やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修の序
 本書の前身である『総論栄養学』(医歯薬出版KK)がコンパクトなB5版の形で1988年に刊行された当時に比べ,近年は世人の健康への関心がますます高まり,正確な栄養知識を身につけることは現代人が備える必須の知識ともなってきている.しかし栄養現象は個人の食生活と健康状態の経験に密接にかかわっているため,個人的成功体験が科学的裏付けなしに流布されることも多いので,今日ほど栄養情報の取捨選択能力が求められる時代はないといえる.
 科学の進展にともなう栄養分野の発展も日進月歩の状況ではあるが,栄養現象を理解するために要求される基礎の大筋は,それほど大きく変化していないものである.本書は実験栄養学の最新成果を取り入れながら,しかも化学方程式をあまり使わずに,栄養現象について学ぶ者にとって必要な事項を重点的にまとめることに意を尽くした.したがって,大学・専門学校などにおいて,家政学・食物学など,あるいは栄養士・管理栄養士課程において栄養学を学ぶ者が,本書を通して栄養学に必要な基礎を把握し,この分野に新鮮な興味を抱きたくなるような教材書でもありたいと願っている.同時に,本書は管理栄養士国家試験ガイドラインおよび 「管理栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラム」(2019年)にも準拠して内容が構成されている.したがって,本書は管理栄養士・栄養士,調理師など食物にかかわる職業人や学生の勉学に役立つ内容になっていることはもちろんであるが,同時に,健康を願う世人の関心が高い食分野を取り上げているので,健康な生活を送るうえで重要な栄養の基礎知識を得たいと希望する一般の人々にとっても,有用な指針をもたらすことができる1冊でありたいと願っている.
 本書の編者である篠田粧子教授と南 道子教授は,ともに,私が教鞭を執っていた東京都立立川短期大学の栄養化学研究室で卒業研究に励んだ後,米国の州立大学あるいは日本の国立大学を卒業してから,さらに基礎栄養学分野の研究者として研鑽を重ねる一方で,教育者としても熟達して今日に至った教授達である.私が長年にわたり関与してきた『総論栄養学』は,『基礎栄養学』『新基礎栄養学』と書名を変更しながら進化してきたところであるが,この分野の進歩に加えて執筆陣の交代もあって,これらの旧版を土台としたうえで,上記2教授の編者が中核となり,基礎栄養学にかかわる分野で現役として活躍中の有能な教育者・研究者が執筆に参加されて,ここに出版に至ったのである.一方で,本書が優れた教科書あるいは啓発書として長く愛読されるためには,編者・執筆者による最新の知見を示すための努力が常に望まれるところでもある.
 最後に,そもそも人類生存にとって食糧の確保(食の量的安全)が必要不可欠で,それが栄養の基礎でもあるということを,栄養学を学ぶ者は常に留意する必要があるということを付言しておきたい.末筆ながら,本書の出版にあたり,いろいろとご配慮いただいた医歯薬出版編集部と斎藤絵里子氏に深謝する次第である.
 2019年12月
 監修者記す


第9版の序
 モータリゼーションの進行は先進国の社会生活に大きな影響を与えたが,それに加えて現代の日本では,24時間営業のレストランやコンビニエンスストアの増加,シフトワークや長時間労働により,人々の食生活は激変している.その結果,戦後70年の間に血中コレステロール値は上昇し,贅沢病・金持ち病といわれた糖尿病が国民病として認識されるようになっている.
 栄養研究への分子生物学的手法の導入は,栄養学の領域にさまざまな新しい知見をもたらしている.遺伝子多型と生活習慣病発症や栄養素感受性の問題,摂食のタイミングや時間栄養学など,その進展には目を見張るものがある.基礎栄養学に関する研究は生化学や生理学を基盤としているが,その究極の目的は栄養現象の解明だけでなく人の健康に貢献するということにある.医療の発展や食生活の改善で平均寿命は飛躍的に延びたが,健康寿命との差は縮まらない.また,行き過ぎた食の欧米化は脂質エネルギー比の増大をもたらし,肥満や生活習慣病の増加など,健康の基盤としての食生活が揺らいでいる.栄養士には,これらの食の変化に対応すると同時に,個人の遺伝的素因に即した指導が求められる時代が来ている.
 2005年に厚生労働省・文部科学省・農林水産省の三省で制定された食育基本法には,栄養バランスの偏った食事や不規則な食事の増加,肥満や生活習慣病の増加,過度な痩身志向など,解決すべき課題として栄養学に関連する項目が多く含まれ,国民の食に国が危機感をもって食育の推進を制定している.食育基本法の理念は,学校や地域,家庭,職場で食育を行うことによって解決することが望まれているが,それを担うのは管理栄養士,栄養士や栄養教諭が中心である.具体的には,病院や保健所での食事指導や栄養相談,学校給食や授業での生徒への正しい栄養知識の普及,職場や学校でのバランスのとれた給食の提供などである.本書はそれら栄養学の知識を必要とする学生の一助となることを念頭に書かれたものである.2020年の食事摂取基準改定を踏まえ,管理栄養士国家試験,管理栄養士養成のための栄養学教育モデル・コア・カリキュラムに対応した内容で,各章の先生には基本を押さえつつ最新の内容で執筆をお願いした.
 編者二名は監修の吉田 勉先生には公私ともに40年以上の交誼を得ていますが,今回の改訂でも有意義な示唆を与えていただきました.また,医歯薬出版編集部の斎藤絵里子さんには,忍耐強く,寛容で配慮の行き届いたお力添えをいただきました.お二人に深謝申し上げます.
 2019年12月
 編者記す


はしがき
 健康を願う世人の指向が著しく高められた今日において,栄養に関する正しい知識を身につけることは,現代人の備えるべき常識となりつつある.しかし一方,栄養現象は個人の食生活と健康状態の経験に密接しているため,個人的体験が科学的裏付けなしに常識化することも起こりうる.したがって,今日ほど,栄養情報の取捨選択能力が求められる時代はないといえる.
 ほかの分野と同じく,栄養に関する知見も日進月歩ではあるが,栄養学を理解するために要求される基礎の大筋は,それほど大きな変動をしないものである.
 本書は,基礎栄養学の分野で活躍している研究者が,実験栄養学の最新の成果をとりこみながら,しかも化学方程式はあまり使わずに,食品のもつ栄養効果について学ぶ者に必要な事項を,重点的にまとめたものである.とくに,大学・短大・専門学校などの,家政学科・食物学科あるいは栄養士・管理栄養士課程において,“栄養学”というものを学ぶ学生に対して,必須不可欠な基礎を把握させ,かつ新鮮な興味を抱かせる教材でありたいというのが,執筆者共通の願いである.
 本書によって,客観性ある科学的な栄養学を身につけた学生や健康に関心をもつ人びとが,往々にして非科学的な各種の個人的体験を見直しかつ是正して,栄養学の内容をさらに深めることに役立てることは可能であろう.そのような意味で,本書はきわめて実践的な栄養学入門書でもある.
 最後に,本書の出版に当たり,種々な面で配慮頂いた医歯薬出版編集部に深謝する次第である.
 1988年7月
 編者記す
 監修の序
 第9版の序
 はしがき
第1章 栄養の概念
 1 栄養の定義(南 道子)
  (1)生命の維持 (2)健康の保持 (3)健康の保持のための食生活
 2 栄養と健康・疾患(篠田粧子)
  (1)欠乏症 (2)過剰症 (3)生活習慣病 (4)健康増進 (5)平均寿命と健康寿命(佐川まさの)
 3 栄養学の歴史
  (1)呼吸とエネルギー代謝の研究 (2)三大栄養素の消化と利用
  (3)糖質の研究 (4)脂質の研究 (5)たんぱく質の研究
  (6)ビタミンの発見 (7)ミネラルの栄養 (8)遺伝子およびその他
第2章 摂食行動
 (大池秀明)
 1 摂食行動の調節
  (1)空腹感・満腹感と食欲 (2)味覚と食物の認知 (3)脳の役割
 2 摂食の調節機構
  (1)摂食中枢と満腹中枢 (2)摂食調節因子
 3 食事のリズムとタイミング(時間栄養学)
  (1)概日リズム(サーカディアンリズム) (2)エネルギー代謝の概日リズム
  (3)栄養補給のタイミング (4)食事の回数と時間
  (5)子どもの欠食と学力・体力の関係
第3章 消化・吸収
 (西村直道)
 1 消化・吸収の定義
  (1)定義 (2)基本概念 (3)消化作用の分類
 2 消化器系の構造と機能
  (1)消化器の構造 (2)胆のう・膵臓 (3)肝臓の構造と機能
 3 消化酵素
  (1)酵素・補酵素・補因子 (2)消化酵素
 4 消化液と消化過程
  (1)口腔・食道 (2)胃 (3)小腸 (4)大腸
 5 管腔内消化の調節
  (1)脳相・胃相・腸相 (2)自律神経系による調節
  (3)消化管ホルモンによる調節
 6 吸収の機構
  (1)受動輸送 (2)能動輸送
 7 栄養素別の消化・吸収
  (1)糖質・食物繊維 (2)脂質 (3)たんぱく質 (4)ビタミン
  (5)ミネラル
 8 吸収後の経路
  (1)門脈系 (2)リンパ系
 9 消化管内微生物相
  (1)口腔内と胃内の細菌 (2)腸内細菌 (3)腸内細菌叢の安定性と変化
  (4)腸内細菌叢の働き (5)プレバイオティクス,プロバイオティクス
 10 生物学的利用度(有効性)
  (1)消化吸収率 (2)栄養価
第4章 炭水化物の栄養
 (田邊宏基)
 1 炭水化物の化学
  (1)炭水化物の分類と構造
 2 糖質の体内代謝
  (1)グルコースを中心とする代謝 (2)糖質代謝の臓器差
  (3)臓器間を往還する糖質代謝
 3 血糖値とその調節
  (1)血糖調節に関与するホルモン (2)血糖曲線
  (3)食後,食間,空腹時の糖質代謝
 4 糖質とその他の栄養素との関係
  (1)アミノ酸,脂肪酸との相互変換 (2)糖質摂取によるたんぱく質節約作用
  (3)糖質摂取によるビタミンB1必要量の増加 (4)炭水化物の摂取量と目標量
 5 食物繊維
  (1)定義と分類 (2)生理作用 (3)食物繊維の摂取量と目標量
第5章 脂質の栄養
 (阿部志麿子)
 1 脂質の化学
  (1)脂質の分類と構造 (2)脂肪酸 (3)単純脂質 (4)複合脂質
  (5)誘導脂質
 2 脂質の体内代謝(食後・食間)
 3 脂質の臓器間輸送と貯蔵エネルギーと臓器別体内代謝
  (1)脂質の臓器間輸送と貯蔵エネルギーと臓器別体内代謝
  (2)肝臓中の脂質代謝 (3)脂肪細胞中の脂質代謝と脂肪組織細胞の役割
  (4)ホルモン感受性リパーゼと血中遊離脂肪酸 (5)筋肉細胞中の脂質代謝
  (6)ケトン体の代謝
 4 コレステロール代謝の調節
  (1)コレステロールの合成・輸送・蓄積とフィードバック
  (2)胆汁酸(コレステロールの排泄形態)とコレステロールの腸肝循環
  (3)ステロイドホルモンの合成と作用 (4)コレステロールの食事摂取基準
 5 脂質の役割
  (1)必須脂肪酸 (2)脂肪酸由来の生理活性物質(プロスタグランジンなど)
  (3)他の栄養素との関係ほか
  (4)脂質の過酸化と抗酸化物質(ビタミンA,E,C)
 6 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」―摂取する脂質の量と質の評価
  (1)脂肪のエネルギー比率 (2)飽和脂肪酸・多価不飽和脂肪酸
  (3)その他の脂質
第6章 たんぱく質の栄養
 (南 道子)
 1 たんぱく質の化学
  (1)たんぱく質の定義 (2)たんぱく質の分類と構造
  (3)アミノ酸・ペプチド (4)たんぱく質の高次構造
  (5)たんぱく質の機能
 2 たんぱく質の体内代謝
  (1)たんぱく質の消化と吸収 (2)たんぱく質の合成
  (3)たんぱく質の分解 (4)食後・食間・空腹時のたんぱく質代謝
  (5)たんぱく質・アミノ酸代謝の臓器差
 3 たんぱく質の栄養価評価
  (1)生物学的評価方法 (2)化学的評価方法
 4 アミノ酸の代謝
  (1)アミノ酸の働き (2)アミノ酸の生合成
  (3)アミノ酸の分解・異化 (4)アミノ酸の代謝と臓器間輸送
  (5)尿素サイクル
 5 他の栄養素との関係
  (1)エネルギー代謝とたんぱく質 (2)糖新生とたんぱく質代謝
  (3)脂肪酸代謝とたんぱく質代謝 (4)ビタミンとたんぱく質代謝
 6 たんぱく質の食事摂取基準
第7章 ビタミンの栄養
 (櫛山 櫻)
 1 ビタミンの定義と分類
  (1)ビタミンの定義 (2)必須ビタミンの分類
  (3)ビタミンの役割の歴史的変遷
 2 ビタミンの構造と機能
  (1)脂溶性ビタミン (2)水溶性ビタミン
 3 ビタミン代謝と栄養学的機能
  (1)ビタミンAとビタミンDのホルモン様作用
  (2)抗酸化作用とビタミンC・ビタミンE・カロテノイド
  (3)ビタミンの補酵素としての役割 (4)血液凝固とビタミンK
  (5)造血作用とビタミンB12・葉酸
  (6)糖質・脂質代謝とビオチン・パントテン酸
 4 ビタミンの生物学的利用度
  (1)脂溶性ビタミンと脂質の消化吸収の共通性
  (2)水溶性ビタミンの組織飽和と尿中排泄
  (3)腸内細菌叢とビタミン産生
  (4)ビタミンB12と吸収機構の特殊性
 5 他の栄養素との関係
  (1)エネルギー代謝とビタミン (2)糖質代謝とビタミン
  (3)たんぱく質とビタミン (4)核酸代謝とビタミン
  (5)カルシウム代謝とビタミン
第8章 ミネラルの栄養
 (篠田粧子)
 1 ミネラルの分類と栄養学的機能
  (1)多量元素 (2)微量元素 (3)ミネラルの栄養学的機能
 2 硬組織とミネラル
  (1)カルシウム(Calcium,Ca) (2)リン(Phosphorus,P)
  (3)マグネシウム(Magnesium,Mg) (4)骨形成に影響を与える因子
  (5)硬組織とフッ素(Fluorine,F)
 3 生体機能の調節作用
  (1)ナトリウムと塩素(Sodium,NaとChlorine,Cl)
  (2)カリウム(Potassium,K) (3)クロム(Chromium,Cr)
 4 酵素反応とミネラル
  (1)銅(Copper,Cu) (2)亜鉛(Zinc,Zn)
  (3)マンガン(Manganese,Mn) (4)セレン(Selenium,Se)
  (5)鉄(Iron,Fe) (6)モリブデン(Molybdenum,Mo)
  (7)ヨウ素(Iodine,I)
 5 鉄代謝と栄養
  (1)鉄(Iron,Fe)の体内代謝と蓄積 (2)ヘム鉄と非ヘム鉄の吸収
 6 ミネラルの生物学的利用
 7 その他の元素
  (1)イオウ(Sulfur,S) (2)コバルト(Cobalt,Co)
第9章 水の機能と出納
 (篠田粧子)
 1 水の出納
  (1)代謝水 (2)不感蒸泄 (3)不可避尿量
  (4)不可避水分摂取量 (5)脱水,浮腫
 2 電解質の代謝
  (1)水・電解質・酸塩基平衡の調節 (2)高血圧とナトリウム・カリウム
第10章 エネルギー
 1 エネルギーの定義と分類(江口昭彦)
  (1)エネルギーの定義 (2)エネルギーの単位 (3)カロリー
 2 食品のもつエネルギー
  (1)物理的燃焼値と生理的燃焼値 (2)食品のエネルギー計算
 3 エネルギー代謝の測定法
  (1)直接測定法 (2)間接測定法 (3)燃焼したたんぱく質量
  (4)燃焼した糖質と脂質の量 (5)総熱量のもとめ方
 4 エネルギー消費量
  (1)基礎代謝量(basal energy expenditure;BEE)
  (2)安静時代謝量(resting energy expenditure;REE)
  (3)睡眠時代謝量(sleeping energy expenditure;SEE)
  (4)活動時代謝量(activity energy expenditure;AEE)
  (5)食事誘発性体熱産生(diet-induced thermogenesis;DIT)
  (6)生活時間調査(タイムスタディ,行動時間調査)
 5 推定エネルギー必要量
 6 臓器別エネルギー代謝(雨海照祥)
  (1)筋肉 (2)肝臓 (3)脳 (4)脂肪組織
第11章 遺伝子発現と栄養
 (原 一雄)
 1 遺伝形質と栄養の相互作用
  (1)ヒトゲノムと遺伝子
  (2)遺伝子多型・変異は人類の多様性を生み出す源である
  (3)栄養に対する反応の個人差と遺伝子多型
  (4)栄養素の遺伝子発現に対する影響
 2 後天的遺伝子変異と食品成分
  (1)後天的遺伝子変異とがん (2)食品中の発がん物質と遺伝子変異
  (3)食事とがんの関係

 COLUMN
  食事の量と時間と長寿の関係
  私たちの消化管は免疫の最前線
  HbA1cとAGEs
  脂肪細胞のサイズとサイトカインについて
  ファイトケミカル
  カルシウム欠乏の状況と骨粗鬆症

 文献
 付表
 索引