やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 健康はすべての人の最大の願いであるが,医療だけでは実現しない.衣食住も必要であり,良好な環境が整ってはじめて実現するものである.
 環境には地球環境から都市環境,建築環境,さらに家具,道具レベルまで幅広い.物的な環境を専門領域とする日本建築学会では,公募型委員会として「ヘルスケアデザイン小委員会」を立ち上げ,健康を支える環境デザイン,つまり健康デザインについてを討論した.東京・名古屋でシンポジウムを開催したが,今回その一部を出版物としてとりまとめ,主としてデザインする側から医療・看護の専門家をはじめ,医療を受ける一般市民に問題提起したものが本書の成り立ちである.
 健康デザインは少子・高齢社会が急速に進展する中でその重要性が高まり,高齢者が自立して健康な生活を維持できる環境から,幼児が健康に育つことのできる環境まで,幅広い課題をかかえている.さらに病院をはじめ多種類の医療福祉施設のデザイン問題がある.
 現在,医療問題は世界的に大きなテーマであり,特に日本では高齢化問題と絡み,医療法改正や介護保険法と絡んで多くの課題をかかえている.国民医療費は高騰を続け,病院の経営は逼迫している.同時に,建築的には多くの医療福祉施設が「癒しの環境」とはかけ離れた貧しい状況のままである.
 本書はさまざまな問題点の中で,健康デザインという分野を身近な存在にしたいと願い,病院に入院した患者の24時間生活実感から,臨床医が感じる患
 者の要求,フローレンス・ナイチンゲールの警告の今日的な意味など,章ごとに独立したテーマをオムニバス的に構成している.
 読者は全体を通読するより,気の向いた章を気軽に読んでいただきたい.なるべく写真や図を豊富にレイアウトしたのも,親しみのある読み物にしたかったからである.読者からはいくらでも問題提起があろう.ご批判,ご感想をお寄せいただきたい.
 なお,本書は医歯薬出版のリハビリテーション書籍編集部,柳澤研究室の和田亜美さん,松下美也子さんのご協力で完成した.心から感謝したい.
 2000年7月 柳澤 忠

推薦の辞

 長寿社会の創造は人類が初めて経験する大事業であり,長寿世界一となったわが国では,かつてのような,いわゆる先進国の模倣では対処できず,世界中が日本の選択に注目している.われわれ1人ひとりが自らの手で未来を創造してゆくべき責務を担ったというべきであろう.
 この情勢を背景に,建築家として令名を馳せた,名古屋市立大学芸術工学部柳澤忠教授は関連する医療関係専門家と協同して,健康を支える環境デザインを構築し,今回,医療,看護,介護の専門家および一般の方々を対象に未来へ向けての多くの課題を提起する本を出版された.
 その内容は多岐にわたり,健康デザインの解説からユニバーサルデザイン(バリアフリーから一歩前進して,誰もが平等に享受できるシステム),居住環境を重視したナイチンゲール精神の新たな評価,自立を支える在宅住環境,未来への夢を託した病院設計,特にホスピスのインテリアデザイン,モデル病室の理想的な未来像,健康を増進し,社会参加を促す快適空間デザイン,在宅ケアを支える通信ネットワークなど未来志向の新しい提言が随所に展開されている.そして,そのどれもが従来の老年学に閉じ込もっていたわれわれに新鮮な感覚を求めて止まない.
 本書を見ると医学,医療がいかに従来からの常識を越えた発想とアイデアが必要であるかを痛感する.
 現在,未来のより良き医療,福祉制度を目指して試行錯誤を続けているが,本書はその未来像に向けて貴重な視点を提供しており,未来社会の創造には広い視野と多くの方の参加があって初めて達成することが痛感できる.
 ここに母胎となった日本建築学会のヘルスケアデザイン小委員会に敬意を表し,「癒しの環境」の視点を指摘した本書が一人でも多くの方に読まれることを切望して推薦の辞としたい.
 愛知県健康づくり振興事業団理事長 元鹿児島大学長 井形昭弘
推薦の辞
『健康デザイン』に唱和する
序文
執筆者一覧

第1章 健康デザインとは何か
 1.健康デザインの定義
 2.関連分野の動向
 3.健康デザインの範囲と目的
 4.高齢者の自立を助ける健康デザイン
 5.入院患者を癒しの環境で迎えたい
 6.医療行為ではない出産の場のデザイン
 7.子供の発達を保障する環境デザイン
 8.家族でスポーツを楽しむ環境
 9.障害者の施設に必要なマネジメント
 10.これからの街づくりに必要な発想の転換
 11.健康デザインは「ことづくり」が大切
 12.まとめ
 コラム アメリカのヘルスケア・デザイン・シンポジウム

第2章 医療と健康デザイン
 1.個人の健康と社会
 2.健康の系譜
   (1)健康憲章 1946  (ニューヨークの国際会議における健康の定義)
   (2)プライマリ・ヘルス・ケア宣言 1978  (アルマ・アタ宣言)
   (3)ヘルス・プロモーション憲章 1986  (オタワ)
   (4)Supportive Environment 1991  (サンドバール憲章 )
 3.医療施設と地域
   (1)医療施設における「癒しの質」
   (2)接点としての医療施設
 4.著者の調査から
   (1)生活上の問題点(設問1)
   (2)通院上の問題点(設問2)
   (3)受診前の問題点(設問3)
   (4)診療上の問題点(設問4)
   (5)受診後の問題点(設問5)
   (6)服薬上の問題点(設問6)
   (7)住居周辺上の問題点(設問7)
   (8)療養上の問題点(設問8)
 5.健康デザインの原点―安全の医療・安心の医療・満足の医療から安全の生活・安心の生活・満足の生活へ
   (1)安全の医療から安全の生活へ
   (2)安心の医療から安心の生活へ
   (3)満足の医療から満足の生活へ
 6.評価

第3章 リハビリテーションとユニバーサルデザイン
 1.疾病・障害とリハビリテーション
 2.障害に関する国際分類
   (1)国際障害分類初版(ICIDH)
   (2)国際障害分類改定への流れ
   (3)国際障害分類第2版(ベータ1草案)
 3.ユニバーサルデザイン
   (1)ユニバーサルデザインとは
   (2)ユニバーサルデザインに至る道のり
    (a)アクセシビリティ
    (b)権利運動
   (3)ユニバーサルデザインの7原則
   (4)ユニバーサルデザインシンポジウム
 コラム ユニバーサルテクノロジー

第4章 ナイチンゲールの今日的評価
 4-1)看護覚え書
 1.興味の発端
 2.空気と換気
   (1)換気方法の変遷
   (2)換気設計の基準
   (3)ナイチンゲールの指摘の評価
 3.太陽光と採光
   (1)自然採光の設計基準
   (2)健康への効能
   (3)ナイチンゲールの指摘の評価
 4.静けさの確保
   (1)騒音と心理
   (2)騒音の健康への影響
   (3)ナイチンゲールの指摘の評価
 5.おわりに
 4-2)病院覚え書
 1.「病院覚え書」の構成
 2.病院立地論:都市と公衆衛生
 3.病院ブロックプラン:パビリオンタイプ
 4.病棟平面・断面計画
 5.設備・仕上げ等
 6.その他:回復期患者のための病院

第5章 自立を支える身近な環境-病室のインテリアデザイン-
 1.インテリアデザインとは?
 2.病室のストーリー:テーマと対象
 3.ストーリー1 A子(77才)リハビリテーション病棟個室
   ■入院の理由と設定場面
   ■在来型の病棟/問題点の抽出
 4.ストーリー2 B男(34才)一般病棟多床室
   ■入院の理由と設定場面
   ■在来型の病棟/問題点の抽出
 5.ストーリー1・2に関するQ&A
   Q-1  病室の色調はなぜモノトーンなのでしょうか?
   Q-2  病室に適した内装材とは?
   Q-3  患者が部屋の色調やリネンの色を選択できないのでしょうか?
   Q-4  多床室のベッド間のプライバシーを確保するのに何かよい方法はないのでしょうか?
   Q-5  患者にとって使いやすいベッドまわりの家具とは?
   Q-6  病室にはどんないす・テーブルが必要なのでしょうか?
   Q-7  病室の豊かな窓辺とは?
   Q-8  なぜ,患者が使うものと,医療機器とを一体にして「集中機器パネル」にしなければならないのでしょうか?
   Q-9  どうして病室に蛍光灯が用いられるのでしょうか?
   Q-10  多床室の照明が暗く感じるのはなぜなのでしょうか?
   Q-11  なぜ,空調は天井吹き出しなのでしょうか?
   Q-12  ラジエータ形式はなぜなくなったのでしょうか?
   Q-13  多床室では,冷暖房を個別にコントロールできないのでしょうか?
   Q-14  患者からの不満が空調設備に集中しがちなのはなぜなのでしょうか?
   Q-15  入浴,シャワーのための室内環ォはどうあればよいでしょうか?―たとえば,介護のためのスペース,トイレとシャワーの関係など
 6.ストーリー3 C太(11才)小児病棟多床室
   ■入院の理由と設定場面
   ■在来型の病棟/問題点の抽出
 7.ストーリー3に関するQ&A
   Q-16  病院で子供が安心して過ごせる室内環境とは?
   Q-17  子供の自主性を育てる病室の家具とは?
   Q-18  小児患者の家族が安心できる病棟とは?
   Q-19  病を負った子供たちへのプレゼントとは?

第6章 ホスピスのインテリアデザイン
 1.愛知国際病院緩和ケア病棟の誕生
 2.緩和ケア病棟の施設概要
 3.全体設計
 4.病棟設計
 5.各部設計
   (1)病室のトイレ
   (2)病室の照明
   (3)病室の家具
   (4)病室の仕上げ材
   (5)オープンカウンターのナースステーション
   (6)病棟廊下の休憩コーナー
   (7)病室の室名札
   (8)その他,家族のための空間など
   (9)屋外空間
 6.ホスピスの利用実態
 7.ホスピス病棟使用後の感想
   (1)年配の女性患者の感想
   (2)婦長にホスピス使用後の感想を聞く
 8.まとめ

第7章 モデル病室を中心に病院建築を考える
 1.モデル病室の背景:日本の病院の特徴
 2.ベッド当たり延床面積の縛り
 3.病室のインテリアデザイン
 4.原寸大モデル病室の試作
 5.モデル病室の全体設計
 6.モデル病室の部分設計
 7.モデル病室に対する意見
 8.他の個室的多床室
   (1)名古屋大学病院に提案して実現しなかった多床室(5-6床室)
   (2)秋田日本赤十字病院
   (3)稲城市立病院
   (4)宮城社会保険病院
 9.モデル病室の反省と今後の展開

第8章 病院設計とファシリティマネジメント(FM)
 1.病院は機能的に設計すればよいのか
 2.FMIとの出会い
 3.セントヘレナ病院の経営改善
 4.病院のシステム家具
 5.日本の物品搬送
 6.総合設計

第9章 病院計画と経営戦略
 1.病院こそFMが必要である
 2.病院がオフィスになりつつある
 3.客にサービスする施設のFM
 4.消費経済学のFM
 5.アメニティとFM
 6.病棟経営と平均在院日数
 7.施設評価は活性化指標,小牧市民病院の実践
 8.公立病院経営の比較
 9.平均在院日数と人口対病床数の国際比較
 10.今後の病院規模計画
 11.危機管理とFM
 12.施設環境で経営が改善されるか
 13.病院施設を生かす総合戦略

第10章 健康と参加を促す快適空間デザイン
 1.健康と快適
 2.温熱環境における快適性
   (1)寒暑涼暖の違いとは
   (2)積極的な快適性:プレザントネス
 3.視環境における快適性
 4.快適環境
   (1)過ぎたるは及ばざるがごとし
   (2)健康と快適
   (3)温かい心,やさしさ
   (4)日本情緒
 5.健康で快適な楽しい空間
   (1)パッシブシステムとアクティブシステム
   (2)快適性とエネルギー
 6.おわりに

第11章 在宅ケアを支える通信ネットワーク
 1.在宅ケア増加とその支援としての通信ネットワーク
   (1)在宅ケア増加の社会的背景
   (2)在宅ケア支援システムと生活環境
 2.在宅ケア支援における通信ネットワークのニーズ
   (1)在宅ケアの現状
   (2)介護者が抱える問題
 3.在宅ケア支援通信ネットワークの開発と試用経験
   (1)システムの概要
   (2)操作方法
   (3)フィールド実験
 4.在宅ケア支援通信ネットワークの問題点と今後の方向性
   (1)在宅ケアの面から
   (2)街づくりの面から
 5.「通信ネットワーク」と「人のネットワーク」

第12章 健康と自立を支える生活環境デザイン
 1.道具レベルの生活環境デザイン
 2.住宅レベルの生活環境デザイン
 3.建築レベルの生活環境デザイン
 4.発想を変えたいみちのデザイン
 5.都市レベル
 6.まとめ

索引