やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 漢方医学は長い歴史を持つ経験の医学であり,その文献の中で使われる漢方薬の理解を深め,会得するためには先人達の行った業績の研究は欠かすことができない.しかし,漢方医学の研究推進のため漢方の古典書物を読み解くには非常に労力と時間がかかり,医学史や古文献を研究対象とするものでない限り,限られた時間の中では研究の推進の妨げや負担になることもある.西洋医学研究をする際にヒポクラテスやディオスコリデス,ガレノスの著作は読まなくても先に進める.その後の先人たちが古典のエッセンスをその時代に合わせてまとめ,公表しているからである.漢方の領域の発展を願う者の一人として,次の漢方世代に我々が味わったと同じ負担を強いないようにする責務があると考えている.
 そこで,古典から読まなければ研究が始まらないという愚を繰り返さないため,また古典の呪縛から解き放つため,本書は方剤研究の古典から最新の業績を一冊に統括した.2007年以前の必要な情報はすべてレビューした.この一冊さえあれば,主要漢方方剤のすべての研究が鳥瞰できる.漢方医学を学ぶ後輩たちに無駄な努力を強いず,研究や論文執筆に便宜が図れるようにした.
 本書のタイトルが示すように,漢方方剤という言葉を一貫して使用している.漢方処方とは一見してニュアンスは似ていても,方剤と処方の示す内容は大いに異なる.「処方」が患者の症状に応じて単に薬を調剤するのみであるのに対し,「方剤」は患者の症状や体質に対して各々の薬が持つ配合規則をもとに,医師や薬剤師が臨床経験に基づき薬を調剤するものと理解することができる.方剤は配合された薬剤相互の作用をも考慮に入れた,いわば,立体的治療薬剤である.処方は単味のこともあるが,方剤は必ず複合剤であり,漢方薬は生薬から成る方剤である.
 光学顕微鏡を構成するレンズの一枚一枚は3倍,4倍と弱い倍率のレンズであるが,それを8枚,10枚と組み合わせることにより,一枚のレンズでは映し出しえない千倍という高い倍率で歪まない像を映し出すことができる.もしこの中に一枚でも高い倍率のレンズを入れると,像が球面収差で歪んで実像を見難くしてしまう.
 同じように,方剤に使われる生薬も個々の活性は弱いが,複合的に用いられることにより,病態には穏やかで総合的な効果を示し,強力な化学薬品単独ではありえない高い効果を示すことができる.これを“複合薬理”という.漢方薬はまさに複合薬理の剤であり,各方剤の示すさまざまな効果は生薬個々の成分だけをいくら分解,分析しても説明がつかない.まず方剤全体でのその効果を総括する必要がある.味と香りを整え服用しやすくしたり,他の生薬の成分の抽出効率を高めたり,副作用を取り除く働きをするなど,漢方薬の構成生薬の中には体に薬理作用にないものもある.複合薬理の内容は広く,奥が深い.単に薬物間の相互作用だけではないのである.
 近年では,エイズ治療薬や抗がん剤などの分野において,西洋薬でも複合薬剤化される時代になりつつある.まさに今,医学は複合薬理の時代に進んでいるといえよう.漢方薬の複合薬理のノウハウを西洋医学に導入して世界に発信させることにも,ぜひ本書を役立たせたいと願っている.
 本書は漢方メーカーの商業誌「漢方医学」にて著者の丁と鳥居塚が,執筆し連載されていた総説をまとめ,編集,加筆したものである.連載の執筆依頼を受けた当初は,現代のようにインターネットにより情報を収集するわけではなく,膨大な別刷りやコピーとの戦いであった.メーカー側では,ある程度まとまった時点で,出版する予定であったが,その後方針の変化で企画は頓挫し,出版計画は一時中止となってしまった.この度,医歯薬出版社が快く引き継ぎ,再度編集その後,文献を加筆して出版することとなった.担当してくださった板橋辰夫氏に感謝する.
 丁 宗鐵
 鳥居塚和生
茵陳蒿湯
茵陳五苓散
温経湯
温清飲
黄連解毒湯
黄連湯
乙字湯
葛根湯
加味帰脾湯
加味逍遙散
荊芥連翹湯
桂枝加芍薬湯
桂枝加朮附湯
桂枝茯苓丸
牛車腎気丸
呉茱萸湯
五苓散
柴胡加竜骨牡蛎湯
柴胡桂枝乾姜湯
柴胡桂枝湯
柴胡清肝湯
柴朴湯
柴苓湯
四逆散
四物湯
芍薬甘草湯
十全大補湯
十味敗毒湯
小建中湯
小柴胡湯
小青竜湯
消風散
辛夷清肺湯
真武湯
清暑益気湯
清肺湯
大黄甘草湯
大建中湯
大柴胡湯
竹じょう温胆湯
釣藤散
猪苓湯
桃核承気湯
当帰飲子
当帰四逆加呉茱萸生姜湯
当帰芍薬散
女神散
人参湯
人参養栄湯
麦門冬湯
八味地黄丸
半夏厚朴湯
半夏瀉心湯
半夏白朮天麻湯
白虎加人参湯
防已黄耆湯
防風通聖散
補中益気湯
麻黄附子細辛湯
抑肝散・抑肝散加陳皮半夏
六君子湯
苓桂朮甘湯

 索引
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