やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 唇顎口蓋裂の咬合異常は,矯正治療でどこまで治るようになったか,また,それにはどうして治したかを多くの人に知ってもらいたいと思っております.
 本書に掲載した治療症例の多くは,乳歯列期から成人までを口腔内写真で追跡した各個人の長期治療経過を示しています.このことは,矯正歯科医はもちろんのこと,特にチーム医療に携わる形成外科医,口腔外科医,補綴歯科医,小児歯科医,また,耳鼻咽喉科医,小児科医,言語聴覚士がそれぞれの立場で症例を観察することが勉強であり,治療や研究面のヒントを得る上で役立つものと信じております.
 掲載した棒グラフは,私が口蓋裂患者の矯正治療を開始した昭和44(1969)年度からの10年間の東京歯科大学病院の矯正科に来院した新患口蓋裂患者の推移です.昭和40(1965)年頃の歯科矯正臨床は,戦後からやっと近代化がスタートした時期であり,現実の治療に対する考え方は旧態依然としていました.したがって,骨格性の咬合異常は,矯正治療では治らないので外科的治療の対象であり,歯科大学病院でも矯正治療をお断わりしていた時代でした.
 そんな折に,ある論文を見て鬼塚卓弥先生を訪ねたのがきっかけで,昭和大学病院に形成外科が新設されたときには,唇顎口蓋裂患者の矯正治療を引き受ける話がまとまったのでした.しかし,口蓋裂の矯正治療は,先輩たちも経験がなくて知らないし,図書館で調べても手術書はあっても矯正治療に関して具体的な治療法を知る書籍はなく,自分の考えで行うしかありませんでした.そのような状況で昭和44年に来院した2名の口蓋裂患者はお断わりしないで私が担当しました.翌年からは,昭和大学からの紹介で私の手持ち患者が急増したのは言うまでもありません.それ以来昭和大学に歯学部が併設されてチーム医療が開始されるまでは,非常勤講師を兼任して夢中になって治療にあたりました.唇顎口蓋裂の矯正治療法の標準化を目標に,治療を重ねていくうちに昭和50(1975)年には,咬合の発育段階別治療-2Phase・3Step methodによる早期治療を提唱しました.
 昭和58(1983)年からは慶應大学形成外科クラニオ外来担当に非常勤講師として加わり,広く先天異常の咬合異常に取り組む一方,口蓋裂の矯正治療法として手技の確立に取り組み,昭和63(1988)年にはE・アーチ・フロンタルプル法を発表しました.その後は長期治療経過と経験を重ねて,より完成度の高い治療法を目指して工夫してきました.治療法が確立すると動的矯正治療の成績も良くなり,終末治療の補綴処置症例が増加してきました. 唇顎口蓋裂の補綴患者の多くは,多感な17〜18歳の青春期にあり,長年にわたって悩み苦しみもあった医療処置からようやく解放される時にあたります.高い満足感が得られる治療を願い,審美的な補綴装置に寄せる期待はとても大きいものがあります.補綴の担当医は,この種の咬合異常で,しかも,若齢な患者を経験する機会はほとんどないことから,患者の期待を裏切ることがあり注意が必要です.しかし,幸いにも私の場合は,私と同輩で前補綴科第II講座主任 腰原 好名誉教授の全面的な協力を得て,私の補綴希望患者はすべて担当していただきました.さらに本書への掲載も快く了解していただきましたことをこの紙面を借りて心より感謝申し上げます.
 本書の出版に際して,東京歯科大学矯正学教室において私に協力して診療に研究にあたってくれた在籍者と在籍した多くの方々に心より感謝いたします.また,昭和大学形成外科学教室と慶應大学形成外科学教室,また,それらの関連病院などの多くの先生方にご指導とご協力を戴きましたことに感謝申し上げます.そして,本書の出版を企画した当初から絶大な協力者として,校正と貴重なご意見をくださり,長年にわたり教室の非常勤講師をして来られました北總征男先生,ならびに,出版のためにセファロ分析やトレースを引き受けてくれました海老原 環助手に対して心から感謝申し上げます.
 最後になりましたが,最初の出版企画に始まり,やっと出版に漕ぎ着くまでの長年にわたりご支援いただいた医歯薬出版株式会社編集部の方々に心から御礼申し上げます.
 本書が,唇顎口蓋裂患者とその医療にあたる人達のお役に立つことを願って序文と致します.
 2003年10月吉日
 一色泰成
唇顎口蓋裂の歯科矯正治療学 目次

第1章 唇顎・口蓋裂総論
 1.唇裂・口蓋裂の発生
 2.唇裂・口蓋裂の発生頻度
  1)出生率
  2)唇裂・口蓋裂の男女の割合
  3)片側,両側,左右側の頻度
  4)家族性発現率/
 3.披裂の分類
 4.披裂の閉鎖手術
 5.言語障害と治療
   口蓋裂言語の検査
 6.唇顎口蓋裂に関連する歯の異常
  1)先天欠如歯
  2)過剰歯
  3)歯冠幅経が不揃いな上顎切歯や癒合歯
  4)歯の位置異常
  5)萌出時期の異常
 7.咬合異常に関する処置
  1)矯正治療の開始時期
  2)矯正治療のタイムスケジュール

第2章 唇顎口蓋裂の咬合異常分類
 1.口蓋裂を伴うものの咬合異常の特徴,10
 2.口蓋裂を伴わないものの咬合異常の特徴,11

第3章 顎発育と側貌の計測分析
   唇顎口蓋裂の側貌分析と成長予測

第4章 唇顎口蓋裂の咀嚼機能障害
 1.唇顎口蓋裂の咀嚼筋活動について
 2.唇顎口蓋裂の嚥下時舌運動障害について
 3.機能検査法と訓練
  1)オクルーザー(咬合圧測定器)
  2)ナソヘキサグラフ,サフォンビジトレーナー,MKG(mandibularkinesiograph)
  3)咀嚼筋の筋電図学的検査
  4)エックス線ビデオ(VTR)による舌運動機能検査
  5)リップシール検査法
  6)口腔筋機能療法(oralmyofunctionaltherapy,MFT)

第5章 唇顎口蓋裂治療のタイムテーブル
 1.第I期カウンセリング
 2.第II期唇裂・口蓋裂の閉鎖手術
 3.第III期機能検査
 4.第IV期矯正治療と構音訓練
 5.第V期保定と欠損補綴および外科的矯正治療

第6章 唇顎口蓋裂の歯科矯正治療術式
 1.唇顎口蓋裂の矯正治療法
 咬合発育段階別治療-2Phase・3Stepmethod
 PhaseI〔第I段階〕顎矯正
  〔Step1〕乳歯列期の顎矯正治療
  〔Step2〕混合歯列期の顎矯正治療
 PhaseII〔第2段階〕歯列矯正
  〔Step3〕永久歯列期の歯列矯正
 2.唇顎口蓋裂・骨格性反対咬合の早期矯正治療法
  1)E・アーチ法(一色)
  2)E・アーチと主線の結紮法(一色)
  3)E・アーチ・フロンタルプル法(一色)
 3.E・アーチ・フロンタルプル法治療の実際

第7章 唇顎口蓋裂の外科的矯正治療
 1.外科的矯正治療症例の診断とcephalometricpredictionペーパーサージェリー
 2.フェイスボウトランスファーとモデルサージェリー
 3.唇顎口蓋裂の矯正治療と顎矯正外科のコンピュータシミュレーション画像矯正

第8章 長期計画矯正治療中の形成外科手術
 1.口唇裂修正手術
 2.唇裂鼻の形成手術,咽頭弁形成術
 3.口腔前庭形成術
 4.鼻口腔瘻(残孔)閉鎖手術
 5.顎裂部骨移植手術
 6.骨延長術

第9章 裂型別長期計画治療の実際
 1.片側性唇顎口蓋裂の矯正治療の実際
 2.両側性唇顎口蓋裂の矯正治療の実際
 3.口蓋裂単独例の矯正治療の実際
 4.片側および両側性唇顎裂(口蓋裂なし)の矯正治療の実際

第10章 保定装置と欠損補綴装置
 1.リテーナー(保定装置)
  1)メタルリテーナー
  2)コンビネーションリテーナー(改良型メタルリテーナー)
 2.欠損補綴装置
  1)ブリッジによる補綴処置
  2)バーブリッジによる補綴処置
  3)コーヌスクローネテレスコープによる補綴処置

第11章 医療保険制度と歯科矯正
 1.医療保険制度と歯科矯正治療
 2.社会福祉制度と歯科矯正治療
 3.矯正治療のステップと保険診断料区分の関係
 4.身体障害者手帳の申請
 5.医療機関からの情報提供について

文献
索引