はじめに
歯を失った,ある高齢者の方から「死ぬまでにもう一度,心ゆくまで沢(たく)庵(あん)をボリボリ音をたてて食べ,お茶づけをかきこんでみたいんです.なんとかなりませんか?」,また「このごろ,先が短くなったせいか,どうも夢の中でお新香バリバリ食べ,その音で目が覚めてしまいそうになるんです」と聞かされました.
誰しも障害をもつようになったり,年をとれば,多かれ少なかれ身体活動の低下を余儀なくされます.普通,身体機能が十分であったものが不十分になったり,失われて初めて不自由を感じその大切さ,その真価に気づきます.「口から食べたい」,「かんで食べたい」という気持は,ただ単に生きるためだけというのではなく,よりよく生きたい,そして生活の質を保ちつづけたい(QOL,クオリティー・オブ・ライフ)という素直な気持ちの表れのように思われます.「命」を受け入れる器が肉体.その肉体を維持するエネルギーを取り入れる第一の関門が歯を含めた口です.人権に関して,一般には社会的視点で語られることが多いのですが,「排(はい)泄(せつ)」「睡(すい)眠(みん)」「生殖行為」とともに,「口からの摂食(せっしょく)」は身体に関する基本的人権の一つではないのかとさえ感じられます.生きているかぎり,何らかの方法で食し,排泄し,眠らなければなりません.気持ちよくヒトとして最低限の生理的現象が満たされることが,よりよい自然環境や社会環境の充足とともに「ヒトが生きている」基本的な条件として問われる時代になってきています.歯があっても,また仮に歯がなかったとしても,口から食べることは単に個体を維持するという生物学的な行為だけでなく,他の多くの生の意味合いを含んでいます.そこに,口腔ケアの意義があります.口は喋り,味わい,装(よそお)い,そして口元は感情をも表現します.口は他の器官に比べ「文化(的)臓器」として理解することができます.
本書は,介護に関わるすべての人に,そうした「口からの摂食」のもつ重要な意味と,口腔ケアの具体的な方法のポイントについて極力わかりやすく解説したものです.
介護そして福祉は高齢者や障害者だけの問題でなく,私達自身の問題であります.ケアは,肉体的ケアだけでなく,ましてや身体の一部だけをケアするようなものだけでなく,精神や心,ひいては癒しの一部までをもになう営為にほかならないと思われます.今日,本書を手に取っていただいている方々は,このような事柄を直接的に,また間接的に「ケアの風」を肌(はだ)で感じられている方々ではないかと推察しています.
新しい何かの出会いを期待して.
平成15年6月
編 者
歯を失った,ある高齢者の方から「死ぬまでにもう一度,心ゆくまで沢(たく)庵(あん)をボリボリ音をたてて食べ,お茶づけをかきこんでみたいんです.なんとかなりませんか?」,また「このごろ,先が短くなったせいか,どうも夢の中でお新香バリバリ食べ,その音で目が覚めてしまいそうになるんです」と聞かされました.
誰しも障害をもつようになったり,年をとれば,多かれ少なかれ身体活動の低下を余儀なくされます.普通,身体機能が十分であったものが不十分になったり,失われて初めて不自由を感じその大切さ,その真価に気づきます.「口から食べたい」,「かんで食べたい」という気持は,ただ単に生きるためだけというのではなく,よりよく生きたい,そして生活の質を保ちつづけたい(QOL,クオリティー・オブ・ライフ)という素直な気持ちの表れのように思われます.「命」を受け入れる器が肉体.その肉体を維持するエネルギーを取り入れる第一の関門が歯を含めた口です.人権に関して,一般には社会的視点で語られることが多いのですが,「排(はい)泄(せつ)」「睡(すい)眠(みん)」「生殖行為」とともに,「口からの摂食(せっしょく)」は身体に関する基本的人権の一つではないのかとさえ感じられます.生きているかぎり,何らかの方法で食し,排泄し,眠らなければなりません.気持ちよくヒトとして最低限の生理的現象が満たされることが,よりよい自然環境や社会環境の充足とともに「ヒトが生きている」基本的な条件として問われる時代になってきています.歯があっても,また仮に歯がなかったとしても,口から食べることは単に個体を維持するという生物学的な行為だけでなく,他の多くの生の意味合いを含んでいます.そこに,口腔ケアの意義があります.口は喋り,味わい,装(よそお)い,そして口元は感情をも表現します.口は他の器官に比べ「文化(的)臓器」として理解することができます.
本書は,介護に関わるすべての人に,そうした「口からの摂食」のもつ重要な意味と,口腔ケアの具体的な方法のポイントについて極力わかりやすく解説したものです.
介護そして福祉は高齢者や障害者だけの問題でなく,私達自身の問題であります.ケアは,肉体的ケアだけでなく,ましてや身体の一部だけをケアするようなものだけでなく,精神や心,ひいては癒しの一部までをもになう営為にほかならないと思われます.今日,本書を手に取っていただいている方々は,このような事柄を直接的に,また間接的に「ケアの風」を肌(はだ)で感じられている方々ではないかと推察しています.
新しい何かの出会いを期待して.
平成15年6月
編 者
はじめに
第1章 高齢者とその環境
1 口腔ケアの重要性
1.食べることは基本
2.誤(ご)嚥(えん)性(せい)肺(はい)炎(えん)
3.口腔ケアと全身疾患
2 老化(加齢)とは
1.高齢者の身体的特徴
2.加齢による器官の変化
3.骨強度の変化
4.骨疾患と成分の変化
5.加齢と痴呆
3 加齢による歯・口腔の変化
1.歯・歯肉
2.口(こう) 唇(しん)
3.咀(そ) 嚼(しゃく)
4.摂(せっ)食(しょく)・嚥(えん)下(げ)
5.口腔粘膜
6.顎 骨
7.舌
8.味 覚
9.味覚嗜好変化
10.味覚障害
11.唾液腺
第2章 口腔ケアにあたって知っておきたい基礎知識
1 ケア(Care,介護)とは
2 ADL
3 口腔ケアに役立つ口腔観察・口腔解剖の知識
1.外観から観察してみる
2.口をあけた状態から観察してみる
3.顎(あご)の状態
4.口の開閉
5.摂食・嚥下の状態から考えてみる
6.鼻との関係の視点から類推してみる
7.顔面筋とリンパ節
8.神 経
9.歯
10.唾 液
11.口腔ケアの視点からよく観察してみる
12.口腔の症状や機能から現状を把握する
13.歯・口腔の治療状態から要介護者を観察する
14.全身機能との関連から
15.症状からの視点は重要な観察ポイント
4 感染予防
1.微生物と感染,その予防に関する知識
2.日(ひ)和(より)見(み)感(かん)染(せん)
3.肝炎ウイルスの種類
4.B型肝炎ウイルスなどの感染経路
5.感染予防の基本
第3章 口腔ケアの実際
1 口腔ケアを行うにあたって
1.高齢者の状態
2.器 具
3.口腔ケアの体位
4.口腔ケア時の頭部の位置
5.口腔ケア時の照明(光)の確保
2 口腔ケアを行う際のポイント
1.認知に障害があり,口をあけてくれない場合の対応
2.歯みがきや清拭時の注意
3.義歯を使用している場合の対応
4.摂食・嚥下障害者へのリハビリテーション時の注意
3 口腔の保(ほ)清(せい)
1.含(がん)嗽(そう)(うがい)
2.口腔内洗浄
3.歯の清掃
4.歯肉,顎堤(歯茎)の清掃
5.舌の清掃
4 義歯をつけた人の口腔ケア
1.義歯と口腔ケア(義歯のケア)
5 口腔乾燥症(こうくうかんそうしょう)のケア
6 経管栄養,意識障害,開口障害などの口腔ケア
1.経管栄養者の口腔ケア
2.意識障害者の口腔ケア
3.開口障害を有する場合の口腔ケア
第4章 摂食・嚥下に対する介護
1 摂食・嚥下機能の基礎知識
1.先行期(認知期)
2.準備期
3.口腔期
4.咽頭期
5.食道期
2 摂食・嚥下障害の症状
1.認知期障害
2.捕食障害
3.食物処理障害
4.食塊形成・食塊移送障害
5.嚥下障害
3 口腔機能の改善と嚥下機能の関連
4 ベッドサイドでの嚥下機能のスクリーニングテスト
5 摂食・嚥下リハビリテーションの実際
I 食事を用いない訓練
1.口唇,舌,頬,下顎の運動訓練
2.口唇,舌,頬粘膜の感覚刺激
3.口唇,舌,下顎,嚥下筋の協調運動訓練
4.呼吸との協調訓練
II 食事を用いた訓練
1.嚥下体操
2.食環境の適正化
3.嚥下パターンの再獲得
4.代償的嚥下パターンの獲得
III 介護職の役割
6 食事の援助
1.食形態
2.使用食具
3.食事介助方法
第5章 歯科治療や口腔ケアが必要なとき
1.入れ歯が合わない,歯がないままになっている,入れ歯の手入れの仕方がわからない
2.痛みがある
3.口腔内からの出血
4.むせる,飲み込みにくい,口からこぼれる(摂食・嚥下障害)
5.口が渇く(口腔乾燥)
6.口臭がある
第6章 歯科衛生士による口腔ケアと摂食・嚥下リハビリテーション例
1 経管栄養のチューブをはずすことができた例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
2 口臭が消え,簡単な日常会話が可能になった例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
3 言葉が明瞭でなく閉じこもっていたが,社会交流が活発になった例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
第7章 口腔ケア QアンドA
1.口腔ケアを始める前に
2.口腔ケアの必要性について
3.口腔ケアの方法について
4.口腔ケア時の注意点について
5.口腔ケアの効率について
6.口腔ケア時の吐き気(嘔吐感)について
7.口内炎について
8.含嗽(うがい)について
9.口臭について
10.口腔ケアに協力的でない人について
11.身体に障害のある人の口腔ケアについて
12.痴呆症状のある高齢者の口腔ケア
13.歯周病について
14.口腔内の出血について
15.口腔や口唇の乾燥について
16.摂食・嚥下障害について
17.経管栄養を受けている場合について
18.義歯について
索引
おわりに
第1章 高齢者とその環境
1 口腔ケアの重要性
1.食べることは基本
2.誤(ご)嚥(えん)性(せい)肺(はい)炎(えん)
3.口腔ケアと全身疾患
2 老化(加齢)とは
1.高齢者の身体的特徴
2.加齢による器官の変化
3.骨強度の変化
4.骨疾患と成分の変化
5.加齢と痴呆
3 加齢による歯・口腔の変化
1.歯・歯肉
2.口(こう) 唇(しん)
3.咀(そ) 嚼(しゃく)
4.摂(せっ)食(しょく)・嚥(えん)下(げ)
5.口腔粘膜
6.顎 骨
7.舌
8.味 覚
9.味覚嗜好変化
10.味覚障害
11.唾液腺
第2章 口腔ケアにあたって知っておきたい基礎知識
1 ケア(Care,介護)とは
2 ADL
3 口腔ケアに役立つ口腔観察・口腔解剖の知識
1.外観から観察してみる
2.口をあけた状態から観察してみる
3.顎(あご)の状態
4.口の開閉
5.摂食・嚥下の状態から考えてみる
6.鼻との関係の視点から類推してみる
7.顔面筋とリンパ節
8.神 経
9.歯
10.唾 液
11.口腔ケアの視点からよく観察してみる
12.口腔の症状や機能から現状を把握する
13.歯・口腔の治療状態から要介護者を観察する
14.全身機能との関連から
15.症状からの視点は重要な観察ポイント
4 感染予防
1.微生物と感染,その予防に関する知識
2.日(ひ)和(より)見(み)感(かん)染(せん)
3.肝炎ウイルスの種類
4.B型肝炎ウイルスなどの感染経路
5.感染予防の基本
第3章 口腔ケアの実際
1 口腔ケアを行うにあたって
1.高齢者の状態
2.器 具
3.口腔ケアの体位
4.口腔ケア時の頭部の位置
5.口腔ケア時の照明(光)の確保
2 口腔ケアを行う際のポイント
1.認知に障害があり,口をあけてくれない場合の対応
2.歯みがきや清拭時の注意
3.義歯を使用している場合の対応
4.摂食・嚥下障害者へのリハビリテーション時の注意
3 口腔の保(ほ)清(せい)
1.含(がん)嗽(そう)(うがい)
2.口腔内洗浄
3.歯の清掃
4.歯肉,顎堤(歯茎)の清掃
5.舌の清掃
4 義歯をつけた人の口腔ケア
1.義歯と口腔ケア(義歯のケア)
5 口腔乾燥症(こうくうかんそうしょう)のケア
6 経管栄養,意識障害,開口障害などの口腔ケア
1.経管栄養者の口腔ケア
2.意識障害者の口腔ケア
3.開口障害を有する場合の口腔ケア
第4章 摂食・嚥下に対する介護
1 摂食・嚥下機能の基礎知識
1.先行期(認知期)
2.準備期
3.口腔期
4.咽頭期
5.食道期
2 摂食・嚥下障害の症状
1.認知期障害
2.捕食障害
3.食物処理障害
4.食塊形成・食塊移送障害
5.嚥下障害
3 口腔機能の改善と嚥下機能の関連
4 ベッドサイドでの嚥下機能のスクリーニングテスト
5 摂食・嚥下リハビリテーションの実際
I 食事を用いない訓練
1.口唇,舌,頬,下顎の運動訓練
2.口唇,舌,頬粘膜の感覚刺激
3.口唇,舌,下顎,嚥下筋の協調運動訓練
4.呼吸との協調訓練
II 食事を用いた訓練
1.嚥下体操
2.食環境の適正化
3.嚥下パターンの再獲得
4.代償的嚥下パターンの獲得
III 介護職の役割
6 食事の援助
1.食形態
2.使用食具
3.食事介助方法
第5章 歯科治療や口腔ケアが必要なとき
1.入れ歯が合わない,歯がないままになっている,入れ歯の手入れの仕方がわからない
2.痛みがある
3.口腔内からの出血
4.むせる,飲み込みにくい,口からこぼれる(摂食・嚥下障害)
5.口が渇く(口腔乾燥)
6.口臭がある
第6章 歯科衛生士による口腔ケアと摂食・嚥下リハビリテーション例
1 経管栄養のチューブをはずすことができた例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
2 口臭が消え,簡単な日常会話が可能になった例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
3 言葉が明瞭でなく閉じこもっていたが,社会交流が活発になった例
1.症 例
2.口腔ケア上の問題点
3.口腔ケアの経過
第7章 口腔ケア QアンドA
1.口腔ケアを始める前に
2.口腔ケアの必要性について
3.口腔ケアの方法について
4.口腔ケア時の注意点について
5.口腔ケアの効率について
6.口腔ケア時の吐き気(嘔吐感)について
7.口内炎について
8.含嗽(うがい)について
9.口臭について
10.口腔ケアに協力的でない人について
11.身体に障害のある人の口腔ケアについて
12.痴呆症状のある高齢者の口腔ケア
13.歯周病について
14.口腔内の出血について
15.口腔や口唇の乾燥について
16.摂食・嚥下障害について
17.経管栄養を受けている場合について
18.義歯について
索引
おわりに