やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 今日,不妊診療は産婦人科臨床の中核となっています.その契機は,もちろん1978年のイギリスにおける体外受精児の誕生にあることに異論はありませんが,そもそも不妊症研究は大学産婦人科教室の最重要テーマのひとつとして,昔から多くの先輩方によって内分泌学的研究を中心にその病態が追求されてきました.
 しかし,その病態の解明は必ずしも十分とはいえず,生理学的方法論の限界が指摘されてきました.すなわち,in vivoにおける生命発生の機序を解明することは容易ではなく,そこに体外受精の研究というin vitroでの可視的研究法が一躍不妊症の研究を生物学的方向に押し上げる結果となり,それがまた,多くのARTクリニックの拡大へとつながって,産婦人科臨床の現状を大きく変革する結果となりました.
 現在,わが国のART実施機関として日本産科婦人科学会に登録している数は600を超え,ARTベビーの誕生は全出生児数の1%強となり,2002年には1万2,000人がARTによって生まれています.1982年の東北大学における第1号誕生に始まり,今日,わが国のARTベビーは総数5万人を優に超し,ART万能の時代を迎えて,今や不治の不妊症はないとまでいわれています.
 しかし,ICSIを中心とした今日のARTの隆盛にもかかわらず,生殖の本質は依然としてブラックボックスの中にあり,生命誕生の生物学はそのほとんどが未解決のまま残されています.ここに,国際的にもART万能時代への反省から生殖学研究への回帰が叫ばれてきている理由があります.
 また,不妊診療のあり方についても,ART以前の原点に戻り,日常臨床の中での対応を再考していく必要性が強調されてきています.
 この転換期にあって,編者は,新しい時代における不妊診療の方向を指し示す,文字どおり「不妊診療のバイブル」として末永く愛されるモノグラフをつくることに情熱を燃やしました.もちろん,その構成はART万能時代への反省をこめて不妊診療の伝統的な診断・治療法をできるかぎり網羅し,新しい時代の息吹を入れるために執筆者は若手の第一人者としました.古い革袋に新しい酒を入れて,今日の時代に登場した本書が今後さらに進化して諸先生の日常診療に役立つことを編者として願っております.
 なお,本書の出版に際し多大な援助をいただいた,医歯薬出版の塗木誠治,青木晶子の両氏に感謝いたします.
 平成16年 秋
 編者 鈴木秋悦
今日の不妊診療 CONTENTS
 Modern Trends in Infertility Treatments

 序文
 執筆者一覧
 おもな略語一覧
Part 1 不妊の背景と疾患
 1.今日の不妊診療の背景
  不妊と不妊症
  不妊は増えているか
  なぜ加齢により妊孕性は低下するのか
  ARTの流れ
 2.疾患と不妊――女性
  最近の女性からみる不妊と疾患
  女性不妊原因(因子)
  疾患からみた不妊症
 3.疾患と不妊――男性
  精子形成障害
  精子輸送路閉塞
  精子機能障害
  射精および勃起障害(特に逆行性射精)
Part 2 不妊の検査と診断
 1.ルチンテストの問題点
  内分泌・排卵因子の検査
  子宮・卵管因子の検査
  頸管因子の検査
  男性因子の検査
 2.基礎体温の評価
  基礎体温
  超音波検査
  性交・AIHのタイミング
  体外受精の採卵時期と基礎体温
 3.排卵障害の診断
  中枢レベルでの排卵調節機構
  卵巣レベルでの卵胞発育・排卵調節機構
  排卵・黄体化にかかわる病態
  排卵障害・無月経の検査と診断の実際
 4.精液所見の評価
  精液採取方法
  肉眼による検査
  顕微鏡による検査
  精液検査の基準値
 5.受精障害の診断
  精子の機能検査
  受精障害の卵子側要因
  卵子の検査――未熟成卵の体外培養
 6.黄体機能不全の診断
  黄体の形成と黄体期子宮内膜
  黄体機能不全の原因
  黄体機能不全の診断
 7.機能性不妊
  機能性不妊の定義
  病態生理
  ARTと機能性不妊
 8.不妊における腹腔鏡の診断的意義
  腹腔鏡検査の目的
  腹腔鏡検査の実際
  EBMに基づいた腹腔鏡検査の適応
 9.不妊における子宮鏡の診断的意義
  子宮鏡検査の実際
  子宮鏡検査の禁忌と合併症
  子宮腔内病変の子宮鏡所見
 10.不妊における卵管鏡の診断的意義
  卵管内腔の解剖・生理
  卵管機能評価における卵管鏡の位置づけ
  卵管鏡の構造と使用法
  卵管内観察所見と卵管上皮のSEM(走査電子顕微鏡)所見との対応
  卵管スコアによる評価
 11.STDと不妊
  クラミジア感染症
  性器淋菌感染症
  STDと男性不妊症
  STDスクリーニング検査の結果説明
 12.免疫性不妊・不育の診断
  精子免疫
  卵巣免疫
  全身性自己免疫
  その他
 13.子宮卵管造影による卵管機能の評価
  卵管機能評価へのHSG応用に際して――情報量の多いHSG像を得るために
  卵管機能を疑う異常所見からの治療指針
 14.受精卵の分割・分化能の評価
  形態による受精卵の評価
  核と細胞質の成熟
Part 3 不妊の治療
 1.PCOSの治療
  PCOSの病態
  PCOSの症状
  PCOSの診断基準
  PCOSの治療
 2.低反応卵巣への対応
  低反応卵巣の病態と指標
  低反応卵巣に対する治療
 3.クロミフェン療法
  なぜクロミフェン周期なのか
  クロミフェン周期の実際
  クロミフェン周期の成績
  クロミフェン周期の利点
  クロミフェン周期の今後
 4.黄体賦活療法
  GnRHa併用ARTにおける血中ホルモン値の変化
  黄体賦活療法の実際
  妊娠後の黄体賦活療法の必要性について
  その他の黄体賦活療法
 5.IVMの応用
  ヒトIVM-IVFの臨床応用
 6.子宮内膜症合併不妊への対応
  薬物療法
  保存手術
  生殖補助技術(ART)
 7.男性不妊症の治療
  男性不妊症の原因
  男性不妊症の治療
 8.配偶者間人工授精(AIH)
  AIHの原理
  適応と禁忌
  授精に用いる精子の調製
  精子凍結保存法のAIHへの応用
  実施
  副作用とその治療
  AIHによる妊娠成立,不成立例の検討(超音波断層法による経時的卵胞―子宮内膜観察)
 9.GnRHアンタゴニストの効果的応用
  GnRHアンタゴニストとは
  GnRHaロング法とセトロタイド――COH法との比較(European Study,2000年)193
  当院における臨床成績(反復ART不成功例に対する効能)
  最終卵成熟にhCGの代わりにGnRHaを使用する方法(convenient IVF)195
  セトロタイド-COHの問題点
 10.ARTと凍結技術
  凍結胚移植の回数が増えると妊娠率は低下するか
  slow coolingでは媒精後何日目に凍結すべきか
  slow coolingかvitrificationか
  胚移植に用いられるホルモン補充療法と子宮内膜の厚さ
  凍結操作による透明帯の変化とアシストハッチング
  凍結期間と胚の質,先天異常の発生率
 11.不妊と漢方療法
  不妊症に処方される漢方方剤
  漢方医学的診断と適応
  西洋医学的診断と有効機序
  漢方方剤運用の西洋医学的論考
  男性不妊
 12.低反応卵巣に対する低反応レベルレーザー治療
  レーザーについて
  高反応レベルレーザー治療と低反応レベルレーザー治療
  不妊に対する低反応レベルレーザー治療
  治療の実際と結果
 13.不妊心理カウンセリングの必要性
  生殖医療に心理的支援がなぜ必要か
  不妊心理カウンセリングとは
  不妊カウンセリングにおける職種の専門性を生かしたかかわり
 14.ICSIの問題点
  ICSIの問題点を考える側面
  染色体異常を子孫に伝播させる
  ICSIに用いる精子選択
  ICSIは受精過程が自然と異なる
  ICSIでも100%受精させられない
  ICSIはC-IVFに比して胚盤胞の内部細胞塊の細胞数が少ない
  ICSIによる1卵性双胎の頻度が上がる?
  PVPなど化学物質が細胞内に注入される
  技術の習得
  ICSI技術の応用での問題点
 15.単一胚盤胞移植法
  ARTの問題点
  胚盤胞移植
  胚盤胞移植の適応
  胚盤胞移植のメリットとデメリット
  単一胚盤胞移植
  単一胚盤胞移植とARTの今後の展望
Part 4 不妊の統計と予防
 1.不妊の統計
  用語
  妊娠率
  流産
  ヒト妊娠の自然経過
  年齢と不妊症
  不妊症の分類
  不妊治療の予後
  ランダム化試験による不妊治療成績
 2.不妊の予防
  不妊の原因
  感染症と不妊
  喫煙と不妊
  肥満と不妊
  加齢と不妊
 索引