やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

SMBG25年の歩みと21世紀への展望

 2000年の11月,第17回国際糖尿病会議(17thIDF)がメキシコ市で開催された.写真は,その折発行された記念切手でIDFの歩みがそのまま20世紀後半の歴史であることが表示されている.
 糖尿病が大衆病,あるいは国民病として認識されるようになったのは特にわが国の場合,この25年間であったといってよいであろう.そして,この25年間こそが糖尿病医療におけるSMBGの意義と有用性が理解され,かつSMBGがインスリン自己注射療法を伴うセルフケアを質の高いものにする原動力となった時代であることは誰しもが認めるところである.ここでわが国におけるSMBGの歴史を筆者自身の立場で振り返ってみると次のようである.
 昭和40年代,糖尿病臨床と取り組んで10年を経た時点で,インスリン依存型糖尿病(1型糖尿病)の予後が極めて悲惨なものであることを実体験し,レンテインスリン一日1回投与と,尿糖自己測定による在宅治療が1型糖尿病の合併症阻止にほとんど無力であることを知った.このような時に,アメリカAmes社によりdry-chemistry systemによる簡易血糖測定法が開発された.ここで用いられた試験紙はDextrostixと名づけられ,色調を測定する専用の分光計が1965年に発売された.このシステムは1974年に,より小型で簡便なDexterとして血糖の簡易測定を文字通り実用化させた.当初,この簡易血糖測定法はベッドサイドにおける緊急血糖検査用として院内で用いられたが,これを1型糖尿病の在宅自己管理に利用できないかという発想において,筆者らは世界に先駆けて1976年4月から,若年発症糖尿病の8例について血糖自己測定(self monitoring of blood glucose ; SMBG)に関する検討をスタートさせた.
 SMBGの普及
 SMBGが臨床の現場に導入され,それが今日のような普及をみるまでに至った経過において1976〜1980年まではまさに模索の時代だったといえる.すなわち,SMBGが果たして患者自身に受け入れられるものかどうか,また糖尿病治療上の有用性は果たして得られるものかどうか,これらに誰しもが疑念を抱いていたのがこの時代であった.
 その疑念が晴らされるようなデータの蓄積が数多くの人々によってなされたのが評価の時代であり,これが1980〜1987年に当たる.幸い,多くの成績がSMBGの有用性を明らかにした.このことを踏まえてわが国ではSMBGの健康保険適用という気運が盛り上がり,ここにSMBG普及の時代を迎えることとなる.それが1987年以降だとして位置づけられる.
 このようにしてSMBGは模索の時代から評価の時代を経て普及の時代へと推移し,糖尿病患者,特にインスリン自己注射療法におけるセルフケア手段が尿糖検査時代から血糖検査時代へと移り変わっていった.
 今日ではインスリン自己注射患者は無論のこと,すべての糖尿病患者においてSMBGは極めて有用なセルフケア手段であることが認められており,SMBGの大衆化こそが21世紀を特徴づけるといってもよいであろう.
 なお,強化インスリン療法下における適切な血糖コントロールが糖尿病に特有とされる合併症の予防と進展阻止につながることを,DCCTや熊本スタディが明らかにしたことによって,SMBGはより強固な支持を得ることになった.
 セルフケアの向上とSMBGの大衆化
 1型糖尿病におけるインスリン自己注射の必然性は,すでに論議を要さない.問題は2型糖尿病における治療の進め方と,セルフケアの向上にある.今日,2型糖尿病におけるインスリン非依存状態での治療は,基本である食事療法と運動療法に加えて食後過血糖の抑制,末梢におけるインスリン抵抗性の改善,そして膵β細胞に対するインスリン分泌促進まで幅広い選択肢を持つに至っている.
 その一方で,2型糖尿病では病態を修飾する加齢要因が強く加わる中で,合併症予防が可能とされる血糖レベルの維持に,インスリン自己注射療法の導入も常に考慮していかねばならない.勿論ここまでに至ればセルフケアの手段として健康保険適用下でのSMBGが可能となるが,この手段をもっと早い時期から導入するならば2型糖尿病における狭義の一次予防,そして合併症防止のための二次予防も,より大きな成果をうむものと期待される.
 そこで新たな提言は,SMBGの大衆化ということになる.地域における老人保健法に基づく基本健康審査に際して,また職域等における定期健康診断に際して,血糖検査(またはHbA1c検査)が義務づけられている今日,血糖値への関心は肥満の指標であるBMIや血圧,血液脂質と並んで,今や大衆レベルのものとなっている.このような状況において,狭義の一次予防対象者から二次予防対象者までに,自らの健康障害防止のためのセルフケア手段としてSMBG導入は強く望まれる.
 医療機関で行われる検査(HbA1cほか)に加えて,毎日のライフスタイルと血糖値との関係を自らの手で明確にし,得られた兼恍lを食生活や運動に反映するならば,糖尿病体質はあるものの糖尿病としての弊害,特に糖尿病がもたらす健康障害を完全に締め出すことは決して不可能なことではない.
 以上のような観点においてSMBGを今以上に大衆化し,これを国民病としての2型糖尿病対策とし,加えてこれの実践者については,自らの糖尿病コントロールの体験を正しく語れるものとして「糖尿病師範」の免許を与えて励ましとするシステムも,ぜひ実現していきたいところである.幸いこの制度は本年より東京都糖尿病協会がスタートさせることになっているので,これからの成果が楽しみである.
 SMBG―21世紀への展望
 冒頭にも述べたメキシコ市で開かれた第17回国際糖尿病会議において,プログラム最終日の午後,Transplantation and Other Technologiesと題するシンポジウムがもたれた.筆者は,この座長に指名されプログラム委員長を務めたカナダ・トロント大学のB.Zimman教授とともに4人のスピーカーの発表を司会した.ここでのトピックスは,膵臓,あるいは膵島の移植,GLP1による糖尿病治療,血糖測定(glucose sensors),そして糖尿病医療におけるコンピュータ利用であった.この中で21世紀における血糖測定が無侵襲連続測定を目指していることが強調された.
 21世紀のテクノロジーの進歩は,20世紀に培った技術を土台に必ずやこのことを達成してくれるものと確信するが,まだ道は遠い.しかし,より侵襲の少ない採血を伴うSMBGはすでに可能となっていることは,今回の特集の中にも明らかにされているところである.このような技術の進歩がSMBGの大衆化を加速する中で,糖尿病の二次予防は無論のこと,遺伝子治療も視点においた糖尿病の一次予防が可能になることを願うものである.
 2001年3月 池田義雄 IKEDA,Yoshio タニタ体重科学研究所・所長 http://www.ikedayoshio.com/
PRACTICE 別冊プラクティス
血糖自己測定:いっそうの普及と活用に向けて

CONTENTS

序 SMBG25年の歩みと21世紀への展望…池田義雄 IKEDA,Yoshio

I.Introduction
 1- 1型糖尿病医療のアップデイト 大和田 操 OWADA,Misao…3
 2- 2型糖尿病のセルフメディケーション 岡村 淳 OKAMURA,Atsushi…12
 3- SMBGに用いる簡易血糖測定器の評価 臨床検査医学の立場から 富永真琴 TOMINAGA,Makoto…17
II.SMBG:Topics
 1- minimum invasiveのSMBG用機器 野口宗親ほか NOGUCHI,Munechika,et al…27
 2- 食後高血糖を測る 河盛隆造 KAWAMORI,Ryuzo…33
 3- 超速効型インスリンの効果 岩本安彦 IWAMOTO,Yasuhiko…38
 4- 血糖自己測定に対する保険給付の問題点 松岡健平 MATSUOKA,Kempei…44
 5- 尿糖,尿ケトン体の自己測定とSMBG 小林 正 KOBAYASHI,Masashi…47
 6- Web上にみるSMBG情報 菅原正弘 SUGAWARA,Masahiro…50
III.SMBG:セルフケアへのアプローチ
 1- SMBGのインフォームドコンセント
  小児糖尿病の場合 横田行史ほか YOKOTA,Yukifumi,et al…57
  成人のインスリン自己注射患者の場合 難波光義 NAMBA,Mitsuyoshi…61
  成人の非インスリン治療患者の場合 渥美義仁 ATSUMI,Yoshihito…65
 2- SMBGによるインスリン治療へのフィードバック
  責任インスリンという考え方 内潟安子 UCHIGATA,Yasuko…69
 3- SMBGの有用性
  強化インスリン療法の有用性に関する調査研究の結果から 岸川秀樹ほか KISHIKAWA,Hideki,et al…76
 4- SMBG指導の実際
  SMBG機器の変遷 浦田伸一ほか URATA,Shinichi,et al…82
  SMBGのデータマネージメント 成宮 学 NARIMIYA,Manabu…87
  妊娠希望糖尿病婦人ならびに糖尿病合併症妊婦・妊娠糖尿病の場合 佐中真由美 SANAKA,Mayumi…93
IV.SMBGの実践から
 1- 非インスリン治療者での効果
  主治医の立場から 阪本要一ほか SAKAMOTO,Yoichi,et al…103
 2- 教育入院患者における指導
  看護婦の立場から 粕谷まり子 KASUYA,Mariko…108
 3- SMBG用機器のメインテナンス
  臨床検査技師の立場から 井島廣子ほか IJIMA,Hiroko,et al…113
 4- インスリン自己注射説明とSMBG
  薬剤師の立場から 朝倉俊成ほか ASAKURA,Toshinari,et al…123