やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第5版の改訂にあたって
 本版では第4版で刷新した実践例を除き,あらためて全面的に内容を見直した.医療や学問の進歩(変化)は著しく,新しい知見を反映させる必要が生じたからである.その結果,III章(ライフスタイル)とIV章(病態)のほぼ全てに細かな修正が加えられた.一方,I章の行動原理やII章のカウンセリングなどは,ほとんど変える必要がなかった.これは時代を経ても変わらないものの中にこそ本質がある,といえるだろう.
 編者は行動療法を「いつでも,どこでも,誰にでも」役にたつ,生活を豊かにする知恵の体系と考えている.迷ったとき,困ったときに,生活の杖として使いこなすためには,シンプルな原理さえ体得しておけば良い.学問としてではなく知恵として取り込んでいただくことを願う.
 2020年から新型コロナウイルス感染症により,社会も個人もいやおうなく変化を強いられている.情報デジタル化の加速により,保健医療や教育の仕組みも一変すると予想されるが,そこでも行動科学への期待が一層高まるはずである.行動療法は情報化と親和性が高くすでに多くの領域で情報技術活用の効果が確認され,禁煙支援に代表されるよう実施段階にきているからである.
 なお,「認知行動療法」が今は一般用語となったため,サブタイトルにあった「行動療法」を「認知行動療法」と変更し,本文中でも一部を除き,「認知行動療法」に統一した.本書で「行動療法」をそのまま用いているのは,I章,そして学会ガイドラインが「行動療法」を用いている項目である.
 行動科学はもともと認知を「行動」ととらえており,歴史的には認知行動療法(CBT)は行動療法の枠組みに含まれていた.しかし,最近は情報科学の発展やコンピュータの開発,脳科学の進歩などの認知科学の進歩と国際的動向を受け,日本行動療法学会も名称を日本認知・行動療法学会へ変更した.基本的にはこのふたつの用語は同義と考えていただいて差し支えない.
 初版から20年たち,この間に行動科学が管理栄養士,医師の養成コアカリキュラムに導入され,専門家にとって認知行動療法は一般用語となった.しかし欧米ですら,理論に実践が追いついておらず,わが国においても普及と実践が今なお大きな課題である.本書の目的は,多くの領域における認知行動療法の実践モデルを具体的に示し,理論と実践の架け橋となることである.そのため執筆者のご厚意により,入門書としてのわかりやすさを重視し,簡潔な統一化を図っている.本書が認知行動療法の魅力を正しく伝えることができたら,この上ない喜びである.
 執筆者ならびに長年本書を支えてくださった関係者と読者の皆様に心よりお礼を申し上げます.
 2021年5月
 足達淑子


はじめに(初版)
 食べる,動く,休みくつろぐ,交わるなど,日常の習慣や行動にアプローチしようとするとき,もっとも頼りになるのが行動療法だと思う.
 ふた昔ほど前に九州大学で山上敏子先生と行動療法に出会って以来,行動療法の考え方,もののみかたは,対人保健サービスという仕事上だけではなく,私の実生活上の指針となった.心の問題から習癖,教育などの広範な問題に具体的な指針と方法をもつ威力にはじめは驚き,次に,どこででも誰にでも役立つこの方法がなぜ広まらないのかと不思議に感じたものであった.
 ここにきて,行動療法は習慣変容の鍵を握るものとして,急速に保健医療専門家から注目され期待されるようになった.生活習慣の改善が健康増進と疾病コントロールに重要であることは常識となり,世界保健機関や米国衛生研究所の報告も,肥満や高血圧における食事や運動,喫煙などの行動変容法を,lifestyle modification(ライフスタイル変容法),lifestyle therapy,lifestyle measures(ライフスタイル療法)として薬物療法と同等に扱っている.しかし,日本では,この方法への関心の高さと有用性の割には,正しい実践は遅れている.その理由のひとつに,「行動理論をどう実行するか」という具体的なモデルが乏しいことがあげられよう.さらに行動療法は常識的であるにもかかわらず,理論から入ろうとすると難解にみえることも一因と思う.
 行動療法は実学であり,その魅力は現場の実践にこそあることを思うと,それは非常に残念である.
 そこで,理論と実践をつなぐ手引き書,実践のモデルのような本が欲しいということになり,本書では医師,看護師,栄養士,ソーシャルワーカー,運動トレーナーなど多くの職種の方に実践例を紹介していただくことにした.行動療法が職種やフィールドの差を越えて役立つものであることを理解し,ふだんの仕事にどのように用いることができるかを具体的にイメージしていただきたい,との思いからである.筆者はどなたも現場における実践者である.おかげでいきいきとした実践書にすることができた.
 さらに,行動療法という用語がもつ固いイメージを拭い,誰にでも有用であるという意味をこめて,新しく「ライフスタイル療法」という用語を提唱することとした.これはとくに「日常の主要な生活習慣の変容をめざした行動療法」という意味で用いている.この新しい言葉によって,より多くの読者に関心をもっていただきたいと願う.
 また,わかりやすくするために,理論は実践に必要な最小限にとどめ,実例を介して示すように努めた.「健康日本21」の目標値や,学会の新ガイドラインなど最新の情報も盛り込んである.前著『栄養指導のための行動療法入門』とあわせて読んでいただければ幸いである.
 2001年4月
 足達淑子
I ライフスタイル療法を始める前に
 (足達淑子)
 1 セルフケアを促す治療・指導のために
  ライフスタイルが健康のキーワード
  行動変容アプローチの基本姿勢
  自分のライフスタイルを変えてみることが,もっとも近道
  クライアントの中で生じる連鎖
 2 ライフスタイルを変える認知行動療法
  認知行動療法(以下,行動療法)は,科学的な心理療法である
  行動療法は,どこででも,誰にでも役に立つ
  現実的・具体的な問題解決法なので,実行しやすくわかりやすい
  治療の構造が明解なので,マニュアル化しやすい
  実践することで理解が進むので,まずできるところから取りかかる
  理論の学習は基礎的なものを
 3 クライアントとの間に良い関係を築く
  治療者はクライアントにとって重要な刺激(社会的強化子)である
  初対面の第一印象が勝負になる
  自分の体調や気分を良い状態に整える
  思い込みを捨てて,クライアントのありのままを受け止める(理解)
  つねに正直に,誠実に行動をする―ささいなことが大切,クライアントから試されている―
  治療(指導)者と患者の関係を保つ(適度な距離をもち続ける)
 4 習慣変容アプローチの4つのステップ
  問題行動を具体的にとりあげる(問題行動の特定)
  行動と状況や環境(刺激)との関係を分析する(行動のアセスメント)
  行動技法を選んでクライアントに実行させる(技法の選択と適用)
  結果を確認しながら続ける
 5 行動を変えるための方法
  行動はその結果に大きく影響される原則にもとづく(オペラント強化)
  望ましい行動を増やす(ほめる)
  望ましくない行動を減らす(注意を促す)
  行動しやすいように環境を整える(刺激統制法)
  手本を示して練習をさせる(モデリング)
  新しい行動を少しずつ形づくる(行動形成・シェイピング)
 6 よく用いられる行動技法
  目標設定(target-setting)
  セルフモニタリング(self-monitoring)
  反応妨害法/習慣拮抗法(response prevention)
  社会技術訓練(social skills training/assertive training)
  認知再構成法(cognitive restructuring)
  再発防止訓練(relapse prevention)
  社会的サポート(social support)
  ストレス対処法(stress coping/stress management)
II セルフケアを促すカウンセリング
 (足達淑子)
 1 初回面接で行うこと
  面接までに準備すること
  クライアントのニーズをつかむ質問の手順
  実行を促すテクニック(目標の決め方と動機づけ)
  記録の残し方
  初回面接のチェックポイント
 2 2回目以降の面接で行うこと
  クライアントの素朴な感想を優先する
  課題(宿題)を実行したかどうかをチェック
  わずかな進歩を具体的に取り上げる
  しなかったときは「できなかった」とみなす
  回を重ねて,初めてわかることもある
 実践例 減量のための面接
  CASE 外食,飲酒の機会が多く,LDLコレステロール値が高い女性
III ライフスタイルへのアプローチ
 1 食行動の改善(足達淑子)
  食べることは「生きること」
  食事の制限はストレスになる
  食事への関心は高く改善意欲もある
  食の評価は食べ方と食べる内容で行う
  必要分をきちんと食べることが基本
  上手な食品選択が指導に不可欠
  食べ方を改善しやすくする具体的な方法
  食事の変化は焦らず段階的に
 2 身体活動の促進(山口幸生)
  動くことは生きることにつながる
  運動を続けさせるには認知行動療法が効果的
  運動は身体にも心にも良い影響がある
  身体活動量の評価法には一長一短がある
  身体活動を促進するための具体的な方法
  ひとりひとりにマッチした指導を
  長期の維持をめざしたサポートと課題
  健康づくりのための身体活動基準2013
 3 休養とストレス対処(足達淑子)
  休養とストレス対処は「こころの健康」のエッセンス
  こころと身体の関係は密接
  認知行動療法はストレス対処法でもある
  ストレス対処は,教育と訓練(練習)で上達できる
  ストレスチェックでセルフケアと環境改善をめざす
  ストレス対処を特別視せず,生活習慣改善に含めて総合的に行う
 4 睡眠の改善(足達淑子)
  睡眠は食事と同様,生命維持に不可欠な生活習慣
  健診でも診療でも,睡眠状態のチェックを必須に
  不眠のパターンは4種類
  睡眠改善には認知行動療法が効果的
  認知行動療法に関するエビデンス
  自己治療や簡単な教育にも可能性
 5 禁煙支援(中村正和)
  認知行動療法にもとづいた禁煙法が主流
  禁煙すると健康が戻る
  喫煙習慣の本質はニコチン依存症
  喫煙の行動論
  喫煙行動の評価方法
  禁煙のためのおもな行動技法
  禁煙補助薬は離脱症状対策
  再開しやすい状況を予測して続けさせるための工夫を
 6 飲酒のコントロール(足達淑子)
  飲酒の適量は日本酒1合
  未成年者の飲酒予防には親の啓発が重要
  女性の飲酒,とくに妊娠中の飲酒は警告が必要
  飲酒コントロールにも認知行動療法を
  飲酒による心理的な利点を多くあげる人は依存になりやすい?
  簡単なスクリーニングと減酒支援(ブリーフインターベンション)で効果があがる
  節酒をしたい人は意外に多い.その場合はセルフコントロールの方法を
 実践例 1 通信による選択メニュー方式の生活習慣改善プログラム(国柄后子/渡邊ちさと/足達淑子)
  原型となった8コースのプログラム
  朝日新聞健康保険組合における例
  CASE リラックスタイムを増やして肩こりがとれた例「くつろぎ」(休養)コース
  札幌市職員共済組合の例
 実践例 2 禁煙専門外来における禁煙と体重コントロール(川合厚子)
  動機づけ面接法を用いた禁煙治療
  禁煙後の体重コントロール,うつ病患者の禁煙
  動機づけ面接法
  CASE 1 減量目的の受診で,禁煙と体重コントロールの両方に成功した例
  CASE 2 うつ病軽快後,体重を気にしながら禁煙と節酒に取り組んだ例
 実践例 3 健診施設における運動・身体活動の指導・支援プログラム(朽木 勤)
  健診からはじめる健康づくり
  健康支援室での取り組み成果
  CASE 1 通勤時の一駅歩行とその場足踏みで,身体活動量を増やして減量できた例
  MYヘルスプログラムでの取り組み成果
  CASE 2 施設での運動教室参加をきっかけに運動習慣化できた例
 実践例 4 特定保健指導における飲酒のセルフコントロール支援(足達淑子/雲井 恵)
  飲酒のセルフコントロール教材の活用
  CASE ワークシートを使用し,気づきを得た困難事例
 文献
IV 病態別のアプローチ
 (足達淑子)
 1 体重コントロール
  体重コントロールは健康増進と生活習慣病の予防の原型
  内臓脂肪の減少が肥満治療の目標
  軽度の減量でも効果がある.長期の維持をめざす
  予防が大切.太り気味なら,いまより太らないこと
  減量への準備性を考え,動機を高める
  運動の必要性を十分理解させる
  減量はゆっくりと,6カ月で体重の3〜10%減をめざす
  やせる必要のない人では,誤った減量法の害を強調する
  肥満の行動療法は過食の治療から始まった
  現在の行動療法は,より総合的に包括的に
  肥満の行動技法は,生活習慣病に共通
  セルフマニュアルや非対面指導でも効果がある
 2 高血圧
  高血圧は最大の生活習慣病.血圧コントロールの対象者が倍増
  血圧の自己測定は,血圧管理の第一歩
  高血圧におけるライフスタイル改善は総合的に
  食事は減塩と積極的な野菜摂取を中心に
  一般的な優先順位は運動,体重コントロール,適正飲酒の順?
  睡眠,休養,ストレス管理も
 3 脂質異常症(高脂血症)
  新ガイドラインでは動脈硬化性疾患の発症リスクから予防を重視
  米国では教育プログラムが効果をあげた
  新ガイドラインはNCEPにより近づいた
  脂質異常症の指導(治療)の要点と特徴
  NCEPの治療指針
  脂質異常症の食事療法の実際
  個人の評価と面接による目標設定ができれば理想的
  行動変容は過激にならずに段階的に
 4 糖尿病
  糖尿病は自己管理の病気
  糖尿病アプローチは生活習慣病の集大成,個別対応が重要
  どの段階でも予防が可能,普通の生活ができると希望をもたせる
  まず定期的な医療機関受診を促す
  目標は血糖値コントロールと合併症予防(知識は最小限簡潔に)
  生活全体の自己管理を
  境界型は習慣改善を行いながらのフォロー体制を
  糖尿病の行動療法は肥満が原型
 5 食行動異常
  増え続ける食行動異常
  食行動異常の本質は認知の障害─強化認知行動療法に期待
  神経性過食症(BN)
  病気の特徴と治療
  体重の変動が大きいときは注意する
  BNの強化認知行動療法(CBT-E)
  セルフヘルプアプローチと段階的治療
  神経性無食欲症(AN)
  病気の特徴と治療
  ANの認知行動療法(CBT)
  治療の目的は体重の回復と食行動の改善,身体イメージの是正
  患者との信頼関係が治療の成功の鍵
  入院ではさらに治療の導入を念入りに,途中は臨機応変に柔軟に
  入院治療では看護師のケアが重要
  食べることと体重増加にはオペラント治療が有効
  体型・体重への態度の修正には認知の再構成を
 6 うつ病
  うつ病は脳の不調,エネルギー欠乏
  軽いうつ病を見逃さないように
  よくある誤解と偏見を理解しておく
  認知行動療法は,再発予防に効果がある
  行動と感情と認知は相互関係にある
  病気以外にも応用できるし,セルフマニュアルもある
 実践例 1 忙しい働き盛りに向けた減量支援プログラム(中川 徹)
  「はらすまダイエット」にインターネットを使ったプログラム
  「100kcalカード」の活用
  CASE 1 家族の支援,とくに娘の一言でリバウンドしなかった例
  CASE 2 毎日1行日記をつけることで危機的状況をも突破した例
 実践例 2 内科クリニックにおける高血圧の個別栄養相談(渡辺純子)
  患者の変化に着目した行動変容支援
  CASE 1 危険なときを行動記録で自ら予知して対処できた例
  CASE 2 食事の改善がむずかしいため,活動量の増加をめざした例
 実践例 3 大規模総合病院の糖尿病外来における栄養食事指導例(幣 憲一郎)
  スクリーニングからアセスメントまでを行い,患者自身のセルフケアを重視した指導を実践
  CASE 1 知識が乏しく栄養食事指導の目的の共有に時間を要した例
  CASE 2 自己流ダイエットでリバウンドを繰り返した糖尿病症例
 実践例 4 病院のソーシャルワークに認知行動療法を用いた事例(大垣京子)
  CASE 1 片麻痺と失語症で看護スタッフを困らせていた男性
  CASE 2 子どもを叩いてしまうと悩んでいたうつ状態の女性
 実践例 5 入院病棟における神経性無食欲症の看護の実際(米田光恵)
  CASE ひどいやせでクリニックから紹介され入院した若い女性
  入院してからの経過
  この症例を振り返って
  まとめ
 実践例 6 糖尿病の面接(足達淑子)
  CASE 教育入院の経験があり過度に心配していた例
  糖尿病面接で注意すること
 文献

 用語解説・主要人名
 索引