やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 今,温めビジネスが盛んだそうである.しかもその火付け役が筆者だという.3年余前に筆者が書いた『心も体も冷えが万病のもと』をきっかけに,「冷え」が注目され,世に温めブームが巻き起こったという.そういえば,昨年,一昨年と比較するとこの冬は,素足が減って,より多くの女性がタイツやストッキングを着用している気がする.冷えを放置してはいけないと,ようやく一般市民が気づき始めたのであろう.獣医師の友人に聞いた話であるが,最近ではペットも低体温傾向だそうである.
 冷えは,伝統医学では未病として重要な位置づけをされていたにもかかわらず,西洋医学中心となったわが国では基本的に見過ごされてきた.西洋医学には,そもそも冷えという概念がなく,また疾患を敵とみなして駆逐するのが得意な医学からは,冷えはさしたる敵に該当しなかったためである.ところが伝統医学では,冷えのみならず,暑さや湿気,乾燥なども病気の原因とされている.その中で,特に冷えが注目されてきたのは,近代文明が“冷やす文明”だからであろう.
 伝統医学,特に漢方医学では,冷えに侵されると万物のもととなる「気」の産生が落ちたり,そのめぐりが不順となったりする.また「血」はもとは気であるから,その産生がうまくいかなかったり,滞ったりする.「水」も滞る.すると,冷えはますます悪化する.この病態から,本書で紹介する様々な症状が出現する.漢方薬の専門家や鍼灸師などは冷えの重要性に気づいており,10数年前,漢方薬を専門とする有志達と「冷え研究会」を立ち上げたことがあったが,漢方医学の概念で論じていたせいか,大きくは広がらず,数回のミーティングで立ち消えになってしまった.
 『心も体も冷えが万病のもと』は,冷え対策が疾患予防になると予測し,冷えをできる限り生理学的に説明し,対策を述べたものである.その後,その理論は強い批判を受けることなく世に受け入れられ,筆者以外の治療家や執筆家などにも利用されるようになっている.湯たんぽやショウガブームも同時に起こってきた.まさに冷えブーム,温めブームである.
 ところが,冷えはその悩みを医師に伝えてもとりあってもらえない状況が現在も続いている.医師がその概念を知らず,病態としてとらえて治療の対象とできないからである.
 冷えは立派な未病であり,実はその対策を講ずることで解消できるものである.それを放置すれば,重篤な疾患に発展する可能性がある.
 本書は,冷え対策を専門家向けに記した初めての専門書である.冷えの概念から,その対策としての生活指導,伝統医学的なアプローチまで,それぞれの専門家にご執筆いただいた.医師のみならず看護師,伝統医学の治療家,そして獣医師などにも活用していただき,多くの冷えに悩む患者や一般市民を,その苦痛から救いだしていただきたい.
 平成22年4月 東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニック 所長
 川嶋 朗
 序
chapter1 「冷え」とは
 1.定義
  1)「冷え性」と「冷え症」 2)未病
 2.「冷え」の判定法
 3.「冷え」の病態生理
  1)低体温 2)循環障害
 4.日常生活と冷え
  1)冷蔵庫の普及(冷たい飲食物) 2)エアーコンディショナー(エアコン) 3)親の過保護 4)季節と冷え
 5.性差と冷え
 6.疾患と薬物
 7.ストレスと冷え
  1)良いストレスと悪いストレス 2)ストレスによって起こる反応と疾患 3)ストレスと自律神経
chapter2 「冷え」の実態調査
 1.冷えの判定と調査結果
  1)冷えの判定 2)冷えの頻度比較 3)冷える部位の比較 4)冷える時間帯の比較
 2.夏冷えで困ること
chapter3 「冷え」と免疫
 1.体温と冷え
  1)健康な人と病気の人の体温 2)冷えと自律神経の働き
 2.ストレスと冷えの相関
  1)ストレス反応の本体 2)日常生活の中のストレスと冷え
 3.エネルギー生成系の理解
  1)解糖系の役割 2)ミトコンドリア系の役割 3)人生とエネルギー系のシフト
 4.炎症と発熱
  1)感染症と発熱 2)組織修復と発熱 3)癌の自然退縮と発熱
 5.冷えと関連する薬物
  1)消炎鎮痛剤 2)ステロイドホルモン 3)免疫抑制剤
 6.おわりに
chapter4 「冷え」と皮膚
 1.皮膚科学からみた皮膚
  1)皮膚の構造と機能 2)皮膚のバリア機能 3)皮膚は脳
 2.皮膚と温度受容体
  1)熱刺激受容体TRPV1と高熱受容体TRPV2 2)温度刺激受容体TRPV3,TRPV4 3)涼冷刺激受容体TRPM8と冷刺激受容体TRPA1
 3.温度感覚,温熱感覚,温熱的快・不快感
  1)温度感覚 2)温熱感覚 3)温熱的快・不快感
 4.皮膚循環と体温調節
  1)皮膚血管の神経支配 2)皮膚刺激と皮膚の循環反応
 5.鍼灸医学からみた皮膚
  1)体表医学としての鍼灸医学 2)体表をめぐる気(衛気) 3)体表は12に区画 4)皮膚の機能地図
 6.皮膚に触れる
  1)触れる意義 2)心地よいタッチとは
 7.皮膚の冷えと冷え症の「冷え」
  1)冷え症と皮膚の冷え 2)冷え症の「冷え」 3)東洋医学における冷え
chapter5 冷え対策としての統合医療
 1.なぜ統合医療なのか?
 2.統合医療とは?
  1)CAMとは 2)IMとは
 3.CAMに関して
 4.わが国におけるIMの問題点
 5.IM教育
 6.冷えに対する統合医療的アプローチ
chapter5-1 日常生活と冷え
 1.日常生活での注意点,指導のポイント
 2.日常生活での冷え対策
  1)腹式呼吸 2)運動 3)食生活の改善 4)入浴と冷え 5)服装と冷え 6)睡眠と冷え
 3.HSPと温めてはいけない場合
  1)HSP 2)温めてはいけない場合
 4.日常生活とストレス対策
chapter5-2 西洋医学的アプローチ
 1.低体温症
  1)低体温症とは 2)原因 3)診断と症状 4)治療
 2.PAD
  1)PADの診断 2)PADの治療
chapter5-3 漢方薬
 1.漢方医学における冷え
 2.冷えの漢方治療
  1)診療の実際 2)冷え症の病証分類
 3.冷え症治療に用いられる漢方薬
 4.冷えに用いる代表的漢方方剤
 5.生活指導・養生
chapter5-4 鍼灸,マッサージ
 1.鍼灸,マッサージ(経験医術)の治療の考え方
  1)経験医術は身体の力で治そうとする 2)治療を構成する3つの要素
 2.物理的刺激による基礎的反応と身体の仕組みによる臨床的反応
  1)物理的刺激による基礎的反応 2)身体の仕組みによる臨床的反応 3)臨床からの鍼の治効6つのメカニズム
 3.鍼灸,マッサージ治療の基本的組み立て
  1)基本的治療の構成 2)基本的治療と治療の実際
 4.冷えに対する治療の実際と症例
  1)抗重力,体位血管反射にみられる冷え 2)M4,身体の治す力による冷えの改善 3)振動刺激による体位血管反射の変化
chapter5-5 アロマセラピー
 1.精油の吸収経路と適用方法
  1)吸収経路 2)適用方法
 2.冷え症に効果的な精油
  1)精油の香りを嗅ぐときのポイント 2)レシピ 3)ブレンドオイル
 3.おわりに
chapter5-6 ホメオパシー
 1.ホメオパシーを知る
  1)ホメオパシーの2つの基本原則 2)ホメオパシー薬 3)ホメオパシーにおけるEBM 4)ホメオパシーの適応 5)ホメオパシーの安全性と危険性 6)世界におけるホメオパシーの現状と日本での問題点 7)ホメオパシーの実践方法
 2.ホメオパシーと冷え
  1)冷えのとらえ方 2)冷えからの回復過程
 3.ホメオパシーの可能性
chapter5-7 温罨法などの治療法
 1.冷えの定義
 2.冷えの改善法
  1)湯たんぽを用いた冷えの改善法 2)湯たんぽをあてるべき身体部位 3)夏季の加熱方法
 3.湯たんぽで解決できない場合
  1)灸治療 2)ドライヤーによる加熱・ペットボトルの利用 3)カイロの利用 4)爪もみ 5)乾布摩擦・筋肉をもむ
 4.効果判定法
 5.湯たんぽの種類と加熱による効果
  1)湯たんぽの種類 2)加熱による効果 3)加熱による副作用について
chapter5-8 蒸気温熱シートと温め効果
 1.蒸気温熱シートとは
 2.蒸気温熱シートの適用と効果
  1)体温調節反応および感覚に及ぼす効果 2)血行動態改善と自律神経活動の変化 3)慢性腰痛症に及ぼす効果 4)肩こり,首のこりに及ぼす効果 5)変形性膝関節症に及ぼす効果 6)女子大学生の月経痛に関する蒸気温熱の効果 7)便秘改善への効果 8)陸上競技の冬季練習における有用性 9)夏季の冷房環境下でのスーパーマーケット女性従業員への適用効果 10)眼精疲労の緩和法(温罨法):蒸気温熱マスクの効果 11)高齢者の排泄機能とQOL改善効果
chapter5-9 血の道療法
 1.血の道療法とは
 2.血の道療法の実践と結果
  1)血の道療法と冷え
  2)健康な成人女性を対象としたフットマッサージによるストレス緩和効果
  3)爪白癬を持つ高齢者を対象としたフットマッサージによる足爪の変化
  4)爪のケアによる下肢静脈瘤症状改善についての5年間の経過
  5)長期高齢統合失調症の女性へのフットマッサージによるセルフケア行動の変化
 3.血の道療法を導入した臨地実習の概要と結果
  1)概要 2)結果
 4.おわりに

 索引