やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者まえがき
 ドクターヘリがつなぐ命のリレー
 一九八七年に川崎医科大学で日本初の救急医療ヘリコプター(ドクターヘリ)の運行が開始され,最初の患者が広島県三原市から川崎医科大学附属病院救命救急センターへ搬送された.それから約二〇年後の二〇〇七年六月,ようやく国会で「救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法」が成立した.しかしながら,ドクターヘリは患者の搬送時間を縮めて救命率を向上させるのに役立つことが明らかであるにもかかわらず,その導入は都道府県が費用をまかなう方式の場合,一三都道府県の一四機にとどまっている(二〇〇八年九月現在).しかも,導入されているのは都市部が中心で,本来必要とされる医療機関の少ない地域には配備されておらず,医療格差が広がっている.わが故郷島根県の空にもドクターヘリは飛んでおらず,必要に応じて防災ヘリで対応しているのが現状である.
 本書は,ケン・ウィショー著『Rescue Helicopter: The True Story of Australia痴 First Full-Time Chopper Doctor』の全訳で,書名が示すとおり,オーストラリア初の医療ヘリコプター専従医師として活躍した医師が,自らの経験を綴った真実の物語である.そこには,パイロットになって大空を飛ぶという夢を抱いていた一二歳の少年が,その後医師となってヘリコプターで救助活動をするようになり,専門医としての資格を取得した後,ドクターヘリによる高度な医療活動に取り組んでゆく姿が克明に描かれている.またそれと同時に,彼が一人の人間として成長していく姿や,家族を抱えた父親としての苦悩も,厳しさとユーモアを交えながら綴られている.舞台となっているオーストラリアとでは事情が異なる点があるものの,その内容は,日本の医療関係者はもちろん,医師や看護師をめざしている大学生や高校生にとって有益なものであることを確信している.また,一般の読者にも広く読んでいただくことによって,ドクターヘリに対する理解が深まり,日本全国にドクターヘリが配備される日が来ることを願っている.
 翻訳を進めるうえで,次の方たちに特にお世話になった.
 尊敬する宮坂勝之先生(長野県立こども病院長,日米医学医療交流財団理事長)には,医学専門分野に関わる場面を翻訳する際に適切なご助言をいただいた.先生のような日本を代表する立派なドクターにご指導いただいたことに感謝しなければならない.
 英語辞書の仕事を通じてお付き合いのある黒澤孝一氏(研究社編集部)が,すぐれた辞書編集者であるだけでなく,ヘリコプターに関するプロ顔負けの知識をおもちだったことも,訳者にとっては幸運であった.黒澤氏からのご教示がなければ,ヘリコプターが登場する場面を理解することは困難であった.
 原著者のウィショー氏は,いくつかの病院で麻酔科専門医として激務をこなしながら,訳者からの質問に辛抱強く丁寧に答えてくださった.内容について原著者ご本人とやり取りができたことは何よりも心強く,そのおかげで本書は信頼できるものに仕上がったはずである.その文面からは,ドクターヘリでの医療活動に対するウィショー氏の熱い思いが伝わってくると同時に,彼の誠実で気さくな人柄が窺える.彼の愛犬がJRT(ジャックラッセルテリア)だということもまた,楽しい発見であった.
 かつて,米国カリフォルニア州においてヘリコプターで医療活動をしているフライトナースたちの姿を描いたジャニス・ハドソン著『Trauma Junkie: Memoirs of an Emergency Flight Nurse』に出会い,その一部を英語教材『救命フライトナース物語』(成美堂)として編集し,看護学生に対する教育で今も活用している.今回は,オーストラリアにおけるドクターヘリの活動を,翻訳を通じて伝える機会を与えていただいた.本書出版の意義にご理解を示してくださった医歯薬出版株式会社に敬意を表するとともに,前作『外科研修医 熱き混沌』に引き続き,丹念に内容をチェックしながら原稿に目を通していただいた同社の遠山邦男氏には深く感謝申し上げる.「ドクターヘリをテーマに」という遠山氏からのご提案がなければ,翻訳された本書が世に出ることはなかった.
 いつもながら,恩師山田政美先生(島根大学名誉教授,島根県立大学名誉教授)には,心よりお礼を申し上げる.学部学生の頃から今なお学問への意欲をかき立ててくださる先生との出会いがあったからこそ,英語の言語と文化について研究する道へ進むことができた.
 最後に,いつも訳者を支えてくれる妻,二人の娘たち,そして二頭のJRTたちに感謝したい.

 二〇〇九年 四月
 田中芳文
 訳者まえがき
 序
 著者注記
プロローグ
第一部 大空へ
 第一章 憧憬
 第二章 歓迎儀式
 第三章 任務初日
 第四章 達成感
 第五章 アマンダ
 第六章 バーリントン・トップスに潜む悪魔
第二部 コールサイン「チキンマン」
 第七章 チャンス到来
 第八章 ニュー・ジュセッペ号
 第九章 危機一髪
 第一〇章 悲しき収容任務
 第一一章 さらばジェット・レンジャー
 第一二章 森林火災
第三部 専門医への道
 第一三章 リーダーシップ
 第一四章 難関
 第一五章 頭部損傷
 第一六章 ケアフライト誕生
第四部 盲信
 第一七章 宣戦布告
 第一八章 「植民地」から「本国」へ
 第一九章 敵意
 第二〇章 教訓
 第二一章 ストレッチャー・ブリッジ
 第二二章 少女ティーナ
 第二三章 対決
 第二四章 トラック野郎
 第二五章 父親
 第二六章 ニューキャッスル地震
 第二七章 最終任務
エピローグ

 謝辞