やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたって

 止血機構は,血管損傷時に血小板,凝固因子,血管壁が中心となって,滑らかに血管内を流れる循環血を失わないように血管壁に止血血栓を作る生体防御機構である.血管壁の損傷部位だけに“ふた”をして適度なところで血栓形成の進行を止め,血管修復を促す,というきわめて精巧な機序からなっている.しかし,病的な血栓形成は血管閉塞を招き,血栓症として血流が巡るべき組織の死をもたらす.心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性の血栓症は,わが国や欧米で,悪性腫瘍と並んで死亡のおもな原因となっている.一方,手術後や寝たきりなど,長時間の不動が続く状態にある者は静脈血栓症が発症しやすい.また,悪性腫瘍患者は静脈血栓症を発症しやすい,抗凝固療法が腫瘍の進展を妨げる,という事実もあり,血栓症の病態の理解と対策は現代社会のもっとも重要な課題となっている.
 基礎的検討から,止血血栓形成にも病的血栓形成にも,白血球をまきこんでさまざまな接着分子やサイトカインネットワークが関与していることがわかり,動脈硬化性血栓症や播種性血管内凝固症候群などを中心に,炎症反応と血栓症が深く関連することが明らかになっている.たとえば,生態防御反応の過剰な表現である炎症反応のもとでは凝固系の活性化が起こり,凝固系の活性化はさらに炎症反応を増悪させるという悪循環を招く.止血に関与する血小板も,動脈硬化部位では炎症惹起細胞となっている.
 血小板が保有する分子や,凝固・線溶にかかわる因子の生体内止血での重要性は,それぞれの欠損症を臨床検査により発見し,出血や血栓症などの症状をみるという臨床的観察から確立されてきた.各因子のノックアウトマウスの実験的観察からもそれぞれの因子の意義が検証されてきているが,マウスとヒトは同一ではない.ヒトの医療にあたってはあくまで基礎的事実を踏まえながら,臨床検査と症状,治療効果をみて,出血・血栓症の機序と対策を探ってゆかねばならない.血栓症の診断にあたっては,画像診断が主体となっている.その理由は,採取した血液においては,Dダイマーなどの凝固活性化・二次線溶を反映する分子マーカーを,病態によってはある程度参考にすることもできるが,局所の血栓症や血管壁の状態を敏感に探知する有効なマーカーがないことによる.
 本臨時増刊では,実際に臨床現場で血栓症の検査・診療にあたる専門家の方々に血栓症の検査・診療の基本と現状について解説いただいた.血栓症の理解と今後の医療や研究の発展におおいに参考になると思われる.
 2007 年 12 月

 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科准教授 先端血液検査学分野長
 小山高敏
 発刊にあたって…小山高敏

1. 止血機序と血栓症の病態…小山高敏

2. 血栓・塞栓症診断の血液検査
 1)凝固系活性化マーカー…小河原はつ江
 2)線溶系マーカー…小河原はつ江
 3)血小板活性化マーカー…大森 司
 4)血管内皮細胞障害マーカー…川合陽子
 5)血栓性素因の検査
  (1)先天性血栓性素因の検査…川合陽子
  (2)APSの検査…山崎雅英
  (3)VWF,ADAMTS-13…副島見事

3. 血栓・塞栓症の画像検査
 1)超音波検査…塩川則子・遠田栄一
 2)CT…戸村則昭
 3)MRA…戸村則昭
 4)血管造影検査…岸野充浩
 5)シンチグラフィ…村田雄二

4. 血栓・塞栓症の治療と検査
 1)血栓溶解薬…中村真潮
 2)抗血小板薬…大森 司
 3)ヘパリン・ヘパリノイド製剤,抗トロンビン薬…辻 肇
 4)経口抗凝固薬…白幡 聡
 5)生理的抗凝固物質…高橋芳右

5. おもな血栓・塞栓症の病態と検査
 1)血栓・塞栓症のリスクファクターとしてのメタボリックシンドローム…曽根博仁・伊部洋子・齋藤和美
 2)先天性血栓性素因…小山高敏
 3)抗リン脂質抗体症候群…山崎雅英
 4)脳梗塞…長尾毅彦
 5)急性冠症候群…海老原敏郎・三角和雄
 6)深部静脈血栓症…榛沢和彦
 7)肺塞栓症…榛沢和彦
 8)四肢動脈血栓塞栓症…井上芳徳
 9)造血幹細胞移植に伴うTMA,VOD…垣花和彦・大橋一輝
 10)腎移植・血液透析に伴う血栓・塞栓症…佐藤 滋・石田俊哉