やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の序
 わが国では医療・看護の質の向上,透明性,効率化をめざして医療制度改革が加速している.精神科領域においても,7万床という具体的数値目標を掲げた精神科病床の大幅削減,長期入院に対する診療報酬上のきびしい締め付け,また平成2005年10月以降は通院医療公費負担制度の廃止,自己負担の増加,任意入院適正化によっての制限など,押し寄せる行政改革と医療費削減の流れの中で,いま医療・看護はかつてない困難な状況に直面しているといって過言ではない.
 その一方で,日本医療評価機構による病院機能評価の推進,クリニカルパスの拡充,ISO取得とさまざまな質の評価の時代が到来している.そして本年4月には,個人情報保護法の全面施行と大きな変革時代を迎えている.それらの評価の指標でもある看護記録は患者の個人データであり,患者に説明・同意・共有できる開示記録として,大きな変革を遂げようとしている.
 看護記録をあらためて振り返ると,看護実践に活かそうとさまざまな方法で記載されてきたが,どれもわが国の現状にあった記録方法とは言えず,つねに問題・課題が多く模索状態であった.
 その中で1995年フォーカスチャーティング(R)に出会う.コラム形式の患者の系統的な経過記録方法であり,構成要素は,フォーカス,データ,アクション,レスポンス,またアセスメントはフォーカスで表現する.とてもシンプルである.それらは米国でも同様であった看護記録の問題・課題の解決をはかる目的で,臨床看護師らが開発した方法である.
 この記録方法は,看護実践の中でフォーカスコラムの走り読みで患者の状態や看護が瞬時に把握でき,横読みするとその看護師の患者への視点つまり看護観がわかる.レスポンスからアクションを振り返ることで看護ケアの妥当性がわかる.そして実施した看護計画を連動して記載する方法をとることで,看護計画を患者と共有していることを証明できるなど,多くの利点を持っているが,それゆえにフォーカスチャーティング(R)の原理・原則を正しく理解して活用しないと,実践に活かしきれるとは思えない.
 その意図を理解して広め,価値あるものにするため,また,それによって看護の質の向上につなげるために,フォーカスチャーティング(R)は,クリエイティブヘルスケアマネジメント社の登録商標となっている(つまり,フォーカスチャーティング(R)という方法をオリジナル化して,フォーカスチャーティング,フォーカスケアノートと読んではならないということである).
 わが国においてもその原理・原則を正しく理解して実践の場に活かし看護の質の向上をはかる目的で,1997年12月,開発者スーザン・ランピー氏,松本ヨシ子先生を顧問として,フォーカスチャーテイング研究会を発足した.開発者から直接指導を受けたり,ミネソタにわたり,フォーカスチャーティング活用の実際を学ぶ機会などをいただいた.さらにその後,看護記録の継続教育の必要性を痛感して,「特定非営利活動法人日本フォーカスチャーティング(R)協会」として組織強化をはかり現在にいたっている.
 わが国の医療制度改革の加速,IT化の普及が進む中で,ますます看護記録の重要性が問われている.看護実践を表現するのにどのような方法がよいか,現状のケアを表現できる方法はなにかを判断するには,現場で実際に記録に記載している臨床看護師らの経験と判断の積み重ねが重要である.また,患者の個人データの扱いはどのように行うか,開示記録としての患者記録がどのように扱われるべきかは,患者が判断することでもあるといえよう.
 本書は,精神科領域において看護記録とはなにか,また記録方法のひとつであるフォーカスチャーティング(R)の基本・原理・原則を解説してあり,看護学生の教材をはじめとして,フォーカスチャーティング(R)初心者向けに,見やすく・わかりやすく,学習の段階をおって構成されている.
 また,アセスメントがフォーカスであり,アセスメント能力を高める意味からも,もっとも基本といえる,バージニア・ヘーダーソン理論に基づいた,基本フォーカス用語の掲載は,最初にフォーカスをどこに当ててよいかわからないという戸惑いに対して参考となるといえる.
 学生の教材として,臨地実習の参考書として用いるほか,記録初心者のテキスト,継続学習書として活用していただき,看護の質の向上がはかられることを期待したい.
 JFC FC Guidance Specialist
 認定 e Health Care Consultant
 川上千英子

はじめに
 看護記録にはさまざまな様式があります.それぞれの記録方法に利点・欠点はありますが,基本は「健康保健法」に定められている,いわゆる基準看護の「看護の記録」の要件を満たしているかどうかです.1994(平成6)年度の改正(保険発第100号)では,記録に要する時間の短縮,重複を避ける,簡潔明瞭な記録を行うことが掲げられ,この改正によって,記録に関して柔軟性がみられるようになり,新しい記録方法の選択肢が増えたといえます.
 また,ここ数年前より看護師間で密かに危機感を抱いている「患者への情報公開(診療録,看護記録など)」が目前となっています.これを受けて多くの施設では,医師はもとより看護師が,自信を持って記録の開示に耐えうる必要な内容を含んでいるかどうかを検討するようになりました.
 わが国の精神科における看護記録を遡及してみますと,叙述式,経時的方式,プロセス・レコード方式,POSがあります.そして現在は,スーザン・ランピー女史らが開発した「フォーカスチャーティング」が,1990年代の後半にわが国へ導入されてから,目覚ましい早さで臨床の中に浸透しています.今からおよそ30年前わが国にPOSが導入されたとき,臨床の場で「POSが先か,看護過程の導入が先か」と論議されたことを思い出しますが,今度はフォーカスチャーティングが先か,○○記録方式が先かと論議されるかもしれません.フォーカスチャーティングは,まだ発展していく記録システムであるからです.
 本書の目的には3つあります.1つは,精神科に勤務する看護師の方々がフォーカスチャーティングをどのように考えたらよいのか,そのためのフォーカスチャーティングの基礎と考え方を解説します.よって,フォーカスチャーティングを導入するといった考えでなく,精神科の臨床において,看護師が「看護記録のストレス」を最小にするためには,どのような記録システムがよいのか,それを考える機会になればと思います.もう1つは,現在フォーカスチャーティングを導入しているが,基本的な記録方法の理解が不十分であり,場面に応じてどのように記録を考えたらよいのか,今一度基本に振り返りたいといった要望に応えています.
 3つめは,2003年5月に個人情報保護法が成立し情報開示が目前に迫っています.さらに精神保健福祉法に対応した看護記録が求められています.看護記録も患者個人を尊重し,人権に配慮した記録でなくてはならないということです.1994(平成6)年10月から実施されている新看護体系,基準看護ならびに特定看護の必要用件にある患者個人の記録の概念規定「観察した事項および実施した看護の内容を記録するもの」,日本看護協会編による「看護記録の開示に関するガイドライン」および精神科看護業務指針の第4章に掲げている「観察と記録」に沿うためには,どのような記録方法を考えればよいのか,その基礎となる部分に応えるようにしています.
 本書の中の記録の事例は,精神科には多様な合併症を併発した患者も入院していますので,他科の事例を併用した看護記録も採用しています.第II編の記録マニュアルと記録例は,筆者と疋田病院(福岡市東区香椎)看護部記録委員会で検討したものを添削し,一部加えさせて頂きました.初めてフォーカスチャーティングに取りくむ方々に参考になればと思います.
 資料としては,フォーカスチャーティングの演習問題とフォーカスチャーティング評価表(現在,統計的処理で信頼性と有効性を確かめるために施設に調査をお願いしています)を付けています.院内学習会や記録の監査に利用して下さい.また,巻末には精神科フォーカス用語の参考例を掲載しました.
 最後になりましたが,フォーカスチャーティングの日本への浸透・導入にあたっては,日本フォーカスチャーティング(R)協会の現理事長である川上千英子女史の貢献が大であると思います.
 本書を出版するにあたり,川上先生の多大なお力添えに感謝申し上げます.また,出版社の編集担当者に感謝致します.
 なお,フォーカスチャーティングに(R)がついているのは,登録商標(Registerレジスター)の意味です(便宜上,本書の文章中では(R)を省略しています).フォーカスチャーティング(R),フォーカスケアノート(R))は,川上先生が2000年にCreative Health Care management社から登録商標の権利を取得しています.
 また,本書のもくじのページに附しているロゴマークは,日本フォーカスチャーティング(R)協会が出版を承認したことを示しています.
 2005年3月
 焼山和憲
I フォーカスチャーティング(R)の基礎と考え方
 第1章 フォーカスチャーティング(R)の開発と発展
  1.わが国へのフォーカスチャーティングの紹介と拡がり
  2.フォーカスチャーティングが開発された背景
  3.フォーカスチャーティングは記録時間の短縮,記録の簡素化に効果がある
   1)時間の経済性(記録時間の短縮)
   2)記録の重複(無駄の省略)
   3)記録の簡素化(情報の選択)
  4.看護記録の歴史的流れ
   1)叙述式記録
   2)経時的記録
   3)看護過程記録方式
   4)プロセスレコード方式
   5)POS(Problem-oriented system,問題志向型システム)方式
   6)フォーカスチャーティング(R)
  5.フォーカスチャーティングの関心が高まった理由
  6.フォーカスチャーティングの導入に向けて
 第2章 フォーカスチャーティング(R)の考え方
  1.フォーカスチャーティングとは
   1)フォーカス・ノートに記載される4つの構成要素
   2)フォーカスチャーティングの縦読みと横読みによって伝達される内容
   3)フォーカスとして使用する用語
   4)フォーカスで使用してはならない用語
   5)フォーカスチャーティングのキーポイント
  2.フォーカスチャーティングでの記録をどのように考えるか
   1)看護過程とフォーカスチャーティングは同じサイクルである
   2)フォーカスチャーティングでの思考過程
  3.フォーカスチャーティングの効果的な書き方
   1)フォーカス(F)のあて方
    (1)フォーカスは何にあてるのか /(2)フォーカスとして取り上げられるもの /(3)フォーカス・コラムに書かれないもの /(4)記録においてフォーカスが先か,経過記録が先か
   2)経過記録に書かれる,D-A-R
  4.フォーカスチャーティングの記録の構造
   1)F:D-A-Rに含まれる記録の構造
    (1)A(援助・働きかけ)には,前後を構成する「判断・考え」の2つがある /(2)フォーカスチャーティングの記録はフォーカスへの振り返りである
 第3章 フォーカスチャーティング(R)の方法
  1.看護過程に基づき,目的意識を持って援助活動をしたフォーカスチャーティング
  2.偶発的,突発的な出来事のフォーカスチャーティング
 第4章 フォーカスチャーティング(R)に求められる記録内容
  1.簡潔に,事実をありのままに記載する記録
  2.フォーカスチャーティングに求められる記録の要件
   1)法律的要件としての記録
   2)必要かつ重要な部分を伝達する記録
   3)看護師の援助内容が見える記録
   4)看護師の看護に対する考え方(看護観)が反映されている記録
 第5章 フォーカスチャーティング(R)の導入方法と添削
  1.看護計画とフォーカスチャーティングを同時に導入したい
   1)フォーカスチャーティングの4つの要素で記録する
    (1)看護過程を導入していない.記録方法は叙述式あるいは経時的記録方法の施設 /(2)フォーカスチャーティングを導入しようと検討しているが,叙述式で看護記録を行っている施設
   2)看護計画を考える
  2.看護計画を導入しているので,記録をフォーカスチャーティングにしたい
  3.フォーカスチャーティングの記録上の問題と添削
   1)POSの記録とフォーカスチャーティングを混同している
   2)フォーカスと記録内容(D-A-R)が異なる
   3)看護診断・共同問題の特定がされていない
   4)フォーカスチャーティングの利点が生かされていない
 第6章 精神保健福祉法に基づいた記録の要件とフォーカスチャーティング(R)
  1.個人情報保護法と行動制限の法律
   1)個人情報の保護
   2)行動制限の法律
    (1)行うことができない行動の制限 /(2)指定医が必要と認める場合でないと行うことができない行動の制限 /(3)厚生労働大臣が定める処遇の基準
  2.精神保健福祉法に基づいた記録の要件
   1)隔離を行った場合
   2)身体的拘束を行った場合
   3)自ら求めて保護室に入ることを希望する場合
   4)任意入院患者の解放処遇の制限の場合
   5)面会の制限
  3.フォーカスチャーティングで人権擁護,患者の権利尊重,倫理性にもとづいた看護記録を目指す

資料……1 フォーカスチャーティング演習
資料……2 フォーカスチャーティング評価表

II 記録マニュアル/記録の実際(例)
 1 悪性症候群にある患者の記録マニュアル/記録例
 2 うつ・自殺企図のある患者の記録マニュアル/記録例
 3 行動の制限のある患者の記録マニュアル/行動の制限(隔離)の患者の記録例……/隔離(不穏時)の患者の記録例2
 4 希死念慮がある患者の記録マニュアル/記録例
 5 強迫行為のある患者の記録マニュアル/記録例
 6 拒食状態にある患者の記録マニュアル/記録例
 7 拒薬状態にある患者の記録マニュアル/記録例
 8 幻覚・妄想のある患者の記録マニュアル/記録例
 9 他患の薬を誤って服用した時の記録マニュアル/記録例
 10 昏迷状態にある患者の記録マニュアル/記録例
 11 自殺企図があった患者の記録マニュアル/記録例
 12 日常生活に障害をきたしている患者の記録マニュアル/記録例
 13 躁状態にある患者の記録マニュアル/記録例
 14 転棟(転入・転出),閉鎖病棟入室時の記録マニュアル/記録例
 15 入・退院時の記録マニュアル/記録例
 16 不安状態にある患者の記録マニュアル/記録例
 17 水中毒の患者の記録マニュアル/記録例

参考文献
精神科フォーカス用語
フォーカスチャーティング(R)記録用紙