『骨盤帯原著第4版』出版に寄せて
人類が2足歩行を獲得してから,腰痛症は最も一般的な症状・疾患として認識されており,仙腸関節を含めた骨盤帯の関与が20世紀初頭から唱えられていました.その関連性を詳細な解剖学的見地から臨床所見までを含め解説したのがThe Pelvic Girdle 2nd Editionでした.
The Pelvic Girdle 4th Editionは前版から大幅に加筆され,各項目の重要点のまとめ,内容確認のための質問事項を挿入したレイアウトになり,自己学習が可能な教科書となったと言えます.待ちに待った,その翻訳書『骨盤帯 原著第4版――臨床の専門的技能とリサーチの統合』がついに出版されることになりました.
本書は,骨盤帯を中心に腰椎から股関節にかけての機能解剖とバイオメカニクス・疾患メカニズムと,その治療から予防までを具体的に解説してある画期的な臨床書です.同時に,身体のバランスを整えるための理論解説と,スポーツトレーニングについての指導書でもあります.豊富な図説(3D模型や解剖図)と臨床写真(MRI,超音波画像を含む)は,読者の理解を深めるための非常に役立つツールとなっています.
本書は学生から卒後研修の医療従事者,そしてリハビリテーションに携わる医療従事者まで,幅広い読者に対応しております.その最新の知見と理論を理解することで,腰椎-骨盤帯-股関節に関連した疾患を有する患者・アスリートの治療から,トレーニングそして障害の予防まで,各個人ごとに対応できるようになることと確信します.
医療法人社団永生会 永生病院 診療部 整形外科部長
地域リハビリテーションセンターセンター長
今村 安秀
監訳者の序
私が初めて本書著者のDiane Lee氏およびLinda-Joy Lee氏に会ったのは8年前,カナダ・バンクーバー郊外の病院で開催された講習会に参加したときであった.著者らが講師を務めるもので,講習会のテーマは「腰椎骨盤股関節複合体」であった.当時公になっていたエビデンスでバイオメカニクスを裏付けしながら,それに基づいた評価とその解釈,そこから導き出される具体的な理学療法アプローチを紹介する,シンプルでわかりやすく,かつ実践的な内容に感銘を受けた.当時日本では原書第2版の日本語訳が出版されていたが,そのときの講習会はその内容をさらに進化させたものであった.拙い英語力で海を渡ってやってきた一参加者の理解度を上げようと,ことあるごとに周りの現地受講者とともに熱心に説明や指導を追加してもらった.著者らのそんな人柄にも非常に親しみをもったことを今でも鮮明に覚えている.
本書は原著第4版にあたる.本書は以前のものと比べて内容が大幅にブラッシュアップされており,著者らが提唱する「統合システムモデルThe Integrated systems model」というコンセプトが新たに紹介されている.これは患者が「真に望むもの」に沿って,得られた情報を整理かつ筋道立てて考えるのに非常に有意義なモデルであると感じている.また,評価で不足している点,追加すべき情報をセラピスト側が気づきやすい枠組みである.実際,このコンセプトを学んだ後,情報の整理や推論の過程がさらにシンプルに,そして思考を展開しやすくなったと実感している.優秀な臨床家にとっては改めてこういったコンセプトを参照する必要はないのかもしれないが,より確実に評価および治療を押し進めるためにも,また内省のためにも,すべてのセラピストに役立つのではないかと考える.
また本書では,コンセプトに沿って実践するために必要となる最新のバイオメカニクスの情報,またそれを実践するための評価方法やトレーニング方法が多く紹介されている.特に評価の部分では,セラピストの手の置き方や声かけの仕方等,細部にわたって詳述されているが,それは単なる参考例で絶対のものではなく,そのときの状況や環境によってユーザーであるセラピストそれぞれがアレンジすべきであろう.
現在,不定期ではあるものの本書の著者らが来日して,日本で理学療法士向けの講習会を開催している.2012年現在,実技講習会の総受講者数は延べ200名を超えている.彼らと臨床の話をしていると,講習会で習得した知識や技術を状況に合わせて応用していたり,各自で発展させたりしている理学療法士が増えているように感じる.それが可能なのは,著者らが単にハウツーを伝授しているのではなく,その前提として必要な知識(解剖,バイオメカニクス,その他コンセプトの理解に必要な知識)を共有した上で具体的な方法を伝えているからだと考える.本書にはそれに必要な知識も網羅されている.
なお,本書の翻訳はすべて著者らの講習会を受講したメンバーが分担し,身を以て理解した内容を日本語にするよう努めた.ただし,日本語への適切な変換が難しい場合もあり,カタカナ表記がやや多くなってしまったこと,そして訳が不十分な可能性があることをどうかお許しいただきたい.
本書出版にあたり,多大なるご協力をいただいたエルゼビア・ジャパン吉田玲美氏と監修の永生病院今村安秀医師に深謝したい.また,すべての翻訳分担者へ激励の言葉を贈ってくれたDiane Lee氏にも感謝を表したい.
本書がセラピストの知識と技術の研鑽に大いに貢献するものとなることを願って…….
2012年12月
翻訳者を代表して 石井 美和子
原著の序
本書The Pelvic Girdle第4版は,非常に優れた,エビデンスに基づく臨床家の本である.DianeとLinda-Joy(LJ)は本書で,腰椎骨盤股関節複合体の評価およびマネージメントに関する自身らのアプローチを裏づけるリサーチと,ケーススタディの形式で経験に基づくエビデンスの両方を提供している.臨床家はきっと,この批判的ではあるが実践的な内容を享受することだろう.内容は,研究による実証がまだ不十分であると認めつつも,解剖学,運動学,モーターコントロールの研究をしっかりと評価やマネージメントにつなげたものとなっている.また彼らは,現在発表されている研究の限界に関する問題についても強調している.この点は私個人的にも興味のあるところで,これまでの研究は,歴史的に,臨床で遭遇するたくさんの患者の問題や症状に関する認識とマネージメントにおいて,十分な集団を対象とした評価やセラピストを適切に導くための介入の詳細を捉えてこなかった(Jonesら2006).臨床家はいつも,エビデンスがまだ利用できる状態になく,不完全である場合でも,最良のエビデンスに基づいた最善の診療を保つという難題に直面している.治療的介入を検証する主要な研究(あるいはシステマティックレビュー)があった場合でも,十分な詳細や評価や治療の正当性(例えば,肢位や量,行程,経過を含めて精確に何を行ったか,手続き上の適性レベルを含めて誰がそれを実施したか,実験に関連する説明や指導,言葉による誘導,アドバイスを含めて治療的環境はどうだったかなど)についてはほとんど示されておらず,臨床家が自信をもって評価や治療を再現できる状態ではない.DianeとLJは,研究や経験に基づくエビデンスを介して,骨盤帯の評価とマネージメントに関する科学と芸術の両方を読者にもたらしてくれる.
読者は,評価,特異的な診断,臨床推論,そして他動的および動的な治療の選択と進行に関して体系立てて学べるようになっている.しかしながら,臨床的な観点から,本書は単なる「ハウツー」本の域を超えている.腰椎骨盤股関節複合体の機能障害や痛みに起因する能力障害に関連する因子について評価およびマネージメントする方法が明確に述べられている一方で,診療に関するより広く全体的な生体心理社会的な原則の中で実に見事に成し遂げられるものであり,彼らの「統合システムモデル」と関連する「機能の統合モデル」にはそれが含まれているのは明らかである.理学療法士は,患者に,理解すること,責任を問うこと,そして自己管理を学ぶことができるように促す指導者,ファシリテーター,あるいはコーチとして描かれている.評価およびマネージメントについては,気づきや理解,肯定的な情動,学習や神経可塑性を高める治療環境の重要性を強調する社会心理的な考慮点と並んで,研究に基づいて生物医学的に解説されている.学習の神経科学は我々に,暗黙のうちに,学習された(無意識的な)信念や姿勢,動作,運動制御というものは変化が難しいかもしれないという.これらのために,患者の観点,深部筋の活性化,深部筋システムの共同収縮の促進,深部と表在筋システムの統合に関する皮質の再編(すなわち,学習)を促す明確な戦略が述べられている.戦略および「リリースする,アライメント調整する,接続する,動く」という手順が示され,また症例報告を通して,支えのある姿勢から起立した姿勢,そして意味のある機能までの学習と神経ネットワークの強化について例証されている.注目すべきはビデオクリップを使って評価や介入方法を解説およびデモンストレーションしているところである.読者がDianeとLJがどのように診療を進めるか見られるようにしているのだから,(技術的に,教育的に,行動的に,人間性として)非常に深い感銘を受けた.
本書の,類のない,素晴らしいところは,診断的および物語的臨床推論の両方を展開している点である.彼らが考案した「クリニカルパズル」は,人物(感覚的経験,認知,情動を含む),そして機能とパフォーマンスに影響する様々なシステム(例えば,関節系,神経系,筋・筋膜系,内臓系)にわたる問題の両方に関する評価所見を示すのに優れている.これは,本書の流れとして非常に効果的なだけでなく,読者が自身の患者の評価や推論に関して批判的に内省する方法を教えてくれる.また,評価とそれに続くマネージメントが終始患者にとって意味のある活動に従ったものであることを重要視している.個々の患者の存在が唯一無二であること,そしてそれぞれに仕立てられたマネージメントが必要であることを強調すると同時に,よくある臨床パターンが効果的な治療戦略とともに提示されている.
最後に,自己内省を促すための質問形式の戦略的使用したり,キーポイントを枠内にまとめたり,役立つ情報をハイライトしたインタレストボックスや質の高い図や写真の使用,臨床推論に関わる症例の提示,惜しみないビデオクリップの使用(全部で240以上も!)を含めて,研究と経験に基づいた知識両面を表すために用いられた様々な手法はすべて,読者が最大限に理解し,学習するためのものである.とりわけ,臨床例を継続的に使用することは,読者により深い学習を促し,大学ベースの卒後教育と同類の,経験的学習をもたらす実践の応用を請け合ってくれるものである.
Mark A.Jones
原著者序文 第4版に寄せて
Dianeより……
たびたび「続編の新しいところはどこ?新しい版を購入する価値はある?」と尋ねられる.もしあなたもこの疑問をもっているなら,答えは「もちろん!」である.『骨盤帯The Pelvic Girdle』第4版の副題が本版の狙うところを反映している.副題は,臨床の専門的技能とリサーチの統合である.ここで,本版に大きく貢献してくれたLinda-Joy(LJ)Leeについて少し触れたい.LJと私は,1999年からともに働き,旅をし,学び合ってきた.今回,私たちは同じくらい多くの仕事を成した.したがって,彼女なくしてはこの改訂版の更新は不可能であった.当時,博士課程の真っただ中であったにもかかわらず,本版の制作に当たり,私の誘いに応じてくれたことに感謝している.この余分な仕事がなければ,すでに課程を終えていたはずだと思う.彼女は臨床のエキスパートであり,尊敬すべき指導者であり,良き友である.
それでは,本版の新しい部分はどこか.いつも通り,腰椎骨盤股関節lumbopelvic-hip(LPH)複合体の機能と機能障害に関する研究をレビューし,臨床的にそれらを組み込んでいる.また過去の版と同じく,LPH複合体における特異的な機能障害に対する評価と治療について,多くの手技を解説し,例証している.このほとんどが新しいものか,情報を更新したものであるが,本版で追加された内容として,われわれがぜひお伝えしたいのは,統合システムモデルと,臨床的専門技能を向上するために必要となる知識やスキルの部分である.
本書第1版の序文に,私はこう書いている.
1980年,私は徒手的療法の世界におけるリーダーの一人,Mr.Cliff Fowlerと一緒に学ぶという機会に恵まれた.その後何年にもわたって,私は.状態ではなく人々を治療する方法,臨床的な技能に学術的な知識を統合する方法,患者各々のストーリーから学ぶ方法を示してもらった…….本書の内容は,周知された解剖学,生理学,バイオメカニクスに基づく腰椎骨盤股関節領域の評価と治療に対して,論理的なアプローチの展開を望む臨床家を手助けすることである.
これは本書の目的としてそのまま残っている.本版には2つのパートがある.
パート1として,腰椎骨盤股関節複合体における能力障害と痛みに関する理論的概念と研究を述べている.これが1〜6章である.パート2として,7〜12章に,腰椎骨盤股関節複合体における能力障害と痛みに対する統合システムモデルの臨床適用に関して述べている.
『骨盤帯』第4版は,忙しい臨床家に,最新知見と日常の診療にすぐに良い影響を及ぼす臨床的な手段や知識を提供するよう,継続して努めた.統合システムモデルとクリニカルパズルが臨床推論を改善し,仮説の立案と検証,それに続く効果のある模範的な治療を促すのに役立つことを願う.多忙な臨床家は,日々多岐にわたる1つあるいは複数の機能障害を有する患者に直面する.しかし,彼らのニーズに見合うだけの十分な研究エビデンスはおそらくこれからも揃わないであろう.臨床的専門技能(適切なときに,適切なことをする方法を知っていること)は,鍛錬された,内省的な診療によって養われるものであり,多くの臨床家がこの分野でエキスパートになるために,本書がその一助となれば幸いである.
われわれは皆,臨床のエキスパートになろうと努めている.この『骨盤帯』第4版の序文を終えるに当たり,Ian Edwardsの言葉に勝るものが見つからない. Expertise in Physical Therapy Practice(Jensen,Gwyer,Hack & Separd編集,2007)の中のMark Jonesとの共著,第10章「臨床推論とエキスパートの診療」から彼の言葉を引用する.
私は,エキスパートというものが,何をするのかというだけでなく,この表現を生み出す大本である診療集団のメンバーとして,またお手本としてどういうものを指すのかということも学んできた.エキスパートが具体的に行う診療の類(技術的,相互作用的,指導的,協調的,予測的,倫理的なスキル)は,特定の診療集団には一括して有用なこととして同意を得られるものである.この理解では,エキスパートとは,彼らが指導・助言する相手に質と疑問の両方を喚起するものである.エキスパートの診療はまた,特別な専門技能や知識の基礎を取得することではなく(これは確かに一部ではあるけれども),ある種の臨床家やセラピストになることが求められる.このすべてにおいて,「情熱」「モチベーション」「意欲」「仕事に対する想い」など(少なくとも正式には)「教えることができない」ものが培われる.
さて,これで終わりにする.『骨盤帯』第4版を興味深く読んでいただけることを願っている
Diane Lee,White Rock,BC,Canada(2010)
LJより……
文章を書くプロセスは,明晰さ,発見,成長の素晴らしい促進剤であった.最近,ヨギティのティーバッグにこんなことが書いてあった.
“学ぶこと,読むこと.知ること,書くこと.マスターすること,指導すること”
この言葉を読み,Dianeと『骨盤帯』第4版を書いていたときのことを考えると,たくさんのメールとディスカッションをして行きつ戻りつしながら,われわれの考えや言葉,を明確かつ具体化していき,統合システムモデルを固めていったことを思い出す.ペンを持ちながら(あるいはキーボードに手を置いて),われわれが患者としていること,またわれわれが指導する能力について,より深く知ることとなった.また,われわれが仕事で共有することに対して,より大きな感謝の念をもつようになった.「共同」の定義がそれをうまく表してくれる.それは「2つあるいはさらに多くの力が組合わさり,その影響の総和が個々の影響より大きくなるように相互に作用する」というもので,非常に素晴らしいことである.
また,『骨盤帯』過去3版にわたってDianeが築き上げた唯一無二の,莫大な貢献を非常によく知っている.したがって,Dianeとこの行程を共有できたことを素晴らしく誇りに思い,この名誉に深く感謝している.
本書は変化を促すものである.われわれの患者は多くの異なった問題や症状を呈するが,彼らはすべて身体内で違う状態になる助けを求めている.また,あらゆるものがつながっているため,彼らの身体経験を変化することは人物全体を治療することになる.われわれのコースに参加した方々ならご存知だが,われわれは日々の臨床診療において,変化を促し,永続的な変化をもたらすことを強く期待している.われわれがしていることは何か,なぜすべての年代のすべての患者で変化が可能であるのか,より健康な状態へ導くために臨床家としてわれわれはどのように神経可塑性を最適化すればよいのかという問いに対し,本版では,人間の脳の優れた適応能に関する神経科学の発見がその背景にあるメカニズムをうまく説明してくれている.本書が,かつてあなたを頑にさせていた障壁から解放され,エンドレスの可能性を考え,患者との旅路を楽しむきっかけになることを望む.そして,あなたが患者を,より良く動き,よく感じ,良くなるように導く方法を見つけられることを願っている.
Linda-Joy Lee,North Vancouver,BC,
Canada(2010)
人類が2足歩行を獲得してから,腰痛症は最も一般的な症状・疾患として認識されており,仙腸関節を含めた骨盤帯の関与が20世紀初頭から唱えられていました.その関連性を詳細な解剖学的見地から臨床所見までを含め解説したのがThe Pelvic Girdle 2nd Editionでした.
The Pelvic Girdle 4th Editionは前版から大幅に加筆され,各項目の重要点のまとめ,内容確認のための質問事項を挿入したレイアウトになり,自己学習が可能な教科書となったと言えます.待ちに待った,その翻訳書『骨盤帯 原著第4版――臨床の専門的技能とリサーチの統合』がついに出版されることになりました.
本書は,骨盤帯を中心に腰椎から股関節にかけての機能解剖とバイオメカニクス・疾患メカニズムと,その治療から予防までを具体的に解説してある画期的な臨床書です.同時に,身体のバランスを整えるための理論解説と,スポーツトレーニングについての指導書でもあります.豊富な図説(3D模型や解剖図)と臨床写真(MRI,超音波画像を含む)は,読者の理解を深めるための非常に役立つツールとなっています.
本書は学生から卒後研修の医療従事者,そしてリハビリテーションに携わる医療従事者まで,幅広い読者に対応しております.その最新の知見と理論を理解することで,腰椎-骨盤帯-股関節に関連した疾患を有する患者・アスリートの治療から,トレーニングそして障害の予防まで,各個人ごとに対応できるようになることと確信します.
医療法人社団永生会 永生病院 診療部 整形外科部長
地域リハビリテーションセンターセンター長
今村 安秀
監訳者の序
私が初めて本書著者のDiane Lee氏およびLinda-Joy Lee氏に会ったのは8年前,カナダ・バンクーバー郊外の病院で開催された講習会に参加したときであった.著者らが講師を務めるもので,講習会のテーマは「腰椎骨盤股関節複合体」であった.当時公になっていたエビデンスでバイオメカニクスを裏付けしながら,それに基づいた評価とその解釈,そこから導き出される具体的な理学療法アプローチを紹介する,シンプルでわかりやすく,かつ実践的な内容に感銘を受けた.当時日本では原書第2版の日本語訳が出版されていたが,そのときの講習会はその内容をさらに進化させたものであった.拙い英語力で海を渡ってやってきた一参加者の理解度を上げようと,ことあるごとに周りの現地受講者とともに熱心に説明や指導を追加してもらった.著者らのそんな人柄にも非常に親しみをもったことを今でも鮮明に覚えている.
本書は原著第4版にあたる.本書は以前のものと比べて内容が大幅にブラッシュアップされており,著者らが提唱する「統合システムモデルThe Integrated systems model」というコンセプトが新たに紹介されている.これは患者が「真に望むもの」に沿って,得られた情報を整理かつ筋道立てて考えるのに非常に有意義なモデルであると感じている.また,評価で不足している点,追加すべき情報をセラピスト側が気づきやすい枠組みである.実際,このコンセプトを学んだ後,情報の整理や推論の過程がさらにシンプルに,そして思考を展開しやすくなったと実感している.優秀な臨床家にとっては改めてこういったコンセプトを参照する必要はないのかもしれないが,より確実に評価および治療を押し進めるためにも,また内省のためにも,すべてのセラピストに役立つのではないかと考える.
また本書では,コンセプトに沿って実践するために必要となる最新のバイオメカニクスの情報,またそれを実践するための評価方法やトレーニング方法が多く紹介されている.特に評価の部分では,セラピストの手の置き方や声かけの仕方等,細部にわたって詳述されているが,それは単なる参考例で絶対のものではなく,そのときの状況や環境によってユーザーであるセラピストそれぞれがアレンジすべきであろう.
現在,不定期ではあるものの本書の著者らが来日して,日本で理学療法士向けの講習会を開催している.2012年現在,実技講習会の総受講者数は延べ200名を超えている.彼らと臨床の話をしていると,講習会で習得した知識や技術を状況に合わせて応用していたり,各自で発展させたりしている理学療法士が増えているように感じる.それが可能なのは,著者らが単にハウツーを伝授しているのではなく,その前提として必要な知識(解剖,バイオメカニクス,その他コンセプトの理解に必要な知識)を共有した上で具体的な方法を伝えているからだと考える.本書にはそれに必要な知識も網羅されている.
なお,本書の翻訳はすべて著者らの講習会を受講したメンバーが分担し,身を以て理解した内容を日本語にするよう努めた.ただし,日本語への適切な変換が難しい場合もあり,カタカナ表記がやや多くなってしまったこと,そして訳が不十分な可能性があることをどうかお許しいただきたい.
本書出版にあたり,多大なるご協力をいただいたエルゼビア・ジャパン吉田玲美氏と監修の永生病院今村安秀医師に深謝したい.また,すべての翻訳分担者へ激励の言葉を贈ってくれたDiane Lee氏にも感謝を表したい.
本書がセラピストの知識と技術の研鑽に大いに貢献するものとなることを願って…….
2012年12月
翻訳者を代表して 石井 美和子
原著の序
本書The Pelvic Girdle第4版は,非常に優れた,エビデンスに基づく臨床家の本である.DianeとLinda-Joy(LJ)は本書で,腰椎骨盤股関節複合体の評価およびマネージメントに関する自身らのアプローチを裏づけるリサーチと,ケーススタディの形式で経験に基づくエビデンスの両方を提供している.臨床家はきっと,この批判的ではあるが実践的な内容を享受することだろう.内容は,研究による実証がまだ不十分であると認めつつも,解剖学,運動学,モーターコントロールの研究をしっかりと評価やマネージメントにつなげたものとなっている.また彼らは,現在発表されている研究の限界に関する問題についても強調している.この点は私個人的にも興味のあるところで,これまでの研究は,歴史的に,臨床で遭遇するたくさんの患者の問題や症状に関する認識とマネージメントにおいて,十分な集団を対象とした評価やセラピストを適切に導くための介入の詳細を捉えてこなかった(Jonesら2006).臨床家はいつも,エビデンスがまだ利用できる状態になく,不完全である場合でも,最良のエビデンスに基づいた最善の診療を保つという難題に直面している.治療的介入を検証する主要な研究(あるいはシステマティックレビュー)があった場合でも,十分な詳細や評価や治療の正当性(例えば,肢位や量,行程,経過を含めて精確に何を行ったか,手続き上の適性レベルを含めて誰がそれを実施したか,実験に関連する説明や指導,言葉による誘導,アドバイスを含めて治療的環境はどうだったかなど)についてはほとんど示されておらず,臨床家が自信をもって評価や治療を再現できる状態ではない.DianeとLJは,研究や経験に基づくエビデンスを介して,骨盤帯の評価とマネージメントに関する科学と芸術の両方を読者にもたらしてくれる.
読者は,評価,特異的な診断,臨床推論,そして他動的および動的な治療の選択と進行に関して体系立てて学べるようになっている.しかしながら,臨床的な観点から,本書は単なる「ハウツー」本の域を超えている.腰椎骨盤股関節複合体の機能障害や痛みに起因する能力障害に関連する因子について評価およびマネージメントする方法が明確に述べられている一方で,診療に関するより広く全体的な生体心理社会的な原則の中で実に見事に成し遂げられるものであり,彼らの「統合システムモデル」と関連する「機能の統合モデル」にはそれが含まれているのは明らかである.理学療法士は,患者に,理解すること,責任を問うこと,そして自己管理を学ぶことができるように促す指導者,ファシリテーター,あるいはコーチとして描かれている.評価およびマネージメントについては,気づきや理解,肯定的な情動,学習や神経可塑性を高める治療環境の重要性を強調する社会心理的な考慮点と並んで,研究に基づいて生物医学的に解説されている.学習の神経科学は我々に,暗黙のうちに,学習された(無意識的な)信念や姿勢,動作,運動制御というものは変化が難しいかもしれないという.これらのために,患者の観点,深部筋の活性化,深部筋システムの共同収縮の促進,深部と表在筋システムの統合に関する皮質の再編(すなわち,学習)を促す明確な戦略が述べられている.戦略および「リリースする,アライメント調整する,接続する,動く」という手順が示され,また症例報告を通して,支えのある姿勢から起立した姿勢,そして意味のある機能までの学習と神経ネットワークの強化について例証されている.注目すべきはビデオクリップを使って評価や介入方法を解説およびデモンストレーションしているところである.読者がDianeとLJがどのように診療を進めるか見られるようにしているのだから,(技術的に,教育的に,行動的に,人間性として)非常に深い感銘を受けた.
本書の,類のない,素晴らしいところは,診断的および物語的臨床推論の両方を展開している点である.彼らが考案した「クリニカルパズル」は,人物(感覚的経験,認知,情動を含む),そして機能とパフォーマンスに影響する様々なシステム(例えば,関節系,神経系,筋・筋膜系,内臓系)にわたる問題の両方に関する評価所見を示すのに優れている.これは,本書の流れとして非常に効果的なだけでなく,読者が自身の患者の評価や推論に関して批判的に内省する方法を教えてくれる.また,評価とそれに続くマネージメントが終始患者にとって意味のある活動に従ったものであることを重要視している.個々の患者の存在が唯一無二であること,そしてそれぞれに仕立てられたマネージメントが必要であることを強調すると同時に,よくある臨床パターンが効果的な治療戦略とともに提示されている.
最後に,自己内省を促すための質問形式の戦略的使用したり,キーポイントを枠内にまとめたり,役立つ情報をハイライトしたインタレストボックスや質の高い図や写真の使用,臨床推論に関わる症例の提示,惜しみないビデオクリップの使用(全部で240以上も!)を含めて,研究と経験に基づいた知識両面を表すために用いられた様々な手法はすべて,読者が最大限に理解し,学習するためのものである.とりわけ,臨床例を継続的に使用することは,読者により深い学習を促し,大学ベースの卒後教育と同類の,経験的学習をもたらす実践の応用を請け合ってくれるものである.
Mark A.Jones
原著者序文 第4版に寄せて
Dianeより……
たびたび「続編の新しいところはどこ?新しい版を購入する価値はある?」と尋ねられる.もしあなたもこの疑問をもっているなら,答えは「もちろん!」である.『骨盤帯The Pelvic Girdle』第4版の副題が本版の狙うところを反映している.副題は,臨床の専門的技能とリサーチの統合である.ここで,本版に大きく貢献してくれたLinda-Joy(LJ)Leeについて少し触れたい.LJと私は,1999年からともに働き,旅をし,学び合ってきた.今回,私たちは同じくらい多くの仕事を成した.したがって,彼女なくしてはこの改訂版の更新は不可能であった.当時,博士課程の真っただ中であったにもかかわらず,本版の制作に当たり,私の誘いに応じてくれたことに感謝している.この余分な仕事がなければ,すでに課程を終えていたはずだと思う.彼女は臨床のエキスパートであり,尊敬すべき指導者であり,良き友である.
それでは,本版の新しい部分はどこか.いつも通り,腰椎骨盤股関節lumbopelvic-hip(LPH)複合体の機能と機能障害に関する研究をレビューし,臨床的にそれらを組み込んでいる.また過去の版と同じく,LPH複合体における特異的な機能障害に対する評価と治療について,多くの手技を解説し,例証している.このほとんどが新しいものか,情報を更新したものであるが,本版で追加された内容として,われわれがぜひお伝えしたいのは,統合システムモデルと,臨床的専門技能を向上するために必要となる知識やスキルの部分である.
本書第1版の序文に,私はこう書いている.
1980年,私は徒手的療法の世界におけるリーダーの一人,Mr.Cliff Fowlerと一緒に学ぶという機会に恵まれた.その後何年にもわたって,私は.状態ではなく人々を治療する方法,臨床的な技能に学術的な知識を統合する方法,患者各々のストーリーから学ぶ方法を示してもらった…….本書の内容は,周知された解剖学,生理学,バイオメカニクスに基づく腰椎骨盤股関節領域の評価と治療に対して,論理的なアプローチの展開を望む臨床家を手助けすることである.
これは本書の目的としてそのまま残っている.本版には2つのパートがある.
パート1として,腰椎骨盤股関節複合体における能力障害と痛みに関する理論的概念と研究を述べている.これが1〜6章である.パート2として,7〜12章に,腰椎骨盤股関節複合体における能力障害と痛みに対する統合システムモデルの臨床適用に関して述べている.
『骨盤帯』第4版は,忙しい臨床家に,最新知見と日常の診療にすぐに良い影響を及ぼす臨床的な手段や知識を提供するよう,継続して努めた.統合システムモデルとクリニカルパズルが臨床推論を改善し,仮説の立案と検証,それに続く効果のある模範的な治療を促すのに役立つことを願う.多忙な臨床家は,日々多岐にわたる1つあるいは複数の機能障害を有する患者に直面する.しかし,彼らのニーズに見合うだけの十分な研究エビデンスはおそらくこれからも揃わないであろう.臨床的専門技能(適切なときに,適切なことをする方法を知っていること)は,鍛錬された,内省的な診療によって養われるものであり,多くの臨床家がこの分野でエキスパートになるために,本書がその一助となれば幸いである.
われわれは皆,臨床のエキスパートになろうと努めている.この『骨盤帯』第4版の序文を終えるに当たり,Ian Edwardsの言葉に勝るものが見つからない. Expertise in Physical Therapy Practice(Jensen,Gwyer,Hack & Separd編集,2007)の中のMark Jonesとの共著,第10章「臨床推論とエキスパートの診療」から彼の言葉を引用する.
私は,エキスパートというものが,何をするのかというだけでなく,この表現を生み出す大本である診療集団のメンバーとして,またお手本としてどういうものを指すのかということも学んできた.エキスパートが具体的に行う診療の類(技術的,相互作用的,指導的,協調的,予測的,倫理的なスキル)は,特定の診療集団には一括して有用なこととして同意を得られるものである.この理解では,エキスパートとは,彼らが指導・助言する相手に質と疑問の両方を喚起するものである.エキスパートの診療はまた,特別な専門技能や知識の基礎を取得することではなく(これは確かに一部ではあるけれども),ある種の臨床家やセラピストになることが求められる.このすべてにおいて,「情熱」「モチベーション」「意欲」「仕事に対する想い」など(少なくとも正式には)「教えることができない」ものが培われる.
さて,これで終わりにする.『骨盤帯』第4版を興味深く読んでいただけることを願っている
Diane Lee,White Rock,BC,Canada(2010)
LJより……
文章を書くプロセスは,明晰さ,発見,成長の素晴らしい促進剤であった.最近,ヨギティのティーバッグにこんなことが書いてあった.
“学ぶこと,読むこと.知ること,書くこと.マスターすること,指導すること”
この言葉を読み,Dianeと『骨盤帯』第4版を書いていたときのことを考えると,たくさんのメールとディスカッションをして行きつ戻りつしながら,われわれの考えや言葉,を明確かつ具体化していき,統合システムモデルを固めていったことを思い出す.ペンを持ちながら(あるいはキーボードに手を置いて),われわれが患者としていること,またわれわれが指導する能力について,より深く知ることとなった.また,われわれが仕事で共有することに対して,より大きな感謝の念をもつようになった.「共同」の定義がそれをうまく表してくれる.それは「2つあるいはさらに多くの力が組合わさり,その影響の総和が個々の影響より大きくなるように相互に作用する」というもので,非常に素晴らしいことである.
また,『骨盤帯』過去3版にわたってDianeが築き上げた唯一無二の,莫大な貢献を非常によく知っている.したがって,Dianeとこの行程を共有できたことを素晴らしく誇りに思い,この名誉に深く感謝している.
本書は変化を促すものである.われわれの患者は多くの異なった問題や症状を呈するが,彼らはすべて身体内で違う状態になる助けを求めている.また,あらゆるものがつながっているため,彼らの身体経験を変化することは人物全体を治療することになる.われわれのコースに参加した方々ならご存知だが,われわれは日々の臨床診療において,変化を促し,永続的な変化をもたらすことを強く期待している.われわれがしていることは何か,なぜすべての年代のすべての患者で変化が可能であるのか,より健康な状態へ導くために臨床家としてわれわれはどのように神経可塑性を最適化すればよいのかという問いに対し,本版では,人間の脳の優れた適応能に関する神経科学の発見がその背景にあるメカニズムをうまく説明してくれている.本書が,かつてあなたを頑にさせていた障壁から解放され,エンドレスの可能性を考え,患者との旅路を楽しむきっかけになることを望む.そして,あなたが患者を,より良く動き,よく感じ,良くなるように導く方法を見つけられることを願っている.
Linda-Joy Lee,North Vancouver,BC,
Canada(2010)
『骨盤帯 原著第4 版』出版に寄せて
監訳者の序
原著の序
原著者序文,第4版に寄せて
謝辞
略語
1.骨盤帯に関する歴史的および最新事情
2.骨盤帯に関する神話と事実の進展
3.腰椎骨盤股関節複合体の構造
4.機能的な腰椎骨盤股関節複合体
5.腰椎骨盤股関節複合体の機能障害
6.妊娠・出産と併発する恐れのある問題
7.臨床の実践――臨床家にとっての本質
8.腰椎骨盤股関節複合体の評価,そのテクニックと手法
9.臨床推論,治療計画および症例報告
10.腰椎骨盤股関節複合体の障害に対する手技と手段
11.深層・表在筋システムの「覚醒」と協調のためのツールとテクニック
12.姿勢と運動に対する新しい戦略の練習
文献
索引
監訳者の序
原著の序
原著者序文,第4版に寄せて
謝辞
略語
1.骨盤帯に関する歴史的および最新事情
2.骨盤帯に関する神話と事実の進展
3.腰椎骨盤股関節複合体の構造
4.機能的な腰椎骨盤股関節複合体
5.腰椎骨盤股関節複合体の機能障害
6.妊娠・出産と併発する恐れのある問題
7.臨床の実践――臨床家にとっての本質
8.腰椎骨盤股関節複合体の評価,そのテクニックと手法
9.臨床推論,治療計画および症例報告
10.腰椎骨盤股関節複合体の障害に対する手技と手段
11.深層・表在筋システムの「覚醒」と協調のためのツールとテクニック
12.姿勢と運動に対する新しい戦略の練習
文献
索引