やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本別冊で特集している「ブリットル糖尿病」は,従来,血糖コントロールがきわめて不安定な1 型糖尿病患者に用いられてきた用語である.しかしながら,近年,2 型糖尿病においても膵β細胞の経年的な量的・質的低下により,インスリン分泌が枯渇して血糖コントロールに難渋する例も多く認識されるようになってきた.また,直接的に生命を脅かす重症低血糖に加えて,血糖値の日内変動の大きさも,心血管リスクとしてその重要性が認識されるようになり,糖尿病患者の生命予後を大きく左右する因子と考えられるようになってきた.したがって,本別冊で解説されている「ブリットル糖尿病」の病態を理解し,その管理のコツを身につけることは,より軽症の多くの糖尿病患者の良好な管理を可能にし,それらの患者の寿命を延ばすことにもつながるものと考えられる.
 最近の種々のインスリンアナログ製剤の登場や,CSIIなどの新しいデバイス,SMBG,CGMなどのモニタリングシステムの発達により,以前に比べるとインスリン依存状態の患者においても極端な低血糖や高血糖を予防できる環境が整ってきた.また,種々の経口薬と組み合わせることによって,インスリンの投与量を減らすことが可能となり,安定的な血糖コントロールが得られやすくなっている.ことに,インクレチン関連薬については,膵β細胞の保護作用も期待され,2 型糖尿病や緩徐進行1 型糖尿病において「ブリットル糖尿病」化を予防する有力なツールであると考えられる.本別冊では,エキスパートの先生方に,これらのインスリンや経口薬などの治療薬の効果的な用いかたや,患者への指導のありかた,SMBGやCGMなどのモニタリングや問診・検査などを駆使した低血糖・高血糖の検知など,日常臨床における実践的活用法について紹介していただいた.さらに,既存の薬物療法に加えて,1 型糖尿病については,膵臓移植・膵島移植,あるいはiPS細胞を用いた再生医療など,「治癒」に向けての取り組みも着実に進んでいることを,研究の第一線でご活躍中の先生方からご紹介いただいている.
 本別冊が上梓される頃には,東日本大震災から1 年を迎えることとなる.あらためて,亡くなられた方々のご冥福を祈り,被災地の1 日も早い復興をお祈りする次第である.今回,実際に被災糖尿病患者の診療にあたられた佐藤 譲教授にもご寄稿いただいているが,1 型糖尿病患者をはじめとして,災害時にはだれもが「ブリットル糖尿病」になる可能性をもっている.今回の震災の教訓を,今後の災害時の糖尿病医療に是非活かしていきたい.
 最後に,本別冊の発行にあたって,多くのアドバイスをいただいた野田光彦先生をはじめとする編集委員の先生方,執筆者の先生方,プラクティス編集室の方々に御礼申し上げたい.また,本別冊が読者の皆様の糖尿病診療に少しでも役立つことを願うと同時に,さらなる研究・診療の進歩により「ブリットル糖尿病」なるものがなくなる日が来ることを念じてやまない.
 2012 年2 月
 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科
 植木浩二郎
 序(植木浩二郎)
1 種々のインスリン依存状態の病態と治療の原則
 1 型糖尿病の病態と治療(能宗伸輔・池上博司)
 劇症1 型糖尿病の病態と治療(細川吉弥・今川彰久)
 2 型糖尿病におけるインスリン分泌廃絶の診断と治療(鴫原奈弓・弘世貴久)
 膵炎・膵全摘後の病態と血糖管理(納 啓一郎・大橋 健)
2 ブリットル糖尿病の血糖管理の実際
 ブリットル糖尿病の危険性―低血糖・ケトーシス(及川洋一・島田 朗)
 インスリン頻回注射法によるコントロールのコツ(高池浩子・内潟安子)
 CSIIによるコントロールのコツ(大杉 満)
 CGMによる評価をどのようにコントロールに活かすか(西村理明)
 SMBGの実践的活用法(渥美義仁)
 カーボカウントの有効な活用法(黒田暁生・松久宗英)
 低血糖のよりよい検知とその回避の方法(佐藤麻子)
 シックデイの対処法(日浦義和)
 ブリットル糖尿病における経口糖尿病薬の活用法(大村千恵・綿田裕孝)
3 注意を要するインスリン依存状態の治療
 小児1 型糖尿病の管理(川村智行)
 1 型糖尿病合併妊娠の管理と妊娠関連劇症1 型糖尿病(清水一紀)
 高齢1 型糖尿病の管理(安田尚史・横野浩一)
 インスリン依存状態腎機能低下者の血糖管理(横田太持・宇都宮一典)
 インスリン依存状態肝機能低下者の血糖管理(渡部ちづる・森 保道)
 スライディングスケールに代わる有効な周術期・緊急時の血糖管理(松田昌文・秋山義隆)
 災害時における1 型糖尿病の管理(高橋和眞・佐藤 譲)
4 ブリットル糖尿病の予防・根治を目指して
 膵島移植の現状と未来(興津 輝)
 膵臓移植の現状と未来(杉谷 篤)
 iPS細胞による膵島再生の現状と未来(長船健二・豊田太郎)
 1 型糖尿病の予防・寛解治療の現状と未来(川ア英二)
 緩徐進行1 型糖尿病におけるβ細胞保護治療(田中昌一郎・小林哲郎)
 2 型糖尿病におけるβ細胞保護治療(植木浩二郎)