やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行の趣旨

 I.目的
 我が国の歯科医療においては複雑な社会情勢にともなって,人間性の理解が要求されるようになった.このような情勢をもとに心身医学への関心が高まり1986年日本歯科心身医学会が設立された.その間,本学会誌において歯科の各科領域から種々な症例や研究報告が行われてきた.このような学際的活動によって,それなりの知見や啓蒙・普及と発展が得られたと思う.ここで,これからの歯科心身医学の発達を整合的に考える段階に至ったのではないかと考えられる.歯科心身医学の現況と過去を振り返ってみると,医学における心身医学が辿ってきたことと同様の多くの問題があることに気付く.すなわち,歯科心身医学とは,歯科心身症とは,何かの定義や用語の統一性が充分でないこと,治療法も各人まちまちであること,などの不備もあり,整理がなされていないところがある.これらは重要課題として残されている.既に心身医学の必要性は,我が歯科教育界や学会において認識されているところであると思う.これらの問題を踏まえたうえで,歯科教育における心身医学のコアカリキュラムや歯科医師国家試験に対応できるような教科書,そして一般開業歯科医師,歯科心身医学を志す人たちへの共通的指針となる著書を作成することは焦眉の急であると考えられる.
 このような事情から,できるだけ用語的内容の混乱を避けることに心掛けて,現在,心身医学や医学において定義的に確立されており,医学や歯学にコンセンサスが得られる重要な臨床的,研究的事項を取りあげたいと思う.それから,歯科臨床の各領域における最近の各論的内容について,今後の土台となるような問題に注目して目次にしたいと思う.
 このようなことから,どのような読者が,どこから読まれてもよいように1.「歯科心身医学に関する総論」,2.「歯科教育におけるコアカリキュラムに対応できるような心身医学」,3.「歯科臨床における心身医学の実際」に大別して執筆を企画することにした.
 21世紀を迎えて,本書が歯科医学におけるパラダイムの転換に少しでも貢献できることを祈念して編集にあたりたいと思う.
 II.意義
 日本歯科心身医学会が本著を編纂することについて,最も意図する理血の4つを述べてみたい.
 第1は,本学会がこれからの日本の歯科心身医学のリーダーシップを執る立場であることの自覚である.第2は今後,歯科心身医学に関して,多くの個人的概念の主張がなされるかも知れない.また,本学会に類似した第2,第3の学会組織が設立されるかも知れない.このような混乱は歯科心身医学の健全な発展のためにできるだけ避けたいことである.そして本学会が歯科心身医学が目指す理念の統合と統一性を確保する討議の場になるという責任をもつことである.第3は,歯科医師が行う心身医学とは何か,に関する定義と臨床における領域と範囲の見解を明らかにしておくことである.第4は,医学における心身医学と歯科医学における心身医学の発祥について理解することである.
 日本歯科心身医学の現状が用語や研究,臨床,教育面において未だ統一性を欠き,内容的にも未熟性を抱えている.しかし日本歯科心身医学会が設立された基本には,これからの歯科医学と歯科医療においては患者を病める人として,全人的に理解して合理的に対応しなければならないという力強い理念と臨床現場からの強いニーズと期待があった.
 歯科医学はこれまで身体一元論の立場で,歯,口腔,顎という臓器を身体の部品として病因や治療法を追究してきた.その結果,心因性や性格的因子を身体因としてみなすような誤りも散見される.身体面における袋小路に閉じこもった歯科医学の視野は狭くなる.独断的思考や発想に陥る危険もある.今後,伝統的な見方に心身医学的,全人的考えも取り入れてみると,これまで気付かなかった多くの人間に関する未知のテーマや理解が開かれるのではないかと思う.
 このようなことから,現状における本著の発刊は歯科心身医学という整合的概念体系が構築される過程であると考えたい.
 本学会は1986年に種を播き,ようやく研究や臨床,教育についての芽が出たところである.これから茎や幹となり枝,葉が繁り,花が咲き,実が稔り,揺るぎのない根が生え.
 そして医学が備えている精神や哲学的側面を歯科医学においても有機的に構築して同等の価値を共有する学問になるための礎として期待したい.
 (編集代表・都 温彦)
序章
 I.歯科医学における心身医学
   1.はじめに……都 温彦
   2.哲学と科学……都 温彦
   3.医学と哲学……都 温彦
   4.哲学と科学と宗教……都 温彦
   5.科学と歯科医療……都 温彦
   6.歯科医療と歯科医師が行う心身医学……都 温彦
   7.我が国における近代の歯科医学から歯科心身医学への道……都 温彦
   8.日本歯科心身医学会の歴史……都 温彦
第1章 コミュニケーションの基本
 I.コミュニケーションの目的と技法
   1.心とコミュニケーション(communication)……下岡正八
   2.コミュニケーションの本質……下岡正八
   3.コミュニケーション……下岡正八
 II.医療面接
   1.医療面接とその役割……豊福 明
   2.主訴をよく聞き取る……豊福 明
   3.患者の身体的・精神的・社会的苦痛に配慮した,問題点の抽出・整理……豊福 明
   4.医療面接の基本的な態度,知識および技法……豊福 明
   5.転医・紹介の仕方……工藤逸郎・後藤 実
 III.インフォームドコンセント
   1.定義と必要性……山根源之・野間弘康
   2.適切な時期,機会,場所……山根源之・野間弘康
   3.説明を受ける患者の心理状態や理解度……山根源之・野間弘康
   4.患者の拒否的反応への適切な対応……山根源之・野間弘康
 IV.医事紛争
   1.医事紛争の現状……福田仁一
   2.歯科医療のための法律……福田仁一
   3.紛争の予防のために……福田仁一
   4.まとめ……福田仁一
第2章 歯科臨床における心身医学
 I.診療室における患者の心理と行動
   1.小児……土屋友幸
   2.成人……佐藤田鶴子
   3.高齢者……尾口仁志
 II.診療各科における特異性
   1.保存(歯内療法)……西川博文
   2.歯周治療……内藤 徹・横田 誠
   3.補綴……石橋寛二・藤澤政紀・金村靖彦・伊藤創造
   4.口腔外科……瀬戸院一・都 温彦
   5.小児歯科……土屋友幸
   6.矯正歯科……川本達雄
   7.歯科麻酔……見崎 徹
   8.開業歯科医院……牛山 崇
 III.心身医学の基本
   1.心身相関とは……小池一喜
   2.心身症について……小池一喜
   3.心理テスト……小池一喜
 IV.歯科心身症の治療技法
   1.心身医学療法……豊福 明
   2.心理療法……豊福 明
   3.薬物療法……小林雅文
   4.漢方薬……小池一喜
   5.薬物療法に関する倫理……角田博之・永井哲夫
 V.歯科心身症の臨床
   1.口腔・頭蓋・顎顔面領域の心因性の痛み……鈴木長明
   2.舌痛症……永井哲夫
   3.歯科治療恐怖症……荒尾宗孝
   4.咬合・補綴物に関する不定愁訴……藍 稔
   5.顎関節症……小林義典
   6.口臭症……荻野経子・扇内秀樹
   7.口腔異常感症……角田博之・永井哲夫
   8.生活習慣病的な病態……都 温彦
   9.幼児期に噛むことと心を育てることの大切さ……本川 渉・尾崎正雄
   10.心療内科からみた歯科心身症……安田弘之
   11.歯科心身症の病態モデル……豊福 明
 VI.精神障害
   1.鑑別を要する精神障害……高向和宜・古賀千尋
   2.精神障害を有する患者への対応……中村広一

 『歯科心身医学』索引
 後書