やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 平成20年度からの「標準的な健診・保健指導プログラム」では,メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群;以下MetS)に焦点をあてた健診と保健指導が医療保険者に義務づけられた.そこでのキーワードは行動変容・セルフケア推進である.
 MetS対策イコール体重コントロールであるから,これはしごく当然の帰結だろう.減量に行動療法が有効不可欠であることは,すでに20年前に評価が定まっている.そして減量や肥満予防には「食べ過ぎずによく動くこと」が大切.これも今や誰でも知っている常識だろう.ところが,「わかってはいても」なかなか実行できないのがわれわれの実際である.
 同じように,行動変容に至らしめる保健指導が必要であることを理解できても,指導者が即実行できるわけではない.それは楽器の演奏と同じように,学習と実践によって得られる技能だからである.そして,何より習得したいという指導者自身の意欲が重要であろう.行動療法は,今や多くの領域でエビデンスのある精神(心理)療法と認められている.にもかかわらず,日本では驚くほど学問も応用も遅れている.それには,上記の困難さ以外にもいくつも理由があるだろうが,この普及の遅れは,公衆衛生上の大きな損失に思われる.
 今回の特定保健指導は,「医師,保健師,管理栄養士は肥満の行動療法が実施できる」あるいは「一定の研修によって実施できるようになる」という前提で計画されている.肥満の行動療法は標準化が可能であり,体重コントロールは行動療法の入門としては最適なテーマであろう.意欲と関心をもって取り組めば,初心者であってもそれなりの手ごたえをつかむこともできるだろう.そして,それには,基本的な行動療法のものの見方や考え方の基本や行動原理を学習し,実践によって理解を深めるのが早道で望ましい.
 そこで,本書では,現場の指導者向けに「情報提供」「動機づけ支援」「積極的支援」という特定保健指導における階層化された指導区分に沿って,行動療法の立場から押さえておきたい必要不可欠なエッセンスを整理することにした.
 実際の「標準的プログラム(確定版)」では方法について細かな取り決めがなされているが,本書は,あくまでもプログラムの目的である「行動変容にいたらしめる指導」に必要な内容は何かという視点にたっている.プログラムの解説は本書の目的ではないが,読者の便宜のために,著者の理解する範囲で概略と要点を再構成して資料に加えた.前著「ライフスタイル療法I―生活習慣改善のための行動療法」,「ライフスタイル療法II―肥満の行動療法」も併せて読んでいただければ,さらに理解が深まるはずである.今回の制度改革が行動療法の正しい普及のきっかけになり,本書がそのために少しでも役立つことを期待する.
 2007年8月
 足達淑子
第1章 総論 保健指導を始める前に押さえておきたい基本事項
 1―メタボリック症候群対策では何が一番大切か
 2―行動療法とは何か,肥満ではどのようなことをするのか
 3―習慣とは何か,なぜ変わりにくいか
 4―指導者に共通した悩みとは
 5―指導を受ける人の立場や考えはどんなものか
 6―習慣が変わるときはどんなときか
 7―行動変容に必要なアセスメントとはどういうことか
 8―習慣変容にいたる指導の要点とは
 9―健康行動が起きるのはどんなとき
 10―指導の際意識しておくべき行動の原理とは
 11―指導者も刺激のひとつとはどういう意味か
 12―情報提供,動機づけ支援,積極的支援を行動モデルで理解するとどうなるか
 実例―指導階層化のアルゴリズム
第2章 情報提供
 1―情報提供の目的と,行うべきことは
 2―行動変容に必要な知識とはどんなものか
 3―対象者の関心を喚起し注目させるためには
 4―理解を促すためには
 5―食の行動特性はどんなものか
 6―身体活動(動くこと)の行動特性は
 7―休養・睡眠はどうして大切か
 8―メタボリック症候群で押さえておきたい情報提供のエッセンスは
 実例―習慣変容に必要な最小限の一般的情報
 資料:メタボリックシンドロームで必要な情報
第3章 動機づけ支援
 1―動機づけ支援の目的は
 2―パートナーシップを築くために,心がけることは
 3―相手の準備性をどのようにキャッチするか,そのための質問は
 4―実行可能な目標行動をたてるには
 5―やる気のない人にどうするか
 6―さしあたり困らない,健康のイメージがあいまいな人には
 7―面倒だからできそうもない,忙しすぎると考えている人には
 8―以前にも努力したけれど,効果がなかったという人には
 実例―習慣の自己評価と目標行動選択
第4章 積極的支援
 1―積極的支援の目的は何か
 2―初回面接で,動機づけ支援に加える要素は
 3―パートナーシップをより強くするには
 4―今後の計画について理解と納得を得るには
 5―目標行動を確実に実行させるには
 6―目標行動が実施できたかどうかを確認するにはどの時期が適切か
 7―導入期としての目安はどの程度か
 8―体重測定の頻度は何回がよいのか
 9―記録が嫌という人にはどうするか
 10―達成感を実感させるには
 11―がんばりすぎる人にはどうするか
 12―たったこれだけと,がっかりする人には
 13―くじけそうな場面への対処法は
 14―電話をかけるタイミングはどうつかむか
 15―その場ではやる気があるというが,実行にいたらない人には
 資料:内臓脂肪型肥満に着目した生活習慣病予防のための健診・保健指導の基本的な考え方について
付録 保健指導
 標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)からの抜粋・引用・解説

 索引