やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 膵頭十二指腸切除術は,今なお手術侵襲の大きい手術であり,危惧される合併症のうち,膵消化管吻合不全は生命を脅かす重篤な合併症である.したがって,外科医にとっては何よりも膵消化管吻合不全を起こさせないことが重要であることに変わりはない.肝胆膵外科専門医にかかわらず,消化器外科医であれば誰しも膵頭十二指腸切除術を経験したいと思っているはずである.
 本術式には,膵切除をはじめ,胃切除,小腸切除,胆管切除を含み,ときに血管合併切除を要し,再建法も多彩である.本術式の対象となる疾患は,膵癌をはじめ下部胆管癌,Vater乳頭部癌などであり,癌そのものの悪性度も高く,早期の転移・再発を認めることも少なくない.また,高齢化に伴い手術対象年齢も高くなっており,基礎疾患を含めた全身状態を考慮し,手術そのものの是非を検討しなければならない.
 エビデンスに基づいた治療法の選択が重要であることは自明であるが,こと,膵癌においては,長期生存を望める方法は,唯一,手術だけである.膵頭十二指腸切除術における再建法は,周辺機器の開発や化学療法の進歩も相まって年代とともに変遷を辿り,実に多彩な術式がなされてきた.筆者個人においては,当初は膵消化管吻合の精度をあげるためにのみに重点をおき,再建全体のバランスを考慮した術式の判断が十分ではなかったと反省している.
 経験を重ねるとともに,膵消化管吻合の技術精度の向上はもちろんのこと,再建臓器全体を考慮した再建法の工夫・改良に取り組んできたのが膵頭十二指腸切除術である.外科手術の最大目標である根治性と安全性を両立させ,しかもQOLの保持を考慮した術式が望ましい.外科医は膵頭十二指腸切除術の執刀医になる過程において,誰しもが抱く疑問を先人たちの思想に照らし合わせ,かつ,苦い経験も重ねながら謙虚さと強い意志を育んでいるはずである.
 本書は,本改良術式にいたるまでの過程で,誰しもが直面する疑問や問題点を検証し,よりよき再建法の追究を行うために著したものである.本書がひとりでも多くの消化器外科医にとって,膵頭十二指腸切除術の際の参考になれば幸いである.
 2012年9月吉日
 大井田尚継

発刊によせて
 本書の著者である大井田氏は,オーストラリアで肝移植にたずさわった後,キャリアの大半を市中の基幹病院での診療についやしてこられた外科医である.一般外科の手術に多忙な毎日を過ごされてきたに違いない.しかも,膵頭十二指腸切除術は,誰もがいくらでも経験できる手術ではない.それを考えれば,大井田氏がこのような著書を仕上げられたこと自体,すでに驚嘆に値する.
 私も外科医ではあるが,専門がまったく異なるので,大井田氏の業績について何かを申し上げる資格はない.しかし,本書の紙面から,大井田氏の溢れるような情熱を感じとることはできる.自分の経験を大切に蓄積しつつ,文献からも慎重な考察を加えて,自分自身の技術を磨きあげようとする努力は,並大抵のことではなかったはずである.
 どんな手術でも,そこで発揮される技術は,一人ひとりの外科医が生涯をかけて錬磨するものである.だから,お手軽に料理のレシピを習うようにはいかない.大井田氏は,本書によって,ある一人の外科医が自分の技術を発展させていくプロセスを見せてくれているように思う.大井田氏による術式の改良を学ぶだけではなく,外科医という職業の本質が記述されていることも読みとっていただければ幸いである.
 本書が,一人でも多くの外科医の目に触れ,膵頭十二指腸切除術の進歩に寄与するとともに,若手の外科医の情熱をかきたててくれることを念願している.
 2012年9月
 日本大学医学部長・大学院医学研究科長
 脳神経外科 主任教授
 片山容一

推薦のことば
 膵頭十二指腸切除術は,消化器外科を専攻する外科医にとって最も困難な手術の代表格である.手術の最優先事項は安全性であるが,膵臓の手術を安全に遂行するには,深い知識と緻密な手技が要求される.完璧に手術をこなしたと判断できても,それでも数々の問題に遭遇するのが膵臓外科である.本書『膵頭十二指腸切除術―その変遷と改良法への展開』は,若手から中・上級者まで,膵臓手術を極めたい外科医にとって,臨床現場に即した大井田尚継博士直伝の膵切除バイブルたる解説書である.
 本書は,膵頭十二指腸切除術という一術式に焦点を絞った専門書である.そして,その特徴を以下に列記する.
 1)『One-topic bookである』膵頭十二指腸切除術の変遷・適応・術式・合併症・対策・将来へと一連の流れを,方法・成績などを含めて理解しやすいよう平易に書かれている.つまり,本術式をマスターしたい多くの外科医たちに具体的に知っていただきたいとの思いが随所に見受けられる.
 2)『術式が図表化されている』外科医にとって不可欠な情報が適切に図表化されている.二色刷りのシンプルな図表がたくさん掲載され,とても理解しやすい.特に手術の図はシンプルで模式的なため,理解しやすい.
 3)『CHECK POINTがいい』本術式にまつわる典型的な疑問がQ&A形式でシンプルにまとめられている.臨床実地において手技だけでなく,術前・術後の課題についても丁寧な解説が記載されている.現実には沢山の疑問点が生じるであろうが,代表的な問題点に絞った構成はとてもわかり良い.
 4)『文献が豊富に掲載』膵臓手術を行ううえで知るべき文献は決して少なくはない.参考文献が適切,豊富に採用されている.各章末にキー文献が掲載されており知識を深める方にはとても親切である.
 本書を通して脈打つ理念は,膵頭十二指腸切除術の手術安全性を高めつつ膵癌根治性を追求するという,外科医の情熱である.外科の本質は,芸術と科学の二面から成っているが,その背景となる基本手技は,高い精度の再現性をもって遂行される必要がある.そのための教材として,本書は多くの示唆に富む記載・図表を提示し,一連の術野が読者の頭に描けるように編集されている.膵頭十二指腸切除術のリスクヘッジのため本書の登場は光明であり,一般消化器臨床医の傍らにぜひ備えていただきたいと思う.
 2012年9月
 日本大学医学部消化器外科 主任教授
 高山忠利

推薦のことば
 著者の大井田尚継先生は,常々「自分の行っている医療行為は論文にして世に問わなければ意味がない」と語り,後輩を指導している.よって彼の論文は枚挙にいとまがない.本書は外科医大井田尚継がこれまで行ってきた業績の集大成ともいうべきものである.
 著者のこれまでの経歴を見ると,オーストラリアのQueensland肝移植機構移植外科への留学以外,職場の大半は市中の地域基幹病院である.これら第一線の病院の外科ではヘルニア・虫垂炎から癌にいたる種々の疾患が対象であり,その中において膵頭十二指腸切除術が適応となる疾患および症例数はそれほど多くない.さらに膵頭十二指腸切除術と言えば,消化器外科を目指す外科医が執刀してみたい,最も難易度の高い手術の1つである.このような環境の中で,著者が膵頭十二指腸切除術に関する著書を書き上げられたことはまさに称賛に値しよう.市中に在ってもこのような業績を残すことができるということを,特に若い外科医の先生方には心に留めていただきたい.
 本書ではこれまでに行われてきた数々の膵頭十二指腸切除術の問題点を,多くの文献的考察を加えて明らかにしている.そのうえで自身の経験症例一例一例と照らし合わせ,加えてQOLを考慮しつつ改良していくという,地道な努力により今日の術式(Oida modification)にいたっている.その過程は本書を読んでいただければ自然と理解いただけるであろう.
 著者は外科を志す若い医師が少なくなってきている現状を大いに憂慮しており,「何としてでも若い外科医を育て上げなければならない」とよく口にしている.これまでにも著者は数冊の著書を世に送り出してきた.これらの著書を出す行為の根底に流れるものは,日本の外科の将来を担う医師を含めた医療人を育て上げなければならないという思いである.そのため著書の形式も読む人がいだきやすい疑問点を取り上げて解答するQ&A方式になっているものが多く,理解しやすい配慮をしている.
 本書のみならず他の著書を通じて,著者の熱い思いを感じていただければ望外の喜びである.
 2012年9月
 医療法人社団和親会いわた医院 院長
 岩田光正
 はじめに
 発刊によせて
 推薦のことば
 推薦のことば
第1章 膵頭十二指腸切除術の歴史
 標準的膵頭十二指腸切除術
 膵胃吻合
 臓器温存膵頭十二指腸切除術
 膵頭十二指腸切除術の現況
第2章 今永法の検証
 今永法原法
 今永法の問題点―今永法原法で通過障害を認める症例
第3章 幽門輪全胃温存膵頭十二指腸切除術
 変遷
 適応
 利点と欠点
  コラム(1)空腸嚢を用いた再建法
第4章 膵消化管吻合不全への対応
 膵消化管吻合不全(膵液漏)の防止
 術後膵液瘻の定義
 膵液漏に起因する術後腹腔内出血の防止
 膵断端処理
 膵断端出血の止血
 膵消化管吻合
 膵胃吻合の利点と欠点
 膵胃吻合部の造設
 膵胃吻合の術式
 膵胃吻合の手技
第5章 膵頭十二指腸切除術と胃内容排出遅延
 胃内容排出遅延(delayed gastric emptying:DGE)の定義
 原因
 薬物治療
 糖尿病症例における胃内容排出遅延
  コラム(2)胃下垂を伴う症例における幽門輪全胃温存膵頭十二指腸切除術
第6章 胃切除術既往症例の膵頭十二指腸切除術後の再建法
 胃切除後の状態
 再建法の選択
 膵胃吻合か 膵空腸吻合か
  コラム(3)胃全摘既往症例に対する膵頭十二指腸切除術時の再建法
第7章 改良型亜全胃温存膵頭十二指腸切除術
 (Modified subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy-Oida modification)
 亜全胃温存
 垂直型再建
 改良型亜全胃温存膵頭十二指腸切除術の手技
 MSSPDとPPPDの実際の比較
 再建経路
第8章 膵頭十二指腸切除と吻合部潰瘍
 吻合部潰瘍の発生頻度
 吻合部潰瘍発生に関する膵胃吻合と膵胃空腸吻合の比較
 吻合部潰瘍とHelicobacter pylori
 吻合部潰瘍と膵管チューブ抜去時期―soft pancreas症例
第9章 膵管開存性の維持
 術後の膵消化管吻合部の狭窄・閉塞
 術後の膵管開存性(patency)からみた膵胃吻合と膵空腸吻合
 膵胃吻合における術後の膵管開口部の形態的変化
 膵胃吻合における膵管非拡張(soft pancreas)症例
 膵胃吻合における膵管軽度拡張(4〜7mm)症例
 膵管チューブの抜去時期
 膵胃吻合における吻合部狭窄・閉塞の治療
第10章 膵頭十二指腸切除術後の残膵容量
 Soft pancreas症例における膵頭十二指腸切除術後の残膵容量の変化
 改良型亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(MSSPPD)と幽門輪全胃温存膵頭十二指腸切除術(PPPD)の残膵容量の変化
 MSSPPDとConventional PDの残膵容量の変化
 膵頭十二指腸切除術後化学療法と残膵容量の変化

 あとがき
 執筆協力者
 索引