やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 看護事故予防が叫ばれて久しいが,多様化した国民のニーズへの対応,医療の高度化による先進的機器の導入,病院経営など,医療現場での日常業務は煩雑化し,これらの要因が重なって事故発生につながっている現状が問題となっている.一方,看護教育の現場では,平成14年3月に「看護教育の在り方に関する検討会報告」が提案され,大学卒業者に対する看護実践能力の向上の必要性と,看護職としての社会的責任,ならびに国民の要望に対応した看護の質の向上が強調された.これは大学卒業生(のみではなく広く新卒看護職全体ともいわれる)の看護実践能力が低下していることを意味している.
 しかし,看護教育は保健師助産師看護師学校養成所指定規則変更のたびに臨地実習時間が減少していることや,事故予防に関する系統立てたカリキュラムが策定されていないことに加えて,教員自身の経験不足も指摘されている.
 さらには,事故予防を学ぶべき臨地においても事故の教訓が生かされているとはいいがたく,実習では事故予防を優先するがゆえに学生には<なにもさせない>傾向にあり,新卒看護職は<何もできない>という当然の結果を招いている.
 とはいえ,患者や家族の安全を保証することは看護職の責務でもあり,看護教育者としてまた臨床での指導者として,安全を保証できない看護職を輩出してはならない.
 そこで本書では,教育現場と臨床現場の両者において看護事故予防(教育)に取り組んでいる人たちを中心に,単なる事故分析にとどまらない具体論としてまとめることを目指し,事故の背景を看護教育の変遷から探りながら,その不足を補う教育的かかわりの一つとして,一人の患者にどのような事故が起こりそうかを予測し,セーフティ・マネジメントを考えるという,これまでにない特徴をもった書籍としてまとめた.
 総論1「看護事故の背景と現状」では,事故の背景として看護基礎教育にかかわる問題を指定規則の変遷と臨床の現状から指摘するとともに,臨床における事故の背景と原因を考察した.総論2「看護事故防止対策」では,基礎教育における取り組みとして<安全教育>や<倫理教育の見直し>,臨床現場における取り組みとして<医療安全管理体制>や<医療現場におけるリスクマネジメント>について提言した.
 各論1「臨地実習で起こりうる看護事故とその予防」では,まず基礎教育編として<母性・小児看護>実習での実施する技術について,<成人・老年看護>実習では受け持った患者の危険性を予測するポイントとその回避についての視点を示した.各論2「臨床現場で起こりうる看護事故とその予防」では,臨床現場で起こりやすい事故を場面ごとに紹介し,予測と対応を示した.最後に各論3として「現場で起こりうる看護事故およびヒヤリ・ハット例」集を掲げた.
 その他,看護事故に関して知っておきたい知識・情報をコラムとしてまとめるとともに,関連情報を得る方法も紹介し便宜を図った.
 本書が,基礎教育や臨床での指導的立場の方々から看護学生にいたるまで広く活用され,看護事故予防の一助になることを祈願している.
 最後に,本書を出版するにあたりご尽力くださいました医歯薬出版の担当者各位に心から感謝致します.
 2003年3月 編者一同
総論1.看護事故の背景と現状
 1)事故にかかわる基礎教育における問題点(宮岡・土屋)
  (1)臨地実習に関する変化と問題
   カリキュラムの改変とそれに伴う実習時間の減少/実習のねらい/見学実習の生む悪循環/大学における実習時間のさらなる減少/実習内容や方法の変化-臨床現場との落差/指導体制の変化-教員の臨床離れ/臨床指導者と教員との連携不足/臨床の場における変化-急性期の高度専門医療
  (2)倫理教育の不足
   倫理教育をめぐるカリキュラムの変遷/倫理教育と看護の法的責任/個人衛生の低下
  (3)理論偏重と技術教育の軽視
   カリキュラムの変遷と技術力低下の進行/技術習得のためのレディネスの不足(生活の変化がもたらしたもの)/「安全」を守る技術の必要性
 2)臨床における事故の背景と要因(山田)
  (1)看護事故発生の背景
   日本の医療政策の急激な改革による影響/勤務体制の変化による影響/国民の人口構成,特に高齢化や社会経済事情による影響/チーム医療体制による影響/各医療職者の業務範囲と責任の不明確さによる影響/臨床現場における適切な現任教育・指導者の配置不足
  (2)事故を起こす要因
   知識不足により,アセスメント能力の欠如がみられる(新人)/経験不足から事故防止のための対処法を知らない(新人)/病院・病棟の決めごとを知らない(新人)/業務全体の流れが見えないために,業務の調整ができない(新人)/同僚との人間関係が不慣れなことから,聞けない・言えない状況にある(新人)/思い込み・注意不足・観察不足・確認不足・勘違い/事故の背景要因を分析する能力および努力不足

総論2.看護事故防止対策
 1)基礎教育におけるとりくみ(宮岡・土屋)
  (1)「安全」に関する教育の強化
   事故防止を目標にした「安全」教育/事故事例分析の方法/技術の効果的な示範による合理的な習得/安全確認のための観察技術の強化/注射をめぐる教育とインフォームドコンセント/看護安全学の提唱
  (2)倫理教育の見直しと強化
   ヒューマンエラーの6つの要因/「個人衛生」の見直しと職業倫理
  (3)看護の法的責任に関する教育の重要性
   法的責任に関する教育内容の試み
  (4)実習前の演習事例について
   範例方式とその効果
  (5)臨地実習における指導のあり方
   臨地実習でしか学べないこと/総合実習を通したチーム医療体験の試み/看護実践能力の育成のために
 2)臨床現場におけるとりくみ(山田)
  (1)医療安全管理体制をめぐる問題
  (2)医療現場におけるリスクマネジメント
   組織としてのリスクマネジメント委員会を強化する/医療チーム間の情報交換および共有化できる関係を築く/事故防止のための教育システムを整備する/労働環境を整備し,適切な労務管理を行う/看護職の業務分担と責任範囲を明確にする/事故防止のためのマニュアルを充実する
   ■ 事故予防のための看護計画例 (清水)
    事例紹介/事例の展開

各論1.臨地実習で起こりうる看護事故とその予防
 母性・小児看護
 CASE1 沐浴(宮岡)
   事前学習のポイント/沐浴時の事故予防のポイント/転落・溺水以外の事故の危険性/よくある質問/実際に起こったケース/指導者や教員のチェックポイント
 CASE2 新生児・初産婦ケア(宮岡)
   事前学習のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/受け持ち母児の情報から,他に起こりやすい事故として考えられること/よくある質問/実際に起こったケース/臨床での指導・かかわりのポイント
 成人・老年看護
 CASE1 パーキンソン病患者(土屋)
   事前学習のポイント/Aさんの現在の状況/Aさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の背景および発達段階の特性/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース/臨床との連携―教育の責任,看護の責任のとり方
 CASE2 脳血管障害患者(土屋)
   事前学習のポイント/Bさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の背景および発達段階の特性/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース
 CASE3 手術直前後の患者(古家・土屋)
   事前学習のポイント/Cさんの入院時から術後6時間までの状況/Cさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の背景および発達段階の特性/事故の危険性の予測)/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース

各論2.臨床現場で起こりうる看護事故とその予防
 CASE1 術後に起こりやすい事故(近藤)
   事前学習のポイント/Dさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の発達段階の特性と背景/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース
 CASE2 しびれなどの症状から起こりやすい事故(近藤)
   事前学習のポイント/Eさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の発達段階の特性と背景/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース
 CASE3 医療機器操作で起こりやすい事故(近藤)
   事前学習のポイント/Fちゃんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の発達段階の特性と背景/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース
 CASE4 緊急場面に遭遇したとき起こりやすい事故(山田)
   事前学習のポイント/Gさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の発達段階の特性と背景/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース
 CASE5 理解力が不足していることから起こりやすい事故(山田)
   事前学習のポイント/Hさんの特徴/事故の危険性をアセスメントする(病態の理解/患者の発達段階の特性と背景/事故の危険性の予測)/観察のポイント/事故予防に焦点をあてた看護のポイント/よくある質問/実際に起こったケース

各論3.現場で起こりうる看護事故およびヒヤリ・ハット例(山田)
 転倒・転落/与薬/ME・機器/熱傷/検査/患者誤認/輸血/カテーテル類/小児の看護事故およびヒヤリ・ハット例
 巻末コラム:関連情報へのアクセス(大原)/インターネットから情報を得る/雑誌・書籍から情報を得る

医療・看護事故MEMO
 診療録など記録の記載留意点/患者はなぜ訴えるのか/医療安全管理委員会の設置義務について/医療を受ける権利という視点/高額化する医療訴訟/医療事故件数の推計/窒息について/事故を起こした関係者へのフォロー/思わぬ医療事故/保健師,助産師,看護師の行政処分の考え方について/救急医療の現状と課題/医療事故訴訟(特に民事訴訟)の現状