やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 稲垣暢也
 京都大学大学院医学研究科糖尿病・栄養内科学
 いまから約20年あまり前,著者は大学院でGIPの研究を行っていた.このころはまだインクレチンという言葉も一般的ではなかった.そして当時GIPやGLP-1といったインクレチンが,糖尿病の治療薬としてこれだけ華々しく登場するとはどれだけの人が予想したであろうか?
 わが国では2009年末に最初のDPP-4阻害薬の発売が承認された.そして,2010年はGLP-1受容体作動薬やあらたなDPP-4阻害薬もつぎつぎと登場し,まさにインクレチン元年となりそうである.インクレチン関連薬はこれまでの糖尿病薬とまったく異なる作用機序を有する新しい薬剤であり,わが国において10年ぶりの新しい糖尿病薬の登場である.これもインクレチンに関するこれまでの基礎研究と技術の進歩の結果である.
 インクレチン関連薬の特徴として,第1に単独で低血糖を起こしにくいインスリン分泌促進薬であること,第2にグルカゴン分泌を抑制するというこれまでにはない新しい作用を有すること,第3にこれまでの糖尿病治療薬とまったく異なる作用機序であること,第4に体重を減少させる,あるいは増加させないこと,そして最後に膵島保護作用を有する可能性があること,があげられる.このような特徴からインクレチン関連薬は多くの利点をあわせもつ2型糖尿病治療薬としておおいに期待され,すでに臨床の現場で使われはじめている.
 本別冊ではインクレチンの概念から分泌メカニズム,膵島への作用や膵外作用といった基礎研究,2型糖尿病におけるインクレチンの動態,そしてインクレチン関連薬の作用機序や臨床データ,さらにはトピックスに至るまで,まさに“インクレチンのすべて”を各分野の第一人者の先生方に執筆をお願いした.この別冊がインクレチンの基礎から臨床までのすべてを網羅し,読者のインクレチンに関する理解を深め,また糖尿病診療に役立つことは間違いない.
 はじめに(稲垣暢也)
概論
 1.改訂 インクレチンの概念と歴史―発見と発展,そして展望(表 孝徳・清野 裕)
  ・インクレチンの概念
  ・インクレチンの歴史
  ・インクレチン研究の発展
  ・これからの展望
インクレチン基礎研究
 2.インクレチンの分泌メカニズム(藤田征弘・羽田勝計)
  ・GIPとGLP-1の発現
  ・栄養素に対するインクレチン分泌細胞
  ・液性因子および神経因子によるL細胞のGLP-1の分泌調節
 3.インクレチンによるインスリン分泌増強機構(橋晴美・他)
  ・インスリン分泌におけるインクレチンの重要性
  ・cAMPによるインスリン分泌増強機構
  ・cAMPシグナルによるインスリン顆粒動態の制御
  ・cAMPによるインスリン分泌増強におけるEpac/Rap1の役割
 4.インクレチンの膵β細胞保護作用―インクレチンの抗アポトーシス作用(豊田健太郎・稲垣暢也)
  ・インクレチンとは
  ・インクレチンの膵β細胞への作用
  ・膵β細胞保護作用の糖尿病臨床における意義
 5.インクレチンの膵α細胞に対する作用(江頭富士子・石原寿光)
  ・膵α細胞とグルカゴン
  ・インクレチンの膵α細胞に対する作用
  ・インクレチンのα細胞作用と血糖コントロール
インクレチンの膵外作用
 6.インクレチンの膵外作用:体重(古家大祐・中川 淳)
  ・GLP-1の摂食抑制作用
  ・中枢神経GLP-1および循環血中GLP-1の中枢神経作用
  ・GLP-1の神経反射性作用―消化器作用
 7.インクレチンの膵外作用:骨組織(山田千積)
  ・GIPの骨への作用
  ・GLP-1の骨への作用
  ・ヒトにおけるインクレチンの骨代謝への影響
 8.インクレチンの膵外作用:脂肪組織(山田祐一郎)
  ・インクレチンと脂肪細胞
  ・GIPは栄養素の取込みに関与
  ・GIPシグナルは肥満誘発因子か
  ・高脂肪食・過食とGIPシグナル
  ・加齢とGIPシグナル
  ・GIP受容体拮抗薬と肥満
  ・GIPシグナルはなぜ脂肪細胞に働くのか
  ・インクレチン薬とGIPシグナル
 9.インクレチンの膵外作用:心臓(吉ア 健・柏木厚典)
  ・インクレチンの心筋への直接作用
  ・インクレチンの心拍数への作用
  ・インクレチンの心不全改善作用
  ・インクレチンの虚血心筋保護作用
  ・インクレチンの心血管危険因子への作用
 10.インクレチンの膵外作用:腎臓(小寺 亮・槇野博史)
  ・インクレチンの代謝
  ・腎におけるGIPとGLP-1受容体の存在
  ・腎へのインクレチンの効果
  ・DPP-4 活性
インクレチン関連薬
 11.糖尿病におけるインクレチンの分泌と作用―日本人のインクレチン血中濃度を踏まえて(矢部大介・清野 裕)
  ・欧米健常人におけるインクレチン濃度
  ・2型糖尿病におけるインクレチンに関する異常
  ・日本人におけるインクレチン分泌
 12.インクレチン・エンハンサー:DPP-4阻害薬の作用(岩本安彦)
  ・インクレチンの作用
  ・DPP-4
  ・インクレチンエンハンサー
  ・DPP-4 阻害薬の作用機序
  ・DPP-4 阻害薬の副作用
  ・DPP-4 阻害薬への期待
 13.インクレチン関連薬の臨床データ:GLP-1受容体作動薬(柱本 満・加来浩平)
  ・GLP-1 受容体作動薬の臨床データ
 14.改訂 インクレチン関連薬の臨床データ:DPP-4阻害薬(大杉 満・門脇 孝)
  ・シタグリプチン
  ・ビルダグリプチン
  ・アログリプチン
注目臨床トピックス
 15.糖尿病治療に対するGLP-1投与のあらたな戦略(中里雅光)
  ・経鼻投与用GLP-1製剤
  ・鼻腔内投薬装置
  ・2 型糖尿病に対する経鼻GLP-1投与の医師主導治験
 16.インクレチンの測定法(三家登喜夫・他)
  ・GLP-1の血中動態
  ・血中GLP-1測定用試薬
  ・活性型GLP-1測定用サンプルの調整
  ・活性型GLP-1の血中濃度
  ・GIPの測定
 17.Bariatric surgeryとインクレチン(植木浩二郎)
  ・肥満治療における bariatric surgeryの現状
  ・Bariatric surgeryによる2型糖尿病の改善効果
  ・Bariatric surgeryによるインクレチン・消化管ホルモンの分泌変化と糖尿病
  ・Bariatric surgeryの結果がもたらす糖尿病治療のパラダイムシフトの可能性

 ・サイドメモ目次
  味受容体とインクレチン分泌
  インクレチン作用
  インクレチンの測定方法
  医師主導治験
  1,5-AG(1,5-アンヒドロ-D-グルシトール)