やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修のことば
 『漢方・中医学講座』シリーズは,お陰様で漢方を学び始める方々に予想以上の好評をもって迎えられているようで,喜びを感じるとともに,このようなものを世に出した責任も強く感じているこの頃です.
 さて,『同講座-実践入門編』で漢方・中医学とはどんなものかを知っていただいた後は,『同講座-基礎理論編』で漢方・中医学の根幹をなす理論を学び,『同講座-診断学編』,『同講座-治療編』で診療の実際を身に付けていただくことで,ほぼ漢方診療をこなすことができると思いますが,今回は本シリーズの一環として『同講座-臨床生薬学編』を世に問うこととなりました.
 現在の漢方診療はエキス製剤中心であることは誰もが認めるところでしょうが,エキスではなく生薬による治療が必要な局面もまだまだあります.自分で生薬を組み合わせて治療することができるように,基本的な生薬について学んでいただくのが本書の目的です.また,そうすることで,エキス製剤に配合されている各生薬の意味も理解でき,エキス製剤を組み合わせて治療することがさらに容易になるでしょう.
 さて,本書は,生薬を熟知する名古屋市立大学大学院薬学研究科の牧野利明准教授に執筆および編集に加わっていただくことにしました.牧野先生には,生薬とは何かについて,ご自身の研究成果を含む最新の知見を織り交ぜながら,じっくり解説していただきました.筆者は牧野先生に初めてお会いした際に,その知識の豊富さ,頭脳の明晰さに舌を巻いたものですが,何よりも生薬への情熱に打たれたのを思い出します.牧野先生はまさにわが国の生薬学の若き旗手です.
 漢方医である筆者は,臨床における生薬の使い方に重点を置いて執筆し,また全体の監修を担当しました.
 こうして出来上がった本書は,それぞれのフィールドを持つ異業種2名が,それぞれの視点から筆を揮った合作です.これまでの生薬学や漢方臨床の書とは違い,生薬の「採ってから飲むまで」,すなわち生薬の基礎から臨床までの全体を見渡すことのできる「臨床生薬学」分野の,数少ないガイドとなったのではないかと思います.本書でぜひ生薬,臨床生薬学の世界を満喫してください.さらに,本書を読者各位の臨床に活かしていただきたいと切に願います.
 2009年秋
 入江祥史

編者の序
 「生薬学」は,薬学という学問が出来たときから存在する歴史のある学問です.したがって,これまでに薬学生を対象にした生薬学の教科書や参考書だけでなく,薬用植物について一般の方を対象にして解説したものまで,本当に数多くの生薬に関する本が出版されてきております.
 ところが,臨床現場で働く医師・薬剤師を対象にした生薬の解説書は,実はそれほど多くはありません.ほとんどの生薬は医療現場では漢方薬の原料として使われますが,生薬の解説書の多くは,その中にどんな成分が入っているか,どのような薬理作用を持っているか,などの基礎的な情報が中心で,実際にその生薬がどのような薬能を期待されて漢方薬中に配合されているのか,どのように患者さんに応用したらよいのか,副作用や相互作用,禁忌などはないのか,など生薬の臨床的な側面に関してまとめられた本はなかなか見かけません.
 2005年4月の薬学部入学者から,薬剤師免許を取得するためには6年間の教育が必要となり,医療薬学や臨床薬学と呼ばれる薬学の臨床的な側面を取り扱う授業科目が大幅に増えました.裏を返せば,それまでの薬学教育では臨床を支える基礎的な側面を中心に教育・研究してきたことになります.生薬学は以前から基礎薬学(化学系薬学)の科目に分類されており,それは6年制教育になっても変わっていません.しかし,医療現場で生薬が医薬品として使用されている以上,生薬についても臨床的な側面を扱う科目があって当然です.
 私はかねてから生薬の臨床的側面をまとめた解説書を生薬学者が作る必要性を感じていました.そのような中,『漢方・中医学講座』シリーズの著者である入江祥史先生とその「生薬編」を共同執筆する機会をいただきました.実はこの本は,シリーズ化される前の『医学生のための漢方・中医学講座』(2006年)を学生との輪読会に採用したほど生薬・漢方教育に使えるよい本と感じておりました.そのシリーズの1つとして,「生薬編」を一緒に執筆出来ることは,この上ない喜びに感じております.
 本書は従来の生薬学の範囲である生薬の生産から医薬品としての品質管理までだけでなく,それを臨床まで応用するための内容も含めた幅広い分野を取扱いました.特に,後半部の「臨床生薬学」は,私のオリジナルの言葉ではないものの,これから広めていきたい概念として本全体のタイトルへの採用もお許しいただきました.本書は現場の医師・薬剤師の先生方に生薬の世界を楽しんでいただくだけでなく,6年制薬学教育での生薬学を学ぶ薬学生の参考書としても使用していただければうれしく思います.
 2009年秋
 牧野利明
 監修のことば
 編者の序
第1章 生薬とはなにか(牧野利明)
 1.本章のはじめに
 2.生薬とは
  1 身近な天然素材が生薬になる!
  2 生薬は医薬品である
   (1)医薬品とは
   (2)医薬品と食品の区別
   (3)食薬区分
   (4)アメリカのdietary supplement
   (5)医療用(処方せん)医薬品と一般用(OTC)医薬品
   コラム 日本薬局方外の生薬をあえて使用して薬害を起こしてしまった例
  3 生薬の分類方法
   (1)形状による分類
   (2)基原による分類
   (3)漢方薬以外の用途による分類
   (4)薬理・薬能による分類
   (5)あえて分類しない
   コラム 薬理と薬能の違い
  4 生薬学が果たす役割
   コラム 生薬に対する薬学と農学からの考え方の違い
 3.生薬利用の歴史
  1 西洋編
  2 東洋編
   (1)インド
   (2)中国
   (3)日本
   コラム 四神
 4.サプリメントとして使用される生薬
 5.本章の終わりに
第2章 生薬が手元に届くまで(牧野利明,入江祥史)
 1.本章のはじめに
 2.生薬の生産現場から
 3.生薬の加工
  1 薬能の変化
  2 毒性の軽減
 4.生薬の品質管理方法
  1 生薬の基原の同定
   (1)感覚による方法(官能試験法)と形態学的方法
   (2)化学的方法
   コラム 「指標成分」の実態
   (3)遺伝子鑑別法
   コラム 偽物が堂々と流通していた「いわゆる健康食品」の例
   コラム 動物生薬における偽物
  2 異物の除去
   コラム 生薬に含まれる異物がむしろ活性成分?
 5.医薬品としての生薬の販売形態
 6.医療用漢方エキス製剤の生産と品質管理
 7.流通の現状と課題
 8.生産から流通まで
  1 栽培品の例-人参
  2 採掘品の例-石膏
 9.本章の終わりに
第3章 生薬の調剤と服薬指導,薬効評価-臨床生薬学(牧野利明)
 1.本章のはじめに
 2.薬剤管理
 3.漢方薬の調剤方法
  1 漢方エキス製剤の場合
  2 煎剤の場合
  3 散剤の場合
  4 丸剤の場合
  5 軟膏の場合
  6 薬局で出来る修治
 4.漢方薬の服薬指導のための基礎薬学
  1 漢方薬の副作用(有害作用)
   (1)甘草を含む漢方薬による偽アルドステロン症
   (2)薬物性肝障害・薬物性肺障害(間質性肺炎)
   (3)過敏症(アレルギー)
   (4)消化器系症状(胃もたれ,食欲不振など)
  2 生薬が引き起こす薬物相互作用
  3 生薬・漢方薬と西洋薬間の薬力学的相互作用
   (1)抗癌薬と十全大補湯
   (2)酸棗仁,遠志,釣藤鈎,蘇葉などと抗不安薬
   (3)インターフェロン製剤と小柴胡湯
   (4)甘草を含む漢方薬とループ利尿薬またはチアジド系利尿薬
   (5)麻黄を含む漢方薬とモノアミン酸化酵素阻害薬,甲状腺製剤,キサンチン製剤など
   (6)麻黄を含む漢方薬と西洋薬におけるカゼ薬
  4 生薬・漢方薬と西洋薬間の薬物動態学的相互作用
   (1)白止,羌活を含む漢方薬と薬物代謝酵素CYP3A4で代謝される薬物
   コラム ふりかけ薬理実験批判とその後の展開
   (2)漢方薬と抗生物質
   コラム 配糖体の方がよく吸収される!?
   コラム 胃内pHによって薬物の吸収速度は変化するの?
   (3)陳皮・枳実含有処方とOATP1A2を介して吸収される薬物
   (4)石膏含有処方とテトラサイクリン系抗生物質
 5.漢方服薬指導Q&A
  Q1.漢方薬は食前に服用した方がよいのですか?
  Q2.漢方エキス製剤はお湯に溶かして飲んだ方がよいのですか?
  Q3.妊娠・授乳中も漢方薬は飲めますか?
 6.生薬・漢方薬における医薬品情報(DI)活動
 7.薬効の評価
 8.「食」に分類される生薬の利用
 9.健康食品(サプリメント)として使用される生薬への対応
  1 健康食品の品質
  2 素材そのものが健康被害を起こす可能性
  3 医師・薬剤師に求められる対応
 10.本章のおわりに
第4章 生薬を処方する(入江祥史)
 1.本章のはじめに
 2.漢方・中医学臨床における生薬の使用状況
  1 なぜ生薬がそれほど臨床に使われないのか
  2 生薬は不便で不要?
 3.診察から処方まで
  1 四診
   (1)望診
   (2)聞診
   (3)問診
   (4)切診
   (5)舌診
  2 弁証論治と方証相対
 4.症状と薬能の関係:まずは病理を理解しよう
   (1)病の原因について
   (2)気・血・水(津液)の生理作用
   (3)気・血・水(津液)の病理
   (4)気・血・津液異常の漢方治療の大原則
   (5)臓腑の生理機能
   (6)臓腑の病理
   (7)臓腑異常の漢方治療の大原則
 5.臨床作用による生薬の使い分け
  1 治療の原則
  2 薬の効能(薬能)について
  3 薬性
   (1)性・味
   (2)補・瀉
   (3)昇降・浮沈
   (4)帰経
 6.処方の実際
  1 原典通りに処方する
  2 原処方を加減して用いる
  3 合方して用いる
  4 独自の処方をつくる
   コラム 日・中の薬用量について
 7.臨床効果の判定
 8.生薬治療にまつわる法制上の問題点
  (補) 薬価問題について
 9.本章のおわりに
第5章 生薬各論(牧野利明,入江祥史)
 1.本章における生薬の解説内容
 2.薬能別生薬解説
 辛温解表薬 しんおんげひょうやく
  ・麻黄 まおう
  ・桂皮 けいひ/桂枝 けいし
  ・生姜 しょうきょう/乾姜 かんきょう
  ・蘇葉 そよう
  ・荊芥 けいがい
  ・防風 ぼうふう
  ・辛夷 しんい
  ・白止 びゃくし
 辛涼解表薬 しんりょうげひょうやく
  ・葛根 かっこん
  ・菊花 きくか(きっか)
  ・柴胡 さいこ
  ・升麻 しょうま
  ・蝉退 せんたい
 清熱瀉火薬 せいねつしゃかやく
  ・石膏 せっこう
  ・知母 ちも
  ・山梔子 さんしし
 清熱燥湿薬 せいねつそうしつやく
  ・黄 おうごん
  ・黄柏 おうばく
  ・黄連 おうれん
  ・苦参 くじん
  ・竜胆 りゅうたん
 清熱解毒薬 せいねつげどくやく
  ・牡丹皮 ぼたんぴ
  ・連翹 れんぎょう
 温裏薬 おんりやく
  ・呉茱萸 ごしゅゆ
  ・細辛 さいしん
  ・附子 ぶし
  ・山椒 さんしょう
  ・艾葉 がいよう
 瀉下薬 しゃげやく
  ・大黄 だいおう
  ・芒硝 ぼうしょう
  ・麻子仁 ましにん
 利水滲湿薬 りすいしんしつやく
  ・茯苓 ぶくりょう
  ・猪苓 ちょれい
  ・防已 ぼうい
  ・木通 もくつう
  ・沢瀉 たくしゃ
  ・意苡仁 よくいにん
  ・茵陳蒿 いんちんこう
  ・滑石 かっせき
  ・車前子 しゃぜんし/車前草 しゃぜんそう
  ・威霊仙 いれいせん
 行気薬 こうきやく
  ・香附子 こうぶし
  ・陳皮 ちんぴ
  ・枳殻 きこく/枳実 きじつ
  ・厚朴 こうぼく
 活血去於薬 かっけつきょおやく
  ・川弓 せんきゅう
  ・延胡索 えんごさく
  ・桃仁 とうにん
  ・牛膝 ごしつ
 化痰薬 けたんやく
  ・半夏 はんげ
  ・冬瓜子 とうがし
  ・活楼根 かろこん/活呂仁 かろにん
  ・貝母 ばいも
 止咳平喘薬 しがいへいぜんやく
  ・桔梗 ききょう
  ・杏仁 きょうにん
 消導薬 しょうどうやく
  ・粳米 こうべい
  ・麦芽 ばくが
  ・小麦 しょうばく
 補気薬 ほきやく
  ・黄耆 おうぎ
  ・甘草 かんぞう
  ・膠飴 こうい
  ・山薬 さんやく
  ・大棗 たいそう
  ・人参 にんじん
  ・白朮 びゃくじゅつ/蒼朮 そうじゅつ
 補陽薬 ほようやく
  ・杜仲 とちゅう
 補血薬 ほけつやく
  ・地黄 じおう
   生地黄 しょうじおう
   乾地黄 かんじおう
   熟地黄 じゅくじおう
  ・芍薬 しゃくやく
   白芍 びゃくしゃく
   赤芍 せきしゃく
  ・阿膠 あきょう
  ・当帰 とうき
 補陰薬 ほいんやく
  ・枸杞子 くこし
  ・山茱萸 さんしゅゆ
  ・天門冬 てんもんどう
  ・麦門冬 ばくもんどう
 安神薬 あんじんやく
  ・遠志 おんじ
  ・酸棗仁 さんそうにん
  ・竜骨(龍骨) りゅうこつ
  ・牡蛎(牡蠣) ぼれい
 収斂薬 しゅうれんやく
  ・五味子 ごみし
  ・蓮肉 れんにく
 平肝熄風薬 へいかんそくふうやく
  ・釣藤鈎 ちょうとうこう
  ・天麻 てんま

 付録1 本書に掲載した生薬の漢方・中医学的薬能と配合される処方
 付録2 保険収載エキス製剤(軟膏を含む)の構成生薬と作用
 欧文索引
 和文索引