やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 顔面の変形を治療するには,まず正確に変形の分析を行うことから始めなければならない.どこが変形しているかを検討してから治療方法を決定しなければならないわけである.顔面の変形の分析においては,正当な美の基準を定め,顔面のバランスを理解することが基本である.芸術家は人の顔を描写したり,彫刻する際,この美的バランスを考えて作品を作り上げている.形成外科医あるいは口腔外科医も顔面のバランスを理解して手術を行う必要がある.
 顔面バランスおよびその分析について網羅されたテキストが,長年求められてきたが,本書ではまさにそのような内容について解説がなされている.歯科学,美学,外科学の文献に基づいた顔面の審美性に対する知識が盛り込まれ,さらに,著者らの新しい概念も提示されている.著者らは外科学のみならず歯科学および美学にも精通しており,その幅広い知識に基づいて本書を著した.顔面の手術を行う外科医にとって,本書は大いに役立つものとなるであろう.
 Richard L.Goode

監訳者序

 自然界の美しい景色や花を見ると心が休まり,自然の中の審美的調和が見い出せるものである.人間はつねに美に対する関心があり,また美しくありたいという本能的な欲望を古今東西を問わずつねに持ち合わせている.
 顔貌の審美的な改善についての研究は,形成外科,美容外科などの医学の分野ではもちろんのこと,歯科医学の分野においても矯正歯科,口腔外科,審美歯科などにおいて数多く行われている.
 とくに,矯正歯科領域では顔貌の審美的な改善について古くから提唱されてきた.Tweedは矯正歯科治療の目的として,(1)顔貌線の最良の平衡と調和,(2)治療後の歯列弓の安定,(3)健康な口腔組織,(4)効果的な咀嚼機能,をあげている.また,顔貌の軟組織に対する研究も数多く,Steiner,Riedel,Holdaway,MerrifieldおよびRickettsらにより発表されている.そのうち審美的な分析法として“黄金分割”がとくに有名である.
 調和のとれた審美的な顔貌を考えるとき,“明眸 歯“という言葉がある.“明眸”とは美しく澄んだ瞳であり, 歯”とは歯並びのきれいな白い歯のことで,顔貌を左右する条件に目や口が大きく関与していることを示している.
 本書では審美的な顔貌のプロポーションを,とくに美しい顔貌の五大要素として前額,眼,鼻,口唇,オトガイ部に分けて解説し,美しい顔貌を造るうえでの考慮すべき事項として年齢,性差,体型,頭髪,人種,対称性と調和などについて述べている.また,顔貌の分析方法,理想的な顔貌の形成について記載し,これからの医学・歯科医学の分野で,とくに形成外科,耳鼻科,美容外科,矯正歯科,口腔外科,審美歯科などの臨床領域で総合的な治療計画の一助として本書がおおいに役立つものと信じている.
 本書の内容は,臨床分野に志す医学生,歯科医学生の参考書としても利用価値があり,形態的,機能的にすぐれた治療を行ううえで,患者に対するインフォームドコンセントの重要な情報が示されており,患者教育はもちろんのこと,治療に対する理解と協力を得るために必読の書と考えている.
 歯科医学の分野においても審美的要求を満たさなければならない治療分野が拡大されており,よりよいすばらしい医療を行うために本書をおおいに活用していただきたい.
 最後に,訳者の高橋一朗,久保誼修両歯学博士と,出版にあたり数々のご助力をいただいた医歯薬出版株式会社に深く感謝する.
 1993年10月吉日 木下善之介

まえがき

 外科的矯正術を行う前には,審美的な観点から顔面の診断が行われている.このような顔面の診断技術を再検討する意味で本書を著す.顔面をいくつかに区分して評価を行い,検査時の参考となるように,得られた計測データを提示した.各部分を分析することによって,一般的には,最終結果の予測がより簡単にできるようになるであろう.
 顔から受ける印象は強いので,われわれは顔貌で人を判断することが多いものである.人と知り合うと,無意識のうちに全体的な印象で人を判断している.会った人への関心が高い場合,また細部まで入念に観察しようとする者は顔貌,体型,性格などの分析結果から全体的印象をつくりだす.美あるいはバランスが基準となってその人の印象は決まるのである.各部分が対称で,調和している場合にバランスがとれているといえるのであり 各部分から構成された顔面が,このようなパラメーターにうまく適合していると,人に美しいという印象を与える.
 調和および対称性は,精神面でのバランスにもたとえられ,美に強い影響を及ぼすものであり,これらのバランスがとれていることが理想とされている.われわれは,調和と対称性を美の基本概念とし,この基本概念の認められるものを「理想的な顔貌」としている.
 美しさはバランスと調和の相対的な基準とな閧、るが,それを数量的に表すことはむずかしい.しかしながら,基準線,角度,外形を計測することは可能であり,これらを用いれば,困難とされている美の計測基準を確立することが可能である.
 顔の一部にどんなに小さな修正を加えても,顔つきは大きく変わり,失敗する場合も成功する場合もある.したがって,顔面における微妙な変形を認識することが診断の第一歩である.外科医,とくに経験の浅い外科医は,顔面各部の分析後,顔貌全体についての検討を行わなければならない.しかし,各部分の分析,治療について詳述した文献はあるが,顔貌全体との相互関係について報告した文献はない.理想的な顔貌という場合,一つの要素だけ切り離して考えることはできない.文献に美しさのパラメーターとなる基準データはなく,誤解をまねくような矛盾した資料が掲載されている.患者に隆鼻術やオトガイ形成術を行う場合,どの程度の量にすべきかの判断を迫られるとき,標準的な審美的センスが通常要求される.このようなことは,経験豊富な外科医にとっては当然であるとしても,未熟な外科医にとっては判断に困るところである.
 本書は,このような実状をふまえて著されたものであり,この分野において欠けていた情報を補うものである.外科医が経験を積み重ね,対称性と調和,さらにその結果として,正確な美しさについての基準を確立していくとき,これらの基準は大変有用なものとなりうる.審美学的観点から顔を5つの主要部分,すなわち前額,鼻,眼,口唇,オトガイ部に区分した.外科医が顔貌全体のバランスを診断する際,これらの顔面区分を利用すれば簡易に計測が可能である.顔貌の基準となるパラメーターを確立し,理想的な顔貌との隔たりを認識し,顔貌の変形およびアンバランスを臨床的に明示することが重要である.本書の目的は変形やアンバランスの治療法を提示することではない.側貌を計測学的に分析することは非常に簡単なため,この点に関しては詳細な検討を行うが,一般には,より深い理解を必要とする場合にのみ補足的な説明を行う.
 Nelson Powell Brian Humphreys

訳者序

 私と本書との出会いは,Roth先生とWilliams先生の,2年にわたる歯科矯正学の研修コースを受講したときである.そのコースで本書が教材として用いられており,Powell分析について教えを受けた.当時の私には馴染みのうすい分析法であったにもかかわらず,研修コースの中で日本人のPowell分析の理想値を求められたので本書を読むこととなった.
 私が注目したのは 「日本人は日本人の顔貌の理想値を目標に治療計画を立てて,治療を進めなければならない」という彼らの考え方であった.歯科矯正学は米国が歴史的にみて非常に進んでおり,その知識の導入とともに日本の歯科矯正学が発展してきたという側面をもっていることに異論をはさむ人は少ないと思う.その中では当然白人の顔貌の理想値が教えられ,その理想値を目標に治療するよう求められた.しかし,骨格が異なる以上,人種による差異について考慮することは当然であり,そのためにそれぞれの人種間における標準値,理想値を求めることは必要である.一方,その理想値を確立したり,あるいはその値を用いて実際に患者の治療計画を立てていくうえで参考となる教科書があまりにも少ないのが現状である.しかしながら,私はこの本がまさにそれを補ってくれる数少ない一冊であると思っている.それは次のような理由からである.
 『美の基本概念は調和と対称性であり,この基本概念の認められるものが理想的な顔貌である.美しさを数量的に表すことはむずかしいが,基準線,角度,外形を計測することによって美の計測基準を確立することは可能である』とPowellが説くように,本書では顔面の各部分と顔貌全体との相互関係が詳述されており,顔面の各部分のバランスが重要である,と強調されている.当然,白人の理想値をそのまま日本人に当てはめることはできないが,調和と対称性はすべての民族にとって普遍的なものであるはずだ,と私は考えるからである.
 本書が,日本人の理想的な顔貌とはなにかを考えるうえで一助となれば幸いである.
 最後に,病院長の要職で多忙の中をご校閲賜った大阪歯科大学歯科矯正学講座木下善之介教授に心からお礼を申し上げる.また,出版にあたり,ご協力を賜った松井邦子様に紙上にて感謝の意を表す次第である.
 1993年10月20日 訳者を代表して 高橋一朗
1.美しい顔貌を造るうえでの考慮…1
 年齢…1
 性差…2
 体型…3
 頭髪…3
 人種…3
 対称性と調和…3
 側貌:歯および骨格との関係…8
2.美しい顔貌の五大要素…13
 前額(前頭)…13
 眼…15
 鼻…17
 口唇…28
 オトガイ部…31
3.顔貌の分析方法…37
 鼻部計測法…37
 顔面における曲線…38
 分析方法の復習…38
4.理想的な顔貌の形成…47
 審美三角…47
 要約…51
5.用語解説…59

文献…63
索引…65