はじめに
もしあなたが,ある日突然,相手の声は聞こえているのに言葉の意味が理解できず,言いたい言葉も出なくなったらどうしますか?
文章が書けなくなり,新聞や本などの内容も正確に理解できなくなったらどうしますか?
パソコンや携帯電話の文字入力ができなくなったり,電車に一人で乗れなくなったらどうしますか?
夫は九年前,脳梗塞が原因で高次脳機能障害を発症し,昨日まで当たり前にできていたことが,突然できなくなりました.
職業はフリーのイラストレーターで当時,自著の出版に従事し,取材から作品制作,文章作成までを一人で意欲的に取り組んでいました.そのため,絵はある程度描けても,その他のことができなくなったことに強い衝撃を受け,落ち込み,心の問題も抱えるようになりました.
そして,六年ほど前から障害の辛さをイラストや漫画で描き始め,私が,その絵に夫との筆談と少ない言葉から,一つひとつ思いを聞き取り文章にしていきました.その作業では,夫婦でも意思の疎通がとれず,度々中断することもありましたが,夫の真意をできるだけ忠実に汲み取り代筆いたしました.
夫は心情面の描写にとても苦心し,また起承転結のある四コマ漫画は,夫だけでは難しく,体験したことを思い出しながら,二人で組み立てました.
発症前後から回復期を経て現在に至るまでの出来事や心の変化などを,渡邉 修先生のご協力のもと,医歯薬出版の編集担当のご助力をいただきながら,まとめることができました.
夫以上に重い高次脳機能障害をおもちの方もいらして,一人ひとり症状も違いますが,情報交換も十分にはできない同病者同士,この本で悩みや辛さをわずかでも分かち合えたら幸いです.また夫の体験を通してこの障害を,一人でも多くの方に知ってもらえたら,そして高次脳機能障害に関わる医療スタッフの方にこの本が何らかのお役に立てれば幸いです.
二〇一〇年四月
福元 はな
解説
本書は,漫画家福元のぼる氏が,二〇〇一年(平成一三年)に思いがけず,脳梗塞により失語症を患い,その後に現れた様々な症状とリハビリテーションの内容を,福元氏の漫画と奥様の言葉で綴った体験記です.私たちは,福元氏のように,不意の病で言語能力の低下した方々と接することはできても,その心のうちを,真に推し量ることは容易ではありません.失語症者は,言語で伝えることが苦手だからです.福元氏の,脳梗塞による脳損傷は,言葉を“話す“,そして“聞いて理解する”という言語機能の2大要素を損なうには十分な範囲でした.しかし,筆談が可能であった,すなわち文字を見て理解することが可能であったことから,ご自分のコミュニケーションの閉塞状況を文字(漢字のみ)で表現することができました.そして専門職である漫画で,その心のうちを表現することが可能だったのです.これらの点が,本書をまとめ,一人の失語症者の声を,赤裸々に伝えることができた要因だと思います.
失語症は,厚生労働省の定義では“高次脳機能障害“から除外されていますが,“高次脳機能障害”を,“大脳が司る知的な認知機能“とすれば,広い意味での高次脳機能障害ととらえることができます.福元氏は,世間的には,“脳梗塞により失語症を患った”という面のみで評価されがちですが,本書に垣間見る症状には,さらに注意障害,半側空間無視,遂行機能障害,記憶障害などの様々な高次脳機能障害が潜在していることに気付かされ,高次脳機能の深淵さに驚嘆いたします.
高次脳機能障害者が抱える様々な高次脳機能障害とそのご苦労は,その方と同居し生活をともにしてこそ,本当に理解されると思います.二人三脚で歩まれてきた奥様の声とともに,漫画で表現された福元氏の心情が読者にお伝えできることを願っております.
本書は,福元氏の筆談で表現された言葉と奥様の思い(※で表示した部分),そして漫画で構成されております.高次脳機能障害を有する,一個人の体験記となっておりますので,すべての失語症者に共通する内容ではありません.しかし,高次脳機能障害者の心情を理解し,障害を理解するうえで参考となる点が多く,渡邉がところどころで,医学的および神経心理学的解説(★で表示した部分)を試み,総論的な内容は巻末にまとめました.
なお,福元氏は,もともと利き手は右手でした.日常の様々な場面(書字,描画,ボールを投げる,ハサミ,歯ブラシ,ナイフ,スプーン,ビンの蓋をあけるときの蓋の持ち手)で右手を使っておられたということから,言語を司る部位(言語野)は,ほぼ100%,このたび脳梗塞となった左大脳半球にあったと考えられ,その結果,失語症が発症したと考えられますことを付記いたします.
二〇一〇年四月
渡邉 修
もしあなたが,ある日突然,相手の声は聞こえているのに言葉の意味が理解できず,言いたい言葉も出なくなったらどうしますか?
文章が書けなくなり,新聞や本などの内容も正確に理解できなくなったらどうしますか?
パソコンや携帯電話の文字入力ができなくなったり,電車に一人で乗れなくなったらどうしますか?
夫は九年前,脳梗塞が原因で高次脳機能障害を発症し,昨日まで当たり前にできていたことが,突然できなくなりました.
職業はフリーのイラストレーターで当時,自著の出版に従事し,取材から作品制作,文章作成までを一人で意欲的に取り組んでいました.そのため,絵はある程度描けても,その他のことができなくなったことに強い衝撃を受け,落ち込み,心の問題も抱えるようになりました.
そして,六年ほど前から障害の辛さをイラストや漫画で描き始め,私が,その絵に夫との筆談と少ない言葉から,一つひとつ思いを聞き取り文章にしていきました.その作業では,夫婦でも意思の疎通がとれず,度々中断することもありましたが,夫の真意をできるだけ忠実に汲み取り代筆いたしました.
夫は心情面の描写にとても苦心し,また起承転結のある四コマ漫画は,夫だけでは難しく,体験したことを思い出しながら,二人で組み立てました.
発症前後から回復期を経て現在に至るまでの出来事や心の変化などを,渡邉 修先生のご協力のもと,医歯薬出版の編集担当のご助力をいただきながら,まとめることができました.
夫以上に重い高次脳機能障害をおもちの方もいらして,一人ひとり症状も違いますが,情報交換も十分にはできない同病者同士,この本で悩みや辛さをわずかでも分かち合えたら幸いです.また夫の体験を通してこの障害を,一人でも多くの方に知ってもらえたら,そして高次脳機能障害に関わる医療スタッフの方にこの本が何らかのお役に立てれば幸いです.
二〇一〇年四月
福元 はな
解説
本書は,漫画家福元のぼる氏が,二〇〇一年(平成一三年)に思いがけず,脳梗塞により失語症を患い,その後に現れた様々な症状とリハビリテーションの内容を,福元氏の漫画と奥様の言葉で綴った体験記です.私たちは,福元氏のように,不意の病で言語能力の低下した方々と接することはできても,その心のうちを,真に推し量ることは容易ではありません.失語症者は,言語で伝えることが苦手だからです.福元氏の,脳梗塞による脳損傷は,言葉を“話す“,そして“聞いて理解する”という言語機能の2大要素を損なうには十分な範囲でした.しかし,筆談が可能であった,すなわち文字を見て理解することが可能であったことから,ご自分のコミュニケーションの閉塞状況を文字(漢字のみ)で表現することができました.そして専門職である漫画で,その心のうちを表現することが可能だったのです.これらの点が,本書をまとめ,一人の失語症者の声を,赤裸々に伝えることができた要因だと思います.
失語症は,厚生労働省の定義では“高次脳機能障害“から除外されていますが,“高次脳機能障害”を,“大脳が司る知的な認知機能“とすれば,広い意味での高次脳機能障害ととらえることができます.福元氏は,世間的には,“脳梗塞により失語症を患った”という面のみで評価されがちですが,本書に垣間見る症状には,さらに注意障害,半側空間無視,遂行機能障害,記憶障害などの様々な高次脳機能障害が潜在していることに気付かされ,高次脳機能の深淵さに驚嘆いたします.
高次脳機能障害者が抱える様々な高次脳機能障害とそのご苦労は,その方と同居し生活をともにしてこそ,本当に理解されると思います.二人三脚で歩まれてきた奥様の声とともに,漫画で表現された福元氏の心情が読者にお伝えできることを願っております.
本書は,福元氏の筆談で表現された言葉と奥様の思い(※で表示した部分),そして漫画で構成されております.高次脳機能障害を有する,一個人の体験記となっておりますので,すべての失語症者に共通する内容ではありません.しかし,高次脳機能障害者の心情を理解し,障害を理解するうえで参考となる点が多く,渡邉がところどころで,医学的および神経心理学的解説(★で表示した部分)を試み,総論的な内容は巻末にまとめました.
なお,福元氏は,もともと利き手は右手でした.日常の様々な場面(書字,描画,ボールを投げる,ハサミ,歯ブラシ,ナイフ,スプーン,ビンの蓋をあけるときの蓋の持ち手)で右手を使っておられたということから,言語を司る部位(言語野)は,ほぼ100%,このたび脳梗塞となった左大脳半球にあったと考えられ,その結果,失語症が発症したと考えられますことを付記いたします.
二〇一〇年四月
渡邉 修
はじめに
解説(渡邉 修)
第1章 はじめに
第2章 発症から入院・退院まで
第3章 リハビリの紹介
第4章 こころとからだの変化
第5章 SOSカード/できなくなったこと/苦手になったこと/楽しめなくなったこと/楽しんでいること/対人関係の変化/発症初期の夫婦
第6章 四コマ漫画
第7章 今に至るまでの心情
参考資料(渡邉 修)
参考1 高次脳機能障害とは
(1)注意障害
(2)失語症
(3)記憶障害
(4)遂行機能障害
(5)失行症
(6)失認症
(7)半側空間無視
(8)半側身体失認
(9)地誌的障害
(10)行動と感情の障害
参考2 福元さんの損傷範囲
参考3 福元さんの言語能力検査結果の変化
参考4 失語症のタイプ分類
参考5 欧米で公表している失語症に対するリハビリテーションの推奨内容
参考6 通過症候群とは
おわりに
解説(渡邉 修)
第1章 はじめに
第2章 発症から入院・退院まで
第3章 リハビリの紹介
第4章 こころとからだの変化
第5章 SOSカード/できなくなったこと/苦手になったこと/楽しめなくなったこと/楽しんでいること/対人関係の変化/発症初期の夫婦
第6章 四コマ漫画
第7章 今に至るまでの心情
参考資料(渡邉 修)
参考1 高次脳機能障害とは
(1)注意障害
(2)失語症
(3)記憶障害
(4)遂行機能障害
(5)失行症
(6)失認症
(7)半側空間無視
(8)半側身体失認
(9)地誌的障害
(10)行動と感情の障害
参考2 福元さんの損傷範囲
参考3 福元さんの言語能力検査結果の変化
参考4 失語症のタイプ分類
参考5 欧米で公表している失語症に対するリハビリテーションの推奨内容
参考6 通過症候群とは
おわりに