やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 医は「人を癒す」ことをいう.医術はその技術であり,医療はその行為である.医学はそれらを実現し,発展させる学問すべてを含む.
 現在の医学は,病気の遺伝子の発見と遺伝子治療の試み,身体や精神の病気のメカニズムの解明,脳死体からの提供を含む種々の臓器移植,不妊に対する生殖医療,高齢者の慢性疾患の治療やその環境,終末期の医療やみとりの場所など,医療や医術の拡がりに対応する幅広い学問となっている.
 このような医療の拡がりは,医療従事者のニーズを増加させた.そして,従来の医師主導型,医師中心の医療から,各々異なる領域の医療専門職が協力して行うチーム医療のかたちをとるようになった.チーム医療では,各医療職は,専門的知識・技術とともに個々の患者がどのような医療を受けるべきかを自立的に判断し,行動することが求められる.
 自立して判断し,行動する医療職は,自ら専門領域の知識と技術に加えて,医療全般の現状,医学の進歩と問題点,さらに人の生き方に関するリベラルアーツを学ぶことが求められる.
 本書は,医師,看護師をはじめ,医療の専門職になろうと学ぶ人々に対して,医療全般にわたる現代の状況を理解できるように項目と構成を定め,本質的に重要な内容を述べたつもりである.
 著者が読者に期待したいことは,本書を基に医学概論を学ぶことにより,将来医療職になった時,現場で直面した課題を自立的に解決するために,基本の学力を身につけるように努めてほしいということにある.
 全体は18の章から成り立っている.各章は基本的に表題の事項の要点を,歴史的経過,法的根拠,内容,現状と問題点を中心に述べられている.記述内容には異なる章で重複して述べられているものもあるが,これは各章を独立して学べるようにした結果である.また本書の内容は専門教育で取り上げられるものも多いが,本書の記述はあくまでも概論として,エッセンスを述べている.
 読者の皆さんが,本書によって医療全体の歴史的な流れ,現状と問題点,そして将来への展望を学び,将来どのような医療職になりたいかを考える手助けにしてほしいと願っている.

謝辞
 本書の執筆にあたり御教示いただいた,法学・医学博士平沼高明氏,中京大学法科大学院教授稲葉一人氏,NPO法人国境なき医師団西野るり子氏,厚生労働省技官名越究氏,東京工科大学教官石川ふみよ氏,木内妙子氏,五十嵐千代氏に深謝する.
 また医歯薬出版株式会社編集部法野崇子氏には,資料の最新化,表現の難易度をはじめ編集上気くばりに富んだ御示唆をいただいた.あわせて深謝したい.
 2011年12月
 柳澤信夫
 序
1章 医学の歴史
 I 医学史を学ぶ意義
 II 医学の源流からルネサンスまで
  (1)集団生活のはじまり (2)古代医学 (3)中世からルネサンスへ (4)日本の医学―鎌倉・室町時代まで
 III 近世の西洋医学
  (1)人体解剖学の確立 (2)病理学と生理学 (3)臨床医学
 IV 近世以降の日本の医学
 V 近代から現代医学へ
 VI 第二次世界大戦前と後の日本医学
2章 病気とその治療,予防
 I 「健康」の定義
 II 病気の分類と診療科
 III ヒトの一生と病気
 IV 医療の目的と多様な治療方法
 V 療養施設
 VI 疾患の発病,増悪の予防
3章 患者の診察と検査
 I 病気の診断
  (1)主訴と現病歴 (2)既往歴と家族歴 (3)現症の診かた (4)検査
4章 社会保障と医療保険
 I 社会保障
  (1)概念と定義 (2)範囲と制度 (3)社会保険の種類
 II 健康保険
  (1)わが国の健康保険制度の歴史 (2)健康保険の種類と給付内容 (3)保険診療 (4)まとめ
 III 英国の医療制度
 IV 北欧とドイツの医療制度
 V 米国の医療制度
5章 日本の医療の現状と国民の意識
 I 医療サービス大国日本
 II 数字から見るわが国の医療
  (1)健康寿命と健康の自己評価 (2)医療機関と受療行動 (3)医療機器 (4)予防医療と公衆衛生の費用
6章 わが国の医療の問題点と対策
 I 医師不足の背景と原因
  (1)医師教育制度の変化 (2)救急・産科・小児科医の減少 (3)医師臨床研修の必修化 (4)若手医師の大都会志向
 II 無医地区の問題
 III 救急医療
 IV 国の対策
  (1)第一次医療法改正――昭和60(1985)年 (2)第二次医療法改正――平成(1992)年 (3)第三次医療法改正――平成10(1998)年 (4)第四次医療法改正――平成13(2001)年 (5)医療制度改革法(平成18(2006)年6月成立)の概要 (6)第五次医療法改正――平成19(2007)年
7章 生活習慣病,健康日本/と特定健診
 I 成人病から生活習慣病へ
 II 健康日本21
 III 特定健診と特定保健指導
8章 産業保健と勤労者医療
 I 労働安全衛生法に基づく一般健康診断
 II 特殊健康診断
 III 過重労働による健康障害
 IV メンタルヘルス対策
 V これからの産業(勤労者)保健の目標
 VI  労働衛生研究―世界の動向
9章 心身の発達,学校保健と障害児教育
 I 出生,発達と養育
  (1)出産期と発達期の障害 (2)脳の形成と発達
 II 母子保健対策
  (1)乳幼児健康診査
 III 学校保健
  (1)学校保健活動の内容 (2)学校医の職務 (3)就学時健康診断,定期健康診断 (4)教職員に対する健康診断
 IV 障害児施設と障害児教育
10章 高齢者医療,健康長寿と介護保険
 I 健康長寿
  (1)健康長寿と地域保健 (2)老化防止(アンチエイジング)
 II 介護保険
  (1)介護保険以前の老人福祉・医療制度 (2)高齢者介護の社会的ニーズの高まり (3)介護保険制度の概要 (4)介護サービスの種類と事業者 (5)介護保険5年後(平成18(2006)年)の改定
11章 リハビリテーション
 I 定義
 II 歴史と関係法規
 III 医療におけるリハビリテーション
 IV リハビリテーションの諸段階
  (1)医学的リハビリテーション(medical/rehabilitation) (2)職業的リハビリテーション(vocational/rehabilitation) (3)社会的リハビリテーション(social/rehabilitation) (4)地域リハビリテーション
 V リハビリテーションの新しい技術
12章 医療職の役割とチーム医療
 I 現行の法律による医療職の業務内容と現況
  (1)看護師,保健師,助産師 (2)薬剤師 (3)診療放射線技師 (4)臨床検査技師,衛生検査技師 (5)理学療法士,作業療法士 (6)臨床工学技士 (7)言語聴覚士 (8)視能訓練士,義肢装具士
 II チーム医療―歴史,現状,将来
  (1)歴史 (2)チーム医療の実績 (3)チーム医療に対する各医療職の対応
13章 医療安全
 I 用語の定義
 II 医療事故の原因と対処
 III 医療安全のために
 IV ヒヤリハット報告からみた医療インシデントの特徴
 V 医療事故の内容と原因
 VI  院内感染予防
 VII 手術室の安全対策
 VIII 病院の安全管理体制
 IX 病院における転倒・転落防止
14章 災害医療
 I 自然災害の例
  (1)阪神・淡路大震災 (2)東日本大震災
 II わが国の災害医療対策
  (1)法律 (2)災害医療体制
 III 災害時救護医療のキーワード
  (1)トリアージ
 IV サリン事件
  (1)有機リン農薬 (2)化学兵器サリン (3)松本サリン事件 (4)東京地下鉄サリン事件 (5)両サリン事件の経過と対応
 V 生物テロリズム
 VI  新型インフルエンザ
15章 医の倫理,患者の権利
 I 患者の自己決定権
  (1)患者の権利に関するリスボン宣言 (2)良質の医療提供の仕組み (3)保険による医療の質の制限 (4)患者の権利と患者の責務 (5)インフォームドコンセント (6)セカンドオピニオン (7)宗教的支援
 II 「エホバの証人」と輸血医療
 III 生殖医療と倫理
  (1)人工授精 (2)代理出産 (3)多胎減数出産 (4)出生前遺伝子診断と人工妊娠中絶
 IV 遺伝子診断と遺伝相談
 V 脳死と臓器移植
 VI 緩和ケア
 VII 終末期医療
 VIII 尊厳死
16章 国際医療協力
 I ODA(政府開発援助)
 II JICA(国際協力機構)
  (1)青年海外協力隊
 III NGO(非政府組織)
  (1)国境なき医師団(MEDECINS/SANS/FRONTIERES:MSF)
17章 医学研究と臨床への応用
 I ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則
 II わが国における臨床研究の倫理指針
 III 疫学研究
 IV コホート研究
 V EBM(evidence-based/medicine)
 VI  臨床研究の意義と問題点
  (1)臨床試験とEBM
 VII 臨床試験の実地診療への貢献
 VIII 先端的研究の臨床応用への可能性
  (1)ヒトゲノム研究計画 (2)幹細胞による再生治療
18章 医療と法律
 I 医療に関する法律
  (1)歴史 (2)医師法 (3)医師以外の医療職に関する法律 (4)医療法 (5)個人情報の保護に関する法律
 II 医療事故と医療訴訟
  (1)医療訴訟件数 (2)医療事故における医療過誤の割合 (3)医療過誤の予防 (4)異状死の判断と届け出 (5)医療行為の訴追,裁判の例 (6)延命治療の中止と法 (7)今後の課題

 索引