やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第6版にあたって
 この数年は,超高齢社会のための「地域包括ケアシステム」の構築に関する議論が溢れているように思う.この考え方は「地域リハビリテーションの定義」(8頁)と全く同じで,ある意味では理念的な感じがする.これを2025年に向けてそれぞれの自治体がこの考え方に基づいて,どれほど現実的なものにするかが問われることになる.
 2025年をターゲットの年にした理由は,団塊の世代(1947〜1949年生まれ)の人たちがすべて後期高齢者になり,医療や介護のニーズが爆発的に増えることに対応しようとするものである.
 そのこと自体に何の異論を挟むつもりはない.ただ心配なのは,2025年まで大丈夫かということである.図は,茨城県保健福祉部予防課と茨城県立健康プラザ,(公財)茨城県総合健診協会で2008年から特定健診を受け,協力してくれた約53,000人の大規模前向きコホート研究の中間報告の一部である.この図を見て驚いたのは65歳から急激に総医療費が伸びていることである.介護費用については計算中であるが,おそらく医療費と並行しているであろう.しかも,この年度には団塊世代はまだ65歳になっていないのである.現在,団塊世代が65歳を迎え始めているが,その結果をみるのが恐ろしいのである.
 団塊世代が高齢者になってくる時代の医療や介護の状況はすさまじいものが予想される.このままいけば,病院や施設をいくら増やしてもそのニーズには追いつかないであろう.では何をすればよいのだろうか.筆者はとにかく「予防」が一番だと考えている.疾病予防と介護予防によほど力を入れなければならないだろう.
 要介護者へのサービス提供の基本は「在宅ケア」を中心にしたものであるが,在宅ケアは地域によっては費用の点に置いても,サービスを提供する点においても極めて効率性が悪い.自民党の公約(J.ファイル2013 総合政策集)のなかには特養などの施設ケアを推進すると織り込まれ,在宅ケア一辺倒だった現状が施設ケアとバランスがとれた方向で進む方向も少しはみえてきたようにも思われる.
 それはさておき,地域包括ケアシステムの成否のカギを握るのは,医療と介護の連携といわれている.しかしニーズオリエンテッドで動く医療と,制度オリエンテッドで動く福祉との連携は口でいうほど簡単でない.市町村(委託事業も多い)の地域包括ケアセンターを中心に連携をという発想があるが,これは非常に難しいと思う.筆者の考えでは,地域に関心のある(または制度で誘導された)病院が中心になって動かなければ難しいと思う.地域包括医療の考えがある国保病院などが中心になるとやりやすいのではなかろうか.いずれにせよ,病院のアウトリーチに介護と結び付くような取り組みが必要だと思う.そのようなことが行いやすい病院は,リハビリテーション病院であろう.
 この時代になって,地域リハビリテーションの大局を理解して日頃のリハビリテーション医療に努力する姿勢がより重要になってきた.制度は時代の流れで急変するが,人の障害は制度とは何の関係もない.そのようなことを常に頭の隅において日頃のリハビリテーション活動に当たっていただければ幸せである.この本がその一助になれば幸いである.
 平成25年11月
 大田仁史


はじめに
 「地域リハビリテーション」という言葉がようやく市民権を得るようになった.何をもって正式とするかは別として,厚生省(現在,厚生労働省)がはじめて使ったのは,おそらく1999年に地域リハビリテーション支援推進事業の検討が始まってからだと思う.日本リハビリテーション医学会では随分前から使われていた.しかしその定義はなく,当初は「地域とは何ぞや」といった哲学的な話から在宅での理学療法の方法論まで,ないまぜになった議論が展開されていた.しかもなお現在もマイナーな領域である.全国地域リハビリテーション研究会が発足したのは25年も前であったが,この会でも定義を明確にするにはいたらなかった.1991年に日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)の地域リハビリテーション検討委員会が,今後変更されうることを前提に,それまでの多くの議論を集約するかたちで定義したものが現在では一般的になりつつあるように思う.
 たしかに「地域」と「リハビリテーション」の双方とも広い意味合いで使われてきた言葉であるので,合成された「地域リハビリテーション」をきちんと定義しようとするとなかなかむずかしい.そういう意味からしても,その落ち着き先はなお不透明かもしれない.ただ,ノーマライゼーションに向かってあらゆる領域の活動を包含していこうとする流れで整理しようとするのは,大方の了解するところではないかと思う.
 このような状況のなかで少子高齢社会を迎えてしまった.病院をはじめとして,施設,在宅の現場には具体的なリハビリテーションケアのニーズが高まる一方である.介護保険の導入と同時に「介護予防」や「リハビリテーション前置主義」といった新語も登場した.そのいずれも,理学療法や作業療法などリハビリテーション医療の中心的な技術を保健や介護の現場に導入しようとするものである.保健から始まって福祉の領域まで,確実にリハビリテーション医療で培われた技術が必要とされる時代になったのである.
 たしかに技術としてのリハビリテーションは急速に進歩した.しかし,よくよく現場をみてみると,急性期の医療においても福祉施設においても,また在宅サービスにおいても,リハビリテーションケア(リハビリテーション・ケアではない)の絶対量が不足している.もちろん専門職種が不足しているのだが,一方翻って考えてみると,リハビリテーションの思想・技術がまだまだ医療者,福祉関係者,一般に普及していないように思える.がんを予防するのと同じように寝たきりになることを予防する感覚が乏しい.人々の多くが,人間にふさわしいケアのなされないがんの末期と同じように,寝たきりの状態がいかに非人間的であるかを知らないのである.そして何より悲しいのは,悲惨な姿の寝たきりになることが十分防げることを知らないことである.
 21世紀は人権の時代ともいわれる.人権の反対の極は虐待である.つくられた寝たきりはまさに虐待である.ハビルス(habilus)の語源はラテン語で,適する,ふさわしい,という意味であることはリハビリテーションを学ぶ者はだれでも知っている.これはまさに虐待のアンチテーゼである.リハビリテーションの理念は,疾病や障害,老衰などによって人から人間らしさを奪わない,すなわち虐待をしないという決意の表明ともいえる.この理念がすべての人々の常識になることを願う.
 どんな姿になろうとも人間が人間でなくなるわけではない.人間が人間であるために根本的に求められることは何か.それはかかわる者がその人をどれだけ人間としてみることができるかにかかっている.現在,リハビリテーションはそのことを医療の現場に厳しく問いかけている.保健や福祉の現場においても同様ではなかろうか.リハビリテーションの理念と技術は,保健・医療・福祉を含め生活にかかわるあらゆる領域に求められている.リハビリテーションケアという言葉が一般的に使われるようになることを期待したい.
 茨城県立医療大学の理学療法学科,作業療法学科,看護学科の地域リハビリテーション概論の講義用にノートを作った.500部ほど印刷したが不足してしまった.地域の課題は日々変わる.教材も柔軟に対応しなければならない.変革の時代には進んで時代を切り拓く考えも提示する必要がある.そのようなことを考えながら毎年自分で編集するのは正直しんどい.そのことを医歯薬出版の岸本舜晴氏に話したところ,私見を含めて論ずること,場合によっては毎年改変することも可能であるとの配慮をいただき,「原論」としてこの書を上梓することを勧められた.ご批判は大歓迎.繰り返し改定して論を深め,学生諸君に必要に応じ新しい原論を提示できればこんな幸せはない.
 平成13年盛夏
 大田仁史
 第6版にあたって
 はじめに

PROLOGUE
 一般医学の関心とリハビリテーション医療の関心のベクトル
  新しい地域生活の縁
 医師や医療者の関心
1.地域リハビリテーションとは
 (1)地域リハビリテーションの本質とは何か
 (2)思想としての地域リハビリテーション
  それぞれのレベルでの制限と制約,そのなかでの自己変革/環境問題と似たモデル
 (3)地域リハビリテーションの定義
  日本の定義/WHO,ILO,UNESCOのCBRの定義/新しい地域リハビリテーションの定義
 (4)インクルージョン(包摂)という考え
 (5)地域包括ケアシステム
2.地域リハビリテーション活動の基本
  地域のリハビリテーション・ニーズに応えるために/ICF/基本姿勢
  基盤づくり/直接的支援活動/組織化活動/連携/教育・啓発活動/専門職の仕事
  4つのバリアとリハビリテーション活動/さまざまな活動
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
  地域リハビリテーションは包括的な考え/地域でのチームワーク
  在宅はリハビリテーション医療提供の場の一つ(第2次医療法改正)/在宅療養ができる住環境
  3つのMあるいは6M1S/高齢者の生活の場はあるのか
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
  第1期(個別活動期:〜1983(昭和58)年頃まで)/第2期(全国展開期:〜1999(平成11)年頃まで)
  第3期(再編・混乱期:〜現在)/第4期(充実期:〜将来)
5.制度にみられる地域リハビリテーション
  老人保健施設〔1986(昭和61)年,老人保健法〕/第2次医療法改正〔1992(平成4)年〕
  介護保険法〔1997(平成9)年成立,2000(平成12)年4月実施〕
  地域リハビリテーション支援体制推進事業〔1999(平成11)年3月にマニュアルが発表〕
  支援費制度〔2003(平成15)年4月〕から障害者自立支援法に〔2006(平成18)年4月〕,
  そして障害者総合支援法〔2013(平成25)年4月〕に移行
  改正介護保険法〔2005(平成17)年6月改正,2006(平成18)年4月施行〕
6.機能訓練事業の今後と展望
  市町村に義務づけられた事業/保健師の地区担当制/健康増進法と介護保険でこの機能を挽回できるか
  事業の拡大と住民参加型のシステム
7.介護保険法と介護予防
  介護保険/介護保険のなかのリハビリテーション/介護予防とリハビリテーション/介護予防に働く力
  介護予防が必要とされる根拠/地域包括支援センター/介護給付までのシームレスな流れ
8.介護予防の手法とリハビリテーション医療
  介護予防の概念/水際作戦/体育学的手法と動作学的手法の協働のために/福祉領域との連動のために
  目標設定にJ・ABCランクの活用を/介護予防運動の考えかた/介護予防の効果の判定
  茨城県のシルバーリハビリ体操指導士養成事業
9.退院してから苦難のリハビリテーション
  なぜ退院してから元気がなくなるのか/入院時と退院時の心身機能の比較/原因に7つの心
  孤独地獄とピアサポート/ピアの意味→患者会,家族の会/在宅生活からみて入院中に取り組むべき課題
  リハビリテーション専門職種の仕事の特殊性
10.尊厳あるケアの確立に向けて
  寝たきりへのプロセス/出ない,出さない,出られない/行き先がない,が最大の問題
  訪問リハビリテーションの大目標/守るも攻めるもこの一線/越えねばならぬこの一線
  人づくり,まちづくり,そしてノーマライゼーション/交通バリアフリー法から新法へ
  閉じこもりのアセスメント
11.介護期・終末期のリハビリテーション
  リハビリテーション医療・ケアの流れと目標設定
  境界が不明瞭/からだで示す終末期のケアとリハビリテーション/介護期リハビリテーション
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
  当事者の意見と当事者の参加/第1 回国際失語症週間:国際失語症協会の呼びかけ[2000(平成12)年6月]
  ボランティア活動の意味/障害者スポーツ/ユニバーサルデザイン(UD)7つの原則/ADA法
  障害者差別解消法〔2013(平成25)年6月〕
13.諸外国の地域リハビリテーション

 [付録]各種評価法等
 索引


 図1 医学の関心のベクトル
 図2 障害をおうと崩れる地域社会の縁
 図3 害者の地域の縁
 図4 病期と医療の関心
 図5 CVA(脳血管障害)者の心身機能の経年的変化
 図6 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像)の経年的変化
 図7 地域リハビリテーションの概念
 図8 地域における「新たな支え合い」の概念
 図9 茨城県の地域包括ケアシステム
 図10 地域リハビリテーションに関連する主な要因
 図11 国際生活機能分類(ICF)
 図12 地域リハビリテーション支援体制について
 図13 地域リハビリテーション・ネットワーク図(茨城県2009年4月現在)
 図14 地域におけるリハビリテーションの提供体制
 図15 今後の地域リハビリテーション推進システム図
 図16 支援費制度のしくみ
 図17 機能訓練事業の流れと広がり
 図18 要介護認定の申請から認定まで
 図19 高齢者の介護保険等の制度とリハビリテーション医療の関係
 図20 介護予防という概念とリハビリテーション医療の位置
 図21 介護保険下で介護予防に働く力
 図22 認定状況の変化(認定者:7,878 人)
 図23 要支援・要介護の高齢者増加(介護保険事業状況報告より)
 図24 地域介護・福祉空間整備等交付金の仕組み
 図25 予防重視型システムへの転換(全体概要)
 図26 地域包括支援センターのイメージ
 図27 地域リハビリテーション推進支援体制と地域包括支援センターとの関係概念図
 図28 国が示した介護予防図
 図29 身体活動と介護予防の関係
 図30 高齢者の身体状況と体操の関係
 図31 Bランクの人の動作・行動の目標
 図32 高齢者の介護予防「運動」の考え方
 図33 対象者と各種の体操(運動)の適応
 図34 シルバーリハビリ体操指導士養成システム(茨城県)
 図35 シルバーリハビリ体操指導士養成および活動状況
 図36 2010年度軽度者(要支援1-2,要介護1)介護認定率と指導士の関係
 図37 2006〜2011年度の割合の増減
 図38 孤独の殻を破るピアサポート
 図39 退院へのソフトランディングな移行
 図40 閉じこもり症候群
 図41 基本姿勢:守るも攻めるもこの一線
 図42 越えねばならぬこの一線
 図43 交通バリアフリー法
 図44 リハビリテーション医療・ケアの流れ

 表1 主な地域リハビリテーション活動等の年表
 表2 介護保険の改正(平成17年6月22 日)
 表3 40〜64歳の人が対象となる特定疾病(厚生労働省)
 表4 入院時と退院後の支援内容
 表5 「中間ケア」のサービスモデル
 表6 「閉じこもり」アセスメント(簡略版,厚生労働省,2000)
 表7 Barthel Index(BI)
 表8 障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(厚生労働省)
 表9 認知症高齢者の日常生活自立度判定基準(厚生労働省)
 表10 SDS:自己評価式抑うつ性尺度(Self-Rating Depression Scale)
 表11 QUIK:自己記入式QOL質問表(self completed Questionnaire for QOL by lida and Kohashi)
 表12 QUIK集計表
 表13 老研式活動能力指標
 表14 社会生活能力評価−日本語版FAI(Frenchay Activities Index)自己評価表
 表15 在宅の中高齢者のSR-FAI標準値
 表16 HDS-R:改訂長谷川式簡易知能評価スケール
 表17 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像恒次,澤俊二により一部改訂)
 表18 基本チェックリスト