やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 平成23年3月,日本は未曾有の大震災に見舞われました.犠牲になられた方々はもちろん,直接,間接の被害に遭われた方々には,心よりお悔やみ,お見舞いを申し上げます.
 この震災を機に,わたしたちは,それまで日頃必ずしも意識していなかった「一人ひとりの人生の重さ,かけがえのなさ」,あるいは「生きている」ということについて,見つめ直さざるを得なくなりました.
 オスラー博士に,「Medicine is a science of uncertainty and an art of probability.」という名言があります.最近,研究の進歩により,「ゲノム」には想像された以上の個人差・多様性があることがわかり,「uncertainty」の基盤が次第に明らかになってきました.
 一方,臨床の場で,患者さんやその家族から遺伝や遺伝子のことについて質問を受けて,戸惑った経験のある医療スタッフの方も多いでしょう.
 本書は,平成15年に別冊プラクティスシリーズとして刊行された「糖尿病とヒトゲノムガイドブック」が底本となっています.当時,巻頭のQ&Aについて,「臨床での質問に対応していて使いやすい」と幸い好評をいただきました.そこで今回,Q&Aをメインとした形式にリニューアルし,最近の進歩や役立ちそうな情報をコンパクトに付け加えて,出版させていただくことにしました.
 Q&A部分は,前回同様,国立国際医療研究センター(当時は国立国際医療センター)のスタッフを中心に記述しました.糖尿病はこのセンターの取り扱う重点疾患であり,平成22年の独立行政法人化とともに「糖尿病研究センター」が設置され,病院と研究所のスタッフが一体となって,糖尿病の診療・研究・情報発信に取り組んでいます.Q&Aのどこからでも読み始められるように,筆者による記述のニュアンスの差や,内容の重複などは,あえてそのままとしました.臨床での質問には「ただ一つの正解」はない,ということも感じ取っていただけると思います.また,総論は安田が担当し,トピックスはそれぞれの専門家に執筆をお願いしました.
 類書と異なるユニークな構成になったと密かに自負しており,本書により,これまで避けて通られがちだった遺伝・遺伝子に関する話題が,日常診療に積極的に取り入れられ,糖尿病の臨床の奥行きが深まることを期待します.また,すべての内容に関するご質問・ご意見などは,編集の安田までお願いいたします.
 本書で紹介する内容は,多くの患者さん,臨床家,研究者の方々のご協力の賜物であることを,改めて強調したいと思います.お忙しいなか,執筆にご協力くださいました先生方,原稿の整理に尽力いただいた澁谷友美さんに感謝いたします.最後に,原稿の遅いわたしを辛抱強く叱咤激励くださった,医歯薬出版株式会社プラクティス編集室の皆さんに心より謝意を表します.
 平成23年春
 国立国際医療研究センター研究所糖尿病研究センター代謝疾患研究部
 安田和基
 序(安田和基)
I 総論
 1 押さえておきたい「ゲノムと遺伝子」の基本(安田和基)
 2 糖尿病遺伝因子の最近の進歩と展望(安田和基)
II Q&A
 1.医療スタッフからの質問に答える
  Q1 糖尿病に遺伝が関与しているという証拠はあるのですか?(能登 洋)
  Q2 糖尿病の遺伝因子の特徴は何ですか?(安田和基)
  Q3 どんな患者さんが単一遺伝子病タイプの糖尿病か見分けるコツはありますか?(安田和基)
  Q4 MODYとはどのような病態でしょうか?(岸本美也子)
  Q5 ミトコンドリア異常の糖尿病について教えてください.(高橋義彦)
  Q6 「SNP(スニップ)・SNPs(スニップス)」とは何ですか?(本田律子)
  Q7 糖尿病の発症に関連する遺伝子は,いくつわかっているのですか?(安田和基)
  Q8 糖尿病の合併症に関する遺伝子はどのくらいわかっているのですか?(久保田浩之,鏑木康志)
  Q9 日本人に特徴的な遺伝因子は見つかったのでしょうか?(安田和基)
  Q10 1型糖尿病の遺伝因子はどこまでわかったのでしょうか?(梶尾 裕)
  Q11 現在わかっている糖尿病の遺伝因子は,発症の予測など臨床の役に立つのですか?(安田和基)
  Q12 糖尿病はすでに診断基準が確立していると思いますが,将来は遺伝子検査が,「糖尿病診療ガイドライン」に取り入れられる日がくるのでしょうか?(野田光彦,安田和基)
  Q13 糖尿病薬の効きかたや副作用に関係する遺伝子は,どこまでわかっているのでしょうか?(安田和基)
  Q14 1型糖尿病と2型糖尿病は遺伝的にまったく関係がないのですか?(安田和基)
  Q15 糖尿病の「遺伝子」の研究と,「遺伝子治療」とは関係がありますか?(安田和基)
  Q16 糖尿病の遺伝診断がはじまった場合,個人の情報はどのように保護されるのですか?(安田和基)
  Q17 患者さんは,遺伝子の話をどのように思っているのでしょうか?(安田和基)
  Q18 生活習慣病の診療/教育のなかで,患者さんに対して「体質」「遺伝」のことをどの程度まで,どのように説明するべきでしょうか?(安田和基)
  Q19 とても不思議な表現型を示す患者さんや糖尿病が多発している家系があります.遺伝子を調べる意味はあるでしょうか?(安田和基)
  Q20 患者さんの遺伝子を調べる意義がありそうなのですが,わたしの医院には倫理委員会はありません.だめでしょうか?(安田和基)
  Q21 遺伝子異常を調べてほしい患者さんがいますが,具体的にはどうすればいいのでしょうか?(安田和基)
  Q22糖尿病の遺伝子研究に協力したいと思います.どのような症例について,どのようなことをしたらよいですか?(安田和基)
 2.患者さんからの質問に答える
  Q1 1型糖尿病の女性です.夫は病気にとても理解があるのですが,医師に「この病気は遺伝する」と言われました.妊娠・出産すべきかどうか迷っていますが,アドバイスをお願いします.(安田和基)
  Q2 1型糖尿病の女性です.無事出産したのですが,生まれた子どもが将来1型糖尿病になるかどうか遺伝子で診断をしてほしいのですが….(梶尾 裕)
  Q3 一家でだれも糖尿病でないのに自分だけが糖尿病になりました.そんなことがあるのでしょうか?(安田和基)
  Q4 家族のなかで何人か糖尿病がいますが,同じような生活をしていても重症の者もいれば軽度の者もいます.なぜでしょう?(岸本美也子)
  Q5 糖尿病は生活習慣病で,自己責任の病気だといわれますが,一方で糖尿病は遺伝だとも聞きます.どちらが本当でしょうか?(高橋義彦)
  Q6 日本には糖尿病の人が890万人いると聞きました.糖尿病の遺伝子が増えてきているのですか?(能登 洋)
  Q7 糖尿病と肥満,高血圧,脂質異常症などの体質は別のものなのですか?(本田律子)
  Q8 新聞で「糖尿病の遺伝子解明」という記事をよく目にします.糖尿病の遺伝子については,もうすっかりわかってしまったのですか?(安田和基)
  Q9 わたしはやせているのに「典型的な2型糖尿病」と言われました.太っていなくても糖尿病になるのですか?(安田和基)
  Q10 生来カゼひとつひかず,若い頃はむちゃをしても体力には自信があったのに,糖尿病になり,しかもその病気の体質は強いと医師から言われました.納得がいかないのですが.(安田和基)
  Q11 「糖尿病」だと言われましたが,2〜3カ月生活に注意してから尿検査をしたら「もう糖は出ていない」と言われたので,糖尿病も「治った」のだと思いますが,どうでしょうか?(安田和基)
  Q12 わたしの糖尿病遺伝子を調べてください.(安田和基)
  Q13 糖尿病や肥満の体質を遺伝子解析してくれるサービスができたと聞いたので,受けてみたいのですが,どうでしょうか?(安田和基)
  Q14 雑誌の広告で「医師もビックリ!!糖尿病がみるみる治った」という薬や食品を見かけました.漢方薬や食品ならば,体質が改善するし,副作用もないと思うので,試してみたいのですが.(安田和基)
  Q15 糖尿病の薬で命にかかわる副作用が出たと新聞で報道されています.よく名前を見てみると自分が長年飲んでいる薬でしたので,怖くなりました.飲むのをやめたいのですが….(岸本美也子)
  Q16 インスリンにしたくなくて,仕事の付き合いも犠牲にして一生懸命努力したのに,「インスリンが必要です」と言われてショックです.なぜわたしはこんな目にあうのですか?(安田和基)
  Q17 「糖尿病の遺伝子の研究に協力してください」と言われました.どんなことをされて,どんな結果を教えてもらえるのでしょうか.また家族に迷惑はかからないでしょうか?(安田和基)
  ☆ こんな症例にも遺伝子の話は意味があります.(安田和基)
III Topics
 1.KCNQ1(平本正樹)
 2.KCNJ15遺伝子(岩ア直子)
 3.新生児糖尿病(依藤 亨)
 4.遺伝子-遺伝子相互作用,遺伝子-環境相互作用(大沼 裕,大澤春彦)
 5.ヒト膵島を使った研究(南茂隆生,安田和基)
IV Plus one
 Plus one(1) 遺伝子の話をするときの注意点(安田和基)
 Plus one(2) 遺伝子やSNPの表記方法(安田和基)
 Plus one(3) 糖尿病と遺伝子に関するデータベース(安田和基)
 Plus one(4) 家系図の描きかた・第○度近親・アミノ酸コード表(安田和基)