やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第5土曜特集 分子標的薬
はじめに
 この特集を亡き平井久丸教授(東京大学医学部血液・腫瘍内科)に捧げる.
 平井久丸教授は本誌編集委員のなかで抜群の指導力を発揮されてきただけでなく,実際に多くの努力を払って編集や構成についての作業を行ってこられた.そのなかでもこの“分子標的薬”は,まさに平井先生が精力を傾けて編集されたといっても過言ではない特集といえる.
 現代の生命科学・臨床科学は多くの疾患関連遺伝子や病態と深く関係している分子をつぎつぎに明らかにしつつある.そして,このようにして同定した遺伝子産物そのもの,またはその周辺の分子が治療の標的として選択されるようになりつつある.ひとつの流れとして従来の創薬法と異なり,網羅的な疾患関連遺伝子の検索と創薬ターゲット候補の選定,評価系の確立と化合物のスクリーニングといった新しい手法も登場しはじめている.本特集をみてもおわかりいただけるように,癌・白血病,代謝・内分泌,免疫・感染,循環器,呼吸器,消化器,神経などあらゆる領域で,標的を明らかにした治療薬が開発されつつある.おそらく,これらの動きを内包して今後領域を越えた新しいサイエンスの創出・進行がみられるものと思われる.
 臨床医学に携わるものにとって病因・病態と直結し,作用点が明確で効果が確実に予測でき,さらに副作用の少ない治療薬の開発の重要性はいうまでもないことである.その創薬開発の発想が大きなパラダイムシフトを迎えつつあるなかで,多くの可能性が花開くであろうことを誰よりも早く予感し,そのなかで活躍されつつあった平井久丸先生は,いま,天国でその結実の様子を眺めているのではないかと思う.

 2004年1月
 編集委員会を代表して
 山本一彦(東京大学医学部アレルギーリウマチ内科)
2004/1/31 医学のあゆみ Vol.208 No.5 第5土曜特集 分子標的薬 目次
企画 週刊「医学のあゆみ」編集委員会
 はじめに 山本一彦
癌・白血病
 乳癌に対するトラスツズマブ治療の位置づけ−乳癌に対する分子標的治療の進歩 山城大泰・戸井雅和
 慢性骨髄性白血病に対する分子標的治療−イマチニブを用いたあらたな治療法 薄井紀子
 CD20を標的とした抗体療法−Rituximab,ibritumomab,tositumomabを用いた悪性リンパ腫の治療 伊豆津宏二
 ヒストン脱アセチル化酵素を標的とした白血病の分子治療 小杉浩史
 急性前骨髄性白血病の分化誘導療法−新規薬の展望 小野孝明・竹下明裕
内分泌
 選択的アルドステロンブロッカー,エプレレノン 武田仁勇
 カルシウム受容体作動薬(calcimimetics)−無機イオン受容体を標的とした副甲状腺機能亢進症治療薬 永野伸郎・和田倫斉
 成長ホルモン受容体拮抗薬−先端巨大症の新しい治療薬 千原和夫
 甲状腺ホルモン受容体アゴニストの治療薬としての開発−高脂血症治療への応用 市川和夫
代謝
 肥満・糖尿病の新しい治療アプローチ−GIP受容体は肥満・糖尿病の分子治療標的になるか 城森孝仁
 PPAR(γ,α,δ)を標的とした生活習慣病の分子治療 山内敏正・門脇 孝
 AMPキナーゼ活性化薬−脂質燃焼を促進する新規インスリン抵抗性改善薬 野口哲也・春日雅人
 β3アドレナリン受容体を標的とした肥満の分子治療 吉田俊秀
 LXRを標的とした動脈硬化の分子治療 島野 仁
免疫
 IL-6を標的とした関節リウマチ,Castleman病などの分子治療 西本憲弘
 TNFを標的分子とした慢性炎症性疾患の治療−抗TNF生物製剤による関節リウマチの寛解導入 亀田秀人・竹内 勤
 RANKLを標的とした骨粗鬆症の分子治療 田中 栄
 CD20を標的としたSLEなどの自己免疫疾患の分子治療 田中良哉
 補助刺激分子を標的とした分子治療 田中香衣・東 みゆき
 NF-κBなど細胞内シグナル伝達分子を標的とした免疫疾患の分子治療 沢田哲治
感染症
 ノイラミニダーゼを標的にしたインフルエンザの分子治療 藤原将寿・木下美弥
循環器
 筋小胞体を標的とした心不全治療 小田哲郎・他
 エンドセリン受容体を標的とした心不全・肺高血圧治療 宮内 卓
 Na+/Ca2+交換体を標的とした虚血治療の新展開−NCX阻害薬の展望 岩本隆宏
 ATP感受性K+チャネルを標的とした虚血・冠攣縮治療−心血管KATPチャネル 中谷晴昭
 第Xa因子を標的とした血栓療法 丸山征郎
 内皮前駆細胞を応用した血管再生療法
−基礎医学から臨床医学への橋かけ 宮崎幸造・浅原孝之
呼吸器
 EGF受容体やPDGF受容体を標的とした肺線維症治療 石井芳樹
 TGF-β/Smad分子を標的とした肺疾患の治療 中尾篤人
消化器
 ぺグ・インターフェロン製剤による肝炎の治療−より効果的でQOL改善をめざす肝炎治療 泉 並木
 リバビリンによるC型肝炎ウイルス病態制御−その基礎と臨床 坂本直哉・榎本信幸
 TGF-βを標的にした肝硬変の病態制御 上野 光・今村道雄
 プロトンポンプを標的とした胃粘膜病態制御 島田忠人・平石秀幸
 活性酸素を標的とした炎症性腸疾患の病態制御−新展開のガス状メディエーターを中心に 内藤裕二・吉川敏一
 Gastrointestinal stromal tumor(GIST)の診断と治療 西田俊朗

神経
 βおよびγセクレターゼを標的としたAlzheimer病の分子治療 西村正樹
 ナチュラルキラーT細胞を標的とした多発性硬化症の糖脂質治療−多発性硬化症の糖脂質療法 三宅幸子
 アンドロゲン受容体を標的とした球脊髄性筋萎縮症の治療法開発 足立弘明・他
 血液−脳関門を標的としたAlzheimer病の分子治療 松岡康治
 プリオン蛋白高次構造を標的としたプリオン病の分子治療 山田正仁
 ROCKインヒビター−神経再生ならびに神経変性防止におけるあらたな創薬標的 尾藤晴彦

■サイドメモ
 マウスモノクローナル抗体のヒト化
 CMLに対する薬物治療の効果判定基準
 RA症候群
 RALESスタデイ
 カルシウム受容体アンタゴニスト(calcilytics)
 甲状腺ホルモン拮抗薬
 AMPキナーゼキナーゼの正体
 褐色脂肪組織
 抗TNF−α療法の適応と効果判定
 MH/CCDとARVD/PVT
 心筋組織におけるKir6.1の病態生理的役割
 血管新生薬物療法
 HCV動態(ダイナミクス)
 近未来のC型肝炎治療
 RIP(regulated intramembrane proteolysis)
 アンドロゲン
 下位運動ニューロン徴候と全感覚障害,深部感覚障害