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『優雅な留学が最高の復讐である 若者に留学を勧める大人に知ってほしい大切なこと』 書評

評者:安田 圭(ボストン大学医学部)

 『優雅な留学が最高の復讐である Living WellAbroad Is the Best Revenge』は,島岡 要先生が留学についてmeta−analysis をした本である.Wikipedia によると,Meta−analysis とは「複数の研究の結果を統合し,より高い見地から分析すること,またはそのための手法や統計解析のことである」を意味する.本書ではマクロ的には日本が生き残るための国家戦略としての“グローバル化”(島岡先生によると日本はグローバルされる側らしい)が議論され,ミクロ的には個人としての“留学”が議論されている.ここでは,書評というよりは私が本書を読んで得たインスピレーションを書くことにする.
 まずマクロ的なところから紹介する.古来,日本は他の国の文化や技術を取り入れるために遣隋使,遣唐使などを派遣していた.必要ないときは使節を送るのをやめて鎖国し,平安文化や江戸文化,ガラパゴス化などといわれるような独自の文化が発展する.翻って,今の日本の研究水準は欧米のそれに匹敵するのだから,鎖国してもいいのかもしれない.しかし,本書を読んでいるとまるで「黒船でも来ているのか?」と思うぐらい国家としての日本の危機感が感じられる.もしそうであるならば,明治維新のような改革をして,森鴎外をドイツに送ったように留学を推進しなければいけない.その主体となるグローバル化の定義があやふやなのだが.本書によると,「日本の大学でのグローバル人材育成戦略の共通項をざっくりいえば“外国人教員による,英語の参加型授業を,海外からの留学生に混じって受ける”こと」らしい.それに対し島岡先生は,グローバル人材とは「米国のハーバード大などのアイビーリーグを卒業し,ビジネスや科学の分野の博士号をもち,多国籍な企業や国際期間でのプロジェクトを遂行できるようなリーダーシップ,企画力,問題解決力,交渉力を持った人材です.」だそうな.さらに日本語力もあり,他文化への理解もある人材でもある.そのような人材を日本国内で作りだすのは非常に難しい.しかし海外に留学すれば,そういう人材になる人もいる.それが島岡先生の意見である.もちろんならない人もいる.グローバル化されすぎると単なる“欧米かぶれ”になってしまうので,日本人としてのアイデンティティーも養わないといけない.人材育成とはなんと大変なことか.仮に日本国家の心配が的中して,経済がひどく停滞したとしよう.その場合は頭脳流出が始まり,人は「絶対国(くに)には帰らない!」というつもりで生きる.実際,アメリカにはそうやって故郷から出てきた人がたくさんいる.日本は幸運なことに頭脳流出するほど経済が停滞したことはない.逆に海外に行くことを促進しているのである.

 ミクロな個人の話に変わるが,留学するかしないかは個人の問題である.行くのも自己責任だし,行かないのも自己責任である.私のとある友人は「俺は帰って日本のために尽くす!」と言って帰国したが,私は組織(国家とか会社とか大学とか)を心配したことがない.アメリカのラボ運営は自営業であり,自分と家族と部下の心配だけをしていればいいのである.私は「海外に行ってみたかった」といういい加減な動機でドイツに留学し,「もうちょっと英語できた方がいいよね」という理由でアメリカに渡り,「なんか昇進させてくれるらしい」という理由で居残り,「研究費申請を書いてみるのも経験にいいかも」という理由で書いて大変な目に遭っている.

 この本の中で気に入った文章を引用する.
 「世の中には度胸はあるが,考える力がない人がかなりいます.このような人たちは,度胸があり,考える力はないかもしれませんが,気合でたいていのことは乗り越えられると本当に信じているので,学のある賢い人が完全にドン引きするようなリスクの高い選択も,気合で取ってしまいます.そして気合で挑戦した度胸はあるが考える力のない人の大部分が,当然なんらかの形で失敗に終わります.しかし,少数の運のいい人は生き残り,成功してしまいます.」「少数は,確率はドン引きするほど低いとしても運良く成功し,すべての果実をかっさらっていくのです」
 たちの悪いことに,こういう人たちは懲りずになんどもなんども挑戦するのである.これはまさしく私のことで,NIH に2 年前に出した申請書は見事な空振りであった.誰か「これはドン引きのリスクの高い選択だ」と言ってくれれば良かったのに…….懲りずに他のところにも同じネタで申請して空振りになり,なるほどと気づいたわけだが.
 さて私は未来における留学のモデルは,島岡先生のように「海外で昇進してその後日本の教授職を取る」になると予測している.先日日本免疫学会の理事長候補者の紹介をみる機会があったが,全員アメリカで教官職を取っていた.ローリスク・ローリターンの日本だけでの生活を送っても良いが,これからはハイリスク・ハイリターンのキャリアモデルをとる人たちが日本でも増えていくだろう.この書評を書いている時に“国際共同研究加速基金(帰国発展研究)”という科研費発見した.海外でFaculty position を持っている人が帰国するための科研費である.さらに最近は,企業でも留学する人たちが減ってきているのか,それともグローバル人材を探しにきているのか,日本企業がアメリカにきてポスドクを採用したりしているらしい.

 留学して選んだ研究室や環境が合わなかったら恩師に泣きつけばいいし(泣きつかれた恩師は困るかもしれないが),他の研究室を探すのもいい.そして本書の中で最高の文章は著者紹介にある「しかし失敗しても,命まで取られないことを学ぶ」である.そう,失敗しても命までは取られないのだ.

医学のあゆみ 255巻7号掲載