やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序 第2版に向けて
 2016年に本書初版が発行されて5年が経過し,老年人口割合のさらなる増加,歯科医療を取り巻く環境の変化,医療を受ける側の健康志向の向上などがあり,第2版を企画することになりました.基本的な概念は変わりませんが,それをベースにした現場の取り組みが少しずつ変わろうとしています.具体的には,2013年の中央社会保険医療協議会による「周術期の口腔機能管理は,在院日数の削減をはじめとする治療実績の向上等がある」という報告を基本として,2018年に「周術期等口腔機能管理」が医科歯科連携の方策として医療保険に導入され,同じ年には「口腔機能低下症」という病名が歯科の健康保険医療の対象として新規導入されました.このことだけを見ても「口腔機能管理」が社会の中に大きく根付き始めていることが理解できます.どちらも発展途上であり問題点も多いのが実情で,それぞれの専門学会では,より多くのエビデンス提供や広く正しく運用するための制度設計の提案などが積極的に検討されています.本書では,「10 口腔機能低下症」について新規収載しました.
 英文タイトルにも検討を加え,四半世紀以上前から使われている「Oral HealthCare」を「口腔健康管理」と位置付け,「口腔衛生管理」を「Oral Hygienic Care」,「口腔機能管理」を「Oral Functional Care」としました.その内容は,2015年に日本歯科医学会から報告されています.当時は「口腔ケア」という用語の理解について,さまざまな意見があり,歯科としてはっきりとした説明が必要であろうということで,多くの分野から構成された検討委員会が設置され作成されました.「口腔ケア」という用語がかなり広く使われていたこともあり,当初,やや混乱や誤解もあったように記憶していますが,最近はかなり定着してきたように思われます.
 5年経過していることによるデータの見直しや参考文献の入れ替え,それに伴う解釈の変更などをそれぞれの執筆者にお願いしました.さらに,現場での頻度が極めて少ない項目は,他の項目と統合するなどして見直しを図りました.実践例を担当していただいた執筆者にも同様の観点からの改訂をお願いし,行政に関わる制度面についての項目では,新しい制度と現場の実情などを紹介していただくことにしました.演習編では,現場の実情により合致した項目だけに整え,研修会でも有効に使えるよう図表の差し替えなども行いました.用語については,専門学会から提示されている教育基準,教授要綱,歯科医師国家試験出題基準,歯科衛生士国家試験出題基準などを基本に調整しました.
 他にも取り入れたい項目はたくさんありますが,初版の理念に基づいて,臨床現場あるいは教育現場での実践書として広く使われることを願って第2版を提供させていただきました.
 2022年7月
 編集委員一同


序 第1版
 超高齢社会を迎え,歯科医療を取り巻く「保健・医療・介護・福祉」の環境も大きく変化しています.団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に,住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで全うできるよう,住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築が推進されつつあります.こうした変化の中,歯科医療の提供体制も従来の歯科診療所における外来患者中心の「診療所完結型」から,今後は「地域完結型」へと変化し,地域でのきめ細やかな歯科保健医療の提供が求められます.今後,医療及び介護の総合的な確保に向けた歯科医療サービスの拡充に伴い,多職種連携が加速するなか,歯科医療従事者としての役割を認識して,より一層専門性を高めることが大切です.
 日本歯科衛生士会では,2008年に生涯研修制度を大きく見直し,都道府県歯科衛生士会を基盤とした専門研修に加え,さらに実践・指導力を高めるために「生活習慣病予防」「在宅療養指導」「摂食嚥下リハビリテーション」の3つの認定制度がスタートしました.しかし,今後の地域包括ケアシステムにおいて,高齢者の口腔機能管理をベースとした訪問口腔ケアなどの歯科保健医療ニーズに対応するためには,より専門性の高い人材確保が急務であり,そのためにも認定制度のさらなる拡充が重要です.
 そこで今回,認定制度の「在宅療養指導・口腔機能管理」の拡充を目指して,口腔機能管理の専門家としての基礎と実践力を学ぶためのマニュアルを出版することになりました.近年,歯科医師向けに口腔機能管理を含む「口腔ケア」の概念が示されましたが,本書における口腔機能管理は,摂食・咀嚼・嚥下,咬合,発音,味覚,唾液などの基礎をベースに臨床に生かす技能をマニュアル化したものです.歯科衛生士は,口腔の専門家として,舌や頬粘膜を含む軟組織や唾液,咀嚼や発音,味覚などの口腔機能の全体の機能を維持・向上させて管理する役割をもっています.口腔機能の維持・向上は,おいしく食べ楽しく会話するうえで欠かせない機能であり,栄養や活動エネルギーの摂取,免疫力や体力の向上,精神的な活動意欲とも深くかかわっており,フレイル(虚弱)予防としても重要です.また一方で,要介護者への訪問における多職種連携が進むなかで,歯科衛生士としての口腔機能管理の専門性が問われています.この専門性を発揮するためには,口腔機能の観察と評価,評価結果に基づく対応法の提案,その効果の再評価のステップが重要であり,経験的な活動から,科学的な活動への変革が重要です.本マニュアルはこのような考え方に基づき,口腔機能管理を基礎と臨床に分けて編集しました.高齢者の口腔機能管理を体系的に学んで頂き,歯科衛生士の専門性を発揮して頂くことを願っています.対象は,すでに臨床で頑張っている歯科衛生士ですが,歯科衛生士養成校の先生方にも参考にして頂き,これからの歯科衛生士を目指す学生への教育にも活かして頂ければと願っております.
 最後に,本マニュアル発刊にあたり,この分野に造詣が深い森戸光彦先生に編集委員長として多大なご尽力を頂きました.また,編集を含め本マニュアルの作成にご協力(尽力)賜りました諸先生方および医歯薬出版に心より感謝申し上げます.
 2016年5月
 公益社団法人 日本歯科衛生士会会長 武井典子
 序文
1 「口腔機能管理」の基本的概念
 1 口腔機能訓練による機能の維持・回復など
 2 咬合・咀嚼の回復と介護予防
 3 虚弱高齢者に対する口腔機能の維持・回復
 4 口腔機能低下症の概念
 5 口腔機能向上により期待できること
2 咬合と下顎位・下顎運動の基本
 1 口腔機能管理における咬合と下顎位・下顎運動の意味
 2 咬合,下顎位と下顎運動の基礎
 3 咬合の観察と評価
 4 咬合に起因する病態と治療
 COLUMN:オーラルジスキネジア
3 咀嚼機能
 1 咀嚼の基礎
 2 咀嚼の評価
4 唾液の生理と役割
 1 唾液腺,唾液分泌の基礎
 2 唾液の成分とはたらき
 3 唾液分泌量の測定方法
 4 唾液分泌量の減少と対応
5 味覚の生理
 1 味覚の基本
 2 加齢による味覚の変化
 3 加齢による味覚感度低下の要因
6 歯科が行う栄養管理
 1 低栄養の基礎と評価
 2 歯科に求められる栄養管理(ポイント:口腔機能の専門家としての介入)
 3 患者指導,多職種連携
7 口臭への対応
 1 口臭の原因
 2 分類
 3 口臭の評価と対応
8 口腔微生物叢の理解
 1 口腔微生物叢の基礎
 2 口腔微生物の役割と病原性
 3 口腔微生物の評価と対応
 4 おわりに
9 在宅療養における口腔健康管理
 1 介護の現場で目にする口腔の現実
 2 目の前の患者さんの将来を考える
 3 口腔衛生管理を継続的に行うことで歯肉炎の改善を図る
 4 口腔機能管理と口腔衛生管理との関係
 5 誤嚥性肺炎予防における口腔健康管理の重要性
 6 多死多歯時代を迎え,感染症等の全身疾患の増加への対応
 7 認知機能の低下予防と口腔健康管理の意義
 8 診療室完結型から地域完結型へ
10 口腔機能低下症
 1 口腔機能低下症という病名の意義
 2 オーラルフレイルとは
 3 口腔機能低下症の検査項目と診断基準
 4 患者指導と経過観察
 5 診療形態ごとの問題点とその対応
11―実践例
 11-1 歯科訪問診療における食支援の試み
 11-2 施設における介護予防の取り組み
 11-3 介護老人保健施設における歯科衛生士の役割
 11-4 在宅における多職種連携〜「うどんが食べたい」を支援する!〜
 11-5 在宅における多職種連携 食べることは生きること
 11-6 多職種連携・協働の実際
 11-7 経口摂取再開への取り組み「在宅での多職種連携」
 11-8 訪問における口腔衛生管理
 11-9 在宅療養者への口腔機能管理の取り組み―“食べる”ことへの医療連携―
 11-10 特別養護老人ホームにおける歯科の取り組み―Oral Assessment Guide(OAG)と口腔内状況の変化―
 11-11 歯科クリニックにおける口腔機能向上プログラム
 11-12 歯科医院における高齢者の口腔機能を高める歯科保健指導の実際
 11-13 脳血管疾患を患い,その後遺症に悩む患者さんへの歯科医院での取り組み
 11-14 60歳以上の高齢者を対象とした口腔機能向上教室の取り組み
 11-15 地域在住自立高齢者における口腔機能の低下からみたフレイル予防
 11-16 自立高齢者への口腔機能向上を目的とした教育プログラムの展開とその効果
 11-17 介護予防事業への取り組み
 11-18 高齢患者の周術期口腔機能管理の実際
 COLUMN:在宅医療の現場に歯科衛生士が同行することで何ができるのか?
 COLUMN:ケアマネジャーとの連携
12―医療・介護との連携
 12-1 地域包括ケアシステムと歯科衛生士の役割
  はじめに
  1 地域包括ケアシステムの構築を目指して
  2 地域包括ケアシステムにおける歯科衛生士の役割
 12-2 多職種連携における歯科衛生士の役割
  他職種とのコミュニケーションが成功の鍵
  1 オーラルマネジメントとして取り組む
  2 「歯科衛生士ならでは」を意識する
  3 アセスメントの具体例
  4 病院における多職種連携
  5 在宅や介護現場における多職種連携
  まとめにかえて
 12-3 在宅歯科医療を支える地域連携
  1 歯科衛生士と歯科の課題
  2 連携推進に係る背景
  3 歯科衛生士に求められるこれからの機能

 演習
  演習-1 アイヒナー分類
  演習-2 咀嚼スコア
  演習-3 舌圧計測
  演習-4 サクソン法(便法)
  演習-5 口腔水分計(ムーカス)
  演習-6 発音(構音)機能ではたらく口腔周囲筋
  演習-7 栄養管理
  演習-8 グミゼリーを用いたスコア法による咀嚼能力測定
  演習-9 咬合力測定

 索引