序文
わが国は輸血後進国であるという感覚を持っている方は多くないにしても,実は世界でもトップクラスの実力を持つ輸血先進国であるという認識を持っている人は医療関係者でも少ないのではないだろうか? 1963年に日本赤十字社に献血が一本化され,1965年のB型肝炎ウイルススクリーニングを皮切りに,1983年のHIV・HTLV-1のスクリーニング,1989年のHCV抗体スクリーニング,さらには2000年の核酸増幅検査と次々に感染症対策が導入され,ウイルスの感染率を10万分の1をはるかに下回るレベルにまで低下させている.また,1998年には致命的免疫副作用である輸血後GVHDの予防措置として放射線照射が導入された.これらの安全対策はすべてわが国が世界最初であった.輸血用血液の安全性は現在世界一と言って過言ではない.
しかし,一本化は,無制限の安全性追求という方向に陥る危険性をはらんでいる.過度の安全性追求は血液のコストを増大させてしまう.BSEに端を発した新型CJDへの対応が,マスコミ扇動に乗じられないように望まれる.
一方,すべて輸血は血液センターに依存するという甘えの構造が,医学界での輸血学の必要性の認識を希釈してしまった.同時に国民皆保険に支えられて,重症患者への高額医療が大病院を中心に安易に行われている結果,大量の外国由来の血漿に支えられた治療が続けられている.科学的に適正な輸血療法(evidence-based medicine)が周知しにくい理由は,輸血学教育の遅れと出来高払いの保険制度の矛盾を端的に示している.最近,輸血療法のピットフォールとして多くの医師が,不適合輸血のメカニズムを理解していない状況が認識されてきた.ようやくすべての国立大学病院に輸血部が設置され,全国的に輸血学教育が始まろうとしている.
1990年代に入って,末梢血や骨髄・臍帯血など比較的入手が容易な細胞から,幹細胞を抽出できることが明らかになってきた.今まさに始まろうとしている再生医療の要になってきそうな状況である.これらの細胞は,従来輸血学者が取り扱ってきたものであり,この分野における輸血学の役割が大きく期待されている.
本書を読むことによって,輸血治療の有用性,血液センターの輸血安全性確保への努力,幹細胞治療の現状など,輸血医学のポジティブな部分のみならず,問題点についてもご理解いただけるのであれば幸いである.
2002年5月
稲葉頌一
わが国は輸血後進国であるという感覚を持っている方は多くないにしても,実は世界でもトップクラスの実力を持つ輸血先進国であるという認識を持っている人は医療関係者でも少ないのではないだろうか? 1963年に日本赤十字社に献血が一本化され,1965年のB型肝炎ウイルススクリーニングを皮切りに,1983年のHIV・HTLV-1のスクリーニング,1989年のHCV抗体スクリーニング,さらには2000年の核酸増幅検査と次々に感染症対策が導入され,ウイルスの感染率を10万分の1をはるかに下回るレベルにまで低下させている.また,1998年には致命的免疫副作用である輸血後GVHDの予防措置として放射線照射が導入された.これらの安全対策はすべてわが国が世界最初であった.輸血用血液の安全性は現在世界一と言って過言ではない.
しかし,一本化は,無制限の安全性追求という方向に陥る危険性をはらんでいる.過度の安全性追求は血液のコストを増大させてしまう.BSEに端を発した新型CJDへの対応が,マスコミ扇動に乗じられないように望まれる.
一方,すべて輸血は血液センターに依存するという甘えの構造が,医学界での輸血学の必要性の認識を希釈してしまった.同時に国民皆保険に支えられて,重症患者への高額医療が大病院を中心に安易に行われている結果,大量の外国由来の血漿に支えられた治療が続けられている.科学的に適正な輸血療法(evidence-based medicine)が周知しにくい理由は,輸血学教育の遅れと出来高払いの保険制度の矛盾を端的に示している.最近,輸血療法のピットフォールとして多くの医師が,不適合輸血のメカニズムを理解していない状況が認識されてきた.ようやくすべての国立大学病院に輸血部が設置され,全国的に輸血学教育が始まろうとしている.
1990年代に入って,末梢血や骨髄・臍帯血など比較的入手が容易な細胞から,幹細胞を抽出できることが明らかになってきた.今まさに始まろうとしている再生医療の要になってきそうな状況である.これらの細胞は,従来輸血学者が取り扱ってきたものであり,この分野における輸血学の役割が大きく期待されている.
本書を読むことによって,輸血治療の有用性,血液センターの輸血安全性確保への努力,幹細胞治療の現状など,輸血医学のポジティブな部分のみならず,問題点についてもご理解いただけるのであれば幸いである.
2002年5月
稲葉頌一
序文……稲葉頌一
第1章 わが国の血液需要
A.血液センターの課題
1.血液事業の現状と問題点 前田義章
2.安全な血液の確保──献血者に対する問診と献血血液に対するスクリーニング検査 中島一格
3.血液製剤の安全確保をめざした種々の施策 横山繁樹
4.輸血副作用の現状と課題 田山達也
5.献血者血液のNATと導入後のウイルス感染 山中烈次
6.日本赤十字社の血液事業における国際協力 嶋本博司
7.ラオス赤十字社血液事業への開発協力 徳永和夫
8.分画製剤の安全性──分画製剤の安全性確保および安定供給対策 伴野丞計
9.血液センターにおける保存前白血球除去──保存前白血球除去の効用は? 佐竹正博
B.医療機関の課題──一般的課題
10.輸血用血液および血液製剤の適正使用基準 大西宏明・清水 勝
11.臨床検査技師による輸血業務の24時間体制──輸血の24時間体制 佐川公矯
12.輸血のためのインフォームドコンセント 丹生恵子
13.輸血教育 高橋孝喜
14.輸血のEBM 小松文夫
15.輸血医療の安全を保証するI&A 星 順隆
16.輸血後移植片対宿主病の現状と対策 大塚節子
17.輸血後肝炎──肝炎ウイルス対策の変遷と肝炎発生の推移 菊地 秀
18.白血球除去フィルター──ベッドサイド濾過から保存前白血球除去へ 山口一成
19.アルブミン製剤の適正使用 比留間 潔
C.医療機関の課題──輸血検査の改良
20.輸血管理コンピュータシステム 宮田茂樹
21.自動化機器と輸血リスクマネジメント 高松純樹
22.新しい輸血検査:マイクロチューブカラム法──とくにゲル法(カード法)を中心として 布施一郎
23.固相法における輸血検査の現状 西野主眞・他
第2章 輸血と社会環境
24.血液事業関連法規と厚生労働省通達 日野 学
25.輸血に関する裁判──説明義務違反・異型輸血は責任を問われる 吉岡尚文
26.血液新法への提言──安全な血液の自給と適正輸血の推進をめざして 清水 勝
27.薬害エイズ被害からみた血液事業のあり方──血液新法の政策的論点 林いづみ
28.献血者からみた血液事業 三星 勲
第3章 外科系の輸血
29.手術準備とタイプアンドスクリーン──外科手術における合理的血液準備と輸血前検査法の問題点 山本 哲
30.自己血輸血の現状と問題点 面川 進
31.大量輸血時の全身管理 坂口嘉郎・高橋成輔
32.慢性動脈閉塞症に対する細胞移植療法 古森公浩・他
第4章 内科系の輸血
33.血液疾患と輸血 高本 滋
34.血小板輸血──血小板輸血の使用指針と不応症の対策 浅井隆善
35.末梢血幹細胞移植の実際 増田浩三・池田和真
36.骨髄バンク 幸道秀樹
37.臍帯血バンク 佐藤博行
38.肝疾患での血漿使用 飯野四郎
39.劇症肝炎と血液浄化療法 井上和明・与芝 真
40.ドナーリンパ球輸注療法──抗腫瘍効果をめざす積極的な輸血療法 塩原信太郎
第5章 残された輸血副作用
41.思いがけない輸血感染症 西郷勝康・松井利充
42.輸血によってCreutzfeldt-Jakob病は感染するか? 倉田義之
43.ABO不適合輸血──予防と治療 稲葉頌一
44.TRALI(輸血関連急性肺障害) 田所憲治
第6章 トピックス
45.ES細胞と輸血 前川 平
46.血小板糊 石田 明・半田 誠
47.フィブリン糊 木ノ下義宏・他
48.輸血による免疫抑制 大戸 斉
第1章 わが国の血液需要
A.血液センターの課題
1.血液事業の現状と問題点 前田義章
2.安全な血液の確保──献血者に対する問診と献血血液に対するスクリーニング検査 中島一格
3.血液製剤の安全確保をめざした種々の施策 横山繁樹
4.輸血副作用の現状と課題 田山達也
5.献血者血液のNATと導入後のウイルス感染 山中烈次
6.日本赤十字社の血液事業における国際協力 嶋本博司
7.ラオス赤十字社血液事業への開発協力 徳永和夫
8.分画製剤の安全性──分画製剤の安全性確保および安定供給対策 伴野丞計
9.血液センターにおける保存前白血球除去──保存前白血球除去の効用は? 佐竹正博
B.医療機関の課題──一般的課題
10.輸血用血液および血液製剤の適正使用基準 大西宏明・清水 勝
11.臨床検査技師による輸血業務の24時間体制──輸血の24時間体制 佐川公矯
12.輸血のためのインフォームドコンセント 丹生恵子
13.輸血教育 高橋孝喜
14.輸血のEBM 小松文夫
15.輸血医療の安全を保証するI&A 星 順隆
16.輸血後移植片対宿主病の現状と対策 大塚節子
17.輸血後肝炎──肝炎ウイルス対策の変遷と肝炎発生の推移 菊地 秀
18.白血球除去フィルター──ベッドサイド濾過から保存前白血球除去へ 山口一成
19.アルブミン製剤の適正使用 比留間 潔
C.医療機関の課題──輸血検査の改良
20.輸血管理コンピュータシステム 宮田茂樹
21.自動化機器と輸血リスクマネジメント 高松純樹
22.新しい輸血検査:マイクロチューブカラム法──とくにゲル法(カード法)を中心として 布施一郎
23.固相法における輸血検査の現状 西野主眞・他
第2章 輸血と社会環境
24.血液事業関連法規と厚生労働省通達 日野 学
25.輸血に関する裁判──説明義務違反・異型輸血は責任を問われる 吉岡尚文
26.血液新法への提言──安全な血液の自給と適正輸血の推進をめざして 清水 勝
27.薬害エイズ被害からみた血液事業のあり方──血液新法の政策的論点 林いづみ
28.献血者からみた血液事業 三星 勲
第3章 外科系の輸血
29.手術準備とタイプアンドスクリーン──外科手術における合理的血液準備と輸血前検査法の問題点 山本 哲
30.自己血輸血の現状と問題点 面川 進
31.大量輸血時の全身管理 坂口嘉郎・高橋成輔
32.慢性動脈閉塞症に対する細胞移植療法 古森公浩・他
第4章 内科系の輸血
33.血液疾患と輸血 高本 滋
34.血小板輸血──血小板輸血の使用指針と不応症の対策 浅井隆善
35.末梢血幹細胞移植の実際 増田浩三・池田和真
36.骨髄バンク 幸道秀樹
37.臍帯血バンク 佐藤博行
38.肝疾患での血漿使用 飯野四郎
39.劇症肝炎と血液浄化療法 井上和明・与芝 真
40.ドナーリンパ球輸注療法──抗腫瘍効果をめざす積極的な輸血療法 塩原信太郎
第5章 残された輸血副作用
41.思いがけない輸血感染症 西郷勝康・松井利充
42.輸血によってCreutzfeldt-Jakob病は感染するか? 倉田義之
43.ABO不適合輸血──予防と治療 稲葉頌一
44.TRALI(輸血関連急性肺障害) 田所憲治
第6章 トピックス
45.ES細胞と輸血 前川 平
46.血小板糊 石田 明・半田 誠
47.フィブリン糊 木ノ下義宏・他
48.輸血による免疫抑制 大戸 斉