における酢水とクエン酸で調整した水ゼリー(テルモPGウオーター)の効果
 トラブルへの対応
  瘻孔周囲の漏れ
  瘻孔周囲の感染
  胃食道逆流
  下痢
  不良肉芽
   MEMO23 ステロイド軟膏の強さによる分類
  事故抜去
   MEMO24 胃瘻カテーテル誤留置による胃穿孔の保存的療法
   MEMO25 汎発性腹膜炎とは
   MEMO26 機能性ディスペプシアとは
第7章 胃瘻カテーテル交換(合田文則)
 胃瘻カテーテル交換
  胃瘻カテーテル交換の時期
  交換方法
  胃瘻カテーテル交換後の確認
   MEMO27 一般的な下痢の原因
第8章 トラブルと対策
 1 外部ストッパーが皮膚に食い込み胃瘻カテーテルが回転しない
 2 栄養剤が注入できない,瘻孔周囲が発赤,隆起
 3 ストッパーを緩めているのに瘻孔周囲が発赤
   MEMO28 半固形栄養材短時間注入とバルーン型カテーテル位置異常による幽門閉塞
 4 ストッパーを緩めているのに皮膚潰瘍が治らない
 5 過剰肉芽(1)
 6 過剰肉芽(2)
 7 胃瘻カテーテル抜去後,瘻孔が自然閉鎖しない
 8 注入時に胃瘻周囲に漏れはないが,体位変換や動作時に胃瘻周囲に漏れ
 9 心窩部痛とカテーテルからの血液の逆流
 10 突然の吐血および胃瘻カテーテルから血液逆流
 11 胃瘻内部ストッパー近傍の胃潰瘍が軽快しない
 12 多量の下痢と意識障害
 13 交換後から続く下痢
 14 胃瘻部の腫脹と疼痛
 15 5日間の便秘,半固形食を注入後に突然の腹痛,嘔吐
 16 瘻孔周囲の皮膚びらん・出血および瘻孔の拡大
 17 胃瘻周囲の境界の不明瞭な紅斑
 18 胃瘻周囲からの内容物の漏れと皮膚のびらん
 19 瘻孔周囲の出血をともなう皮膚びらん
 20 瘻孔周囲からの漏れ
 21 瘻孔周囲の難治性のびらん(1)
 22 瘻孔周囲の難治性のびらん(2)
 23 瘻孔周囲の難治性のびらん(3)
 24 胃瘻造設後10年,瘻孔周囲からの漏れと出血を繰り返し,瘻孔が拡大し,周囲の皮膚が瘢痕化
 25 胃瘻周囲の発赤・びらんが軽快しない
 26 ドレナージ胃瘻(空腸チューブ併置)の瘻孔周囲の漏れ,びらん
 27 瘻孔周囲の漏れに対し半固形短時間注入法を導入したが,漏れが軽快しない
 28 胃瘻周囲の皮膚の発赤,38℃以上の高熱が持続
 29 胃瘻造設後7日:造設後より胃瘻部の疼痛,2日目から発赤と腫脹
 30 栄養剤開始後に胃瘻周囲の疼痛,筋性防御
 31 胃瘻から急に漏れを認め,ボタンを開放すると溢れるように胃内容が噴出
 32 腹膜透析の既往:PEG後,嘔吐と発熱を繰り返す

 参考文献

 MEMO
  1 胃内容排出の調整はどのように行われているか
  2 瘻孔とは
  3 PEG患者の予後とリスク因子
  4 認知症患者へのPEG
  5 意志の確認できない患者に対するPEG
  6 経腸栄養へのアクセス手技
  7 胃瘻造設前の腹部ブラックゾーンのマーキング(胃瘻造設を避けたい位置をマークキング)
  8 デキストリンとは
  9 偽膜性大腸炎とは
  10 抗血小板,抗凝固薬の休薬期間の目安
  11 Sedation(鎮静・鎮痛)
  12 胃瘻造設後の気腹はいつまでみられるか
  13 液体栄養剤症候群(Liquid Formula Syndrome)とは
  14 創傷被覆材の種類
  15 チキソトロピー性,レオロジー性とは
  16 半固形化剤(増粘剤,ゲル化剤,安定化剤)とは
  17 いわゆる市販の半固形栄養剤の表記と安全性
  18 簡易懸濁法とは
  19 半固形栄養材短時間注入法と液体栄養剤注入法の日常ケアの違い
  20 外部ストッパーと皮膚の“あそび”─カテーテル固定の工夫
  21 胃瘻カテーテルの変形・閉塞をきたしやすい薬剤
  22 胃瘻カテーテル管理における酢水とクエン酸で調整した水ゼリー(テルモPGウオーター)の効果
  23 ステロイド軟膏の強さによる分類
  24 胃瘻カテーテル誤留置による胃穿孔の保存的療法
  25 汎発性腹膜炎とは
  26 機能性ディスペプシアとは
  27 一般的な下痢の原因
  28 半固形栄養材短時間注入とバルーン型カテーテル位置異常による幽門閉塞
 トラブルと対策 診断名一覧
  1─バンパー埋没症候群への進行過程
  2─バンパー埋没症候群
  3─バルーン型カテーテルの位置異常
  4─バルーンの位置異常,皮膚潰瘍
  5─過剰肉芽
  6─過剰肉芽
  7─唇状瘻,難治性胃皮膚瘻
  8─瘻孔周囲の漏れ,ブラックゾーンへの胃瘻
  9─接触性胃潰瘍
  10─接触性胃潰瘍
  11─接触性胃潰瘍
  12─皮膚─横行結腸瘻
  13─皮膚─横行結腸瘻
  14─胃瘻部への舌癌転移
  15─結腸間膜穿刺,S状結腸捻転
  16─皮膚びらん・出血,瘻孔の拡大
  17─皮膚カンジダ症,漏れ
  18─皮膚のびらん,漏れ
  19─瘻孔周囲の出血性びらん
  20─皮膚壊死,漏れ
  21─皮膚のびらん
  22─皮膚のびらん,漏れ
  23─皮膚のびらん,漏れ
  24─瘻孔周囲の漏れ,皮膚組織の瘢痕化
  25─瘻孔周囲炎,皮膚カンジダ症
  26─ドレナージにともなう瘻孔周囲の漏れ
  27─瘻孔周囲の漏れ,幽門部閉塞
  28─脳室─腹腔シャント感染
  29─縫合による胃腹壁組織の虚血
  30─限局性腹膜炎
  31─逆流防止弁損傷
  32─被嚢性腹膜硬化症,腸閉塞,腹膜炎