やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

褥瘡ケアのあゆみと今後
褥瘡対策の変遷
 2003年に本誌で褥瘡の特集を企画してから5年後,褥瘡管理は国の施策とあいまって,また新しい進化を遂げた.当時は2002年に厚労省が病院における褥瘡管理を医療費減算対策とした翌年でもあり,その評価が待たれていた.日本褥瘡学会は,減算対策を評価するために,導入前後の褥瘡有病率について5,000病院を対象に調査を行った.その結果,減算前は4.63%,減算後は4.26%に減少し,これはわが国から1万人の褥瘡患者を減らしたことになり,大きな成果をあげた.
 しかし,一方では,III度,IV度(NPUAP)の深い褥瘡がいまだ4分の1を占めることが明らかになった.その後2005年,厚労省は特定機能病院等で深い褥瘡を発生させた場合は,事故報告書を日本医療評価機構に提出することを通達した.このことから,褥瘡対策は病院の質を評価するクリニカルインディケーターとなったといっても過言ではない.これは,“褥瘡は看護の恥“といわれた時代から,“褥瘡はチーム医療の成果”と評価されるといった医療のパラダイムシフトにほかならない.
 そして2006年,重症化する急性期病院での褥瘡管理を目的に,皮膚・排泄ケア看護師を褥瘡管理者として雇用した病院には,褥瘡ハイリスクケア加算が新設された.その成果はどうだったか? 2007年の調査では,III度以上の褥瘡に対する病院における人件費,物材費を含む褥瘡治癒率の費用対効果は,2倍以上であったと報告されている.
褥瘡管理の進歩
 この変遷のなか,褥瘡有病率の低下,治癒率の向上にはなにが奏功したか? 2004年の日本褥瘡学会では,体圧分散寝具の増加がもっとも有病率に関係していたと報告された.たしかに,褥瘡発生の原因が寝具などによる外力であることを鑑みると,ダイレクトに関係するのは当然であり,日本人の体型を考慮したエアマットレスに代表される体圧分散寝具の開発はめざましい発展を遂げた.では,治癒率に貢献したのはなにか? それは,2005年の『局所治療ガイドライン』の発刊と,褥瘡ラウンドチームの充実ではないかと考えている.そのガイドラインはDESIGNという褥瘡部評価ツールを基本としており,これは褥瘡にかかわるすべての職種が理解できる.つまり,医師,看護師,栄養士,薬剤師,PT・OTが創部管理に共通言語をもったことを意味する.このガイドラインを基に,多職種による協働が円滑に進んだことはいうまでもない事実である.
 最近,東大病院の褥瘡回診は変わってきた.回診をしているのが,医師か,栄養士か,看護師か,その区別がつかないと主治医や受けもち看護師が驚く.たとえば,回診中に栄養士が,患者のおむつを外し,ドレッシング材を剥し,創部を観察し,DESIGNで評価することがあるからだ.この行為は,全身を観察し,創部からの滲出液の性状や量をみて,栄養状態のアセスメントや補正を立案する必要性がある栄養士としては至極自然なことである.
 5年前のまえがきでは,「ぜひ栄養士の皆様に創部をみてほしい」と結んだ.それが実現したいま,つぎの日本の褥瘡対策の課題は,療養型施設や老人ホームの高齢者,在宅の方々の褥瘡管理であり,その新しいチームアプローチの構築であろう.
 今回の増刊号では,この5年間に大きく進歩した褥瘡管理の方法,システム,制度について,Up-to Dateした情報を提供することを目的として,その領域のスペシャリストの方々に執筆を依頼した.ぜひ栄養士の皆様にこれらの情報を活用し,次世代のチームアプローチに挑戦していただきたい.
 東京大学大学院医学系研究科
 健康科学・看護学専攻
 老年看護学/創傷看護学分野
 真田弘美
 まえがき−褥瘡ケアのあゆみと今後 真田弘美
 カラー 褥瘡と創傷治癒―DESIGNを理解する 森口隆彦
褥瘡ケアの基礎知識
 褥瘡の発症機序と関連要因 松村由美・宮地良樹
 褥瘡の診断と創部のアセスメント 森口隆彦
 褥瘡ケアと医療保険 川上重彦
 褥瘡ケアとガイドライン―日米欧の比較 飯坂真司・他
 病院経営からみた褥瘡対策 岡本泰岳
褥瘡予防管理の基礎知識
 褥瘡発生の予測とリスクアセスメント 田中マキ子
 褥瘡ケアと体圧分散 松井典子
 褥瘡ケアとスキンケア 宇野光子
 リハビリテーションとシーティング 廣瀬秀行
褥瘡の治療法
 DESIGNを用いた治療法 立花隆夫
 褥瘡と創部管理 大桑麻由美・松井優子
褥瘡ケアと栄養ケア
 褥瘡ケアと栄養アセスメント 足立香代子
 褥瘡ケアと栄養療法 大村健二
 褥瘡ケアと微量元素 志越 顕・熊谷頼佳
 褥瘡ケアとビタミン 田村佳奈美
褥瘡対策と連携
 褥瘡ケアとNST 児玉佳之・他
 褥瘡ケアと地域連携 岡田晋吾・他
 在宅褥瘡患者と栄養ケア 塚田邦夫
合併症のある褥瘡患者の栄養ケア
 腎臓病 高崎美幸・東 仲宣
 認知症高齢者の褥瘡と栄養ケア―アルツハイマー型認知症の経過に合わせた褥瘡治療 滝吉優子・吉田貞夫
 ターミナルケア―終末期にある褥瘡患者の栄養ケアのポイント 蘆野吉和
褥瘡栄養ケア―事例編
 アルギニンと亜鉛補給により脊髄損傷患者の仙骨部褥瘡が著明に改善した1症例 古田島 聡・他
 当院における褥瘡治療・予防委員会の取り組み 北野詩歩子・他
 褥瘡を有する透析患者へのチームアプローチと栄養士の役割 清野美佳
 褥瘡対策チーム活動とNSTによる栄養改善効果 一橋ゆかり