やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたって
 不完全な人である医療者が,不確実なコミュニケーションというメディアを使い,不安定な人である患者を相手に,危険な行為を行うのが医療であるため,医療現場では人が介在する事故(ヒューマンエラー)が起こりやすい.医療現場で事故が発生した場合,担当者の知識や技術不足に原因を求める傾向があるが,大部分の医療事故は,「忘れる」,「間違える」,「考えをチームで共有する」などの個人やチームのノンテクニカルスキル不足が関与したヒューマンエラーである.
 臨床検査の現場で発生するエラーにも同じことがいえる.本書『今日から始める 臨床検査のヒューマンエラー対策』では,個人の技術や能力などのテクニカルスキルではなく,ノンテクニカルスキルの不足によるエラーに着目して,個人のテクニカルスキルをどのように確実に発揮するか,個人の認識をどのようにチームのメンタルモデルとして共有するかといった観点から,検査室の安全,質,信頼を高めるためのヒューマンエラーの現状や問題点,対策をまとめた.
 本書は大きく3 つのパートで構成されている.1〜7 章では,ヒューマンエラーの現状,原因,特徴,対策ならびに安全を高めるチームの意味などを,臨床検査分野に限定せずわかりやすく解説していただいた.人の行動を少しでも確実にするにはどうしたらよいか,ヒューマンエラー対策の基本的な考えがまとめられている.
 続く8 章では,安全確保を重要視するJCI(Joint Commission International)やISO(InternationalOrganization for Standardization)などの国際認証を受けた施設を含む臨床検査の現場で活躍されている方々に,それぞれの検査部門におけるヒューマンエラーの傾向や対策を紹介いただいた.自動化が進んだ検体検査から,マニュアル検査が多い生理検査,大部分がマニュアルで行われる病理検査まで,各分野の特徴に合わせた傾向や対策について,想定事例を交えながら解説していただいた.
 最後の9 章では,臨床検査部門あるいは院内全体で取り組んでいる先進的かつ前向きなヒューマンエラー対策を紹介していただいた.すべての臨床検査技師が抱いている検査室の安全確保についての悩みを解決に近づけるためのヒントや工夫が豊富に盛り込まれている.
 医療は原子力発電所,飛行機,鉄道,自動車,登山,バンジージャンプより遥かに危険な業務であり,医療行為の最初から最後まですべてに関係する臨床検査業務では当然事故発生の危険性が高い.多くの安全対策が講じられているが,事故は起こってはじめて見えるものであるため,講じている安全対策の有効性も脆弱性も確認できない.しかし,効果の見えない安全推進活動がどこかで事故を防ぎ,患者の命を救っていることも事実であり,我々臨床検査に関与する者は,臨床検査の不確実性やノンテクニカルスキルの重要性を認識し,現状に満足することなく自身の責任として常に安全対策を向上させていく必要がある.本書にまとめられたヒューマンエラーの本質と講じるべき具体的な対策についての理解を深め,前向きな安全推進活動に役立てていただきたい.
 最後になりますが,ご多忙のなか,充実した素晴らしい解説を寄稿していただきました諸先生にこの場を借りて深謝いたします.本書の内容は,必ずや臨床検査の安全性向上に役立つものと思っています.ありがとうございました.
 2016 年12 月
 東京慈恵会医科大学附属病院 中央検査部 診療部長/医療安全管理部 副部長 海渡 健
 発刊にあたって 海渡 健

1.ヒューマンエラーとは?−ヒトはなぜ間違えるのか
 小松原明哲
2.医療現場におけるヒューマンエラーの現状および特徴
 海渡 健
3.日本医療機能評価機構の医療事故情報/ ヒヤリ・ハット事例報告から−臨床検査技師に関連した事例を中心に
 坂井浩美
4.ヒヤリ・ハット事例の共有とバイオリスクアセスメント
 重松美加
5.ヒューマンエラー対策における効果的なダブルチェックとは
 松村由美
6.ヒューマンエラー対策におけるチームワークの重要性
 辰巳陽一
7.患者・家族の参加で進める医療安全
 松浦知子
8.臨床検査領域・場面別 ヒューマンエラーの傾向と対策
 1)微生物検査および感染管理 三澤成毅
 2)病理検査 白波瀬浩幸
 3)生理検査
  (1)超音波検査 浅井さとみ・高梨 昇・宮地勇人
  (2)循環・呼吸機能検査 沖 都麦・今西孝充
  (3)神経生理検査 植松明和
 4)輸血検査 河原好絵・友田 豊
 5)その他の検体検査(血液・生化学・一般検査) 後藤文彦
 6)健診部門 林 京子・加藤智弘
 7)POCT 菊池春人
9.ヒューマンエラー対策事例−私達の取り組み
 1)ヒューマンエラー対策としての基本的安全確認行為の重要性 池田勇一
 2)ヒューマンエラー対策としてのスタッフ教育 柴田綾子
 3)ヒューマンエラー対策としての検査システムの向上・改善 奥藤由紀子・星野 哲・木村美智子・古川泰司
 4)ヒューマンエラー防止につながるマニュアルの作成と運用 小川勝成・有廣光司
 5)患者情報の管理 石田 博
 6)ヒューマンエラー防止につながるインシデントレポートの作成と活用 北條文美
 7)院内の医療安全向上に貢献する−検査室からのアプローチ 大庭恵子・米川 修
理解を深めよう
 1.臨床検査技師と医療過誤 蒔田 覚
 2.電子化に存在するピットフォール 海渡 健
 3.検査センターの視点から 佐守友博
 4.ヒューマンエラー発生後の当事者へのメンタルヘルスケア 山田明子
ヒューマンエラーお悩み相談
 (1)「ミスを起こした後輩に,どのように注意すればよいでしょうか?」 海渡 健
 (2)「ダブルチェックによって,むしろ緊張感がなくなっているような気がします」 松村由美
 (3)「ダブルチェック時にチェック者の名前を記録することは有効ですか?」 松村由美
 (4)「すべてのミスをチームや検査室全体の問題・責任としてしまうと,ミスを起こした当事者が反省しないのでは?」 辰巳陽一
 (5)「ベテランスタッフに対して業務手順の変更や改善を促すことが難しく悩んでいます」 柴田綾子
 (6)「気がつくとマニュアルと実際の方法が乖離してしまいます」 小川勝成・有廣光司
 (7)「マニュアルの量が多すぎて覚えられません」 小川勝成・有廣光司
 (8)「インシデントレポート作成に追われ,マニュアルも増えていき,ストレスを感じています」 北條文美
 (9)「院内で検査室の存在感が薄く,検査室の取り組みや発言に注目してもらえません」 大庭恵子・米川 修

 ヒューマンエラーの理解・対策に役立つ書籍・WEB サイト