やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

むずかしい症例への栄養サポート――『栄養サポート・チーム・ジャパン』の総力戦
 臨床現場でよく耳にする言葉,「輸液と栄養は,ホントにむずかしい」.
 今回お寄せいただいた症例からわたしが学んだ,むずかしい症例に直面したときの対処法をまとめてみる.「なにがむずかしいのか―その原因を分析.なぜむずかしいのか―その理由を解明する.そのときなにを考えるのか―その方向を修正.そしてなにをやったのか-その過程の記録.それでなにが起きたのか―その結果の分析・評価」.
 それらは決してその症例にだけしか使えない場当たり的な答えではなくて,目には見えない次の栄養の敵に出くわしたときに大きな武器となる,蓄積された財産.複雑に絡み合ったいくつもの「むずかしい」を丁寧に解きほぐし,『原因→理由→方向→過程→結果』のサイクルを繰り返す.これこそが栄養療法の“ちから”を高める今回の別冊のテーマである,医療を支える医療者とそれを受け取る患者さん双方の『栄養力』.
 いままで臨床栄養学の教科書ではあまり触れられることのなかった未知の,ドロドロとした,だからこそ真剣さとすごみのある臨床現場からの報告.
 「これが私たちの最終決戦.ここで私たちが負けてしまったら,だれがこの患者さんを助けてあげられるの?」
 この強い覚悟,深い創意,卓越した工夫のすべてに支えられた『栄養力』が,各論文の紙背に読み取れる.そこには栄養療法のプロフェッショナルとしての誇りと苦悩がはっきり見える.医療人の栄養力が患者さんの栄養力を高め,医療全体の栄養力,ひいては日本の栄養力をきっと高めていくに違いない.
 ある本にあった言葉.「……壁はあなたの行方を阻むためにあるのではない.あなたがその難問に立ち向かい,それを超える覚悟があるかをためしている」.「むずかしい」症例の栄養の壁をいかにして越えるのか,その覚悟があればなんでもできよう.一人で闘うのではなく,日本中のすべての叡智を集めればよい.
 この別冊の周りには,原稿を書いていただいた執筆者の方々と,それを読んでくださったあなたとの,大きなひとつのチームが見えてくる.むずかしい症例にこそ,総力戦で闘う大チームの栄養力が必要であり,そのあとには必ず次の栄養療法の新たなステージがやってくる.
 『栄養サポート・チーム・ジャパン』.ピンチには,いつもビッグチャンスのしっぽが隠れている.むずかしい症例のなかにこそ,栄養療法の新たなチャンスが必ず隠れている.あなたを含めたチーム・ジャパンのメンバー全員が一丸となって,そのしっぽを見つければよい.本書に収められた症例一つひとつから栄養療法の最前線を学び,栄養療法の次の一手を考えましょう.
 最後になってしまいました.臨床現場の第一線で粉骨砕身ご活躍,ご多忙をきわめる執筆者の方々が直面した栄養ケアに難渋した症例報告.熱い想いをかたちにしてくださいました.ここに深く感謝申し上げます.
 2008年8月 熱いオリンピックイヤーの夏 武庫川にて 雨海照祥
 まえがき:むずかしい症例への栄養サポート――『栄養サポート・チーム・ジャパン』の総力戦(雨海照祥)
栄養投与量
 至適栄養量決定が困難であった切除不能進行大腸癌の1例(土屋 誉・他)
 脳低体温施行症例―間接熱量測定からみたエネルギー代謝の変動(岩川裕美・佐々木雅也)
 ミトコンドリア脳筋症―エネルギー基質の使用状態に応じた栄養管理(星野伸夫・他)
 Refeeding syndromeで低リン血症となった症例(肥塚浩昌・他)
 Gilbert症候群に総胆管結石症,急性胆管炎を合併した症例に対する栄養サポート(雨海照祥・安達ゆかり・他)
 心不全患児のエネルギー投与量の設定は?―少なめVS多め(脇田真季・他)
 糖尿病,慢性腎臓病(CKD)を合併した認知症高齢者の栄養ケア(吉田貞夫)
 寝たきり高齢者のメタボリックシンドローム(松田直美・他)
経口栄養
 プルモケアRの固形化が有効であった高齢慢性閉塞性肺疾患の一例(伊藤明彦・他)
経腸栄養
 PEGがもっとも有効性が高いと思われるが,どうしても本人・家族の同意が得られなかった1症例(川村順子)
 PEGが行えず経腸栄養ポンプで持続投与を行っていたが,転院先から間欠投与を望まれた症例(徳永佐枝子・浅井 朗)
 経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)前後に頻回の感染症を合併した1症例(田井真弓・他)
 消化管使用困難とされながらも経鼻小腸栄養を中心とした栄養療法が奏功した抗菌薬不応性肺炎の1例(粟井一哉)
 重症急性膵炎救命後,経口摂取による急性増悪を繰り返し,最終的に経腸栄養で安定した在宅療養が可能となった慢性膵炎症例(飯島正平・他)
 5歳児に発症したクローン病で,栄養療法が奏功した1例(塩谷育子・他)
胃瘻・腸瘻
 直腸癌術後,被嚢性腹膜硬化症・イレウスを生じ転入院,NST介入で改善・退院しえた末期腎不全患者の1例(梅原孝美・他)
 胃切除後に内視鏡的空腸瘻造設を行った後,瘻孔部周囲皮膚炎の治療に難渋した症例(山下智省・他)
  NSTIPS 栄養介入時の栄養必要量―Harris-Benedictの式を考察する(合田文則)
がん栄養療法
 抗がん剤投与時の栄養管理の注意点(小山 諭・畠山勝義)
 子宮・膀胱・直腸などの重癌術後に発生した盲腸癌手術時に小腸大量切除を余儀なくされ,安定期にHPNが実施され,後に腎結石・尿路感染を頻発した多重癌症例(飯島正平・他)
静脈栄養
 ポートの抜去が遅れて敗血症性肺塞栓に至ってしまったHPN症例(井上善文)
 当院でポートを留置するが,多飲で管理をしているためかポート感染を繰り返すHPN症例(井上善文)
術後栄養管理
 小児の腸軸捻転をともなう癒着性腸閉塞術後の栄養管理(伊藤美穂子・島岡 理)
 術後の栄養管理に難渋した膵体部癌,膵全摘患者(鞍田三貴)
 急性大動脈解離 Stanford B型にて術後栄養管理に難渋した1症例(宮澤 靖)
 重症熱傷:繰り返す侵襲下長期にわたる栄養管理の諸問題―施設における管理法の確立とその検証(海塚安郎)
 膵頭十二指腸切除後の血糖管理―術後高血糖へのアプローチ(田村佳奈美・他)
薬剤―栄養素相互作用
 薬剤―栄養素相互作用が問題となった4例(片多史朗)