やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 笹野哲郎
 東京医科歯科大学循環制御内科学
 不整脈学の柱は,心電学と電気生理学である.心電学の歴史は古く,Willem Einthovenが“心電図のメカニズムの発見”によりノーベル賞を受賞したのが100年前の1924年であり,心電図は以後,基本的にその形を変えていない古典的な検査である.また,不整脈治療のなかでもイオンチャネルをターゲットとした抗不整脈薬の新薬はここ20年発売されていない.魅力的な新薬が次々発表される心不全領域などに比べると,薬物療法は停滞しているようにもみえる.近年の不整脈学の発展は,心臓電気生理学的検査におけるマッピング手法の進歩による心内電位解析と,カテーテルアブレーションとデバイス治療の進歩による治療学の発展によるところが大きく,専門医以外にはわかりにくいものになっている.
 では,アブレーション以外の不整脈学は,いわゆる枯れた技術に基づく成熟(停滞)した分野であろうか.決してそのようなことはなく,現在の不整脈学は,AIの応用,非侵襲的生体信号計測,遠隔モニタリングなどの医工連携を中心にした新技術により近年大きな変革を遂げている,熱い分野である.心電図は世界的に標準化された検査であり,すでに大量のデータが集積されていることから,AIの応用に適している.このため,AIによる心電図の新たな診断や疾患発症予測が社会実装の段階まで進んでいる.また,心電図や脈波などの生体情報は,比較的容量の小さな時系列データであり,ウェアラブルデバイスなどでの計測や伝送への親和性が高い.このため,医療機器,ヘルスケア機器それぞれのレベルでデバイスの開発が進み,これらを用いた生体モニタリング,遠隔モニタリングの試みも広がっている.これらの不整脈学の新潮流は,不整脈専門医のみならず,多くの医師の日常診療を変える可能性を秘めており,今後,健康診断への応用なども期待される.
 本特集では,医工連携による不整脈学の新展開を中心に,基礎研究の進歩から,カテーテルアブレーション技術の進歩などについて,先端を走っている先生方に執筆いただいた.先生方の知識のアップデートと診療の助けになれば幸いである.
 はじめに(笹野哲郎)
基礎研究
 ゲノム解析からみえてきた疾患関連遺伝子とその機能(伊藤 薫)
 心外膜脂肪は心房細動の元凶か?(安部一太郎・橋尚彦)
 ヒト心房組織から心房リモデリングを考える(山口尊則)
 遺伝子改変動物モデルによる病態生理へのアプローチ(井原健介)
医工連携研究:新規デバイスの開発と臨床応用
 サステナブル心電図モニタリングの技術的進歩─非接触(布類を介した)就寝検査の確立に向けた医工連携(植野彰規)
 家庭用心電計が変える自己管理(妹尾恵太郎)
 パッチ型心電計郵送とリアルタイム心電図モニタリングを活用した不整脈疾患における遠隔診療の実践(見 充)
 Apple Watch外来が循環器内科診療に与えるインパクト(増田正晴)
不整脈領域におけるAIの発展と社会実装
 12誘導心電図の未来─深層学習がもたらす新たな価値(中村知史)
 ホルター心電図の自動診断におけるAIの開発と社会実装(田村雄一)
 ウェアラブルセンサと心拍変動解析による心房細動スクリーニングAIシステム(藤原幸一・川治徹真)
 心房細動の早期発見を目指したAI心電図の社会実装(増村麻由美)
不整脈治療におけるイノベーション
 パルスフィールドアブレーションは不整脈治療を変える?(山根禎一)
 高精細マッピングがもたらす頻脈性不整脈カテーテルアブレーションの進歩(田中泰章)
 AIは心房細動の治療標的を示せるか(富井直輝)
 心不全モニタリングにおける植込み型心臓不整脈デバイスの有効性と展望(荷見映理子・藤生克仁)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  ゲノム
  遺伝子変異とバリアント
  遺伝的な負の選択圧
  心房細動発症の機序とカテーテルアブレーション
  ゲノム編集技術
  コンディショナルノックアウトマウス
  オンライン診療
  Apple Heart Study
  MFER(医用波形標準化記述規約)
  過学習(overfitting)
  RUSBoost
  ソフトウェア医療機器(SaMD)
  特定健康診査(特定健診)の歴史
  健診と検診